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第三十一節「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」
~前編優曲〝決闘〟~
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航行開始から三日が過ぎた。
現在、ロシア西部……後一日もすればヨーロッパへ辿り着くといった地点。
とはいえ、その道中は未だ多難だ。
いくらアルクトゥーンが速く航行出来るとしても、早々街がある場所を突っ切る訳にはいかない。
存在の影響力や騒音などで経路にある街に迷惑を掛ける可能性もあるからだ。
高度が高くとも、普通の旅客機など話にもならない巨大さともあり、そこから生まれる音は膨大だ。
そういう事もあり、大陸上を突き進む旗艦は街などを極力避けながら動かなければならないのである。
海までいくのも選択肢としてはあるが……結果的に遠回りになってしまう。
それというのも……アルクトゥーンは今、地球の自転の動きに乗っているからだ。
この艦には反重力機能が備えられている。
影響こそ完全に断ち切る事は出来ないが、浮くだけならばほとんど力を使わずに済むといった代物だ。
その特性を利用し、ほぼ地球の自転だけで移動しているのである。
つまり、アルクトゥーン自身はほとんど自己航行をしていない。
内燃力である命力を無駄に使わない様にするのと、出来うる限りの騒音を生まない為。
もちろん自己推進能力は有しているが、それを使えば相当な轟音が発生してしまう。
有事でなければ、極力使わない様にする……それがグランディーヴァの打ち立てた方針の一つだった。
旗艦が悠々と航行している間も人々は生活を続けている。
民間フロアは出発時の時刻を基軸にした時間帯に合わせて消灯が行われており、生活のリズムを崩さない様にされている。
つまり時差などに関係無く、日本時間を演出する様になっているのだ。
そういう事もあって、彼等の生活リズムは早くも安定する様を見せていた。
そんな中……民間居住フロア下の階層、多目的フロア。
半球状になっている底部の空いた空間を利用して設けられた場所だ。
中央を囲う様なドーナッツ状になっており、その半分は上階の店舗などと繋がった倉庫などにもなっている。
そこでとある催しが行われようとしていた。
それは催しというよりも……一種の見世物と言った方が正しいだろうか。
多目的フロアには多くの施設が並んでいる。
それは民間の人間が使うだけでは無く、勇達が使う為にも造られた場所だ。
トレーニングなどに使う訓練機器が備わっている部屋もその中にある。
魔特隊本部地下にあった様な実戦訓練を行う為の広場もまた、そこに存在していた。
広場の上部壁際には、広々とした空間を眺める多数の者達の姿が。
彼等が居るのは……防護ガラスに守られ、仕切られた形で存在する見学スペース。
その場所は命力フィールドで防御されており、戦いの影響を気にせず安心して観ていられるといった場所。
そこに居るのは茶奈達戦闘員だけではない。
勇の両親を始め、気になってやって来た人々がこぞって訪れていたのである。
彼等が眺める広場に見えるのは二人の人影。
その中央に立つのは勇。
そして彼の前に立つのは……イシュライト。
これはずっと、イシュライトが望み続けて来た……決闘だった。
事のキッカケは当然、魔特隊本部でのバロルフとの戦いだ。
イシュライトはあの時からずっと、勇と手合いする事を密かに望んでいた。
勇の真の力を引き出し、その力とどこまで渡り合う事が出来るのかを知りたいが為にである。
広場には何があってもいい様にと、瀬玲を始め医療班がスタンバイ済み。
それほどまでの本気の戦い。
「是非とも見て欲しい」と言われてやってきた両親組はどこか不安そうだ。
それというのも、彼等は自分達の子供が戦いに行く事に未だ否定的であるからだ。
だからこそ、このデモンストレーションで勇達が今どういったレベルで強いのかを知ってもらう必要があった。
勇達が如何に強いか……その力を示す為には実際に見てもらった方が早い。
もっとも、見た所で何が起きているかがわかるとは言い難いが。
しかし、そんな中で……当の勇の両親はと言えば、どこか楽しそうに茶奈と話している。
まるで不安など何一つも無いと言わんばかりに。
それもそのはず……彼等は既に勇の強さを知っているからだ。
この二年間、勇は実家からロードワークという名の跳躍運動を行ってきた。
それは当然常軌を逸した行動……彼の強さを理解するには十分だったのだ。
勝つか負けるかまではわからないが、死ぬ事は無いだろう……そう確信しているのである。
「それで……あのイシュライトさんって勇君と比べてどれくらいの強さなの?」
