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第二十三節「驚異襲来 過ち識りて 誓いの再決闘」
~光 る 施 術~
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もはや意識を保つだけで精一杯のレンネィの前に勇達が無言で佇む。
いつ事切れるかもしれない中で、彼女の一挙一動を見守り続けていた。
彼女は剣聖とは違う。
比較的勇達に近い、普通の魔剣使い。
心臓を損傷しながらも生きながらえる事が出来た剣聖と異なり、彼女がそこまでの事を自身の命力で行う事は出来ないのだ。
そんな彼女へ、勇達に出来る事は何も無い。
無力を知り、無念を知る……自分達の力が及ばない事で生まれる結果を、彼等は静かに受け入れ始めていた。
ガシャーン!!
その時、突如緊急救命室の扉が勢いよく開かれた。
勇達の誰しもが驚き、扉の方へ目を向けると……そこに居たのは心輝、そして彼等にとって見慣れぬスーツの男であった。
「皆さん……すぐにこの場から……出て行ってください……」
「悪いけど皆、この人の言う通りにしてくれ。 頼む……」
突然現れてはその様な事を告げる心輝達に、勇達が戸惑いの様子を見せる。
だが、真剣な表情を向ける心輝は……何かをする、そう思わせる何かを感じさせた。
「その人は一体……?」
「あ、ええと……その、あぁ、あれだ……裏世界で名の知れた、無免許医ながら超天才外科医と呼ばれるすごぉい人だ!!」
明らかに嘘だとわかる様な口調で語る心輝。
そんな凄いはずの彼へ視線が向けられるが、当の本人は至って無表情を崩さない。
「シン……無関係の人を連れてきてなんなんだいきなり……大体貴方は一体誰なんですか?」
勇が疑念の顔を浮かべて一歩を踏み出すと……途端、心輝がそれに合わせる様に井出の前に立ち、勇へとその視線を向ける。
その視線は今までに無かった程に強く、決意に満ち溢れた鋭い目付きであった。
「わりぃ勇……その問いに答える訳にはいかねぇ……皆にも、だ。 もしこれ以上を語らせようとするならよぉ……俺は全力でお前等を止める……何があってもだ!!」
「……本気なのか?」
「あぁ……俺は本気だぜ。 レンネィを救えるのなら、俺は神にも悪魔にでも魂を売る」
二人が互いに睨み合い、その間に命力の揺らぎが生まれる。
戦いの後とはいえ、時間を置いて回復した心輝の命力は既に勇のそれを上回っていた。
だが途端、勇の命力が収まり始め……完全にその力を内に納めきった。
「……皆、ここから出よう。 彼等に全部任せるんだ」
心輝の強い意志を汲んだのだろう……勇は後ろに立つ仲間達へとそう伝えると、先導を切って二人の横を過ぎ去り救命室を後にした。
「皆さん、我々も行きましょうか」
勇の意思を察した福留がそう伝えると……茶奈を除いた者達が揃い、勇に続く様に救命室から出て行く。
だが、茶奈だけは命力を送り続けようとその場に居座り続けていた。
「貴女も出て行ってください」
「で、でも私が命力を……」
「必要……ありません」
「う……」
迷いながらレンネィの顔を見るものの……井出からの一言を前に、彼女もまたそっとレンネィからその手を離してその場を後にするのだった。
ガ……チャリ……
静かに締められる扉。
途端、心音だけを刻む機器の音だけが室内に鳴り響き……静寂が包む。
「では……扉の鍵を閉めてください。 その後……全ての照明を切り……電子機器も全て……停止させてください……」
心輝は言われるがままに救命室の鍵を掛けると、その横に在った救命室の照明の電源をパチパチと切っていく。
途端救命室が暗闇に包まれ、救命機器や延命機器の放つ光だけが部屋を照らし続けていた。
「こ、この機械も止めるんスか……?」
「ええ……」
心輝が言うのは延命機器……レンネィの呼吸を補助する機器である。
だがそれをも迷いなく止めると言い放った井出の言葉に……恐る恐る心輝は従い、機器に手を伸ばした。
停止方法がよくわからない彼は、機器を探るが……考える事を辞め、おもむろに機器に伸びたケーブルを全て引き抜いた。
