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第三十節「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」
~立風 嵐の予兆~
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東京での騒動も束の間、勇が魔特隊内の諸問題解決をもあっという間に果たした。
猛者であるバロルフと対峙したにも関わらず、午後ともなれば勇はいつもの余裕を取り戻し……ナターシャの身の上話やカプロのいきさつに耳を傾ける。
仲間達は勇の有り余らんばかりの強い力を前に戸惑いながらも、心強さを感じずにはいられなかった様だ。
大事な事を話し終えると、勇達の話題は次第に世間話へと移っていく。
後からミーティングルームへ訪れた笠本やズーダーをも巻き込み、気付けば談笑が場を包む。
彼等が和気藹々と会話を交わしているそんな頃、一台の車が魔特隊本部敷地内へと乗り入れた。
それは銀色のボディを持ったセダンタイプの車両。
エンブレムは国道ではあまり見掛けない海外メーカーの意匠を示し、ボンネットは面長と外車によく見られる特徴を有している。
タイヤは比較的大きく、馬力も高そうな爆音を吹き上げている辺り、相当な高級品である事が伺えた。
全体的に光沢は鋭く……太陽の光を存分に反射する辺り、おそらくは新車に近いものなのだろう。
そんな車で乗り付ける者はと言えば、知る中では一人しか居ない。
向かうはほぼがら空きの駐車場。
元々車を使う従業員も笠本や料理長の安居くらいで、他の人員は総じて自宅待機だ。
大きく開けたその場所へ迷う事無く走らせると、車四台分の駐車スペースの中心へと鋭く停車させた。
ふてぶてしいとされる停め方に脇目も振らず、左側の運転席の扉が勢いよく開かれる。
そこから現れたのは……老人には程遠い、若い身なりの男だった。
僅かにファッショナブルさを感じさせつつもスポーツ刈りにも近い短髪、顔にはまるで潜望鏡の様な両繋がりの黒いサングラスを掛けている。
服装はシルクのシャツに高級感を漂わせる白のスーツ調の上着を羽織り、下半身もまた同様に清潔感のある薄ベージュのチノパンを履きこなしていた。
男は素早く扉を閉めると、空かさず助手席側へと歩み寄っていく。
しかし男が着く間も無く助手席の扉が開かれ、中からもう一人の男が姿を日の下に晒した。
次に現れた者こそが福留。
先日に見たままの、灰色のスーツを着こなす彼本人であった。
「すいません福留さん、こういったエスコートは慣れていないものでして」
「気にしないで下さい、私にそんな気遣いは不要ですからねぇ」
先日の疲れも取れたのだろう、福留の顔に浮かぶのはいつもの笑顔。
陽の光に当てられた彼の顔はどこか尊大にも感じさせる。
そう返すと、福留は我先にと本部建屋へと足を踏み出す。
男もまた彼の後に付き、老人とは思えない素早い足取りに追従していった。
まだ夏にもなりきれぬ時期。
強い日差しが照り付ける今この時に風が吹き荒れようとしている。
それは南から押し寄せる熱風ではなく……嵐が如き逆風の連鎖である事を、まだ誰も知る由は無かった。
一台の車が本部に訪れた事は勇達も気付いていた。
何せ聴いた事の無い様な爆音を立てて到着したのだ、駐車場に近い部屋に居る彼等が気付かぬ訳も無く。
そしてそんな車に乗ってくるのが福留である事に気付くのもまた十分過ぎた。
勇達がこの場所に集まったのはそもそも福留の召集があったからこそ。
肝心の本人が予定に遅れてしまった訳ではあるが。
福留の到達を予感させた途端に勇達の談笑はピタリと止まり、緊張とも取れる静寂が僅かに場を包む。
勇と心輝以外のメンバーにとって、福留とは久々の再会となる。
かつての恩人とも言える人物との再会に緊張するのはいざ仕方の無い事だ。
相手が相応の立場の人間であればなおさらであろう。
