時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」

~舞い降りた希望~

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 日が暮れ、グラウンドが青黒く染まり始める。
 それ故か、命力の輝きが明かりの様に眩しく感じる程だ。
 打ち、迸り、弾き飛ぶ―――それだけで他に明かりなど要らないとさえ思えよう

 ただし、敵側の攻撃に限って、だが。

 マヴォが実力派勢の魔者を相手にし、ズーダーが雑兵を引き受けて。
 ニャラが負けじと魔剣で牽制し、時折カプロが日誌で敵の膝を打つ。
 今なおその戦い方は崩れる事も無く、おかげで福留達も未だ無事である。

 そう成せる程、一旦は攻勢にも見えたものだ。

 しかし飾られた鍍金メッキは時間の経過と共に色褪せ、剥がれていく事に。

 先程立ち塞がった三人はもうとっくに退けている。
 けれど彼等の様な実力者は他にもまだまだ控えていて。
 そんな者達を相手にし続ければ、命力が持つはずもなく。

 既にマヴォが光輪刃ドゥル・オッヴァを撃たなくなって久しい。
 それだけの力を打ち放つ命力がもう残っていないのだ。

 マヴォだけではない。
 ズーダーやニャラもそうだ。
 この二人は元々戦闘員ではなく、持久力に乏しいからこそ。

 故にこれだけの長時間戦闘で体そのものが耐えられる訳も無く。
 マヴォもズーダーも傷付き、鮮血で体毛を赤く染める程に。
 どちらの魔装も命力が尽きかけ、防具としての役目も果たしていない。
 ズーダーは魔装に依存していたからこそ、動きの鈍化が顕著だ。

 対する敵は次々と追加される。
 例え倒れても、倒れても、ほぼ全快の相手がまた立ち塞がる。
 それも一人二人ではなく三人四人と複数人が。

 多勢に無勢。
 誰しもが全力でマヴォ達の首を取ろうと躍起になって襲ってくる。
 これを凌ぐので精一杯で、これではグラウンドを突っ切る事などとても不可能だ。

「ヤバいッス!! んもうダメッス!!」

「カプロくぅん! あきらめちゃあだめよぉ!!」

 劣勢はもはや明らか。
 戦闘経験の無いカプロでもわかる程に。
 ニャラもそんなカプロを守ろうと必死だが、もう腕が言う事を聞いてくれない。
 動かすのに必死で、命力など籠っているかすら定かではないくらいだ。

 そんな二人を襲う魔者をズーダーの一閃が切り裂く。

「そうだ、諦めてはならぬ!! 希望を捨ててはならぬ!!」

 ズーダーは諦めるつもりなど一切無い。
 最後の最後まで戦い抜くと決めたからには。

 例え鍛錬して居なくとも、経験が無くとも。
 心が死なない限り、命力は生まれ続けるから。
 諦めない限り―――希望を捨てない限り戦えよう。

 そう直感したズーダーだからこそ、心からこう咆える事が出来る。

「そうだ!! 例え力尽きようとも、信念を貫くんだッ!! 心が内に灯る限りッ!!」

 マヴォも同様だ。
 唯一の手練れでもあるからこそ、ズーダーの気迫に負けじと魔剣を奮う。
 例え得意技を使えなくとも、心に希望を抱く限り戦う事が出来るのだから。

 手練れを相手に駆け抜けては、双刃を操り血飛沫を舞い散らせていく。
 その上でなお跳ね飛ぶ姿は、力尽きているとは思えない程に優雅で雄々しい。

「諦めは終わりを意味します!! ならば諦めない限り、きっと希望はあるはずです!!」

 福留達もまだ諦めるつもりは無い。
 平野がカプロを抱え上げ、笠本と共に支えて動き。
 福留も年寄りとは思えぬ足捌きで二人を誘い、敵からの攻撃を必死に避け続ける。
 誰もが魔剣使いでも無く、体力が乏しいのにも拘らず。

 それは諦めても何の意味も無いとわかっているから。

 この三人は戦士でなくとも、現代において誰よりも我慢強い。
 我慢し続けた者だけにしか至れない世界高学歴社会で戦い続けて来たが故に。

 だから必死で食らいつけるのだ。
 その先にある成功の味を知る彼等だからこそ。

 こんな数だけの者達には負ける訳にはいかないと。

 そう誰しもが願っている。
 信頼する仲間達を守る為に。
 勇達の帰る場所を守る為に。
 明日に繋げる心を守る為に。

 帰って来る勇達を大手を振って迎える為にも、今ここで死ぬ訳にはいかないのだと。



 だが、いくら志が高くとも万事が思い通りに進むとは限らない。



 その時、突如として一人の魔者が集団から飛び出した。
 マヴォ達の想いをも貫かんとする一刃を構えて。

「死ぃねぇーーー!!」

 それは銘も無き雑兵による突貫攻撃に過ぎない。
 ただ、余りにもタイミングが最悪過ぎたのだ。

 マヴォにもズーダーにも、ニャラでさえも届かぬその一瞬で。
 あろう事か福留に向けて、凶刃の切っ先が真っ直ぐと向けられていたのである。

「「「ッ!?」」」

 気付いた時にはもう手遅れか。
 最も速いマヴォでさえも届きはしない。

「ううッ!?」

 福留もが気付こうとも、魔者はもう既に目の前へと迫っていて。
 疲弊したその足ではもはや躱す事など出来はしない。



ドズンッ!!