勇の母親が覗き込む様に広場を眺めながら茶奈に質問を飛ばす。
すると茶奈は……「うーん」と唸りながら首を傾げ、悩む姿を見せ始めた。
「実の所、よくわからない……かな?」
茶奈の煮え切らない答えに、勇の父親が思わず眉を細める。
さすがに心配は無いという訳ではなく……思わぬ答えが僅かな動揺をもたらした様だ。
「も、もしかして相当強いとか……?」
声もどこか震えている。
もしかしたら余裕があったのは見かけだけなのかもしれない。
それが他の両親達に苦笑を呼び込んでいた事に誰も気付く事無く。
そんな中……茶奈の代わりに答えたのはズーダーだった。
「イシュライト殿は恐らく茶奈殿達よりも強い。 少なくとも見立てでは、だが。 それでも勇殿が負けるかどうかの指標になるかどうかはわからないな……」
しかしそんな声もどうにもはっきりしないもの。
勇の父親の口元が僅かに窄まり、心配がおもむろに顔に出る。
そこはやはり親子か……勇と同様の隠し事の苦手な一面が垣間見えていた。
「ズーダーの言う事に間違いはねぇ。 今までの二年間、俺達が強く成れたのはイシュのお陰と言っても過言じゃねぇからな。 勇の代わりの良い見本になってくれたってワケさ」
その後続く「よく知ってるじゃねぇか」という心輝からの小さな声掛けに、ズーダーもどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
ズーダーは非力ではあるが、観察眼には優れている。
そういった分析を行うのも彼の一つの仕事であり、魔特隊時代でも彼等の欠点を戦闘中の映像から導くなどといった事をしていた。
ほんの少し天然な所もあって、その分析データを小嶋に提出しかけた事もあるのだが……そこはレンネィと笠本のサポートで事無きを得ていた様だ。
そんな彼等の背後で、白い毛の巨体がゆるりと動く。
見知った姿ではあるが、やはり怖い人は怖い様で……その周囲は妙なスペースが空いていた。
「イシュライトの力は底が知れん。 追い付けているのかもしれんが、そうも思わせない余裕さも彼の力の一端なのだろうな」
マヴォは兄アージと共にイシュライトと戦い、勝った経験がある。
しかし茶奈達だけでなく、イシュライトとて修練を続け、成長し続けているのだ。
二年前の経験など、もはや何の宛てにもならない。
その時から彼の本気を見た事が無いのだから。
誰しもが神妙な面持ちを浮かべる中、二人の戦いが始まろうとしている。
戦神 対 戦神……それが導き出す結果が如何なものか。
それを知るのは誰でもない……これから戦う二人だけなのかもしれない。
現在、ロシア西部……後一日もすればヨーロッパへ辿り着くといった地点。
とはいえ、その道中は未だ多難だ。
いくらアルクトゥーンが速く航行出来るとしても、早々街がある場所を突っ切る訳にはいかない。
存在の影響力や騒音などで経路にある街に迷惑を掛ける可能性もあるからだ。
高度が高くとも、普通の旅客機など話にもならない巨大さともあり、そこから生まれる音は膨大だ。
そういう事もあり、大陸上を突き進む旗艦は街などを極力避けながら動かなければならないのである。
海までいくのも選択肢としてはあるが……結果的に遠回りになってしまう。
それというのも……アルクトゥーンは今、地球の自転の動きに乗っているからだ。
この艦には反重力機能が備えられている。
影響こそ完全に断ち切る事は出来ないが、浮くだけならばほとんど力を使わずに済むといった代物だ。
その特性を利用し、ほぼ地球の自転だけで移動しているのである。
つまり、アルクトゥーン自身はほとんど自己航行をしていない。
内燃力である命力を無駄に使わない様にするのと、出来うる限りの騒音を生まない為。
もちろん自己推進能力は有しているが、それを使えば相当な轟音が発生してしまう。
有事でなければ、極力使わない様にする……それがグランディーヴァの打ち立てた方針の一つだった。
旗艦が悠々と航行している間も人々は生活を続けている。
民間フロアは出発時の時刻を基軸にした時間帯に合わせて消灯が行われており、生活のリズムを崩さない様にされている。
つまり時差などに関係無く、日本時間を演出する様になっているのだ。
そういう事もあって、彼等の生活リズムは早くも安定する様を見せていた。
そんな中……民間居住フロア下の階層、多目的フロア。
半球状になっている底部の空いた空間を利用して設けられた場所だ。
中央を囲う様なドーナッツ状になっており、その半分は上階の店舗などと繋がった倉庫などにもなっている。
そこでとある催しが行われようとしていた。
それは催しというよりも……一種の見世物と言った方が正しいだろうか。
多目的フロアには多くの施設が並んでいる。
それは民間の人間が使うだけでは無く、勇達が使う為にも造られた場所だ。
トレーニングなどに使う訓練機器が備わっている部屋もその中にある。
