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第二十四節「密林包囲網 切望した過去 闇に紛れ蠢きて」
~眼~
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アージ達と福留が何かしらの行動を起こしている頃。
勇達A班は暗くなった森の真っただ中で佇んでいた。
福留からの指示で、一旦の停止を余儀なくされていたのである。
暗くなった密林は静けさを呼び、大小様々な生物の鳴き声が響く。
それがどこか不気味さをも呼び込み、勇達の不安を煽っていた。
「福留さん……連絡遅いなー」
「何か作戦を考えてるのかもしれない。 今は待つしかないさ」
兵士達も野営を踏まえ、食料の準備などを行っていた。
準備とは言うものの、用意されているのはレトルト食品のみ。
味は言わずもがな……もっとも、我儘も言ってはいられないが。
勇が周囲に命力レーダーを展開するが……特に敵の気配は感じ取れず。
危険が無い事を察すると……凝り固まった緊張を解す様に腕をぐるりと回して気を緩ませた。
ストレッチしながら車両へと歩み寄り、車両の内外で動き回る兵士達に労いの言葉を贈る。
彼等が用意した折り畳み椅子へとゆっくり腰を掛けると、疲労の顔を浮かばせながらその肩を落とした。
「疲れてるね~……」
勇へ寄り添う様に付き添っていたあずーが兵士達の代わりの如く労う。
垂れた肩に彼女の細い指がそっと充てられ……命力込みの指圧が加えられると、肩に心地よい感触がジワリと滲む。
言う程肩が凝っていた訳ではないが……勇はそんな彼女の優しさの手前、遠慮する事無く受け入れていた。
「そりゃなあ……休憩はあっても気が張るとどうしてもな。 敵襲が無かっただけマシだけど……」
とはいえ、今日勇はずっと車両の上で座っていただけだったのだが。
強いて言うなら固い床の上に座り続けていた所為で尻が痛いというのがネックだろうか。
本来ならずっと空を舞っていたあずーの方が労われるべきなのだが……彼女は持ち前の元気を押し出し、そんな隙を見せない。
それは命力が落ちた勇への、そうしてあげたいという彼女の意思。
無下にも出来ないのは当然だ。
少ない命力は全て戦闘の為にとっておく事が重要。
精々使えるのは溜まった筋肉疲労の回復のみ。
体力は彼が今までに培ってきた肉体そのものの力でやりくりしていただけに過ぎない。
例え命力が減ろうとも、命力で鍛えられた筋力や持久力が衰える事は無かった。
今までの工程で鍛え上げられ、人体の限界を超えた肉体。
それだけは彼の信頼を裏切る事は無いだろう。
こうして命力が減少した今……培ってきた身体能力が代わりに戦場で力を奮う事となる。
それをあずーもわかっていたから、彼を万全でいさせようとしている。
もちろん他意もあるだろうが……それは言わずもがな。
そうこうしている間に、兵士達も落ち着きを見せ始めていた。
夕食の準備が整った様だ。
使い捨ての容器に盛られた温かな料理が二人の前にある机へ添えられる。
勇とあずーは待ちかねた様に差し出された食事を口に運び始めた。
それは彼等が足を止め、おおよそ30分程が過ぎていた時の事。
その時突然……状況が動きを見せた。
『A班、直ちにその場から離れ、進路を戻ってください。 これは緊急指令です!』
「なっ!?」
その通信が流れた途端、兵士達が使っていた食器を放り投げて車両へと急ぎ駆け込んでいく。
あずーがもったいないと言わんばかりに口に食事を掛け込もうとするが……勇がそんな彼女の腕を取り引っ張り上げると、彼女の持っていた食器が無残にも宙を舞った。