途端画面から光が消え、レンネィに繋がれた補助機器がゆっくりと停止していった。
すると徐々にレンネィの顔が苦しみを伴う顔へと移り変わっていく。
「では今度は周囲にあるカメラを破壊してください。 そこと、そこと、そこです」
彼女の様子になど目も暮れず、井出は淡々と心輝に指示を続ける。
苦しみ震える彼女を前に……心輝は我慢する様に唇を噛み、素早く彼の指示に従う様にカメラを撃ち抜き始めた。
「……では施術に入ります……君は静かにしておいてください……貴女も……」
打ち震えるレンネィにそう呟くと……井出はそっと彼女の頭に両手を沿える。
すると……僅かな「ピシッ」という音と共に、震えた彼女の体は動きを止め……涙を浮かべた目は静かに瞳孔が開いていった。
静寂と暗闇が包む救命室で、井出がゆっくりとその両手を掲げる。
するとどうだろう……その両手に淡い光が集まり……徐々にその姿を変えていく。
一度、二度……素早くその両手を交わす様に正面で交差させると……気付けば光はまるで細く光る糸の様な形へと形成されていた。
無数に束ねられた光の糸が物理的な物かの様にさらりと腕の上で揺らめき滑る。
心輝がその様子をただ驚き茫然としながら見つめる中……光の糸はそっと彼女の体の上へと乗せられた。
そしてその腕が懐へと伸びると……彼の胸から取り出されたのは一本のメス。
メスには僅かな命力が乗り、その鋭利さを更に増させる。
その時……心輝はその光景を前に凍り付いた。
目にも止まらぬ素早い手さばきが、彼女の体を刻んでいく。
傷口、その周り、抵抗を感じさせない程に素早い動きで彼女の傷口が抉り取られていった。
今更ながらに心輝は確信する……「救える」……彼が言った事は本当だったのだと。
あっという間に彼女の傷口の内、砕けて潰れた部分は除去され……刻まれた肉の断面が目立つ部分だけ残される。
そこに映るのは、彼女の胸元の中心にぽっかりと開いた穴。
脊髄や背骨すら砕いた一撃が生んだ傷跡は生々しく、とても深い物であったと……離れて見ていた心輝にそう認識させた。
「……縫合開始……」
井出がそうぽつりと呟くと……彼女の体の上に乗せられた光の糸へと指を伸ばす。
指が糸へ振れると、抵抗なくその先が彼の指へと追従する様に持ち上がり……その先端が彼女の体へと運ばれていった。
そこからの動きは……心輝の目では何が起きているのかわからない程に、ただ速かった。
喉から胸元へ、胸元から喉へ……それを繰り返し、繰り返し……まるで精密機械の様に正確に腕を、拳を、指を動かし運んでいく。
するとどうだろ……その指先が作る軌道に糸が張り込まれ、徐々にその形が形成されていく。
人の体、臓器の形、骨格、神経線維、血管……全てを再現するかの様に、光の糸が次々と紡がれ形を成していった。
その手の動きは目にも止まらぬ程の速さには変わりは無い。
正確、高速……芸術とも言える程の動きに、心輝はただ見惚れ続けるのみ。
そして気付けば……彼女の傷口は全てが光の糸で何重にも紡がれ、塞がれていた。
「仕上げです」
井出はおもむろに彼女の傷口へと触れると……途端強い光が漏れ始めた。
「ううっ!?」
余りの出来事の連続に、心輝が思わず声を漏らす。
だがそれを気に留める事無く、井出の手から放出された光は傷口を包み続けていた。
光が収まっていき、その視界が開けていくと……再び暗闇が周囲を包み込んだ。
光に慣れた心輝の視界が周囲を暗黒へと落とすが、徐々に慣れた視界が薄っすらと井出の顔の輪郭を映し始めていった。
「終わりました。 施術は成功です……」
微かに見える彼の口から放たれた一言に、心輝はただ唖然としていた。
それもそのはず……何から何までが規格外の出来事で、全く理解する事など出来なかったのだから。
「で、電気付けてもいいっすか?」
「……どうぞ」
心輝は彼の了承を得ると……入口へと駆け寄り、素早く照明の電源を入れ始めた。
途端光が部屋を包み、一瞬白い空間が彼の視野を支配するが……間も無く彼の視界は先程と同じ救命室を映し出した。
