時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

文字の大きさ
上 下
1,105 / 1,197
第三十七節「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」

~再に真、穿に破光閃きて~

しおりを挟む
 ラクアンツェが誇る絶対滅殺の閃光秘拳、【光破滅突イーラークェンシィ】。
 その一撃はまさに光の如し。
 一閃において全てを薙ぎ、あらゆるを砕くだろう。



 ただし、その力が届く相手ならば。



 剣聖へと撃ち放たれた秘拳はまさに絶好の一撃だった。
 拳を振り抜き、捻じ込み、芯を貫く程に。

 にも拘らず。

 剣聖の身体は―――貫けていない。

 なんとその胸で拳を受け止めていたのだ。
 僅かに軋み、埋めていようとも。
 それをも物ともしない鋼の胸板が、秘拳の威力を全て打ち消していたのである。

 その巨大な体に秘められた力を全て開放する事によって。

「まさかこの短期間で二度も全力を出す事になるたぁなぁ……!!」

 それも空中で止めていたというのだから驚異の他無い。
 これが僅か一代で至高の戦闘技術を培った者の成せる業。

 【剛命功デオム】、【命踏身ナルテパ】、【命流滑トーマ】。
 この三つを始めとした力を、その究極の肉体で再現したが故の結果である。

 周囲の大気を押し潰れん程にかき集め。
 その圧縮空気に命力の網を張り巡らせて。
 迫る拳を迎え撃つかの如く前進させる。
 そして撃ち込まれた力を全て、勢いに乗せて大気へと分散する様に受け流す。

 それだけの事をたった一瞬で成し遂げられるのが剣聖。
 この技術を前にすれば、自慢の【光破滅突】さえもはや只の拳撃と化す。

 つまり、今の剣聖に死角は無い。

 いや、元々ありはしなかったのだろう。
 先日の戦いにおいて勇がした様な、怒涛の追撃を見舞わない限りは。

 でももうラクアンツェにそこまで出来る力は残されていない。
 二連光破拳を撃ち放った上に、今は海の真上。
 篭める力は愚か、構える事さえ困難を極める。

 それに、あの剣聖がそうさせる訳も無い。

「忘れたかぁ、ラクよぅ―――【光破滅突】の基礎は、って事を」

「ガウッ!?」

 そう、心の声が聴こえた時だった。
 微かに心へ響いた時だった。



 その瞬間、ラクアンツェの身体は―――既に空高く舞い上がっていた。



 それだけの速度、それだけの威力で打ち上げられていたのだ。
 空の彼方、闇に沈む水平線が見渡せる程に高く高く。

 確かにラクアンツェは強いのだろう。
 本能だけで戦っても実力を出し切れる程に。
 通常状態の剣聖を圧倒してしまうまでに。

 だが、全力状態の剣聖を相手にした時―――その格差は逆の形で大きく開く。

 それだけ全力の剣聖は何もかもが圧倒的なのだ。
 その肉体強度は元より、命力操作の精度や強弱補正、その影響範囲に至るまで。
 ただでさえ常人を遥かに超えた存在にも拘らず、更にその壁まで突き破る事が出来るから。

 それも自然と、まるでずっと使い慣れてきたかの如く。

 こうなった時、最強の一角であるラクアンツェさえももはや玩具扱いだ。
 そうして打ち上げられた鋼の体は軋む程に激しくきりもみし、身体の自由をも一切与えさせない。
 その圧倒的な衝撃圧力、命力反発力と威圧感によって。 

 そんな彼女を、剣聖が海上から見上げる。
 裂かれた海が元の姿へと戻っていくその最中で、ただじっと見据えて。

「幾ら俺でも今のおめぇを抑えつけ続けるのは骨が折れらぁな。 だが、おめぇがそうなった理由はなんとなくわかった。 なら、今はそれに対して最善を尽くすだけだ」

 そう、剣聖はもう見えていたのだ。
 ラクアンツェを止める最善の方法を。
 どうすれば最も被害が少なく、最も確実に止められるかを。



「わりぃが、魔剣の【】を潰すぜ……!!」



 それが、魔剣の【】破壊。



 魔剣には命力珠が須らく備えられているのは周知の通りだ。
 武器そのものに疑似意識を持たせ、命力を蓄えさせる為に。

 しかしそんな魔剣も、実は最低でも、命力珠が備わっている。

 表に見えて存在しているのが、魔剣の意思を司る【主核】と呼ばれる命力珠。
 これはご存知の通り、使用者の意思に反応して力を与えてくれるのが役目で。
 まさに魔剣になくてはならない部分だと言えるだろう。
 それに、珠自身に命力が籠っているので強度も頑丈で。
 かつ表に見えているので使用者に反応し易いというのが特徴だ。

 対して、【副核】と呼ばれる命力珠は魔剣の内部に埋め込まれる事が多い。
 非常に脆く、筐体に包まなければ打っただけで割れてしまうから。

 しかしその役目はある意味で言えば【主核】より大事と言えよう。
 何故なら、その役目が「魔剣の筐体に力を送り込む」事であるから。
 【主核】の指令通りに命力を魔剣や使用者に送るなど、力の流れを生む役目があるのだ。
 その特性故に【副核】そのものに命力が伴わないので脆くなるという。