「ああーっ!! アタシのごはーん!!」
「それどころじゃない!! 急げ!!」
バックで急発進した車両がエンジン音を掻き立てながら大きく反転し、進んできた道を戻る様に勢いよく走り出す。
勇達もそれについていく様に駆け出すとおもむろに飛び上がり、車両の上へと飛び乗った。
「一体何があったんですか、福留さん!?」
『調査の結果、勇君達を包囲する様にオッファノ族の集団が動きを見せた事がわかりました……申し訳ありません、気付けなかった私の落ち度です』
アージとの相談の後、福留は衛星カメラを使用してA班周囲の調査を行っていた。
その結果……巧妙に隠れるように、オッファノ族達が移動していた事が判明したのである。
危惧した事が現実に……しかも既に事は動き始めていた後。
完全に後手であった。
『いいですか、よく聞いてください。 敵の目は恐らく二人に向けられています……これから勇君と亜月君は揃って車両から離れ、現在位置から西へ向かってください。 ある程度距離が取れ次第、応戦願います』
「了解!! あず、行くぞ!!」
「りょーかいっ!!」
途端、あずーが跳び上がると……構えられた二本のエスカルオールが光と風を放ち、推進力を生む。
空へと飛び出した途端……後から続いた勇が彼女の足を掴み、揃って空高く飛び上がった。
その瞬間……勇が手に持ち構えていた翠星剣が光り輝き、密林の頭頂を明るく照らす。
すると……遠く見える林の隙間に蠢く何かの影が光にあぶりだされる様に姿を現した。
オッファノ族達である。
それも数人というレベルではない。
まるで地表を覆い尽くさんとせんばかりに群れた大量の魔者達。
その圧倒的な量を前に、勇達は驚愕する。
「いいいっ!?」
「そんなバカなッ!? なんであんなに居るんだッ!? レーダーに感知しなかったはずだッ!!」
だが勇は知らなかった。
彼等がとある特性を持っているという事を。
オッファノ族の体毛は共通して特殊な成分を含んでいる。
命力を巧みに操る事で外部からの命力との融和性を高められる効力を持つというものだ。
そうなった体毛は……いわば命力ステルス。
命力レーダーによって放出された命力の波を素通りさせ、そこに誰も居ないと錯覚させる事が出来る膜となるのだ。
しかしこれは卓越した技術が必要……今までの敵はそれを習得していない、素人の様なものだ。
だが今、勇達の目の前に居るのは……訓練され統率された者達。
この森で生きる為に訓練された彼等にとって、気配を殺して近づくなど造作も無い。
故に、勇は気付いていなかったのである……オッファノ族達がすぐ近くまで迫っていた事に。
「あずッ!! 急いで西へ向かうんだッ!!」
「うんっ!!」
魔剣から噴き出す風を強め、滑空速度を上げていく。
空を高速で飛べば地上を走る者達が追い付けるはずも無く……あっという間に彼等を追う雑兵達との距離を離していった。
「楽勝だってぇ!!」
「あず!! 油断するなッ!!」
そう、勇が叫んだ時……進行方向の密林の中から、無数の矢が突然襲い掛かった。
「ひいいいっ!!」
「避けろーーーッ!!」
相対速度は2倍以上……おまけに夜で矢弾の影が隠れ、まともに視認する事など不可能。
そしてあずーは命力の盾を展開する事が出来ない。
感覚鋭化を持つ勇が必死に剣を伸ばして矢弾を叩き落とす。
だが矢弾を避ける為に右往左往、上昇下降、回転を繰り返す為、カバーしきれるかどうか怪しい状況だ。
高速で飛んでいるにも関わらず一向に途切れる事の無い矢弾の雨に、あずーの焦りは頂点に達していた。
