時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

文字の大きさ
上 下
1,090 / 1,197
第三十七節「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」

~遂に決、名に流言と笑う~

しおりを挟む
 破音轟く戦闘領域がたちまち以前の静けさを取り戻す。
 から解き放たれたが故に、視界を覆い尽くさんばかりの砂塵を巻き上げて。

 大地に刻まれた傷跡は荒々しく、もはやどこも原型を留めていない。
 木々すらも砕け果て、無数の木屑が砂埃の一部となって空を埋め尽くす。

 そんな砂塵に包まれた荒野に二人の人影が。

 勇と剣聖である。
 二人はまだ力尽きていなかったのだ。

 ただ、どちらももはや歩くのがやっとな状態であるが。

 勇の右肩はもう動かせない。
 根幹を砕く程の一撃を喰らってしまったから。
 如何に天士と言えど、それだけの傷を直ぐに治す事は不可能だ。

 対する剣聖ももう普段の体格に戻っている。
 深々と負った腹部の傷からは血も流れ、止める事も叶わない。
 それだけ体が消耗しきっているのだろう。

「へ、へへ……まだだ、まだ終わっちゃいねぇぜ……!!」

「こうなったら、とことんやってやるさ……!」

 それでも互いに負けじとゆっくり歩み寄り、遂には再び対峙する。
 互いに武器を構え、衰えぬ戦闘意欲を見せつけながら。
 
 どちらかが動かなくなるまで戦う為に。



 だがその時、二人の間に突如として暴風が吹き荒れた。



 それは二人が身じろいでしまう程に激しく。
 気を緩めれば吹き飛ばされそうな程に強く。
 吹き荒れる砂塵を目が嫌い、堪らず腕で顔を覆う。

「二人ともここまでですっ!!」

 そんな二人に届いたのは甲高い叫び声。
 それに気付いて腕を退ければ―――

 砂塵の中で巨大な虹翼を放つ一人の人影が間に立っていて。

「ちゃ、茶奈……なんでここに!?」

 そう、現れたのはなんと茶奈。
 彼女が身を挺して間に入り、戦いを止めようとしているのだ。

「止めるんじゃあねぇ!! これぁ俺とヤツとの戦いだぁ!!」

「そんな身体で何が出来るっていうんですかっ!! 今なら私だって勝てますよ!!」

「うぐっ、てんめぇ……」

 そんな茶奈はどこか必死だ。
 瀕死にも近い剣聖へと全力を出す事も厭わない程に。

 その証拠に、茶奈の放つ光は既に限界突破オーバードライヴ状態。
 空を突かんばかりの巨大な光翼が突風を打ち放ち、砂塵を更に濃くさせていく。 

「これ以上戦ったら民間に被害が出るからもうダメです!!」

「え!? そうなの?」

 おまけにその理由がこうもハッキリとしていれば、引き下がる事も出来ないからこそ。

 長い時間を戦い続けていた所為だろう。
 二人は今この場所がどこなのか気付いていない模様。

 実は今のこの場所、グランドキャニオンから遠く遠く南下し続けた地点。
 その距離は開始地点からおおよそ一〇〇キロメートル先で。
 国道さえ突き抜け、目前に町がある所にまで到達していたのだ。

