時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十七節「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」

~奇に童、畏に抗拒ならず~

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 茶奈が目にしていたのは、北マリアナ諸島・サイパン島。
 最もマリアナ海溝に近い陸地の一つである。

 日本からでもおおよそ三時間のフライトで着く程の距離に在り、観光地としても有名で。
 気候は常に温暖ともあって、緑の自然に溢れた島の光景は観光者の目を癒させる。
 エメラルドの海も非常に綺麗でマリンスポーツも盛んとあり、まさに南国の楽園と言った所だ。
 そうなれば当然砂浜ビーチも想像通りに真っ白さらさらで、きっとその触り心地にうっとりする事だろう。

 そんな島にようやく茶奈が到達する。
 早速にその身を砂浜へと降ろし、大の字で倒れ込む姿が。

「終わったぁ……ハァ、ハァ、しばらくここで休んでこ……」

 じんわりと滲む砂浜の温かさが、今の彼女には何よりもの心地良さを呼ぶ。
 加えて空を差す夕暮れがとても澄んでて綺麗で。
 そんな幻想的な光景を前にどこか嬉しそう。

 もちろん、ここが南国の楽園だとは思いもせずに。
 でもあれだけの大仕事を終えたのだから、今だけは極上の砂浜に横たわる事も許されるだろう。

 当然、海岸にひと気は無い。
 あれだけの巨体が海に浮かんでいれば、誰しもが恐れて逃げていただろうから。
 つまり、今だけは茶奈のプライベートビーチと化している訳だ。

「ここどこだろ。 でも綺麗だなぁ。 戦いが終わったら勇さんと一緒にまた来たいなぁ」

 僅かに手を動かして、さらりとした砂をおもむろに掴めば。
 その独特の重さの砂がさらさらと落ちていく感覚が、何とも言えない程に気持ち良くて。
 そんな感触を求めて、思わず両腕を砂浜に埋める様にゆらゆらと動かさせていた。
 そう求めてしまう程に心地良かったのだろう。

 穏やかな波の音も、すぐに戦いの事を忘れさせてくれる。
 このまま眠ってしまいたくなるくらいに静かだったから。
 時折聴こえる鳥の声が、意識をも連れて空へと飛んでいってしまいそう。

「んん~気持ちいい~……」

 そんな夢心地に誘われて。
 ずっとこうしていたいという欲にも誘われて。

 気付けばずっと、砂浜の上で寝転び続けていた。
 夕暮れが彼方へ消える僅かな間を。



「ちゃややようててやおやお!!」



 しかし、茶奈の体力がほんの少し戻った時の事。
 突然、その耳にそんな聴き慣れた声が届く。
 それに気付いてふと身体を起こし、振り向いて見れば。

 その先に、なんとあのキッピーの姿が映ったではないか。

「え、なんでキッピーちゃんがここに!?」

 別種なのか?
 それとも他人の空似か?

 いや、違う。
 間違いなく本人だ。
 その証拠に、彼女の纏う服は先日茶奈自身が着せた物で。
 そうして見せる姿も茶奈が知るキッピー当人の仕草そのものだったから。

 するとそのキッピーが突然振り返り、砂浜の奥、緑の茂みの中へと走っていく。
 何を考えてなのやら、その小さな足でピョコピョコと。

 そんな姿を見つけてしまえば、茶奈が黙っていられる訳も無い。

「あっ、待ってキッピーちゃん! そっち行っちゃ駄目ぇ!!」

 空かさず疲れた体を起こし、キッピーの後を追う。

 茂みの先はちょっとした森の様になっている。
 もしその中に紛れてしまえば見つける事は愚か、その身の安全さえ保障出来ない。
 ただでさえ行動力が尋常ではないのだ、見失えば捕獲は困難を極めるだろう。

 体が重い。
 脚が重い。
 心地良かった砂もが足を取る。
 今にも倒れてしまいそうな程に。

 キッピーがどうしてここに居るのかもわからない。
 どうやってここに来れたのかもわからない。

 でも、今すぐ捕まえなくては。

 そんな想いが茶奈を突き動かし走らせる。
 今にも足が折れてしまいそうなくらいの苦痛も跳ね退けて。

ガササッ……

 しかしその努力も虚しく、キッピーは鬱蒼とした茂みの中へ。
 それを追い掛けて、茶奈もすぐさまその体を埋めていく。
 自身の身をも隠してしまいそうなくらいに高い草むらの中へと。

