時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十四節「密林包囲網 切望した過去 闇に紛れ蠢きて」

~夜~

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 日が落ち始め、周囲が暗くなり始めた頃。
 アンディとナターシャのD班が初日進攻の目標地点である小さな川へと辿り着いていた。
 水辺ともなれば魔者だけでは無く原生動物も姿を見せ、生命の危険性が増す。
 唯の人間ともなれば障壁も無い為、休息時であればむしろそちらの方が危険かもしれない。

 本来アマゾンは現地の事を良く知る者しか生き残る事が出来ない土地だと言われている。
 水の中にすら危険生物は目白押し……安心出来る場所などどこにも無い。

 だが、遠征用に調達されたキャンピングカー並みの大きさを持つ後続車両がそういった危険生物から身を守ってくれるという訳だ。
 物資も当然多く用意されており、わざわざ川の水を飲もうなどという気は起こさずに済む。

『D班、その場で待機願います。 間も無く追従車両が追い付きますので、周囲の警戒を怠らない様お願い致します』

 二人に配慮したのだろうか……福留からロシア語で通信が流れる。
 それを聞き届けたアンディとナターシャはその場で周囲の索敵を始めた。

 アンディが命力レーダーを使い、オッファノ族達の存在の有無を探る。
 その傍らでナターシャが周囲を見回し、魔者だけでなく野生動物などの脅威が無いか確認し始めていた。

「魔者感知なーし、問題無いぜー」
『了解しました。 では車両が着き次第、本日の進攻を終えて休息を取るようお願い致します』

 福留からの通信が切れ、D班が本日の目的を終える。
 焦る事無く進む事も大切だ。
 彼等だけでは無く他所もまた同様に、今頃は進攻停止指示を受けている頃であろう。

「あー疲れた……」

 途端、アンディがぺたりと地面に尻餅を突く。

 一日歩き詰めの進攻。
 幸い彼等は敵には遭遇しなかったが、様々な外敵から身を守る為に命力による障壁も張りっぱなし。
 思わず座りたくなるのも仕方ない事だろう。

 その様にアンディが一息を付いていると……ふと、その顔を振り向かせる。
 視線の先に映るのは……未だ立ったまま一方向をじっと見続けるナターシャの姿。
 アンディは地面に突いた両手を支えに頭を後ろに倒し、佇む彼女を見上げた。

「どうしたんだ、ナターシャ?」
「ん……んとね、なんかね」
「うん?」
「にょろにょろがくるよ」
「はぁ!?」

 そう言われた途端、アンディが驚いて飛び上がる様に立ち上がる。
 そのままおもむろに彼女の視線に合わせると……その先、水辺から這い出した一匹の巨大な蛇の近づく姿が目に留まった。

 アナコンダ……『こちら側』に居る最大級の蛇だ。
 場合によっては人や牛すら飲み込む事すらある大蛇である。
 とはいえ毒を持つ種ではなく……その長さと太さを利用し、相手を絞め殺す獰猛な種。

 ただ、そんな危険な生物ではあるが……魔剣使い二人にとってしてみれば別段怖い訳でも無く。

 ただ初めて見た生物に……二人共どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。



「で、でっけぇーーー!!」
「にょろにょろしてるー!!」



 ―――前文撤回……とても嬉しそうだ。

 長さ8メートル、太さは彼等の胴回り程はあろうかと言わんばかりの巨蛇を前に、目を輝かせる二人の少年少女。
 だがそれは、生き物を見る目というよりも―――





 遅れて追従してきた後続車両がようやく休息地点へと辿り着く。
 踏み慣れない地形が車体を揺らし、中で運転する兵士達の体をも揺らしていた。
 
 そんな兵士達の前に、アンディとナターシャの姿が見え始めると……その光景を目にした兵士達が思わず目を見張らせる。

 そこに在ったのは、巨蛇を大縄跳びの縄の様にぐるぐると振り回しながら遊ぶ二人の姿であった……。





―――





 夜空と化し、僅かに山頂部から見える光が密林の頭に僅かな色合いを施す。
 その密林の上を、光の筋を作りながら舞い飛ぶ一人の人影があった。
 
 あずーである。

 だがその軌道はどこか不安定で……行っては戻ってを繰り返し、光の筋が螺旋を描く様に残光を舞わせていた。
 そういうのも……彼女は相方のペースに合わせていたに過ぎない。

 相方である勇は……普通に走っていた。

 その背後には追従車両が付き添う様に走り、その速度も彼に合わせて非常に遅い。
 勇の命力はそれほどまでに……そうしなければならない程に、減衰しきっていたのだ。



 もはや彼の持つ命力は、最初の魔剣エブレを受け取った時よりも低い。



 初期値といえど、基本的には人体が持つ命力は人体を動かす為の力。
 才能による差はあるが、ある程度の大きさは有しているものだ。
 その量を下回る事……それは彼が普通に体を動かすのに支障が出るという事。
 命力を有効利用して動くのであれば補う事も出来るが、常人であれば弱っているのと同意義なのだ。

 実際、今の彼は魔装を纏ってはいない。
 出来る限り身軽でいたいと考えたからだ。
 残る命力を使いきらない様に、節約しながら走っていたのである。

 今の彼は、親和性が高い翠星剣すらも重く感じていた。

 腰の裏へ水平にぶら下げた翠星剣を左右に揺らしながら走る中……インカムから福留の声が聞こえて来る。

『A班……若干ペースが遅れています。 もう少し南下をお願い致します』
「了解です……すいません……思ったより地形が安定しなくて……」
『はは、仕方ありませんよ。 それよりも、主に命力の方の体調は平気ですか?』
「ええ……大丈夫です……このペースで行ける事が許されるなら……ですけどね……」

 勇が走りながら息継ぎの合間に声を上げる……疲労の様子は拭えない。
 そんな彼を見守る様に、あずーが行ったり来たりを繰り返しているという訳だ。

『うーん、今日の所は構いませんが……明日からは車に乗って行った方が良いかもしれませんねぇ』

 既に後の祭り、日が落ちた後である。
 勇はその一言で、無理に走る必要も無い事に今更気付かされた様だ。
 思わず緩んだ口から「あ~……」などと惚けた声が漏れる。
 
 そんな中、走る彼の前に不意にあずーが姿を現した。

 勇と並走する様に横へ付くと……その足を大地へ突く。
 そして彼と共に走り始めると、インカムに手を伸ばした。

「周囲に魔者はいないよー!」
『了解です。 では、目的地に到達次第休憩に移ってください』

 通信が途切れると、並走するあずーが勇に顔を向ける。
 「ニシシ」と笑いを浮かべたその表情が、訳も無く彼に元気を与え様であった。

「サポートありがとな、あず」
「勇君の体の方が大変なんだから、アタシがしっかりしなきゃねー!」

 彼女も疲れているはずであろう。
 だがそれでも元気を分け与えるかの様に微笑みかける彼女の姿からは慈愛すら感じさせる。
 勇だけでなく、そんな様子を見た兵士達もまた心打たれた様なにやけた顔を覗かせていた。



 こうして彼等は間も無く目的地へと辿り着き、休息を取り始めたのだった。



 闇に包まれた中……何者かが彼等を見張る様に、ただじっと暗闇に紛れて車両を見つめる。
 襲い掛かる事も無く、ただ動静を伺うのみ。
 その体を闇夜に溶け込ませて。



 静かな夜の密林。
 勇達は今一時戦いを忘れ……ただ目を閉じ、体と心を休めるのみ……。


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