時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」

~その名はアスタヴェルペダン~

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「今こそ見せよう、この【アストルディ】の真の姿を……!!」

 今、アージが魔剣にありったけの力を篭める。
 カプロから受け取った【調整機構モジュール】を備えて。

 その命力が、想いが迸った時、それは遂に起きた。



ギィィィーーーーーーンッ!!



 突如として、円状刃の中心部から青白い光が迸ったのだ。
 中央に備えられた命力珠を中心に、細部へと駆け抜ける様にして。
 火花を撒き散らさんばかりに激しく強く。

 その源は【調整機構モジュール】だ。
 部品に備わった命力制御タービンまでもが回り、火花を幾多にも散らしていて。
 それが魔剣そのものに多大な力を送り込んだが故に。

 見た事が無い程に凄まじい命力走光だった。
 今までの魔剣の輝きなど淡い灯だったとしか思えない程に。

 その様相はまるで業炎か稲妻か。
 それも毛細血管の如く網目状に広がって。
 猛り狂う様に走る光が鳴音すら掻き鳴らし、それだけでも二人に動揺をもたらす。

 そう、アージさえもこうなる事を知らない。
 今初めてこの力を解放したのだから。

ギャギャギャァァァーーーーーーンッ!!

 更には刀身が、柄が、アージ自身もが振動を帯びて。
 鳴音に異音まで混じり、けたたましく響き渡る。
 まるで金属と金属が擦り合った様な不快音だ。

「オオオーーーーーーッッ!!!!」

 それでもなお、魔剣は命力を吸い取り続ける。
 それも際限なく、流れ落ちていく滝の如く。

 するとどうだろう、遂には魔剣本体に異変が。

 なんと、円状刃が変形していくではないか。
 円を象っていた刃が動き、持ち上がり、〝一本〟へと変わっていく。
 閃光を走らせ、節々から幾多もの火花を噴出しながら。

 そうして象られたのは―――まるで大剣。

 大柄なアージよりも更に長い刀身を誇る、極大剣へと姿を変えたのである。
  


「これこそ 【古代三十種】が一番、その名を―――【アスタヴェルペダン】!!」



 そう、顕現したのは最古の伝説。
 欠番とされ、歴史の影に葬り去られた最強の一刀。

 誰も気付くはずが無い。
 最弱の魔剣が実は最強の魔剣だったなどとは。

 しかしこの日、遂にその伝説が日の下に晒される事となる。
 刀身に〝一〟の古代文字を刻んだその雄姿が。

 いや、もはやこれは雄姿というにはいささか不相応か。
 他の魔剣とはまるで違う異質感をこれでもかという程に纏っていたのだから。

 脈動しているのだ。
 胎動しているのだ。
 「ドンッ、ドンッ」と不気味に強く。
 それも命力が、機構が、ガリガリと異音を掻き鳴らす中で。

 その姿はまるで魔剣そのものが生きているかのよう。
 それも決して良い意味でではない。

 言うなれば、禍々まがまがしい。
 おぞましささえ滲み、恐怖心を心底から煽って来る程に。

「お、おお……ッ!?」

 その圧倒的な存在感を前に、あのカノバトが慄き足を後退させる。
 顔すら引きつらせ、歯を食いしばらせてしまう程に。

 放たれていた畏怖はそれ程までに強大だったのだ。

「正直、俺もこれを奮うのが怖い。 だから封印されたのだろう。 あまりにも強力過ぎる故にな。 今ならそれが手にとってわかる様だ……!!」

 そしてその畏怖は誰よりも何よりも、所持者本人が最も感じ取っている。
 恐らくそういう風に出来ているのだろう。
 かつて【大地の楔】が不適格者に畏怖を与えたのと同様に。

