時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十六節「白日の下へ 信念と現実 黒き爪痕は深く遠く」

~でも切なくて~

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 勇がデュゼローに苦戦を強いられていた頃。
 茶奈達もまた、巨漢ギューゼルを前にして攻めあぐねていた。

 あれだけの猛攻を前にしてもギューゼルの勢いは衰えない。
 まるで仁王の如く腕をゆるりと振り回し、囲う相手に牽制し続ける姿が。

 三対一なのにも拘らずの戦況に、茶奈達も焦りを隠せないでいる。

 ただ、ギューゼルの方からは仕掛けてこない。 
 それが戦闘準備を再び整える余地すら与えてくれた様だ。

 茶奈は再び【フルクラスタ】を身に纏い、鳴音を響かせていて。
 しかも先程より濃度が濃いのだろう、先程よりもどこか輝きが強い。

 心輝は一転、纏っていた炎を取り去って腕に集約している。
 身体能力よりも攻撃力に重点を置いた結果である。

 瀬玲は壊れた弾倉を捨て、ベルトに下げた未使用弾倉を側部へグルリと寄せる。
 残弾こそ心もとないが、【カッデレータ】が通用しない今ならば充分だろう。

 誰も諦めていないからこそ。
 早くギューゼルを倒して勇へと追い付く為にも、今持てる全てを出し切るつもりだ。

 瀬玲が突如として両腕を広げ、両手指を「シュババ」と素早く動かして見せつける。
 仲間に向けた戦術指令のサインである。

 魔特隊が始まってから約二年。
 勇達はここに至るまでにありとあらゆる戦術・戦略の手段を学んできた。
 講師やインストラクターまでを呼び、戦闘技術の基礎から応用まで色々と。
 その知識を素に試行錯誤を加え、戦闘訓練にも加えて。

 その集大成がこの戦術サインだ。
 今の茶奈達は指をどう動かすかだけで、自分達の役割を把握出来る。

 そして指令役に今最も相応しいのが、冷静沈着でいられる瀬玲だからこそ―――



 そのサインを示された瞬間、心輝が再び飛び出していく。
 ギューゼルへと向けて一切の迷いも無く。



「先陣切るのはよォ!! 俺の役目だってえッ!!」

 両腕を腰へと引き込んで爆風を放ち、一直線に飛び込んでいく。
 炎を撒き散らしながら突き進む姿はまるで炎の弾丸が如し。

 しかしそれをギューゼルは見逃さない。
 揺り動かしていた片腕が突如として鋭く動き、迫る心輝を迎え撃つ。
 小さな体を砕かんばかりの剛腕豪速拳で。

 だが―――

バヒョウッ!!

 拳が打ち当たったと思えた時、ギューゼルはその目を疑う事となる。
 まるで心輝が炎そのものに成ったかの如く、炎に溶けて消えた事によって。

「ヌウッ!?」

 たちまち拳が残炎を撃ち貫く。
 手応えを一切感じぬ中で。

ヒュババッ!!

 そんなギューゼルの首がまたしても炎の縄で縛られる事に。
 心輝がなんとギューゼルの背後に回り込んでいたのだ。
 直撃の間際、炎の壁で己の身を眩ませて。

「うぉらあッ!!」

 でもそれは先程の様な身動きを止める為ではない。
 自身の速力に更なる推進力を得る為だ。
 縄を思いっきり引く事で、己の身をギューゼルの下へと強引に手繰り寄せたのである。

 更にはその左腕を力の限りに引き絞らせる姿が。

 引き込む慣性、爆発力、そして体の回転力。
 その全要素を合わせ込んだ渾身の拳こそが心輝の本命だからこそ。
 
「やらせぇんッ!!」

「アンタがねッ!!」

「ぬぐうッ!?」

 しかもギューゼルが心輝への迎撃に拳を振り上げた途端、その腕関節に衝撃が走る。
 瀬玲がその肘に鋭い一撃を加えた事によって。
 どうやら一瞬の隙を突いて急接近していたらしい。

 ただそれも所詮は牽制に過ぎない。

 その直後には、ギューゼルの振り上げようとしていた腕が動けなくなっていた。
 一撃を加えたと同時に、その腕を捕縛したからこそ。
 炎の縄を模倣した光の縄が引き絞られた腕を強引に縛り、固定していたのだ。

ガンッ!! ドゴンッ!!

