時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

文字の大きさ
上 下
997 / 1,197
第三十五節「消失の大地 革新の地にて 相反する二つの意思」

~手筈通りだと楽勝だよな~

しおりを挟む
 フランスレピュブリク共和国フランセズ
 遥か昔からの長い歴史を持つ、ヨーロッパに連なる国の中でも屈指の大国だ。
 昔から様々な戦争や文化交流を経て、多くの伝説を生み、今の時代の一端をなお築き続けている。
 歴史故にその存在感も強く、各国に与えた影響は大きい。

 その国柄はと言えば、人権といった権利などに強い拘りを持っている。
 『フランス人権宣言』などに謳われた思想が根強く国民に浸透しているからであろう。
 それ故に国としても人の出入りに寛容で、多種多様な人間が集まる人種のるつぼでもある事は有名。
 有事の際には移民も率先して受け入れ、各国から称賛を受ける事も多い。

 しかしそれも今となっては過去の事である。

 フララジカが起きてから僅か五年余りで、このフランスという国は劇的な変化を迎えた。
 今までの概念を大きく歪めてしまう程の、大きな変化を。

 そのきっかけこそフララジカではあるが、原因は全く異なる。
 元々この国が孕んでいた裏側の問題が結果的に浮き彫りになったのだ。

 多くの人々が安寧を求めてこの国に訪れ、寛容なフランス人達はそんな彼等を喜んで受け入れた。
 受け入れられた事で彼等の心意気に感謝した者は多いだろう。
 新天地に不安を抱きながらも救われた者は多いだろう。

 だが全ての人間がそうとは限らない。

 近年になり、その移民制度には限界の兆しが訪れていた。
 移民した人間がフランスという国に馴染めず、自分達だけの居住区コロニーを設け始めたのだ。

 国に馴染めない彼等はとうとう勝手を始める事となる。
 現地人の好意を無下にし、ルールを無視し、犯罪に手を染め始め。
 あろう事か今の母国であるはずのフランスを咎め、卑下し、罵ったのである。

 それによって治安は悪化の一途を辿り、昔からこの地に住む者達の生活を脅かし始める事となる。
 もちろん、移民政策によって彼等と馴染む事が出来た者達も同様に。

 平和に過ごしていたフランス人民はそれによってどれだけ苦痛を味わっただろうか。
 その平和に一役買っていた移民融和勢はどれだけ無念を抱いただろうか。

 そんなある時、とあるフランス人がこう言った。
 「フランスが嫌いなら出ていけ」と。
 とあるフランス人がこうとも連ねた。
 「治安の悪化は全ては移民のせいだ」と。
 
 例え人権を尊重する者達であろうとも、人権を無視する傍若無人な行いには許す事が出来なかったのだ。
 そんな声が次第に高まり、集まり、炎となっていく。
 国中を揺るがす程の大きな炎に。

 そこにフララジカが起きた。

 そしてデュゼローが現れた。

 【東京事変】でのデュゼローの宣言はそんな愛国心の強いフランス人達の心を強く打ったのだ。
 「世界を守る為に、敵を憎み、咎め、戦え」という言葉が彼等に強い勇気を与えたのである。
 全ては国を蝕み、脅かし、苦しめる〝非国民〟たる存在を討ち滅ぼす為に。

 その瞬間―――フランスという人権国家にて、爆発的な勢いで〝非国民〟の弾圧が広まった。

 それはデモから始まり。
 暴動や喧嘩などの騒動に発展。
 遂には政府や軍、警察までもが彼等を後押しし。
 国を蝕む〝非国民〟というレッテルを貼られた存在を片っ端から駆逐していったのだ。
 もちろんそれは同罪を犯す同郷人も例外ではない。

 〝国を守る為に、生活を守る為に、秩序を乱す者を徹底的に排除する。
  自ら望んで改善出来ぬ者にこの国で恩恵を享受する資格は無い〟……と。

 反対に、ルールを守る者は移民系であろうと強い寛容の意思を示した。
 例え弾圧を始めても根幹は変わらない。
 彼等は国の為に一致団結して守ろうという強い意思を持ち始めたのである。

 これが国民が総出となって立ち上がった結果。
 そういった行動を後押ししたのは―――デューク=デュラン率いる【救世同盟】。

 今や彼等はフランス政府とも大きな繋がりを持つ。
 フランスそのものが【救世同盟】であると言わんばかりに。
 中規模団体がいくら解散しようとも、その基盤は揺るぎはしない。

 自国の敵たる存在に向ける彼等の意思はそれ程までに強く、情け容赦無用。
 今のフランスはその様な国へと変貌を遂げていたのである。





 そんな国の首都、パリ。
 花の都とも呼ばれるその街に、一機の航空機が舞い降りた。
 アメリカからの直行便で、認可を受けた普通の旅客機である。

 例え国内情勢が封鎖的になろうとも、観光客を受け入れない訳ではない。
 海外に一時的に住んでいた自国民や、友好的な観光客には今なお寛容的だ。
 入国者一人一人に厳しい監査の目を飛ばし、かつ相応しくない者には入国すら許さないが。

 その旅客機から二人の老夫婦が降り立つ。
 服の合間から見える肌にはシワが目立ち、相応な齢である事を感じさせる。
 しかし歩き方は堂々としたもので、未だ衰えない力強さを誇示するかのよう。