誰に言われる事もなく押し黙る勇達に再び聞こえて来たのは足音。
軽やかな歩調を刻む「コツコツ」という甲高い音が大きくなっていく度に、勇達を取り巻く空気が僅かに堅くなっていく。
そして足音が止まった時、遂にミーティングルーム入口の扉が勢いよく開かれた。
「皆さんこんにちは、遅れてしまい申し訳ありませんでした……」
途端、勇達の顔が一斉に振り向かれる。
彼等の目に映ったのは、いつか見たままの福留の姿だった。
勇や心輝も先日会ったとはいえ、暗がりの中での再会だ。
こうして姿形がハッキリとわかり、落ち着いた状態での再会となれば、また別の感慨が湧き起こるのは必然だった。
彼の姿を目の当たりにした勇達の顔には、募りに募った想いからなる笑顔が浮かんでいたのは言うまでもない。
「福留さん……改めて、お久しぶりです」
「ええ、改めて……お久しぶりです。 あの時はドタバタしていて返事もまともに返せませんでしたからねぇ」
福留の相変わらずの笑顔が勇達へ向けられる。
それが勇のみならず、他の仲間達に安心を呼び込んでいた。
「いつもの福留さんが帰って来た」……そう思わずには居られなかったから。
「さて、色々と積もる話もあるでしょうが……それはまた後ほどにしましょうか」
福留がそう言いながら部屋の奥、壇上へと向けて足を運ぶ。
すると彼に続き、付いて来た男までもが部屋の中へと足を踏み入れた。
何一つ躊躇する事無く。
途端、勇達の視線が思わず男へと向けられる。
男が何者であるかに気付いた、たった一人を除いて。
そして男は何の迷いも無く……勇へとその身を向けたのだった。
「やぁ、勇君……久しぶりだね」
その一声を聴いた途端、勇達の目が見開かれた。
それは当事者であろう誰しもが忘れる事の出来ない声色だったから。
それは忌むべきとも言える声だったから。
男がサングラスを外し、彼等へとその顔を晒す。
その時、室内に騒然とした空気が一気に場を包み込んだ。
「お前は……獅堂!?」
「そう……僕が君達に怨まれても仕方ない、獅堂という男さ」
そう、彼は獅堂。
先日の東京での騒動の際に行方をくらましていたが、福留と合流を果たしていた。
そして今こうして彼のボディガードとして訪れ、姿を晒したのである。
誰しもが驚き、声を唸らせる。
茶奈に至っては敵対心を露わにし、鋭い眼光を向けていた。
会った事が無くとも事情を良く知っているマヴォもまた同様に。
対して獅堂は臆する事無く勇へと目を合わせる。
そこに何一つ疚しい事は無いと言わんばかりに。
「僕は福留さんの依頼を受けて、こうして護衛として付いてる訳さ。 決して非合法にここに居る訳じゃあないから安心して欲しい」
その口調は以前同様の軽口に近いものであったが……顔は笑っていない。
堂々と真剣な眼差しを向け、自身の立場を見せつけるかのよう。
しかしその視線は……意図的に心輝から逸れさせていた。
それは獅堂の配慮。
本来怨まれ、問答無用に叩き伏せられても仕方の無い人間である彼。
でも心輝は、そんな彼に対し手心を加えてやり過ごしてくれた。
だからこそ獅堂は逃がしてくれた心輝が不利にならぬ様、互いが出会った事を敢えて伏せていたのである。
「意図せぬ再会で戸惑うのも仕方の無い事だけど、今の僕は―――」
「俺ァ言ったハズだ……勇の前に現れた時は庇わねぇってよォ!?」
だが、そんな配慮を正面からぶち抜いたのは……誰でも無い心輝本人だった。
視線は向けられないまでも、拳を握った手が震えて怒りが表層に現れる。
それは決して獅堂が忠告に従わなかったからではない。
心輝もまた、獅堂が許せなかったから。
それでもなお、我慢して彼をやり過ごしていたから。
それでもこうして目の前に現れたのだ、直上型の心輝が我慢しきれず噴出するのは当然の事だ。
そんな声に誰しもが驚き、心輝へと振り向くが……再び獅堂へ振り返った時、勇達は思わず目を見張る事となる。
獅堂は……臆する事無く、その両腕を左右に開かせたのだから。
