時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~負けの先に希望はある 剣聖達 対 憤常③~

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〝世界を在るべきままとする為に〟
 これはずっと昔、剣聖とラクアンツェ、そしてデュゼローが交わした誓いの言葉である。
 古文書を見つけた当時、三人がまだ若くして使命感溢れていた頃の。

 でも三人を突き動かしていたのは〝その時交わした約束を果たす〟という使命感だけで。
 その言葉自体は、三〇〇年という年月が記憶から奪い去った―――はずだった。
 
 しかしラクアンツェだけはどうやら憶えていた様だ。
 かつて交わした誓いと、それに付随する細かいをも。

〝もし来たるべき戦いに遭遇したならば、勝利の為に己を捧げよう〟
〝例え仲間を蹴落とす事になろうとも、何が何でも未来に繋げよう〟

 こう誓った言葉が剣聖達の礎となり、寿命さえ伸ばす手段を講じる事となる。
 その言葉自体が記憶の彼方に消え去ろうとも。



 だが今、その誓いが満を持して現代に蘇る。
 ラクアンツェの必死なる覚悟と共に。



「あまり時間は無いから、最初から全力で行かせてもらう。 もっとも、手を抜く事なんて出来ないのだけれども」

「怒怒怒、我としては大いに時間を掛けても良いのだぞ? この世界が滅ぶまでなぁ!!」

 その覚悟は、もはや誇りや美徳さえ超えよう。
 そう言葉を発した後には既に、ラクアンツェは拳を奮っていた。

 余裕を見せたゴルペオの頭部を、瞬時にして打ち砕く程の一撃を。

ドッパァァァーーーンッ!!!

 機構解放した時から既に、力は最大まで溜まったままで。
 となれば撃ち放たれた一撃はやはり―――【光破滅突】である。

 故に、ゴルペオの頭が粉砕する。
 首上から千切れ、肉片が飛び散る程に激しく。

 しかもそれだけでは止まらない。
 力の篭められた部位は片拳だけに留まらないのだから。

 頭を粉砕したのは右拳。
 ならばと左拳は、先程再生したばかりの右肩へ。

グッシャァァァーーーッ!!!

 間髪入れぬ二撃目が、更なる血飛沫を巻き上げ目標を打ち砕く。
 下がった腕部までをも跳ね飛ばして。

 両拳による、渾身の輝光二連撃である。
 それも剣聖に見せた時よりもずっと速い、間髪入れぬ程の瞬間撃として。
 余りの速さ故に、ゴルペオの右上半身が一挙にして吹き飛んだ様だった。



 では、これで終わりだと思っただろうか。
 いや、ラクアンツェはこれで終わりにするつもりなど―――毛頭無い。



 撃ち抜いた拳は、砕いた相手の体を掴んでいて。
 空かさず、浮いた体を更なる加速へと誘おう。

 なんと、ゴルペオを引き込む様にして膝蹴りを見舞っていたのだ。
 燐光が突き抜け、暗空に閃光突出する程の強烈な瞬撃を。
 撃ち抜かれた胴体が弾け飛ぶ程に激しい破撃を。

 更にはその反動さえ利用し、鋼鉄の身体を羽毛の如く舞わせていて。
 その身に纏う輝きが空に煌いた時、迸る一閃が闇夜を切り裂く事となる。

 輝光一閃。

 全身全霊の踵落としが振り下ろされたのだ。
 そうして刻まれた軌跡が、ゴルペオをも突き抜け大地を裂く。

 故に真っ二つ。
 あの強靭強大なはずの身体が。
 巨体を支える腰部までもが。
 なれば付随していた手足など、もはや玩具の如く跳ね飛ぶのみ。

 その戦闘力、不調なれど未だ健在。
 強者揃いとなったグランディーヴァの中でも、彼女はまだ首位を張れる程に強い。

 そんな強さの秘密はやはり魔剣にこそ存在する。

 理性があるからこそ発動可能な真価、〝機構解放〟が秘密の鍵だ。
 この能力は、命力循環機構を強制解放エジェクションする事で瞬時に命力を充填チャージさせるというもの。
 ほぼ全ての命力を消耗する欠点デメリットがあるが、瞬間攻撃力ならば誰よりも高くなるだろう。

 つまりこれこそラクアンツェが有する最後の奥の手。

 もし同様の事を並の人間が行えば、即座に関節が吹き飛ぶだろう。
 それ以上に、即死に至る事も充分有り得る手段なのだから。
 全身が魔剣であり、決死の覚悟があるからこそ成せる最終戦法なのである。

 それ程までの威力故に、たちまちその場に突風が吹き荒れる。
 瓦礫、土砂、周囲のあらゆるものを吹き飛ばす、爆裂の如き暴風が。
 今の四連撃が物理法則すら間に合わない程に凄まじく速かったからこそ。