「ヤバイ!! ヤバイィィーーーーーーッ!!」
「落ち着けッ!!」
彼女も見えていない訳ではない。
エスカルオールの空気を読む力が矢弾の軌道を教えてくれている。
だが彼女の反射速度がそれに付いてこれず……必死に避け続けているが、動きが非常に不安定にさせてしまっていた。
勇が掴まっている事も一つの要因だが、何より彼女自身の訓練が伴っていなかった事がここで足を引っ張る結果となったのである。
―――マズい……このままじゃ……!!―――
このままでは彼女に被弾する可能性が非常に高い。
もし仮に飛び抜けた所で、その先にもまた罠が待ち構えているかもしれない。
何より、滑空を続ける事で彼女の命力の消耗が危惧される。
いずれも、逃げ切れる可能性は薄い。
―――なら……!!―――
そう悟った時、勇は決断した。
「あずッ!!」
突然勇が力一杯に彼女の足を引き、彼女の頭が体ごとガクンと落ちる。
その瞬間、彼女の頭上スレスレを一本の鋭い矢が突き抜けていった。
「ヒッ!? 勇君ありがとぉ!!」
「それはいい、それよりも降下するんだ!! 地上戦に移るぞ!!」
「う、うんっ!!」
そう返事した途端、あずーの魔剣から噴き出す風が途切る。
勇もまた手を放し、離れた彼等の体が慣性に引かれたまま地上へ向けて落下していく。
撫で上げる風が彼等の衣服や髪を揺らし、その勢いを物語るよう。
「いくぞォーーーッ!!」
「ンあーーーっ!!」
滑空していた彼等を先読みして狙った矢弾が彼等の頭上を通り過ぎ去っていく。
そんな中、勢いのままに森の中へとその身を飛び込ませた。
バササッ!!
「うおおーーーーーーッ!!」
「わぁーーーーーーッ!!」
突然森の上空から茂みを掻き分けて姿を現した勇とあずーに、オッファノ族達が驚き慄く。
矢を番えるも、それも間に合わず……突如現れた二人によって叩き飛ばされた。
いずれも峰打ち……殺傷しない事を目的とした攻撃である。
「オオーーーッ!! オオーーーッ!! ころせッ!! まけんつかいをころせッ!!」
途端大きな叫び声と共に、雑兵達が持っていた弓を落として彼等へと飛び掛かった。
「ちぃっ!?」
しかしそれに反応出来ない勇では無い。
戦闘に備えて温存してきた命力を発揮した時、その体を闇夜に紛れさせた。
鳴り響くのは彼の足音だけ。
目にも止まらぬ高速移動を駆使して森の中を駆け飛んでいたのだ。
訓練し野戦に成れたはずのオッファノ族ですらも、彼の速度を追いきる事が出来ず。
その姿を見失い、戸惑う内に次々と打ち抜かれて跳ね飛ばされていった。
「こンのォーーー!!」
あずーもまた同様に、魔剣の機動力を生かした高速移動で雑兵達を翻弄する。
その動きは勇の動きすら凌駕すると言わんばかりに、鋭く、力強い動作の連続。
エスカルオール本来の機動力を生かし、磨き上げて出来上がった彼女の戦闘スタイルだ。
言うなれば、【螺 旋 鋲 刃】。
レンネィの【死の踊り】にも似ているが、相手を主軸とした動きを見せる点では異なる。
【死の踊り】が”竜巻”を指すのであれば、彼女のそれは敵を巻き込む”台風”。
まるで突風の如き残光が螺旋状に尾を引き……軸となる敵を刻むのである。
次々に倒れていく雑兵達。
時折矢弾が飛ぶが……木々に阻まれ、ほとんどが彼等に届く事は無い。
届いたとしても、高速移動を続ける彼等に当たるはずも無い。
二手に分かれ攻撃を続ける二人が通った後には、気を失って倒れる魔者達がまるで山を作る様に溢れていた。
「なんだこいつら!? つよいッ!?」
その常軌を逸した戦闘力を前に、雑兵達が慄き慌てる様を見せつける。