 民間施設へと影響が及ぶのはさすがにまずい。
 という訳でこうして急遽茶奈が間に割って入ったのである。

「ならまた元の場所に戻ってやりゃあいいじゃあねぇかぁ!!」

「いや、ここまでにしましょう。 もうどっちもボロボロでまともに戦えるとは思えませんし」

「くぅ~!! スッキリしねぇなぁ~」

 とはいえ勇としても助かる所だ。
 勝敗よりも戦いそのものに意義を感じる彼だからこそ。
 得られた事が余りにも多かったから、先程言った通りもう満足している。

 決着が付かないのがモヤモヤする所は一緒であるが。

「今度は全てが落ち着いたらやり合いましょう? そこまで決着はお預けって事で」

「絶対だぞ!? 約束だからなぁ!!」

 剣聖もこう言われれば納得せざるを得ない。
 不満はあっても、状況がわからない訳ではないから。

 ただ、こうして地団駄を踏む筋肉巨人はいささか滑稽。
 迫力も縮んでいた事が拍車を掛け、勇にも茶奈にも思わぬ苦笑いが浮かんでいた。





 こうして急遽、二人の戦いは終わりを告げる事に。

 幸い大きな被害は無く、強いて挙げるなら小さな国道が二本ほど潰れただけ。
 それも想定していた被害ともあり、バックアップに問題は無いそうな。

 崩壊した山々に関しては……この際目を瞑るとして。





 それでアルクトゥーンに戻った二人はと言えば―――

「たぁー!! 寝てるだけなんてもう面倒くせぇ!! ちょいと身体動かしてきていいかぁ!?」

「ダメです。 内臓まで傷付いてるんですから」

「なぁ、俺は別に寝なくても平気なんだけど……」

「ダメです。 今はゆっくりしてください」

 現在、医務室のベッドの中。
 茶奈だけでなく多くの仲間達に囲まれ、監視の中での強制療養行きである。
 とはいえ、なんだかんだであれ程傷付いて心配しない訳でも無いが。
 
「しっかし、勇も剣聖さんもよくまぁあそこまで暴れたもんだ。 このままアリゾナ吹っ飛ぶんじゃねぇかって大統領さん割とビビってたぜ?」

「その代わり良い戦いを見せて頂きましたがね。 いっそ艦から降りて間近で見たかったものですよ」

 それだけ二人の戦いは見応え凄まじかったのだ。
 少なくとも、力に憧れる者達にとっては。

「でも程ほどにして欲しいんだけど? こういう時に面倒見るのって大抵私かイシュなんだし。 はい、これでオッケ」

「フホホ、すまねぇなぁ」

 ただ瀬玲にとっては面倒この上無い話な訳で。
 ササっと命力糸で傷口を縫合したものの、半ば呆れ気味の溜息を零す。

「さっさと秘術使って治せばいいのにさ」

「んな事して余計な命力が体に巡っちまったら俺の場合は弱っちまうんだぁよぉ。 んなら自分で修復した方がはえぇ」

 何故そんな回りくどい治療をしているのかと言うと、それは剣聖の身体が特別製だから。

 常に身体を意識して圧縮している剣聖。
 でもそこに他人の命力が入り込むと、その意識に他人の意思が乗ってしまう。
 すると「縮んだ形が正しい」という認識が潜在意識に入り込み、身体を凝縮固着してしまうのだとか。
 それによって結果的に弱くなるのだという。

 いつか心臓を貫かれた時も、復帰が遅くなったのはそれが原因。
 茶奈に大量の命力を流してもらった事で、逆に身体を復元するのに手間取ったという訳だ。
 もっとも、その時は生死の境目だったので否が応も言っていられなかったが。

「あー腹いてぇなあ。 手を伸ばすのが面倒くせぇ。 おうセリ、水取ってくれや」

「仕方ないわねぇ……」

「せっかくだからちょい足掻いてくれや」

「なんで私がそこまでしなきゃいけないのよ……」

「なんでってお前、若くて綺麗な女にそうされた方が嬉しいからに決まってるだろうがよ」

 それにしてもこの二人のやり取りはまるで晩年夫婦である。
 背後で見ているイシュライトがほんの少し不機嫌そうになるくらいに。
 瀬玲自身も下手なお世辞で靡く訳も無く、据わった目を向けて半ば呆れ気味だ。

