時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~鬼神再臨 獅堂達 対 忘虚④~

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 ズーダーが光球の中へと飛び込んだ後。
 獅堂達はただただ逃げの一手だけに殉じていた。

 それは他に何も出来る事が無いから。
 バロルフを抱えた獅堂も、普通の人間のディックも成す術が無いから。

 戦況は既に散々たるものだ。
 逃げる途中で自慢の魔剣をも喰われて。
 銃も補助具もただの重しだと脱ぎ捨てて。
 抗う力も無く、ただただ光球を避けては走るだけ。

 悔しい。
 情けない。
 不甲斐無い。
 そんな想いが二人の脳裏をぐるぐると掻き回す。

 あれだけ大見得切ってこのザマなのだ。
 おまけにズーダーも失って、バロルフも死に体で。
 例え信じろと言われても、消えてしまえば不安だけが募ろう。
 このままでは、例え世界を救えても勇達に合わせる顔が無い。

「どうすればいい、どうすればッ!?」

 ディックはもう言葉を返す事さえ出来ない程に疲弊しきっている。
 やはり普通の人間ではこの様な戦いには適応しきれない様だ。

 もう大光球は地表をも飲み込み続けている。
 故にその重圧プレッシャーは計り知れない。
 際限なく膨らむ破壊の権化から、いつまで逃げ続けなければならないのかと。

 もし少しでも足を留めれば、追い付かれてしまうかもしれない。
 そんな恐怖が必要以上に体力を奪い、消耗を加速させて足を鈍らせる。
 悪循環だ。
 二人の顔が悲壮感で覆われる程の。

 しかしそんな落ち掛けた二人の心を、思い掛けない存在が掬い取る。



『皆、聴こえるか!? 私だ、ズーダーだ!!』



 ズーダーの声が腕輪リフジェクターから聴こえて来たのだ。
 僅かに雑音ノイズを拾ってはいるがハッキリと。

「ズーダーさん!? 今、一体どこに!?」

『光球の中だ。 それよりも、キッピーを倒す方法がわかった。 皆の命力波を光球に注いで欲しいのだ! そうすれば本体を破壊出来るかもしれん!!』

「ええッ!?」

 きっと獅堂達にも余裕が無い事はわかっているのだろう。
 だからこそ理屈を掻い摘み、要求を真っ先に押し通す。

 それしか今の彼等が勝つ可能性は無いからこそ。

 でもズーダーは今置かれた現実を知らない。
 もう外側獅堂達にはそれさえ成せる力が残っていないという事実を。

 獅堂はもう精神的にも追い詰められ、命力が委縮しきっていて。
 命力量が自慢のバロルフも吸心に抗う事で弱り切っている。
 ディックに関しては言わずもがな。
 
「待てよ、光の中に突っ込んで平気なら、僕らもあの中に入ればいいんじゃ!?」

『いや、中からでは駄目だそうだ。 命力の本質が変わってしまうらしい!』

「それ一体誰に聞いたってんだいッ!? 中に攻略本でも仕舞われてたのかあッ!?」

 おまけに中に入る訳にもいかないという。
 これでは光球に命力を注ぐどころの話では無い。
 逃げるのに必死で、力を放出するなど不可能だ。

 つまり、獅堂達ではもうロワを倒せないという事に他ならない。

 焦りが募る。
 絶望が滲む。
 決死で飛び込んだズーダーにも応えられなくて。
 勝利の糸口が見えているのに、手が出せない。

 ただ必死に、彼方を見据えて駆ける事しか―――



「つまり命力を注ぐだけで勝てるのだな。 ならば容易い事だ」



 その時、突如として二人の視界がぐるりと回る。
 低く唸る様な、謎の声と共に。

 まるで空を飛んだかの様だった。
 それだけの重圧、空圧、そして浮遊感が襲ったからこそ。

 それに何より、光球達があっという間に景色の彼方へ。
 一瞬にして距離を離す程の速度で〝飛ばされた〟事によって。
 謎の存在が彼等を掴み飛んでいたのだ。

ガゴゴォッ!!