「ようこそフランスへ。 観光ですか?」

 入国審査官が訪れた老夫婦へとそう尋ね。
 老婆がゆるりと顔を向け、嬉しそうに「フフッ」と笑う。

「いえ、帰郷なんです。 息子夫婦に呼ばれてアメリカに住んでいたんですが、例の騒動で怖くなってしまって」

「それはそれは……」

 例の騒動とは当然、グランディーヴァとアメリカとの戦いの事だ。
 それを察した審査官が思わず顔を曇らせ、心配の表情を向ける。
 手馴れた手付きで手渡されたビザを確認し、当人達である事を確認しながら。

「ローラン夫妻ですね、確認が取れました。 同郷の人達にも宜しく伝えてください」

 そんな口ぶりは独特ななまりを含んだもの。
 きっと二人の話し方が同郷のそれと同じだったから、悟った上で粋な計らいを見せたのだろう。
 老夫婦もそんな彼の心遣いに思わぬ笑顔を浮かばせていて。

 入国を許可され、ゲートを潜った二人がようやくフランスの地へと足を踏み入れる。
 背後で審査官や警備員による観光客取り押さえ騒動が巻き起こる中で。

 取り押さえられたのは何もしていない一般人。
 ただ身なりが怪しいという事だけで彼は総勢四人に囲まれる事となったのだ。
 今、この国はそれ程までに入国が厳しい国となっているのである。





 老夫婦がキャリーケースを引き、空港外を歩き行く。
 チラリチラリと周囲を見渡してタクシーを探しながら。

「手筈通りだと楽勝だよな」
「ちょっと、ここでそういう事言うの止めてくれる?」

 しかしその老夫婦の雰囲気は先程までの緩やかさとは打って変わり。
 活舌の利いた鋭い口調での会話を始めていて。

 それはまるで抑圧された気持ちを吐き出すかのよう。

「へへ、まぁ硬い事言うなっての。 俺、パリに一度来てみたかったんだよなぁ」

「は? アンタが柄でもない……」

 そのやりとりは夫婦とも言えるがもはや晩年過ぎてもはや遠慮見境無い程の。
 いや、きっと二人は夫婦ですらないからここまで言い切れるのだろう。



 そう―――何を隠そうこの二人、実は心輝と瀬玲なのだ。



「ホテル着くまで黙ってて」

「へいへい」

 タクシーを見つけては乗り込み、予定していた宿泊地へと向かう。
 その姿は黙ってしまえばたちまちこの街に溶け込む程自然で。
 誰に疑われる事も無く、二人は花の都へとその姿を消していった。



 こうして二人がパリに訪れたのは決して観光の為ではない。

 これもグランディーヴァが敷いた極秘作戦。
 ヴェールに包まれたフランス内情を調査する為に、スパイとして潜り込んだのである。



 フランスの内部情報はアメリカ政府でも掴めてはいない。
 ブライアン曰く、以前諜報員エージェントを送り込んで調査しようとしたらしく。
 しかしいずれも全て失敗に終わり、彼等は帰ってこなかったのだそうな。

 恐らくそれは影でデュラン達が動いた結果なのだろう。
 彼等に狙われれば、普通の人間である諜報員など赤子同然なのだから。

 そういった事情もあり、今回はグランディーヴァのメインメンバーが自ら降り立ったのである。
 アメリカの協力を得て、最新技術を駆使した変装で姿を変え。
 彼等の情報網から「どの様なタイミングで入国が出来るか」といった緻密な計画の上で。
 心輝と瀬玲を迎えた審査官がその場にいたのも計算通りという具合に。
 
 当然、こうしてフランスに降り立ったのは心輝と瀬玲だけではない。
 フランスの各地でグランディーヴァの人員が着実に侵入を果たしていたのだ。





 フランス南東、リヨンでは―――

「シドーパッパ! リヨンきたよ!!」

「はは、なんかこういうのも悪くないね」

 獅堂とナターシャが親子に変装してイギリスを経由でリヨンに降り立ち。
 観光客としてパリにも劣らない発展の街並みに溶け込んでいた。

 ナターシャのはしゃぐ姿はまさに観光者そのもの。
 獅堂が別の意味で感慨に耽る程に。





 そしてオルレアン南西部にあるムン=シュレ=ロワルでは―――

「なかなかシュールだねぇ、公共トイレからの入国って」

「言っとくけどそれを選んだのはディックだからな? 俺の意思は関係ないぞ」

 とある公園の公共トイレから揃って姿を現したのは勇とディック。
 ここがディックの地元らしく、土地勘もあるとあって天力転送で訪れたのだ。

 ディックはいわば影の隊員。
 身バレしていないという事もあり、彼は変装不要。
 勇だけが厳つい赤肌メキシコ系のおじさんへと変装していた。



 それぞれが自分達の役割を果たす為に街を行く。
 未だ見えぬ相手の正体を探る為に。

 勇達グランディーヴァの戦いはもう既に始まっているのだ。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

剣神と魔神の息子

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,809

テイマー勇者~強制ハーレム世界で、俺はとことん抵抗します~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:142

魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:428

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:795pt お気に入り:2,427

中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:14

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:13,577pt お気に入り:17,514

面倒くさがり屋の異世界転生

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:937pt お気に入り:5,163

処理中です...