それもそのはず……彼等が今まで見てきた魔剣使いはいわば『普通の魔剣使い』。
この様に数で掛かれば倒す事など造作も無い相手ばかりであった。
だが今、彼等の前に対峙するのは……普通ではない魔剣使いなのだ。
命力が少なくとも、訓練の密度が低くとも……付けた力の方向性は普通の魔剣使いとは全く異なる、限界の先の世界とも言うべき領域。
その力は、彼等の世界の常識を覆すに足る程に……強力無比と言えよう。
勇達が縦横無尽に暴れ回る。
矢弾の様な攻撃の頻度が減れば後れを取る事は無い。
まさに勇達の独壇場と言っても過言ではない。
そんな中……遥か遠くの木の上から二人の戦いをじっと見つめる人影が一人。
その手に持つのは……長く細長い金属の筒。
闇夜に隠れ、潜むその者の目が……晴れて出てきた月の光に当てられぼんやり浮かぶ。
「つよい……いままでで まちがいなく……いや あいつのほうか うえなのは」
そう呟く影の主……それはウロンドと呼ばれたオッファノ族であった。
その瞳が勇達の動きを追い、思わず冷や汗を流す。
彼は察していた……例え自分が力を奮っても、マトモに戦えば勝つ事など出来はしない事を。
そう……彼もまた、魔剣使いである。
だからこそ、目の前で繰り広げられている戦いが如何に異次元の戦いか理解する事が出来たのだ。
「どっちだ……どっちが フジサキユウ だ……」
人間が動物の雌雄を外見だけで見極める事が難しいと言われているのと同様に、魔者もまた人間の雌雄の区別が付かない。
写真などが有る訳も無く……名前だけでは人間の形から判別する事など出来はしない。
「フウッ……フウッ……みきわめる……いっぱつで……フウッ」
手に握り締めた筒状の魔剣をそっと口元へ運ぶと……その視線を……一つの的へ絞った。
「これがせいこうすれば おわる すべて。 みきわめる イジャー まっていろ……!」
筒に開けられた五つの穴がボウッと淡い緑の光を放ち、そこに指を番う。
五つの内の三つに指が収まると……筒の先に鋭く光る線の様な、だが視認する事も難しい程に薄く細い針が形成されたのだった。
筒の片端を口に充て……機会を伺う。
全ては……必中を成す為に。
そんな事も露知らず……勇達は戦いを続ける。
たった一度の、たった一撃の機会を待ち構える一人の戦士が……大きく輝く居待月の下で、ただじっと静かに潜み続けるのだった。
勇達A班は暗くなった森の真っただ中で佇んでいた。
福留からの指示で、一旦の停止を余儀なくされていたのである。
暗くなった密林は静けさを呼び、大小様々な生物の鳴き声が響く。
それがどこか不気味さをも呼び込み、勇達の不安を煽っていた。
「福留さん……連絡遅いなー」
「何か作戦を考えてるのかもしれない。 今は待つしかないさ」
兵士達も野営を踏まえ、食料の準備などを行っていた。
準備とは言うものの、用意されているのはレトルト食品のみ。
味は言わずもがな……もっとも、我儘も言ってはいられないが。
勇が周囲に命力レーダーを展開するが……特に敵の気配は感じ取れず。
危険が無い事を察すると……凝り固まった緊張を解す様に腕をぐるりと回して気を緩ませた。
ストレッチしながら車両へと歩み寄り、車両の内外で動き回る兵士達に労いの言葉を贈る。
彼等が用意した折り畳み椅子へとゆっくり腰を掛けると、疲労の顔を浮かばせながらその肩を落とした。
「疲れてるね~……」
勇へ寄り添う様に付き添っていたあずーが兵士達の代わりの如く労う。
垂れた肩に彼女の細い指がそっと充てられ……命力込みの指圧が加えられると、肩に心地よい感触がジワリと滲む。