 そうして生まれた隙が、心輝と―――そして茶奈の一撃にも繋がる事となる。

 心輝の渾身の一撃が右肩へ。
 茶奈の抉らんばかりの拳が腹部へと。
 容赦無き一撃一撃がギューゼルへと突き刺さる。

 あの堅牢なギューゼルが身をよじらせる程に効果的な一撃として。

 たちまち三人が揃って飛び退いては体勢を整える。
 下手な追撃が無用な反撃を呼ぶ事を知っているから。

 それに、生半可な攻撃を続けた所で、圧倒的な防御力を崩す事は叶わない。

 だからこその、息を合わせての同時攻撃が必要不可欠だ。
 それが最も有効な手段であるが故に。



「フフ……面白い、なかなか息の合ったコンビネーションだ」



 とはいえその同時攻撃も、数を重ねなければ意味はないが。

 今の連続攻撃を前にしても、ギューゼルの余裕は消えない。
 よじれた身体をゆらりと戻し、しまいには首をゴキリゴキリと捻っていて。
 それも、まるで「打たれ足りない」と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべながら。

「だが、威力が圧倒的に足りん。 俺の鋼鉄の肉体を貫ききるにはな」

 そう、届いていないのだ。
 今の様な連撃であろうとも、こうして余裕を見せつける程に。
 ギューゼルに深手を負わせる程には、力が一歩も二歩も及ばない。

 ただし一人を除いて、ではあるが。

「だからと言って、この壁が突破されないとも言い切れん。 その可能性を抱いているのは、貴様だ」

 その一人に向けて剛腕がゆるりと持ち上がる。
 そのまま示されたのは言うまでも無く、瀬玲である。

 そう、瀬玲ならばギューゼルの肉体を唯一貫く事が出来る。
 【アストラルエネマ無限の命力】を持つ茶奈でさえ貫けない相手をも。

 【命力の針】は防御無効の刺突撃だ。
 決まれば間違いなく損傷を与えられるだろう。
 もし急所を貫ければ、倒す事さえ不可能ではないかもしれない。

 でももし、その瀬玲が倒れたならば。



「すなわち、貴様を真っ先に倒せば―――俺を倒せる可能性は無くなるという事だあッ!!」



 それはすなわち、茶奈達が攻めの決定打を失うという事に他ならない。



 その瞬間、ギューゼルが大地を蹴り上げる。
 爆破の如き衝撃力を伴って。
 掲げていた腕を力の限りに引き込みながら。

 今までの攻防で理解したのだ。
 瀬玲こそがこの三人の要なのだと。

 故に、狙うは瀬玲ただ一人。
 
 瞬時に肉迫する程の超速度を以って、引き込んでいた腕を豪快に打ち下ろす。
 その速度、威力を前にすれば、瀬玲とて反応しきれはしない。
 当然、茶奈と心輝でさえも。

 避けられない。
 防ぎようがない。



 だがこの時、瀬玲は驚くべき行動を取っていた。
 なんと、彼女もまた拳を振り上げていたのだ。

 己の体全身で跳ね伸ばし、全力の両拳で迎え撃っていたのである。



バッギャァァァーーーーーーンッ!!

 衝撃が響く。
 空気が震える。
 塔が揺れ、地響きが立つ。
 それ程までの威力の拳が打ち合ったが故に。

 たちまち顔を歪ませたのは―――双方。

 ギューゼルの拳が鮮血で爆ぜる。
 瀬玲の渾身の反撃が防御を貫き、表皮を肉ごと千切ったのだ。
 それも剛腕が跳ね上げる程の衝撃を以って。

 瀬玲も無事では済まされない。
 双拳の弾倉が爆散し、更には魔装の命力珠までもが弾け飛んで。
 果てには筋肉や骨格にまで衝撃が響き、言い得ない激痛が神経を突く。

「ぐぅおおッ!?」
「うああッ!?」

 ただ、その体勢の優劣が勝敗を分けた。

 瀬玲はいわば跳び上がった所を撃ち落された様なものだ。
 そこに腕を破壊する程の衝撃が加われば、床に叩き付けられるのはもはや必然。
 
 対するギューゼルは叩き落しからの跳ね返り。
 そこからの自由度は瀬玲と比べれば天地の差である。
 ならば追撃さえも可能としよう。

 その時動くは再びのギューゼル。
 もう片腕の拳が床面を抉るかのごとく半月を描いて迫り行く。

 床に伏した瀬玲へと目掛けて。

「やッめッろおぉぉぉーーーッッ!!!」

 そのギューゼルの背後には茶奈と心輝が。
 一歩遅れてだが既に飛び出していたのだ。

ドゴゴォッッッ!!!!

 たちまち二人の拳が突き刺さる。
 今持てる力を振り絞った渾身の拳を。



 でも、ギューゼルは止まらない。
 全く止められない。

 怯ませるだけの一撃には、届かない。



ゴッシャア!!!



 故に、無情の拳が瀬玲を打ち上げる事もまた必然だった。

 石片と共に鮮血が舞う。
 力無き体と共に宙を舞う。

 たった一撃。
 たったそれだけで、茶奈達の抱く希望が一つ潰えたのだ。

 希望の残滓が二階の果てへと音無く消える。
 もう縋る事が出来ないのだと知らしめるかの如く、ただ静かに。

 ただ一つ、彼女の置き土産を残して。

ブシャアッ!!