魔特隊本部地下にあった様な実戦訓練を行う為の広場もまた、そこに存在していた。
広場の上部壁際には、広々とした空間を眺める多数の者達の姿が。
彼等が居るのは……防護ガラスに守られ、仕切られた形で存在する見学スペース。
その場所は命力フィールドで防御されており、戦いの影響を気にせず安心して観ていられるといった場所。
そこに居るのは茶奈達戦闘員だけではない。
勇の両親を始め、気になってやって来た人々がこぞって訪れていたのである。
彼等が眺める広場に見えるのは二人の人影。
その中央に立つのは勇。
そして彼の前に立つのは……イシュライト。
これはずっと、イシュライトが望み続けて来た……決闘だった。
事のキッカケは当然、魔特隊本部でのバロルフとの戦いだ。
イシュライトはあの時からずっと、勇と手合いする事を密かに望んでいた。
勇の真の力を引き出し、その力とどこまで渡り合う事が出来るのかを知りたいが為にである。
広場には何があってもいい様にと、瀬玲を始め医療班がスタンバイ済み。
それほどまでの本気の戦い。
「是非とも見て欲しい」と言われてやってきた両親組はどこか不安そうだ。
それというのも、彼等は自分達の子供が戦いに行く事に未だ否定的であるからだ。
だからこそ、このデモンストレーションで勇達が今どういったレベルで強いのかを知ってもらう必要があった。
勇達が如何に強いか……その力を示す為には実際に見てもらった方が早い。
もっとも、見た所で何が起きているかがわかるとは言い難いが。
しかし、そんな中で……当の勇の両親はと言えば、どこか楽しそうに茶奈と話している。
まるで不安など何一つも無いと言わんばかりに。
それもそのはず……彼等は既に勇の強さを知っているからだ。
この二年間、勇は実家からロードワークという名の跳躍運動を行ってきた。
それは当然常軌を逸した行動……彼の強さを理解するには十分だったのだ。
勝つか負けるかまではわからないが、死ぬ事は無いだろう……そう確信しているのである。
「それで……あのイシュライトさんって勇君と比べてどれくらいの強さなの?」
勇の母親が覗き込む様に広場を眺めながら茶奈に質問を飛ばす。
すると茶奈は……「うーん」と唸りながら首を傾げ、悩む姿を見せ始めた。
「実の所、よくわからない……かな?」
茶奈の煮え切らない答えに、勇の父親が思わず眉を細める。
さすがに心配は無いという訳ではなく……思わぬ答えが僅かな動揺をもたらした様だ。
「も、もしかして相当強いとか……?」
声もどこか震えている。
もしかしたら余裕があったのは見かけだけなのかもしれない。
それが他の両親達に苦笑を呼び込んでいた事に誰も気付く事無く。
そんな中……茶奈の代わりに答えたのはズーダーだった。
「イシュライト殿は恐らく茶奈殿達よりも強い。 少なくとも見立てでは、だが。 それでも勇殿が負けるかどうかの指標になるかどうかはわからないな……」
しかしそんな声もどうにもはっきりしないもの。
勇の父親の口元が僅かに窄まり、心配がおもむろに顔に出る。
そこはやはり親子か……勇と同様の隠し事の苦手な一面が垣間見えていた。
「ズーダーの言う事に間違いはねぇ。 今までの二年間、俺達が強く成れたのはイシュのお陰と言っても過言じゃねぇからな。 勇の代わりの良い見本になってくれたってワケさ」
その後続く「よく知ってるじゃねぇか」という心輝からの小さな声掛けに、ズーダーもどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
ズーダーは非力ではあるが、観察眼には優れている。
そういった分析を行うのも彼の一つの仕事であり、魔特隊時代でも彼等の欠点を戦闘中の映像から導くなどといった事をしていた。
ほんの少し天然な所もあって、その分析データを小嶋に提出しかけた事もあるのだが……そこはレンネィと笠本のサポートで事無きを得ていた様だ。
そんな彼等の背後で、白い毛の巨体がゆるりと動く。
見知った姿ではあるが、やはり怖い人は怖い様で……その周囲は妙なスペースが空いていた。
「イシュライトの力は底が知れん。 追い付けているのかもしれんが、そうも思わせない余裕さも彼の力の一端なのだろうな」
マヴォは兄アージと共にイシュライトと戦い、勝った経験がある。
しかし茶奈達だけでなく、イシュライトとて修練を続け、成長し続けているのだ。
二年前の経験など、もはや何の宛てにもならない。
その時から彼の本気を見た事が無いのだから。
誰しもが神妙な面持ちを浮かべる中、二人の戦いが始まろうとしている。
戦神 対 戦神……それが導き出す結果が如何なものか。
それを知るのは誰でもない……これから戦う二人だけなのかもしれない。
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