言う程肩が凝っていた訳ではないが……勇はそんな彼女の優しさの手前、遠慮する事無く受け入れていた。
「そりゃなあ……休憩はあっても気が張るとどうしてもな。 敵襲が無かっただけマシだけど……」
とはいえ、今日勇はずっと車両の上で座っていただけだったのだが。
強いて言うなら固い床の上に座り続けていた所為で尻が痛いというのがネックだろうか。
本来ならずっと空を舞っていたあずーの方が労われるべきなのだが……彼女は持ち前の元気を押し出し、そんな隙を見せない。
それは命力が落ちた勇への、そうしてあげたいという彼女の意思。
無下にも出来ないのは当然だ。
少ない命力は全て戦闘の為にとっておく事が重要。
精々使えるのは溜まった筋肉疲労の回復のみ。
体力は彼が今までに培ってきた肉体そのものの力でやりくりしていただけに過ぎない。
例え命力が減ろうとも、命力で鍛えられた筋力や持久力が衰える事は無かった。
今までの工程で鍛え上げられ、人体の限界を超えた肉体。
それだけは彼の信頼を裏切る事は無いだろう。
こうして命力が減少した今……培ってきた身体能力が代わりに戦場で力を奮う事となる。
それをあずーもわかっていたから、彼を万全でいさせようとしている。
もちろん他意もあるだろうが……それは言わずもがな。
そうこうしている間に、兵士達も落ち着きを見せ始めていた。
夕食の準備が整った様だ。
使い捨ての容器に盛られた温かな料理が二人の前にある机へ添えられる。
勇とあずーは待ちかねた様に差し出された食事を口に運び始めた。
それは彼等が足を止め、おおよそ30分程が過ぎていた時の事。
その時突然……状況が動きを見せた。
『A班、直ちにその場から離れ、進路を戻ってください。 これは緊急指令です!』
「なっ!?」
その通信が流れた途端、兵士達が使っていた食器を放り投げて車両へと急ぎ駆け込んでいく。
あずーがもったいないと言わんばかりに口に食事を掛け込もうとするが……勇がそんな彼女の腕を取り引っ張り上げると、彼女の持っていた食器が無残にも宙を舞った。
「ああーっ!! アタシのごはーん!!」
「それどころじゃない!! 急げ!!」
バックで急発進した車両がエンジン音を掻き立てながら大きく反転し、進んできた道を戻る様に勢いよく走り出す。
勇達もそれについていく様に駆け出すとおもむろに飛び上がり、車両の上へと飛び乗った。
「一体何があったんですか、福留さん!?」
『調査の結果、勇君達を包囲する様にオッファノ族の集団が動きを見せた事がわかりました……申し訳ありません、気付けなかった私の落ち度です』
アージとの相談の後、福留は衛星カメラを使用してA班周囲の調査を行っていた。
その結果……巧妙に隠れるように、オッファノ族達が移動していた事が判明したのである。
危惧した事が現実に……しかも既に事は動き始めていた後。
完全に後手であった。
『いいですか、よく聞いてください。 敵の目は恐らく二人に向けられています……これから勇君と亜月君は揃って車両から離れ、現在位置から西へ向かってください。 ある程度距離が取れ次第、応戦願います』
「了解!! あず、行くぞ!!」
「りょーかいっ!!」
途端、あずーが跳び上がると……構えられた二本のエスカルオールが光と風を放ち、推進力を生む。
空へと飛び出した途端……後から続いた勇が彼女の足を掴み、揃って空高く飛び上がった。
その瞬間……勇が手に持ち構えていた翠星剣が光り輝き、密林の頭頂を明るく照らす。
すると……遠く見える林の隙間に蠢く何かの影が光にあぶりだされる様に姿を現した。
オッファノ族達である。