 でもその恐怖は後番など比較にならないほど強烈だ。

 吸い込まれる命力は元より、体力さえ吸い取られていくかのよう。
 体に籠った何もかもが吸い取られ、失われていく感覚に苛まれる程に。

 ただそれは真実ではない。
 単に、そう錯覚させられているだけだ。
 これから奮う力の威力がわかる様にと、魔剣自身から。

 つまり、その感覚は未来を映す鏡アフターヴィジョン
 〝私を使った後にそうなる〟という魔剣からの予測情報フィードバックなのである。

 もちろんアージ自身もそれを認識している。
 認識した上で恐れているのだ。
 〝この力を使えば最後、自分自身もタダでは済まされない〟と。

 しかしそれでも、アージはその強大な力を前に「ニヤリ」とした笑みを浮かべていた。
 間違いなくこの力は最強なのだと悟ったからこそ。

 この力ならば間違いなくカノバトを圧倒出来るのだと。

 【調整機構モジュール】の命力制御タービンが高速回転し、無数の光を弾き飛ばす。
 既に力は臨界点へと到達している。

 後はもう、秘められた力を解放するだけだ。

「行くぞ師よ。 我が全身全霊の一撃を受けてみよおッ!!」

「おぉぉおおッ!?」

 放たれし光はもはや予測情報が無くとも結果がわかる程に轟々と。
 余りの畏怖ゆえに、もうカノバトに先程の余裕は無い。
 ただその身を引かせ、自慢の魔剣を平に掲げて防御するのみ。

 そう、避ける事など出来はしない。

 それは決して武人の誇りや戦士の生き様だというの理由ではなく。
 ただただ、防御する以外に道が無かったから。

 今放たれる一撃は、絶対回避不能。
 そう、悟ってしまったからである。

「カァァァーーーーーーッッッ!!!!」

 そんなカノバトへ向けて、とうとうアージが飛び出した。
 魔剣を大きく振り被り、その力のままに。

ズオオオーーーーーーッッ!!!

 もはや踏み出された一歩は、ただの一歩ではない。
 大地を揺らし、地響きを立て、アスファルトを粉々に打ち破る程に強烈無比。
 言うなれば〝一壊〟。
 挙動一つ一つが関わる全てを壊す、激震万壊の大突撃だ。

 しかも、その速度は今までの比にすらならない。
 一瞬にして、カノバトの目の前に到達する程に―――瞬速。
 魔剣そのものから放たれた強大な命力波が推進力となって押し出したが故に。

 その推進力も、そのまま一撃の威力へと加わろう。

 もうカノバトは声すら出せなかった。
 出す間は愚か、考える間も、感じる間も無かったのだから。
 己の持つをただ掲げ、巨体のアージと畏怖の魔剣を見上げるのみ。

 視界を包む青白い世界の中で。

 そして巨大な魔剣が振り下ろされた時―――



 二人の世界は瞬時にして白光に包まれる事となる。



カッ!!

ズゴゴゴゴ……!!



 光が包んだのは二人の視界だけでない。
 正面ゲート一帯が、光球へと飲み込まれていたのだ。
 ゲートそのものは元より、本部建屋の一部も。
 フェンスや駐車場、植木のみならず、国道までもが。

 しかもその光球はただの光ではない。
 物理干渉を可能とした破壊の光である。

 光球の周囲には陽炎の如き波動の波がゆらゆらと。
 更には大気をも揺り動かし、突風をも纏わせて。
 砂塵までもが舞い散り、砂嵐すら巻き起こす。

 でもそれらは光に飲み込まれればもう帰っては来ない。
 その光が飲み込んだ何もかもを砕き尽くすのだから。

 

ズズズ……!!



 長く空間に残り続けていた光の球も、飲み込んだ全てを砕ききれば役目は終わり。
 その時が訪れた時、その球状がゆっくりと縮んでいく。

 それがおおよそ半分程まで縮まった途端―――

カァンッ!!!

 たちまち光球が弾け、周囲へ燐光を撒き散らす。
 大気を、砂塵を荒々しく掻き乱しながら。

 突風が吹き荒れ、砂煙が舞う。
 何もかもをも砕き尽くされた中を。

 正面ゲートは完全に跡形も無い。
 象っていたであろう小鉄片が幾多にも散らばっている。
 いずれも、まるで千切ったパンくずの様に歪な形で。

 本部建屋の一部はまさに消滅と言えよう。
 欠片も残らず、球状に抉られたかの如き跡が。
 それも上階の廊下すら丸覗き出来る程にぱっくりと。

 植木やフェンスは言うまでもないだろう。
 前例の様にもはや形一つ残されていない。

 爆心地に居たカノバトは―――大地に伏す。
 アスファルトが除かれて土面と化した地へと。
 数え切れぬ程に無数の切り傷を全身に刻まれて。
 体液さえ刻まれ蒸発したのだろう、傷の規模にも拘らず出血の痕は乏しい。