その姿はまさに無防備。
だがそれは……全て彼自身が望んだ姿だった。
「もちろん、庇わなくていい。 僕はこれから起きる事を全て受け入れるつもりでやってきたのだから」
猛者であるバロルフと対峙したにも関わらず、午後ともなれば勇はいつもの余裕を取り戻し……ナターシャの身の上話やカプロのいきさつに耳を傾ける。
仲間達は勇の有り余らんばかりの強い力を前に戸惑いながらも、心強さを感じずにはいられなかった様だ。
大事な事を話し終えると、勇達の話題は次第に世間話へと移っていく。
後からミーティングルームへ訪れた笠本やズーダーをも巻き込み、気付けば談笑が場を包む。
彼等が和気藹々と会話を交わしているそんな頃、一台の車が魔特隊本部敷地内へと乗り入れた。
それは銀色のボディを持ったセダンタイプの車両。
エンブレムは国道ではあまり見掛けない海外メーカーの意匠を示し、ボンネットは面長と外車によく見られる特徴を有している。
タイヤは比較的大きく、馬力も高そうな爆音を吹き上げている辺り、相当な高級品である事が伺えた。
全体的に光沢は鋭く……太陽の光を存分に反射する辺り、おそらくは新車に近いものなのだろう。
そんな車で乗り付ける者はと言えば、知る中では一人しか居ない。
向かうはほぼがら空きの駐車場。
元々車を使う従業員も笠本や料理長の安居くらいで、他の人員は総じて自宅待機だ。
大きく開けたその場所へ迷う事無く走らせると、車四台分の駐車スペースの中心へと鋭く停車させた。
ふてぶてしいとされる停め方に脇目も振らず、左側の運転席の扉が勢いよく開かれる。
そこから現れたのは……老人には程遠い、若い身なりの男だった。
僅かにファッショナブルさを感じさせつつもスポーツ刈りにも近い短髪、顔にはまるで潜望鏡の様な両繋がりの黒いサングラスを掛けている。
服装はシルクのシャツに高級感を漂わせる白のスーツ調の上着を羽織り、下半身もまた同様に清潔感のある薄ベージュのチノパンを履きこなしていた。
男は素早く扉を閉めると、空かさず助手席側へと歩み寄っていく。
しかし男が着く間も無く助手席の扉が開かれ、中からもう一人の男が姿を日の下に晒した。
次に現れた者こそが福留。
先日に見たままの、灰色のスーツを着こなす彼本人であった。
「すいません福留さん、こういったエスコートは慣れていないものでして」
「気にしないで下さい、私にそんな気遣いは不要ですからねぇ」
先日の疲れも取れたのだろう、福留の顔に浮かぶのはいつもの笑顔。
陽の光に当てられた彼の顔はどこか尊大にも感じさせる。
そう返すと、福留は我先にと本部建屋へと足を踏み出す。
男もまた彼の後に付き、老人とは思えない素早い足取りに追従していった。
まだ夏にもなりきれぬ時期。
強い日差しが照り付ける今この時に風が吹き荒れようとしている。
それは南から押し寄せる熱風ではなく……嵐が如き逆風の連鎖である事を、まだ誰も知る由は無かった。
一台の車が本部に訪れた事は勇達も気付いていた。
何せ聴いた事の無い様な爆音を立てて到着したのだ、駐車場に近い部屋に居る彼等が気付かぬ訳も無く。
そしてそんな車に乗ってくるのが福留である事に気付くのもまた十分過ぎた。
勇達がこの場所に集まったのはそもそも福留の召集があったからこそ。
肝心の本人が予定に遅れてしまった訳ではあるが。
福留の到達を予感させた途端に勇達の談笑はピタリと止まり、緊張とも取れる静寂が僅かに場を包む。
勇と心輝以外のメンバーにとって、福留とは久々の再会となる。
かつての恩人とも言える人物との再会に緊張するのはいざ仕方の無い事だ。
相手が相応の立場の人間であればなおさらであろう。
誰に言われる事もなく押し黙る勇達に再び聞こえて来たのは足音。
軽やかな歩調を刻む「コツコツ」という甲高い音が大きくなっていく度に、勇達を取り巻く空気が僅かに堅くなっていく。
そして足音が止まった時、遂にミーティングルーム入口の扉が勢いよく開かれた。