それも数人というレベルではない。
まるで地表を覆い尽くさんとせんばかりに群れた大量の魔者達。
その圧倒的な量を前に、勇達は驚愕する。
「いいいっ!?」
「そんなバカなッ!? なんであんなに居るんだッ!? レーダーに感知しなかったはずだッ!!」
だが勇は知らなかった。
彼等がとある特性を持っているという事を。
オッファノ族の体毛は共通して特殊な成分を含んでいる。
命力を巧みに操る事で外部からの命力との融和性を高められる効力を持つというものだ。
そうなった体毛は……いわば命力ステルス。
命力レーダーによって放出された命力の波を素通りさせ、そこに誰も居ないと錯覚させる事が出来る膜となるのだ。
しかしこれは卓越した技術が必要……今までの敵はそれを習得していない、素人の様なものだ。
だが今、勇達の目の前に居るのは……訓練され統率された者達。
この森で生きる為に訓練された彼等にとって、気配を殺して近づくなど造作も無い。
故に、勇は気付いていなかったのである……オッファノ族達がすぐ近くまで迫っていた事に。
「あずッ!! 急いで西へ向かうんだッ!!」
「うんっ!!」
魔剣から噴き出す風を強め、滑空速度を上げていく。
空を高速で飛べば地上を走る者達が追い付けるはずも無く……あっという間に彼等を追う雑兵達との距離を離していった。
「楽勝だってぇ!!」
「あず!! 油断するなッ!!」
そう、勇が叫んだ時……進行方向の密林の中から、無数の矢が突然襲い掛かった。
「ひいいいっ!!」
「避けろーーーッ!!」
相対速度は2倍以上……おまけに夜で矢弾の影が隠れ、まともに視認する事など不可能。
そしてあずーは命力の盾を展開する事が出来ない。
感覚鋭化を持つ勇が必死に剣を伸ばして矢弾を叩き落とす。
だが矢弾を避ける為に右往左往、上昇下降、回転を繰り返す為、カバーしきれるかどうか怪しい状況だ。
高速で飛んでいるにも関わらず一向に途切れる事の無い矢弾の雨に、あずーの焦りは頂点に達していた。
「ヤバイ!! ヤバイィィーーーーーーッ!!」
「落ち着けッ!!」
彼女も見えていない訳ではない。
エスカルオールの空気を読む力が矢弾の軌道を教えてくれている。
だが彼女の反射速度がそれに付いてこれず……必死に避け続けているが、動きが非常に不安定にさせてしまっていた。
勇が掴まっている事も一つの要因だが、何より彼女自身の訓練が伴っていなかった事がここで足を引っ張る結果となったのである。
―――マズい……このままじゃ……!!―――
このままでは彼女に被弾する可能性が非常に高い。
もし仮に飛び抜けた所で、その先にもまた罠が待ち構えているかもしれない。
何より、滑空を続ける事で彼女の命力の消耗が危惧される。
いずれも、逃げ切れる可能性は薄い。
―――なら……!!―――
そう悟った時、勇は決断した。
「あずッ!!」
突然勇が力一杯に彼女の足を引き、彼女の頭が体ごとガクンと落ちる。
その瞬間、彼女の頭上スレスレを一本の鋭い矢が突き抜けていった。
「ヒッ!? 勇君ありがとぉ!!」
「それはいい、それよりも降下するんだ!! 地上戦に移るぞ!!」
「う、うんっ!!」
そう返事した途端、あずーの魔剣から噴き出す風が途切る。
勇もまた手を放し、離れた彼等の体が慣性に引かれたまま地上へ向けて落下していく。
撫で上げる風が彼等の衣服や髪を揺らし、その勢いを物語るよう。
「いくぞォーーーッ!!」
「ンあーーーっ!!」
滑空していた彼等を先読みして狙った矢弾が彼等の頭上を通り過ぎ去っていく。
そんな中、勢いのままに森の中へとその身を飛び込ませた。
バササッ!!