 そんな中であろうとも華麗な着地を果たすラクアンツェの見事な事か。
 胸を張り上げ見せつけるその姿は強者ならではだ。

 並の相手ならもうこれで終わっている。
 いや、如何な強者とてまともに喰らえば無事では済まされないだろう。
 それは例え勇や剣聖であろうと例外では無い。



 ただし、それは肉体という概念に縛られた相手ならば、であるが。



「―――怒怒怒、それが貴様の力か!! ならばそれさえも超越してみせようではないかッ!!」
「ッ!?」

 その時ラクアンツェの頭上から、再びあの荒々しい声が響き渡る。
 発声元を跡形も無く砕いたはずにも拘らず。

 声に気付き、咄嗟に見上げるが―――
 そんな彼女の頭を、突如として巨大な掌がガシリと掴み取っていて。
 それどころか、その身体までもが浮き上がっていく。

 なんと、ゴルペオがもう既に再生を果たしていたのだ。
 それも全身くまなく、砕かれる前と寸分変わらぬ姿で。
 
「よく見ればこれは魔剣【ウーグイシュ】か、懐かしい玩具だ!! 其れを造り上げたあの時はァ、もう既に世界は存分に狂っていたものよォ!!」

「なっ!? 【ウーグイシュ】を、造り上げた、ですってえ……ッ!?」

 でも、対するラクアンツェにもう力は残されていない。
 頭を持ち上げられた今も、抵抗する事さえままならない程に。
 今の四撃に全てを費やしてしまったからこそ。

 精々、信じられもしない話にこう返す事しか。

「そうだとも。 我こそ主様に最も長く仕えし者なれば、かつての愚かな争いをこの目で見て来たのだ。 怒、怒、怒ォ!! 思い出しただけでも腹立たしいッ!! 如何な武器を作ろうが、肉共は利用して保身を図る事しか考えぬ!! その玩具も忌むべき其が一つよォ!!」

「なんていう……ぐぅぅ!!」

 身体同化型魔剣【ウーグイシュ】。
 それはあろう事か、古代人がまだ天士だった頃に造り上げられた魔剣の一つだったのだ。
 古代三十種とは異なる、別の可能性として。

 しかしその魔剣の在り方としては実に奇妙極まりない。
 何せ肉体と同化する魔剣など、本来ならば当時の製造理念にさえ反するのだから。
 人魔融和を目指していたのに、人間でも魔者でも無くなる武器を造るなどとは。

 ただ、その影には今の者達にはわからない事実が隠れていたらしい。
 アルトランとゴルペオの記憶にしか残されていない負の真実が。
  
「心病みし賢人どもめ、言う事を聞かぬ者ならばと化せばいいなどとォ!! 主様の優しさに付け込み愚弄を働いた者の遺産など、全てブチ壊してやったと思ったのだが―――どうやら現存する物が残っていたとは……これもまた腹立たしいッ!!」

 造られた魔剣が全て、正しい事に使われるとは限らない。
 当時も現代同様に、個々の思惑が蔓延る陰謀の世界と化していたのだろう。

 そんな世界だから産まれてしまったのが【ウーグイシュ】。
 これは装着者を強制的に改造人間サイボーグと化し、操り人形にする為の道具だったのだ。
 いわゆる、洗脳装置である。

 その逸話は決して嘘ではない。
 現に、歴代の装着者は皆戦闘マシーンと化して暴れ回っていたという。
 恐らく指令元が失われているからこそ、魔剣が暴走していたのかもしれない。
 それ故に使用者は少なく、ほぼ捨て置かれた状態だったのだとか。
 ラクアンツェはまだ心が強かったからこそ操られずに済んだのだが。

 ただ、その事実をもわかるからこそゴルペオも意外な愉悦を見せつける。

「だが貴様はこの玩具を完全に操り、ここまで使いこなしているッ!! そこは誉めてやろう。 当時にも貴様の様な心強き者がもっといれば、世界は違ったかもしれんなぁ!!」

 哀しい事に、当時にはラクアンツェの様な心の強い者は居なかったのだろう。
 まだ成熟しきっていない生命だったからこそ、その心の基礎は現代と比べてもずっと脆くて。
 だからこの様な魔剣が産まれてしまったのだ。
 人の心を操る事にも抵抗無く、操られる事にも抵抗出来ない人々ばかりだったから。

「しかしこれが現実だッ!! 神に成り切れぬ者共の出来る事など全ては愚行に過ぎんのだッ!! ならばその果てに生まれた貴様らは、出来上がった時から罪深ぁいッ!!」

 そしてその子孫も、ゴルペオ達にとってしてみれば未だ弱いままなのだ。
 天士に成りきれぬ人間も、成れぬ魔者さえも。



「そして我もその罪の一つッ!! そんな我を拾い救いたもうた主様の為に、この不滅の肉体で不遜な肉共を駆逐するッ!! 貴様もその一人だあッ!!」

 
 
 故に討つ。
 愚かと思えし者は全て。
 それが太古から抱き続けて来た怒りの根源なれば。

 今讃えし者でさえ、打ち砕く事も厭わない。

 たった一撃だった。
 その巨大な拳が一度振り抜かれただけだった。
 その途端に、無数の銀片が弾け飛ぶ事となる。

 ラクアンツェ自慢の身体が粉々に打ち砕かれた事によって。

 木っ端微塵である。
 元々あった部位も、追加で造られた機構部も何もかも。
 残ったのは精々首元の一部と、彼女自身である頭部だけ。
 その部分も、余りの威力故に空へと跳ね上げられていて。
 戦意を失ったままに、ただ舞い上がるのみ。



 こうなる事は、もしかしたらわかっていたのかもしれない。
 少なくともラクアンツェ自身には。
 だからこそ前座であろうとした。 
 剣聖に後の全てを託す為に。

 何かを残せたのだろうか。
 自分は役に立っただろうか。
 未来に繋げる事が出来ただろうか。

 そんな不安を僅かに過らせ、今を想う。
 こうなって初めて、自分自身の事を。

「ふふっ……私って、こうなってばかりね―――」

 でも悔いは無い。
 やり切れたと思えたから。
 その想いが彼女の口元に微笑みを浮かばせる。

 託せる人が目下に居るから、安心出来るから。



「―――さよなら【※※※】。 後は任せたわ」



 その末に思い出した人の名を掠れた声で囁いて。
 そうして安堵のままに彼方へと飛び行き去る。
 
 例え無惨であろうとも、その心に迷い無し。



 これが【鋼輝妃】ラクアンツェの、最期を飾る戦いであった。


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