心輝が急ぎレンネィの傍へと駆け寄ると……そこに在った彼女の姿を見た彼の口が閉口する。
なんと……まるで傷口など無かったかの様にレンネィの綺麗な肌がそこにあったのだ。
驚きの顔を浮かべたまま、彼女の傷があった部分へと触れる。
手触り、圧した感触……全てが傷が無かった場所の肌となんら変わりない感触。
おもむろに彼女の体を起こして背中を見るが……背骨の浮き上がった形等もひっくるめて、全てが元通りと成っていたのだった。
その口からは穏やかな寝息にも近い吐息が漏れており、意識を失ったまま目を瞑る彼女はまるで今まで何も無かったかの様に健やかな表情を浮かべていた。
「問題はありません……数日の内に……目を覚ますでしょう……ですが……留意しておいて欲しい事が一つ……」
「な、なんすか?」
その視線を彼女に向けたまま、井出はその独特な口調で語り続ける。
「今後3年は……彼女には命力を……使わせてはいけません……もし使えば……私の命力によって紡がれた傷口が……途端弾け飛び……彼女はすぐさま死に至るでしょう……」
心輝が思わずゴクリと唾を飲む。
だが、井出はこうして形にし、嘘を付かないと理解したからこそ……心輝は静かに頷き、彼の言った事を胸に仕舞い込んだ。
「あ、あの……報酬とかはどうしたらいいっすか……お金なら幾らでも……」
レンネィを救って貰った恩は計り知れない。
そう感じた心輝は堪らず彼にそう語りかけた。
だが、それに対する井出の対応は淡泊な回答であった。
「何も要りません……収穫はありましたから……」
「え、そ、そうっすか……」
なおも無表情のままの井出に、心輝は言い得ない感謝の念を浮かべる。
その頭を再び深々と下げ……彼に対し最大限の感謝を伝えた。
「井出さんッ!! 本当に、ありがとうございましたーッ!!」
「では……」
井出は心輝の礼を受けると、そのまま振り返り……扉へと向けて歩み始める。
心輝もまた彼の後を付いて行き、二人して救命室の外へと躍り出た。
外に居たのは相変わらずの勇達。
「シン……状況は……?」
「へへっ……へへへっ……生き返った……レンネィさん、助かったよ……!!」
「ほ、本当に……!?」
一度は諦め、絶望を受け入れた勇達であったが……心輝の言葉を前に、途端湧きだし始めた。
喜びを顔に浮かべ、体全体で表す者も居る中……勇は堪らず、その頭を井出へと向けて下げた。
「ありがとうございました!!」
それに合わせる様に、他の者達もまた井出に向けて頭を下げ……感謝の意を表す。
井出は彼等に振り向く事無く……そっとその手を彼等に向けて挙げ、そのままその場を立ち去っていった。
「福留さん、あの人の事は追わないでくださいよ? じゃねぇと俺ぁ……アンタでも遠慮なくぶちのめしますんで」
「ハハ……私でもそんな野暮な事は致しませんよ……どなたか存じませんが、彼女を助けて頂きありがとうございました……」
立ち去る井出に向けて、福留が再度の感謝の言葉を向ける。
それに気付いたか否か……構う事無く、井出はそのまま彼等の前から姿を消したのだった。
「フフ……収穫は……あった……フフフ……」
一人夜の街に佇み、そう呟く井出。
その手に掴まれたのは、淡い赤の光を放つ一本の糸であった……。
こうして、井出という謎の存在がレンネィの命を救った。
勇は後日、彼が何者か、会った事が有るのかと思い返したが……一向に思い当たる者は浮かばず。
ただ一人……雰囲気が似た女性の事を思い出したが、それは性別も住む世界も異なる相手。
間も無く女性の事は彼の思考から外れ、以降思い出す事は無かった。
いつ事切れるかもしれない中で、彼女の一挙一動を見守り続けていた。
彼女は剣聖とは違う。
比較的勇達に近い、普通の魔剣使い。
心臓を損傷しながらも生きながらえる事が出来た剣聖と異なり、彼女がそこまでの事を自身の命力で行う事は出来ないのだ。
そんな彼女へ、勇達に出来る事は何も無い。
無力を知り、無念を知る……自分達の力が及ばない事で生まれる結果を、彼等は静かに受け入れ始めていた。
ガシャーン!!