「キッピーちゃあん、どこ行ったのー? 出て来てぇ!!」

 茶奈も必死だ。
 蔓や小枝を掻き分けて突き進み、小さな痕跡をひたすら辿って。
 気持ちはまるで、逃げる子猫を追い掛けているかのよう。





「ッッッ!!!??」





 だがその時、異変が茶奈を襲う。

 突如、身体が動かなくなったのだ。
 茂みを掻き分けようとしていた腕が。
 一歩を踏み出そうとしていた脚が。

 それだけではない。
 頭も、腰も体も動かない。
 精々揺する程度にしか、動かせないのだ。

「な、何がッ!? ―――うッ、これはまさかッ!?」

 でもその症状を、彼女は知っている。
 何が起きたのか、知っている。

 からその話を聞いたから。
 【ペルパリューゼ】の特殊能力を教えてくれた時から。

 自身を捉えた物が何であるかを。



「ふふ……お前はもう、動けない。 蜘蛛の糸に囚われた……羽虫の様に」



 そして、その場に似付かわしくない甲高い声が響く。
 居るはずも無かった、その者の声が。

「そ、そんな、貴女はッ!?」

 信じられるはずも無かったのだ。
 有り得るとは思って見なかったのだ。



 茶奈の目の前に―――あの小野崎紫織アルトラン・ネメシスが立っていたのだから。



 それは茂みを押し潰しながら。
 突如その姿が現れ、着地を果たす。

 深く濃くドス黒い光を纏って。

 その極黒は辺りが明るく見えてしまう程にハッキリと。
 それも、景色が闇に落ちようとしているにも拘らず。
 まるで周囲に光を与えているかの如く。

 余りにも異様だった。
 余りにもおぞましかった。
 心の底からそう思える程に、不気味で、奇怪で、畏怖的で。

「ふふ、お前達が探している、当人だ」

 その声もまた、一言一言が心を抉るかのよう。

 そこに力など関係は無い。
 例えどんなに強かろうとも。
 例えどんなに構えていようとも。

 抗えぬ畏怖がそこにある。

「キヒッヒ!! やりましたね、主様ぁ!!」

、よくやった……誉めてやろう」

 しかも茶奈はもう一つ、信じられない光景を目にする事となる。

 あのキッピーが紫織と並んでいたのだ。
 それも、しっかりとした言葉を話して。
 その顔をおぞましい程に歪ませて。

「そんなッ!? キッピーちゃん、貴女―――」
「あぁーうるせぇうるせぇ!! その名前で呼ぶんじゃねぇ肉如きが!! ずっと前から気に入らなかったんだ。 そんな変な名前を付けやがってェ!!」

 そうして見せる地団駄や仕草は以前と変わらない。
 しかしその声、その雰囲気は今までの彼女とは何もかもが違う。

 茶奈を蔑み、怨むかの様に。

「お前の監視はこの上なく苦痛だったッ!! 追いかけ回し、殺され掛け、自由も奪われてッ!! 主様の命令でなけりゃくびり殺してやってたわあッ!!」

「え……」

 それもそのはず。
 キッピーは最初から茶奈達の敵だったのだ。
 アルトラン・ネメシスの放った刺客だったのである。

 その眷属―――〝忘虚〟
 それがキッピー当人なのだから。



「黙れ……貴様の口を開く、許可は……与えていない」



 ただその達者な口顎も、間も無く閉じられる事となる。
 己の身そのものを大地へと押し付けられる事によって。

「がかッ!? も、もうひわけごあいまへんッ!」

 それだけの圧力が黒い光には込められていたのだ。
 触れずとも、威圧感だけで押し潰せる程の力が。

 でももう紫織はそんなキッピーの声にすら耳を傾けてはいない。
 ひたりひたりと、茶奈の下へと歩み寄っていく。

 遂には、その額同士がくっついてしまいそうな程にまで近づいていて。

「この時を待っていた……お前が力を……使い果たす時を」

「ッ!?」

「その為に、お前の命力を得て、待った。 あの玩具も造り、肉どもを狂わせて。 面白かったぞ……実に、面白かった。 お前達は……私の意のままに動いて、くれたよ」

 その冷たい吐息が、茶奈に顔をしかめさせる程の嫌悪感を呼ぶ。
 引きつるが余りに、瞼をもピクリと振れさせて。
 膨れ上がる恐怖心を浮き彫りとするかの如く。

 全てアルトラン・ネメシスの掌中だったのだ。
 蛇岩がこうして倒される事も、茶奈以外が南米に貼り付けられる事も。
 そして勇が天力転送で簡単にここまで来れない事も。

 例え南米の肉塊が全て壊されようとも。
 蛇岩が破砕された事で撒かれたアルトラン・ネメシスの残滓が一時的に地球を覆う。
 その間だけ、世界は天力転送が出来なくなってしまう。

「そして、お前は私の所に……来てくれた。 フフ―――あぁりがとぉうッ!!」

 全てはこうして、茶奈を捕らえる為の策略だったのである。

 しかもそれがこうして見事に成功してしまった。
 つい不格好な笑いと感謝を見せてしまうまで完璧に。

 その異様な素顔を見せつける紫織を前に、茶奈はもう言葉も声も出ない。
 畏怖と戦慄が、心の隅々まで支配していたから。

 それだけの黒々しい存在感が、紫織にはあったのだ。

「これで私の望みは……成就する。 だからと一つに……なりましょう。 全ての世界を超えて、何も必要無い……【無情界ユペト】を造る為に」

「あ、ああ……ッ!?」 

 その紫織に茶奈を気遣う意思など無い。 
 望みを成就する為の道具としか見てはいない。

 故にその思考はもはや、他者の意思を一切受け付けぬ独善そのもの。

 その独善的思考が、その顔を茶奈へと更に近づけさせる。
 例え抵抗しようともしきれない口元へと。

―――助けて、助けて……!!―――

 声も出せず、叫びも上げられず。
 ただ心だけが泣き叫ぶその中で。

 心で訴え嘆くその中で。



 遂に、紫織と茶奈の唇が重ね合わさる。



―――助けて!! 勇ゥゥゥーーーーーー!!!―――



 だがその声も、今は届かない。
 どんなに苦しくて、悲しくても。
 どれだけ訴えても、強く叫んでも。
 大地を隔てていても、世界が繋がっていても。



 今の心の距離は、宇宙よりもずっと遠く遠くに離れてしまっているのだから。


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