 もちろん剣聖はそんな事など意識していないだろう。
 故にその歯牙は次々と他の仲間達へと波及する事に。

「おうシンキ、あの黄色くてすっぺぇ果物が喰いてぇ!!」

「あーはいはい、ミカンっすね。 今持ってきますよぉ」

「おうマヴォ、俺の代わりに魔剣を修復に出しといてくれや」

「了解した。 すぐにでも直してもらうとしよう」

 調子に乗ったのか、皆を次々とパシリに使い始めていて。
 でもまんざらでもないのだろう、誰も抵抗する事なく受け入れる。

 先日の総当たりで誰しも剣聖の力を味わったから。
 勇との戦いでその実力を垣間見たから。
 今の彼等にとって剣聖はまさしく目上の存在であり、憧れでもあるのだろう。

 だから瀬玲も渋々ではあるが言われるがままにする。
 それが自身の強さの立ち位置を教えてくれた者への感謝でもあるから。

「おうラクアンツェ、ちょっと肩揉んでくれや」

「あらぁ剣聖、肩に【光破滅突】してなんて、トドメを刺して欲しいのかしらぁ?」

 もちろんそれは若輩者達に限るが。

 間も無く手首を「キュィィィン」と回転させるラクアンツェを前に、剣聖が堪らず首を引かせる。
 その色んな意味で異様な雰囲気には、さすがに慄かざるを得なかった様だ。

「茶奈でもいいぜぇ?」

「ダメです。 私は勇さんの看病があるので!」

 そして一番気に掛けている茶奈はと言えば、やはりガードが堅い。
 何より勇を包帯の繭に包む事で忙しいので。
 当人の意識が半分オチていようがお構い無く。

 せめて首を全力で縛る事だけは止めてさしあげて欲しい所。

 包帯が荒々しく舞い上がる中、遂には下半身にまで移行していて。
 されるがままの勇を眺める剣聖はどこか楽しそうだ。

「おめぇら相変わらず仲がいいなぁ。 そろそろガキでもこさえたらどうだぁよ」

「ガ、ガキって、いやいや、俺達まだ結婚してないですから」

「そうですっ!! それは全部終わった後ですっ!! あ、勇さんズボン脱がしますね」

 何せ剣聖はこんな二人の姿をずっと昔から見て来たから。
 時には二人が恋人同士なのだと勘違いしてしまった事がある程に。

 彼の人生においてはそれ程長くなくとも、わかり易いくらいに一緒に居続けていて。
 そんな二人がこうして人前でアンダーを降ろせるくらいの公認の仲にもなれば、微笑ましくも見えよう。
 やっとあるべき形になれたのだな、と。