 瀬玲を打ち上げたギューゼルの拳が、またしても爆ぜていたのである。
 反撃技の【命針鎧】がもう片手と同様に引き裂いた事で。

「セリィィィーーーッ!! てんめぇぇええーーーッッ!!!」
「うぁぁぁああーーーーーーッッ!!!」

 そして瀬玲がやられた今、この二人が黙っている訳も無い。
 例え攻撃が届かなくとも、無駄なのだとしても、引き下がれる訳が無い。

 瀬玲が体を張ってギューゼルの両拳を潰したのだから。

 ならばこの二人とて、その身を捧げる覚悟で挑むだろう。
 身体を前面に押し出し、ギューゼルの巨体へと連撃を打ち放つ。

 力の限りに、怒りの限りに。
 
ドガガガガガガッ!!

「うおおッ!?」

 攻撃は届かなくとも衝撃は通る。
 物体である以上は絶対に。
 だからこそ叩いて、叩いて、叩きまくる。

 今の二人が出来る事を全て乗せ、叩き貫くのみ。

「ぬぅああッ!!」

 周囲を飛び回る二人を振り払わんと、ギューゼルがその体を両腕ごと振り回す。
 その様相はまるで竜巻の如く、無数の破片が飛び散る程に豪快そのもので。

 けれど二人が止まるには至らない。
 どちらも反撃を避けていたからこそ。

 そう、避けていたのだ。
 攻撃では無く速度に重点を置いた事によって。

 ここまでの戦いで、ギューゼルの欠点に気付いたのである。



 確かにギューゼルの防御力を貫くには困難を極めるだろう。
 それこそ幾度と無く攻撃を打ち当てなければならない程に。

 それでも、数を打てば必ず通じよう。
 相手が消耗し、弱り、肉体が解れるまで叩き続けられれば。
 まるで肉の筋切りが如く。

 その連撃が実現出来るかと言えば―――答えはYES可能

 ギューゼルの攻撃は凄まじく強いが、実は遅くもある。
 速く見えたのは、勢いと迫力がその事実を覆い隠していたからに過ぎない。
 その仕組みがわかってしまえば、茶奈達ならば躱す事が可能だ。

 茶奈も心輝も、速さを重視した格闘スタイルだからこそ。

 だから跳ねて打ち、舞って打ち、避けて打つ。
 攻撃を喰らわずに打って打って打ちまくる。

 そうすれば必ず光明が見えるのだと信じて。
 


 そしてその予想は的中していた。



 ギューゼルは二人の動きを捉えられていない。
 腕を振り、足を跳ね上げようとも、一切掠りもしなくなっていて。

 電光石火の如き鋭い動きに順応しきれていないのだ。

「グッ!! 貴様等あッ!!」

 ヒットアンドアウェイ。
 蝶の様に舞い蜂の様に刺す。
 更にはギューゼルの腕脚肩腰さえも蹴り、縦横無尽に飛び回って。
 その末に攻撃の隙間を縫い、打てるだけの連撃を打ち放つ。

 気付けばギューゼル劣勢という意外な展開に。
 歯を食いしばる表情には苛立ちと憤りが覗き見え、余裕は残されていない。

 間違いなく追い詰められている。
 ギューゼルも相手がこれ程素早いとは思ってもみなかったのだろう。

 ならばと、茶奈も心輝も更に己の力を高めていく。
 独自の技術を応用し、回避や攻撃に磨きを掛ける事で。

 茶奈を掴もうとしても、命力の鎧が阻んで事を成させない。
 まるで空気の様にするりと抜け、更には反撃まで見舞うという徹底ぶりだ。

 心輝は相変わらずの炎によるトリックで惑わし、攻撃の隙さえも生み出す。
 それに対して幾ら反撃しようが、その爆速を前にして届く事は無い。

 そうして刻んだ無数の連続攻撃が遂に実を結ぶ事に。
 なんとギューゼルの肌が所々黒ずみ始めていて。

 そう、内部出血だ。
 連続攻撃が遂に身体内部へと影響を与え始めたのである。

「間違いねぇ、効いてんぞおッ!!」

 それに気付き、心輝が叫ぶ。
 茶奈も頷き、更に加速する。

 こうなったらもう二人も止まらない。
 ギューゼルを倒すか、止められるまで。

 そうして生み出せしは光と炎の渦クロスサイクロン
 閃光が、爆炎が、敵を焼き尽くさんばかりに荒れ狂う。
 緋と朱の命燐光をも無数に撒き散らして。

 今こそ強敵を討ち倒す為に。


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