 そして無情にも、その凶刃が貫く。

 福留を庇い立ったズーダーの腹部を。

「グフッ……!!」

「ズーダーさん!?」

 なんとズーダーが自身を挺して福留を守っていたのだ。
 魔装に残された力を全て使い、強引に立ち塞がって。

 しかしてその代償は深い。
 敵の凶刃が根本に至るまで突き刺さっていたのだから。
 魔装という防御の要の力を失ってしまったからこそ、止める事も叶わず。

 間も無く、身体を貫く刃から赤い雫がポタリポタリと幾つも零れ。
 その雫が遂には大地に幾つも滲み、斑点の如き染みを描いていく。

 ズーダーの顔が苦痛に歪む。
 痛いのだろう、苦しいのだろう。
 今まで感じた事が無い程に。

 それでも、ズーダーは諦めようとはしなかった。

 空かさず奇襲者を切り裂き、蹴り飛ばし。
 それさえも他の襲撃者達を押し退ける材料にして。
 なお押し寄せる魔者達を相手に剣を振る。

「希望はッ!! 心に有るのだ!! 命に有るのだッ!! 彼等の心を繋ぐ者を、やらせはしない!!」

 歯を食いしばり、痛みも苦しみも堪え。
 血反吐を吐こうとも気に掛ける事も無く。
 今はただ、守るべき者達の為に命を奮う。

 ボーデーやミービーの様に仲間を斬り捨てる者達とは違う。
 信じた者を最後の最後まで守り抜く事こそがズーダーの信念なのだから。



「私はッ!! 仲間を守るッ!!」



 そうして見せた後ろ姿を、福留は知っている。
 仲間や友を守る為に体を張った少年を知っている。

 ずっとずっと、彼の傍で雄姿を見続けて来たから。

 姿形は違くても、ズーダーの背中は彼そのものだった。
 見間違えてしまう程に、懐かしく感じてしまう程に。

 でもそれは夢でも幻でも無い。
 その少年が連れて来た仲間が今またこうして気高き背中を見せている。

 それがどれだけ心強いか。
 どれだけ感慨深い事か。

「ズーダーさん……!!」

 そんな姿を見せられて、福留が心を打たれない訳がない。
 例え戦いの中であろうとも、そう見えてしまったからには。

 不意に溢れた雫が頬を伝う。
 命を賭けて戦うズーダーの想いに感化されて。



 片斧を弾き飛ばされるマヴォ。
 満身創痍で倒れそうなズーダー。
 動けない程に疲労困憊のニャラ。
 追撃を必死に躱す福留達。

 でも一向に減る事のない大集団。

 マヴォ達が囲まれ、猛攻を受け続け、その血を舞わせる。
 けれどなおその闘志は尽きる事無く、命を奮い続けた。

 誰が諦めるだろうか。
 誰が見捨てるだろうか。

 自らの命を賭ける者達に、その選択肢はあり得ない。
 心を訴える者に、命を尊ばぬ者など居ない。



 こうして命を叫ぶ者にこそ―――〝奇跡〟は相応しい。





「ホホゥ、なかなかどうして……随分と面白そうな事をしておるではないか」
「街とは如何な場所かと思いましたが―――なるほど、これは楽しそうです」





 その時、あり得もしない声が響いた。

 誰もが与り知らぬ者のその声が。
 荒ぶりし戦地に響く、流るる川柳せんりゅうの如き旋律が。

 それに気付いた誰しもが見上げれば―――

 その先、外周フェンスの上に佇む二人の人影が。

 共に脚を揃えて腕を組み、大集団を見下ろし。
 斜陽を背に、陰りの帯びた身体を余す事無く見せつけて。
 風に靡く衣服がその影に動きを与え、更なる注目さえ呼び寄せる。

 その姿、まさに威風堂々。

 そしてその者達を、マヴォはよく知っている。
 笠本も会った事があるから覚えている。

 その二人は―――紛れも無く、強者なのだと。

「久しいなマヴォ殿!! 我慢しきれなくなって来てしまったぞぉ!!」

 その名はウィグルイ。
 その名はイシュライト。

 あのモンゴルで戦ったイ・ドゥール族最強の拳士二人である。

「ウィグルイ殿ォ!? イシュライトッ!?」

「ハハ、突然申し訳ありませんマヴォ殿。 セリに会いたくて、急ぎ来てしまいましたよ。 さて、これは一体どういった状況なのでしょうか?」

 ただ、二人とも状況がわかっていないらしい。
 なにせ世俗に出るのが初めてな二人で、世界の常識などほぼ知らない。
 こうして集団と戦っている事さえ、ただの〝イベント〟程度にしか思っていないのだろう。