 今起きてる事が現代においての良識であるかどうかは別として。

「なら意地でも勝たなきゃなぁ。 おめぇらのガキもが普通に過ごせる世界の為によ」

「そうですね。 だから俺、こうしてたくさん技術を教えて貰えたから感謝してます。 この力ならきっと世界を救う一手になれると思うから」

 こう真面目に話しているが、勇は現在パンイチパンツ一枚である。
 それも間も無く包帯の繭で包まれる事になるが。

「それに俺達だけじゃない。 例え満足出来なくても、出来るだけたくさんの人が納得出来る世界に導きたいんだ。 その為にも、剣聖さんも協力してくださいね」
 
「ったく、わかってらぁ。 すぐにでもこの傷を治しておめぇら全員鍛え直してやるぜ」

 でも二人はそんな些細な事など気にしてはいない。
 互いにあれだけ殴り合って、斬り合って、その上で納得し合ったから。

 この二人はもう、互いをわかり合った親友の様なものなのだから。



「おう、だが忘れるんじゃあねぇぞ? 全部が終わったら決着付けんだかんなぁ!」



 ただ、それはとても自然に放たれていた。
 勇が「わかってますよ」と鼻で笑う様に返してしまう程に。
 その事実に気付かないまま。

 その瞬間、茶奈の包帯で包む手が止まる。
 いや、彼女だけじゃない。
 周りの者達が全てが。

「あらあら、この短期間に随分評価が上がったものねぇ」

「あん? 何がだぁよぉ?」

 しかしどうやら当の剣聖すらも気付いていない様だ。
 自分の発言した一言の意味に。

「いやだってほら、剣聖さんが勇の名前を言うのって初めてじゃん?」

「あ……そっか。 まったく自然体で気付かなかったよ」

 そう、剣聖は基本的に相手の名前を覚えない。
 自分が認めた相手でなければ。
 実力が見合った者でなければ。

 ……という噂があった訳で。

 実際、初めて会った時も勇は才能が無いなどと言われてこき下ろされて。
 逆に命力の才能に溢れた茶奈は直ぐにでも名前を覚えられた。
 それで以降も勇は名前一つまともに呼ばれた事も無かったから。

 今までその噂が真実だと誰しも疑っても見なかったのだが。

「才能が無い奴の名前は憶えないーとかいう噂だったのに」

「あぁん? そうだったかぁ? いつもは名前覚えるのが面倒だってだけだぁよぉ!! おめぇらの名前くらい昔っから覚えてらぁ。 いちいち分けて言うのも面倒くせぇし、思い出すのも面倒くせぇけどなぁ」

 でも所詮は噂である。
 剣聖の物覚えが悪いのは意識を体に向けているからであって、決して噂通りではない。
 だからこうして覚えるべき人物が居るのであれば覚える事も吝かではなく。

 剣聖はもう既に勇達の名前を憶えていたのだ。
 
 勇に至ってはきっと、殆ど初期から。
 恐らくは最初の強敵、ダッゾ王を倒した時から。

 その名前を口に出すのも面倒だった。
 思い起こす事も面倒だった。
 そんな理由で口にしなかったから、ただ気付かれなかったに過ぎない。

「え、何? お前等そんなどぉうでもいい事気にしてたの? ぷぷっ!!」

 だがそんな噂が立っていたなんて気付いてしまえば、剣聖も笑わずにはいられない。
 たちまち真っ赤に染めた頬を膨らませ、瀬玲達を嘲笑う姿が。

「あ"!?」

 ただその愉快に嘲笑う姿はどうやら瀬玲の癪に障ったらしい。
 余りの怒り故に、その右手をワナワナとさせる程に。

 そしてその手が「ギュッ」と握り締められると―――

「フンッ!!」

「んがあッ!? いっでぇ!!」

 途端に剣聖の傷口を縫合していた命力糸が弾け飛ぶ。
 些細だが瀬玲にしか出来ない逆襲である。

 とはいえこれは痛い。
 傷口を抉られる一撃はさすがの剣聖も痛い。
 笑いの腹筋運動と重なって生まれた激痛ゆえに、悶絶さえも誘う。

「あー私疲れたから帰るわー。 バロルフ、剣聖さんの下の世話頼んだわー」

「あぁ!? このまま放置するんじゃねぇ!! つかバロルフてめぇ何で顔赤らめてやがんだ気色悪ィ!!!!」

 そんなこんなで気付けば周囲からの笑いが場を包んでいて。
 勇も剣聖も茶奈達も揃って話で盛り上がる。
 もうそこに歳の差も使命も宿命も関係は無い。

 今はこうして語り合う事が出来る時だから。



 そう、今だけは。



 勇と剣聖の戦いはグランディーヴァに大いなる力をもたらした。
 しかしその力が役立つ時はそう遠くないだろう。 

 こうしている間にも世界のどこかで闇が蠢き続けているのだから。

 その事にも気付かぬまま、勇達は世界を奔走する。
 少しでもアルトラン・ネメシスを追う手掛かりを得る為に。



 そうして早くも、二週間の時が過ぎ去っていた。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

剣神と魔神の息子

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:1,809

テイマー勇者~強制ハーレム世界で、俺はとことん抵抗します~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:142

魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:428

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:646pt お気に入り:2,426

中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:14

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:13,953pt お気に入り:17,512

面倒くさがり屋の異世界転生

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:994pt お気に入り:5,163

処理中です...