 あの輝く鉄心棒さえもう原型を留めていない。
 折れ、曲がり、ひしゃげ潰れ。
 破片が虚しく転がり、風に揺られるだけで。



 だがその中で、アージは立っていた。
 それも予測に反し、傷一つ浮かべる事無く。



「そうか、カプロの奴……こんな事まで見越していたか」

 どうやら魔剣が見せた予測図ヴィジョンが外れたらしい。
 カプロが何かしらの細工を加えていたのだろう。
 使用者の命を守る為にと。

 ただし、もう【調整機構モジュール】は使い物にならない。
 タービン羽根が全て完全溶着し、煙を吹いていたのだから。
 使えるのは一度きり、使い捨ての部品なのだろうか。
 
 とはいえ、その一度が成せる威力は驚異的だ。
 まさに最強の【古代三十種】を名乗るに相応しい力だと言えよう。

「師よ、俺の勝ちだ」

「こ、これが、お前の……進むべき、道か……カハッ」

 その驚異的な力を受けても、なお生きていられるカノバトの如何に強靭な事か。
 既に虫の息だが、アージへ視線を向けられるだけの意識は保てている様で。

 元の形へと戻った魔剣を背に返し、アージがそっと傍へと屈み込む。
 瀕死の相手に、もはや敵意を見せる必要は無い。
 その顔に浮かぶのは普段通りの穏やかさだ。

 今の二人はもう、以前と同じ師弟へと戻っていたのだから。
 
「それが、お前の選択、ならば……好きに進む、がいい」

「師匠……」

「だが、これだけ、伝え、たい……」

 しかしその瀕死のカノバトが必死に訴える。
 何よりも伝えたい事があるのだろう。
 別れの言葉よりも、子を諭す言葉よりも大切な事が。

 その想いを向け、アージが震える口元へと耳を近づける。

「……ッ! ……!!」

「なッ!?」

「……! ……、……」
 
 その口から漏れる囁きを聴き取れるのは、もはや最も耳を傾けた者のみ。
 それ程までに小さく、掠れていたから。
 風の音でさえ掻き消してしまいそうな程に。

 ただ、その囁きのもたらした話は余程驚くべき事だったのだろうか。
 たちまちあのアージの顔が青ざめていく。
 先程まで如何な話にも信念を揺らがせなかった男が。

「そ、それは本当なのですか!?」

「ウゥ……神は、もう……居な、いッ―――カッ……」

「師匠!? 師匠ッ!! そ、それではあまりにも……ウウッ、グッ!!」

 それだけの話を全て伝え、カノバトは息絶えた。
 しかしそれでも安楽する事は無く。
 諦念と悲哀の滲む苦悩の表情を浮かべたままに。

 アージがその言葉を信じ、打ち震える中で。

 ただ、信じるしかなかったのだ。
 余りにも説得力に溢れた話で、何より死に際の言葉だったからこそ。

「だから貴方は……。 何故それをもっと早く言ってくれなかったのですか……ッ!! そうすればこんな事にはならなかったかもしれないのにッ!!」

 師の遺言は、希望では無く絶望を遺したのだろう。

 間も無くアージが肩を落として項垂れる。
 額が師の亡骸に付く程に深く深く。
 頭頂へと涙をぽろぽろと流して。

 その涙も、誇りに塗れた亡骸に吸い込まれていく。
 篭められた悲しみも願いも、砂に塗れて溶け消えるのみ。

 かつての思い出と共に、消え行くのみ。



 カノバトの言っていた事が何なのかは、もうアージにしかわからない。
 それが真実か虚実かなどは、そのアージですらわからない。

 でも、それがもう真実か虚実かなんて関係無いのかもしれない。
 少なくとも、今まで抱いてきた理想を打ち砕くには充分過ぎる話だったから。

 この時、アージがそっと立ち上がる。
 師の亡骸に懺悔するかの如く頭を垂れながら。

「すまない皆……俺は―――」

 そしてその頭が次に向けたのは、外の世界。
 魔特隊本部に背を向け、ひたりひたりと力無く歩を踏み出していく。

 そんなアージの姿も、間も無く砂塵が覆い隠して。
 その砂塵が消え去った跡にはもう、何者も残ってはいなかった。



 ただ一つ、戦いの残滓だけを置き捨てて―――この場から消え去ったのである。


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