「皆さんこんにちは、遅れてしまい申し訳ありませんでした……」
途端、勇達の顔が一斉に振り向かれる。
彼等の目に映ったのは、いつか見たままの福留の姿だった。
勇や心輝も先日会ったとはいえ、暗がりの中での再会だ。
こうして姿形がハッキリとわかり、落ち着いた状態での再会となれば、また別の感慨が湧き起こるのは必然だった。
彼の姿を目の当たりにした勇達の顔には、募りに募った想いからなる笑顔が浮かんでいたのは言うまでもない。
「福留さん……改めて、お久しぶりです」
「ええ、改めて……お久しぶりです。 あの時はドタバタしていて返事もまともに返せませんでしたからねぇ」
福留の相変わらずの笑顔が勇達へ向けられる。
それが勇のみならず、他の仲間達に安心を呼び込んでいた。
「いつもの福留さんが帰って来た」……そう思わずには居られなかったから。
「さて、色々と積もる話もあるでしょうが……それはまた後ほどにしましょうか」
福留がそう言いながら部屋の奥、壇上へと向けて足を運ぶ。
すると彼に続き、付いて来た男までもが部屋の中へと足を踏み入れた。
何一つ躊躇する事無く。
途端、勇達の視線が思わず男へと向けられる。
男が何者であるかに気付いた、たった一人を除いて。
そして男は何の迷いも無く……勇へとその身を向けたのだった。
「やぁ、勇君……久しぶりだね」
その一声を聴いた途端、勇達の目が見開かれた。
それは当事者であろう誰しもが忘れる事の出来ない声色だったから。
それは忌むべきとも言える声だったから。
男がサングラスを外し、彼等へとその顔を晒す。
その時、室内に騒然とした空気が一気に場を包み込んだ。
「お前は……獅堂!?」
「そう……僕が君達に怨まれても仕方ない、獅堂という男さ」
そう、彼は獅堂。
先日の東京での騒動の際に行方をくらましていたが、福留と合流を果たしていた。
そして今こうして彼のボディガードとして訪れ、姿を晒したのである。
誰しもが驚き、声を唸らせる。
茶奈に至っては敵対心を露わにし、鋭い眼光を向けていた。
会った事が無くとも事情を良く知っているマヴォもまた同様に。
対して獅堂は臆する事無く勇へと目を合わせる。
そこに何一つ疚しい事は無いと言わんばかりに。
「僕は福留さんの依頼を受けて、こうして護衛として付いてる訳さ。 決して非合法にここに居る訳じゃあないから安心して欲しい」
その口調は以前同様の軽口に近いものであったが……顔は笑っていない。
堂々と真剣な眼差しを向け、自身の立場を見せつけるかのよう。
しかしその視線は……意図的に心輝から逸れさせていた。
それは獅堂の配慮。
本来怨まれ、問答無用に叩き伏せられても仕方の無い人間である彼。
でも心輝は、そんな彼に対し手心を加えてやり過ごしてくれた。
だからこそ獅堂は逃がしてくれた心輝が不利にならぬ様、互いが出会った事を敢えて伏せていたのである。
「意図せぬ再会で戸惑うのも仕方の無い事だけど、今の僕は―――」
「俺ァ言ったハズだ……勇の前に現れた時は庇わねぇってよォ!?」
だが、そんな配慮を正面からぶち抜いたのは……誰でも無い心輝本人だった。
視線は向けられないまでも、拳を握った手が震えて怒りが表層に現れる。
それは決して獅堂が忠告に従わなかったからではない。
心輝もまた、獅堂が許せなかったから。
それでもなお、我慢して彼をやり過ごしていたから。
それでもこうして目の前に現れたのだ、直上型の心輝が我慢しきれず噴出するのは当然の事だ。
そんな声に誰しもが驚き、心輝へと振り向くが……再び獅堂へ振り返った時、勇達は思わず目を見張る事となる。
獅堂は……臆する事無く、その両腕を左右に開かせたのだから。
その姿はまさに無防備。
だがそれは……全て彼自身が望んだ姿だった。
「もちろん、庇わなくていい。 僕はこれから起きる事を全て受け入れるつもりでやってきたのだから」
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