 その間も無く、獅堂達を抱えた存在が大地を踏みしめる。
 アスファルトを打ち砕きながら力強く。

「何か状況が変われば叫べ。 お前達がやる事はそれだけで良い」

「え、あ……」

 そうして解き放たれた獅堂達が尻もちを突く。
 目前でそそり立つ赤の巨体に唖然とした眼を向けながら。

 獅堂もディックも、その男を知っている。
 素性こそ知らないが、その強さだけはよく知っている。
 かつての【東京事変】の映像で、その強さを見せつけられたからこそ。

 その体躯、人を胸元にさえ至らせない程に高く逞しく。
 赤黒い肌と引き締まった肉体は歴戦を越えたに相応しい。
 頭頂に伸びし角は、この男が誇る力の象徴か。

 そして体に滾る輝きは、今知る誰にも劣らない程に強大無比。



 それを示す男の名は―――ギューゼル。
 かつて魔者最強として【魔烈王】の名を冠せし鬼神が、何故か今ここに。



「あ、アンタは死んだはずじゃあ……」

「その問答は必要か? 否、不要だ。 ならば行こう、俺の成すべき事を果たす為に」

 しかし間も無く、そのギューゼルは景色の彼方へ跳んでいく。
 その規模を膨らませ続ける光球へと向けて。
 唖然とする獅堂達を置き去りにしたまま。

 驚かない訳も無い。
 ギューゼルは二年半前に茶奈達と戦い、討ち倒されたと思われていたから。
 その弟子であるアルバさえ、師が生きている事など知りもしないだろう。

 でも、だからこそ期待せずには居られない。
 膨大な命力を誇っていたギューゼルが助っ人として現れたのならば。
 かつて剣聖ともまともに戦いあった事のある男ならば。

 今は情けなくてもいい。
 役立たずと罵られても構わない。
 それでもただひたすらに願い続けよう。

 鬼神の勝利と、仲間ズーダーの無事を。
 




 ギューゼルが舞う。
 光球の埋め尽くす廃墟へと向けて。
 己の命力を翼が如く羽ばたかせながら。

 その両腕から惜しむ事無く。

 ギューゼルの両腕はかつての【東京事変】で茶奈に断ち切られたはずだ。
 にも拘らず、今の彼の両腕は何故か元通りに。
 しっかりと自由に動く両手までが備わっている。
 
 ただし、肌の色が全く異なるが。

 赤黒いギューゼルの肌に対し、腕先は人間と同じ肌色で。
 境目には溶接跡らしき跡がくっきりと残っている。
 それでいて不自然無い形に整い、暗闇の中なら差などわかりもしないだろう。

 そんな腕を奮い、遂に光球達の前へと躍り出る。
 恐れる事も無く、怯む事も無く。

 そして一歩を堂々と踏み出すその姿はまさに歴戦の王。
 従者を鼓舞するが如き雄姿を惜しむ事無く見せつける。

「存在を喰っているか。 だが俺を喰えるかな? 現役を退いたとはいえ、この俺はまだ【魔烈王】なのだッッ!!!」

 その洞察眼もまた年季の賜物か。
 光球の特性にもすぐに気付いた様だ。
 しかし理屈さえ理解すれば対処は簡単である。

 それを成せる程の経験がギューゼルにあるからこそ。

 小光球が迫る。
 四方八方から見境無く。
 目の前に現れた闘志へと向けて。

 ゆっくりと歩み来る鬼神を消し去る為に。

ギャギャギャッ!!!

 だが、喰えない。

 なんとギューゼルは耐えていたのだ。
 光球達が当たったにも拘らず。
 今なお次々と当たり続けているにも拘らず。

 全ての光球を全身で受け止めていたのである。

 境目からは耐えず火花が飛び散り、それ以上の侵攻を許さない。
 それは圧倒的な命力を誇るが故に。
 強靭な肉体を誇るが故に。

 鋼の肉体は魔剣無しの今でも健在だ。
 ならば小癪な光球如きが止める事など叶いはしない。

 そう、なお歩き続けている。
 体に光球を無数にくっつけてもなお。
 膨らみ迫る大光球に向け、腕をも掲げて迎え撃つ姿が。

「なるほど、そうか。 貴様は記憶を喰らうか。 よかろう、ならば喰わせてやる。 俺が駆け抜けた八〇〇年の記憶を!! だが喰いきれるかな? ここまで溜め込んだ俺の悲しみを」

 悟りの眼を向け、力を迸らせる。
 全身に光を放ち、心を昂らせる。

 その脳裏に、人生を賭して築いてきた記憶を駆け巡らせて。



「俺の想いが勝るか、貴様が受け止めきれるか―――勝負だあッ!!」



 今こそ解き放とう。
 鬼神の壮絶な過去を、命力と共に。

 この世界で愛を求めたが故に絶望を知った、たった一人の男の人生を。


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