 とはいえ、そんな二人の存在は明らかに異質で。
 襲撃者達までもが思わず視線を向け、動揺さえ見せている。
 彼等もイ・ドゥール族の事までは知らない様だ。

「これはだな、つまり俺達のピンチ的状況だ!!」

「ほう!? では、其方達に敵意を向ける者はすべからくだと思って良いかのぉ!?」

「おおお思ってよいでーす!!」

 そんな最中に打ち上がった笠本の叫びがキッカケだった。

 その叫びが聴こえた途端、二人の顔に「ニカァ」とした大きな笑みが浮かび上がる。
 まるで新しい玩具を与えられた幼児の如き笑みを。

「ハーーーッハハーッ!! 面白くなってきたぞイシュライトォ!! ならばいざ行かんんッ!!」

「なんという歓迎か、心が躍りますッ!!」

ドドンッ!! スタタッ!!

 たちまちフェンスから跳び上がり、二人が颯爽とグラウンドへ着地を果たす。
 それも襲撃者達が慄き離れてしまうほど豪快に。

 ただ、その姿が間近になる事で襲撃者達も気付く事になる。
 二人が魔剣どころか武器さえも所持していないという事に。

「コイツラ、魔剣持ってないぞ?」
「なんだ雑魚じゃないか!!」

 遂にはヘラヘラと笑いまで上げていて。
 返り討ちにしようと魔剣さえ向け始める。
 マヴォ達へ向けたものと同等の殺意をも篭めて。



 だが、彼等は間も無く知るだろう。
 この二人に限っては、魔剣など不要なのだという事を。



ッドォォォーーーーーーンッッッ!!!!!



 そんな襲撃者達が意気揚々と囲んだその時だった。
 突如としてその襲撃者達が一斉に空へと打ち上がったのである。
 それも十人以上と大量に。

 その場で凄まじい衝撃波が炸裂したが故に。

 成したのは当然、ウィグルイとイシュライト。
 二人が拳を突き出した、ただそれだけで。

 その顔にももはや先程までの笑みは残されていない。
 周囲を囲う〝戦士達〟に向け、引き締まった面持ちを向けていたのだから。

「我等が極意は」
「虚剣に非ず」
「命を換えて」
「命を討つ」

 格言に心震わせて。
 双拳を打ち、閃光をも散らし行く。
 そうして分かたれし拳は、己の眼前で跡を描いて構えと成ろう。

 腰を落とし、身を屈め。
 地の如き堅牢さを見せつけて。

 見せた姿はまさしく強者。



「我等イ・ドゥール!!」
「命の拳に、敵は無しッ!!」



 その彼等を止められる者など、もはや誰一人として居ない。

「カァーーーーーーッ!!」
「ツェアーーーーーーッ!!」

 その叫びと共に、強者が跳ぶ。
 敵を求めて拳を奮う。

 その姿、圧倒的。

 一撃一撃に重厚なまでの命力が籠り。
 それだけで多くの襲撃者達が幾度と無く宙を舞う。
 直撃を貰えば死どころか爆砕さえ免れない。

 砕き、千切り、転がして。
 気迫だけでも吹き飛ばす。

 当事者であるはずの襲撃者達さえ何が起きているのかわからない。
 気付いた時には飛ばされて、敵の姿を見る間も無く意識が消えるのだから。
 そうなればもはやこの場は無数の叫びで埋め尽くされて。
 襲撃者達による悲鳴の大合唱フルコーラスの完成だ。

 わかるはずも無いだろう。
 この二人の秘密が理解出来なければ。

 ウィグルイとイシュライト。
 この二人は並の魔剣使いでは理解出来ない世界に居るのだから。

「ハ、ハハ……改めて見ると、やべぇなあの二人」

「マヴォさん、あの二人に本当に勝てたのですか?」

「イシュは二人がかり、ウィグルイに関しては偶然な」

「勝てなかったらと思うと、ぞっとしますねぇ……」

 ただ、この二人は大暴れしている様で少し違う。
 しっかりとマヴォ達を守る様にして動いていたのだ。

 それ故にこうして会話を交わせる余裕さえ生まれていた。
 マヴォまでもが福留達の防衛に専念出来るほどに。

 



 こうしてグラウンドでの攻防に突如とした異風が流れ込む事となる。
 戦況をひっくり返せる程に大きな旋風として。
 ウィグルイとイシュライトという存在はそれだけの力を持ちえているのだから。

 これはきっとマヴォ達が諦めないからこそ繋げられた奇跡なのだろう。
 今までも命を叫び続けて来たからこそ。



 でもマヴォ達はまだ気付いていない。
 魔特隊が育て上げた絆はなお、その奇跡を呼び込み続けているという事を。


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