 ただし、【副核】は【主核】と違い、壊れたからと言って魔剣が死ぬ訳ではない。
 その操作力を失い、無力化するだけだ。



 だから剣聖は狙う。
 それさえ破壊すればラクアンツェの暴走が止まると読んだから。
 彼女を操る洗脳波を身体に巡らせているものこそがその【副核】であるからこそ。

 きっと今頃、暴走の原因を勇達が探し回っている事だろう。
 けれど悠長に待っている余裕など無い。
 少なくとも、詳細を知らない剣聖にとっては。

 いつ訪れるかわからないものを待つよりも、今すぐ己の手で問題を解決する。
 そう導いたのは剣聖の持つ自我の強さであるが故に。

「そのままぶっ飛んでろぉ……今すぐ解放してやるからよぅ」

 その時、剣聖が身体を強く強く引き絞る。
 両の逆手拳さかてこぶしを、弓を番える様に空へと向け構えながら。
 
 暗夜に瞬く星が如き力光一点を見据えて。

 その光こそがラクアンツェの身体に埋め込まれた【副核】の輝き。
 胸元の奥に詰められた命力珠が、物質を通して輝いていたのである。

 剣聖にはそう見えていたのだ。
 その尋常ならざる観察眼がそう見せていたのだ。

 ならばもう、後は事に移すのみ。



 その為の畜力も、心構えももう出来ている。





「なればこれで終わり也て……【光 破 閃 穿こうはせんせん】―――」





 故に、全ては刹那に事切れる。

 その瞬間、剣聖の拳から一筋の光が撃ち放たれていた。
 まるで糸の如き一筋の光が。
 それも、ラクアンツェの【副核】の真芯を捉えた軌道を描いて。

 とても静かな一撃だった。
 波風も立たない程に。
 微かな音さえも響かない程に。



 だが、その一瞬が過ぎ去った時―――世界は震える。



パキィィィーーーーーーンッッッ!!!!!



 突如として、ラクアンツェの背後から、空を覆う程に凄まじい光が弾け飛んだのである。
 たちまち空一杯に虹燐光が弾け飛ぶ程に激しく。
 その身が強く反り返ってしまう程の勢いで。

 その威力もまた凄まじく。
 ラクアンツェの首筋のパーツが消し飛ぶ程。
 当然、脆い【副核】など瞬時にして完全消滅だ。



 それもたった一撃で。
 たった一撃で、剣聖はそれを成してしまったのである。



 これこそが剣聖の誇る至高の拳撃【光破閃穿】。
 ラクアンツェの秘拳の礎ともなった、絶対破砕の一撃拳。

 もはやこの一撃、防ぐ意味すら有りはしない。
 全てを貫いた先にこそ、その真価が発揮される技なのだから。

 【光破滅突】が防御破砕の力ならば、【光破閃穿】は防御無視の力。
 恐らく、心輝の【灼雷咆哮】はどちらかと言えば後者の特性に近いだろう。

 その理由は、源流が後者―――すなわち剣聖にあるからこそ。

「全く……貴方はほんと容赦無いんだから」

 そして【副核】を打ち抜かれた今、ラクアンツェが意識を取り戻すのは必然で。
 体の自由が利かなくなったと同時に、そんな声がふふりと漏れる。

 まるで彼女自身がそう望んでいたかの様に、穏やかな微笑みを浮かべながら。



ストンッ……



 そんな彼女が遂に剣聖の腕に抱かれる。
 今なお放たれた閃光の余韻を残すその中で。
 巻き上がった黄金髪を、打ち上がった波飛沫を、輝き煌めかせながら。

「おう、すまねぇなぁ待たせてよ」

 そっと優しく、綿毛を受ける様にして。

 ラクアンツェももう動けないのだろう。
 体の節々はだらりと下がり、首さえも添えられた腕に沿って寝転んでいて。

 動かせる物はと言えば、その達者な口だけな様だ。

「待ってなんていないわよ? これでも結構心地よかったんだから。 貴方にとっておきの一撃が見舞えてね」

「はんっ! いい二連撃だったがぁ、それで魔剣がおしゃかになっちまったら元も子もねぇっての」

 でも、その中で交わす言葉はとても穏やかで、軽やかで。
 まるで今の今まで戦い合ってた者同士とは思えない程に。

 きっとこうやって楽しんで戦える事も、二人にとっては普通なのだろう。
 そうやって互いに切磋琢磨し続けて来たのだから。
 その結果、互いに持つ力を一つ二つ失ったけれど。
 それでもこうしてすぐに許し合える。

 だから二人は、一心同体なのだ。

 した事も、やってしまった事も。
 何もかもが自分でやった事と同義なのだから。

「さぁて、とっとと奴らの所に帰りてぇとこだが―――どうやらそうもいかねぇらしい」

「あらあら、大人気ねぇ貴方」

 ただ、その戦いの余韻に浸っている余裕はもう無さそうだ。
 そっと正面を見据えれば、海岸には二人を迎えんとせんばかりの魔者の大集団が。
 どうやら戦いの最中で放出した命力に引き寄せられて、遠くから馳せ参じた模様。

「しゃーねぇ、アイツラがどうにかするまでちょっと遊んでいくかぁ」

「私を抱えながらで大丈夫ぅ?」

「へっ、おめぇなんざ綿袋抱えてるのと同じ様なもんよ。 それじゃあいくぜぇーーー!!」
 
 とはいえ、そんな余興相手に剣聖が猛らないはずも無い。
 両腕にラクアンツェを抱えていようがお構いなしだ。



 やはり剣聖は止まらない。
 戦いが何よりも大好きだから。

 そして何より、その戦いで救いたい者を救えたから。



 だから今日も剣聖は、海を陸の如く蹴り出し―――万遍の笑顔で、空を駆ける。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

剣神と魔神の息子

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:1,809

テイマー勇者~強制ハーレム世界で、俺はとことん抵抗します~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:142

魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:428

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,052pt お気に入り:2,427

中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:14

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,111pt お気に入り:17,513

面倒くさがり屋の異世界転生

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:986pt お気に入り:5,163

処理中です...