「うおおーーーーーーッ!!」
「わぁーーーーーーッ!!」
突然森の上空から茂みを掻き分けて姿を現した勇とあずーに、オッファノ族達が驚き慄く。
矢を番えるも、それも間に合わず……突如現れた二人によって叩き飛ばされた。
いずれも峰打ち……殺傷しない事を目的とした攻撃である。
「オオーーーッ!! オオーーーッ!! ころせッ!! まけんつかいをころせッ!!」
途端大きな叫び声と共に、雑兵達が持っていた弓を落として彼等へと飛び掛かった。
「ちぃっ!?」
しかしそれに反応出来ない勇では無い。
戦闘に備えて温存してきた命力を発揮した時、その体を闇夜に紛れさせた。
鳴り響くのは彼の足音だけ。
目にも止まらぬ高速移動を駆使して森の中を駆け飛んでいたのだ。
訓練し野戦に成れたはずのオッファノ族ですらも、彼の速度を追いきる事が出来ず。
その姿を見失い、戸惑う内に次々と打ち抜かれて跳ね飛ばされていった。
「こンのォーーー!!」
あずーもまた同様に、魔剣の機動力を生かした高速移動で雑兵達を翻弄する。
その動きは勇の動きすら凌駕すると言わんばかりに、鋭く、力強い動作の連続。
エスカルオール本来の機動力を生かし、磨き上げて出来上がった彼女の戦闘スタイルだ。
言うなれば、【螺 旋 鋲 刃】。
レンネィの【死の踊り】にも似ているが、相手を主軸とした動きを見せる点では異なる。
【死の踊り】が”竜巻”を指すのであれば、彼女のそれは敵を巻き込む”台風”。
まるで突風の如き残光が螺旋状に尾を引き……軸となる敵を刻むのである。
次々に倒れていく雑兵達。
時折矢弾が飛ぶが……木々に阻まれ、ほとんどが彼等に届く事は無い。
届いたとしても、高速移動を続ける彼等に当たるはずも無い。
二手に分かれ攻撃を続ける二人が通った後には、気を失って倒れる魔者達がまるで山を作る様に溢れていた。
「なんだこいつら!? つよいッ!?」
その常軌を逸した戦闘力を前に、雑兵達が慄き慌てる様を見せつける。
それもそのはず……彼等が今まで見てきた魔剣使いはいわば『普通の魔剣使い』。
この様に数で掛かれば倒す事など造作も無い相手ばかりであった。
だが今、彼等の前に対峙するのは……普通ではない魔剣使いなのだ。
命力が少なくとも、訓練の密度が低くとも……付けた力の方向性は普通の魔剣使いとは全く異なる、限界の先の世界とも言うべき領域。
その力は、彼等の世界の常識を覆すに足る程に……強力無比と言えよう。
勇達が縦横無尽に暴れ回る。
矢弾の様な攻撃の頻度が減れば後れを取る事は無い。
まさに勇達の独壇場と言っても過言ではない。
そんな中……遥か遠くの木の上から二人の戦いをじっと見つめる人影が一人。
その手に持つのは……長く細長い金属の筒。
闇夜に隠れ、潜むその者の目が……晴れて出てきた月の光に当てられぼんやり浮かぶ。
「つよい……いままでで まちがいなく……いや あいつのほうか うえなのは」
そう呟く影の主……それはウロンドと呼ばれたオッファノ族であった。
その瞳が勇達の動きを追い、思わず冷や汗を流す。
彼は察していた……例え自分が力を奮っても、マトモに戦えば勝つ事など出来はしない事を。
そう……彼もまた、魔剣使いである。
だからこそ、目の前で繰り広げられている戦いが如何に異次元の戦いか理解する事が出来たのだ。
「どっちだ……どっちが フジサキユウ だ……」
人間が動物の雌雄を外見だけで見極める事が難しいと言われているのと同様に、魔者もまた人間の雌雄の区別が付かない。
写真などが有る訳も無く……名前だけでは人間の形から判別する事など出来はしない。
「フウッ……フウッ……みきわめる……いっぱつで……フウッ」
手に握り締めた筒状の魔剣をそっと口元へ運ぶと……その視線を……一つの的へ絞った。
「これがせいこうすれば おわる すべて。 みきわめる イジャー まっていろ……!」
筒に開けられた五つの穴がボウッと淡い緑の光を放ち、そこに指を番う。
五つの内の三つに指が収まると……筒の先に鋭く光る線の様な、だが視認する事も難しい程に薄く細い針が形成されたのだった。
筒の片端を口に充て……機会を伺う。
全ては……必中を成す為に。
そんな事も露知らず……勇達は戦いを続ける。
たった一度の、たった一撃の機会を待ち構える一人の戦士が……大きく輝く居待月の下で、ただじっと静かに潜み続けるのだった。
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