その時、突如緊急救命室の扉が勢いよく開かれた。
勇達の誰しもが驚き、扉の方へ目を向けると……そこに居たのは心輝、そして彼等にとって見慣れぬスーツの男であった。
「皆さん……すぐにこの場から……出て行ってください……」
「悪いけど皆、この人の言う通りにしてくれ。 頼む……」
突然現れてはその様な事を告げる心輝達に、勇達が戸惑いの様子を見せる。
だが、真剣な表情を向ける心輝は……何かをする、そう思わせる何かを感じさせた。
「その人は一体……?」
「あ、ええと……その、あぁ、あれだ……裏世界で名の知れた、無免許医ながら超天才外科医と呼ばれるすごぉい人だ!!」
明らかに嘘だとわかる様な口調で語る心輝。
そんな凄いはずの彼へ視線が向けられるが、当の本人は至って無表情を崩さない。
「シン……無関係の人を連れてきてなんなんだいきなり……大体貴方は一体誰なんですか?」
勇が疑念の顔を浮かべて一歩を踏み出すと……途端、心輝がそれに合わせる様に井出の前に立ち、勇へとその視線を向ける。
その視線は今までに無かった程に強く、決意に満ち溢れた鋭い目付きであった。
「わりぃ勇……その問いに答える訳にはいかねぇ……皆にも、だ。 もしこれ以上を語らせようとするならよぉ……俺は全力でお前等を止める……何があってもだ!!」
「……本気なのか?」
「あぁ……俺は本気だぜ。 レンネィを救えるのなら、俺は神にも悪魔にでも魂を売る」
二人が互いに睨み合い、その間に命力の揺らぎが生まれる。
戦いの後とはいえ、時間を置いて回復した心輝の命力は既に勇のそれを上回っていた。
だが途端、勇の命力が収まり始め……完全にその力を内に納めきった。
「……皆、ここから出よう。 彼等に全部任せるんだ」
心輝の強い意志を汲んだのだろう……勇は後ろに立つ仲間達へとそう伝えると、先導を切って二人の横を過ぎ去り救命室を後にした。
「皆さん、我々も行きましょうか」
勇の意思を察した福留がそう伝えると……茶奈を除いた者達が揃い、勇に続く様に救命室から出て行く。
だが、茶奈だけは命力を送り続けようとその場に居座り続けていた。
「貴女も出て行ってください」
「で、でも私が命力を……」
「必要……ありません」
「う……」
迷いながらレンネィの顔を見るものの……井出からの一言を前に、彼女もまたそっとレンネィからその手を離してその場を後にするのだった。
ガ……チャリ……
静かに締められる扉。
途端、心音だけを刻む機器の音だけが室内に鳴り響き……静寂が包む。
「では……扉の鍵を閉めてください。 その後……全ての照明を切り……電子機器も全て……停止させてください……」
心輝は言われるがままに救命室の鍵を掛けると、その横に在った救命室の照明の電源をパチパチと切っていく。
途端救命室が暗闇に包まれ、救命機器や延命機器の放つ光だけが部屋を照らし続けていた。
「こ、この機械も止めるんスか……?」
「ええ……」
心輝が言うのは延命機器……レンネィの呼吸を補助する機器である。
だがそれをも迷いなく止めると言い放った井出の言葉に……恐る恐る心輝は従い、機器に手を伸ばした。
停止方法がよくわからない彼は、機器を探るが……考える事を辞め、おもむろに機器に伸びたケーブルを全て引き抜いた。
途端画面から光が消え、レンネィに繋がれた補助機器がゆっくりと停止していった。
すると徐々にレンネィの顔が苦しみを伴う顔へと移り変わっていく。
「では今度は周囲にあるカメラを破壊してください。 そこと、そこと、そこです」
彼女の様子になど目も暮れず、井出は淡々と心輝に指示を続ける。
苦しみ震える彼女を前に……心輝は我慢する様に唇を噛み、素早く彼の指示に従う様にカメラを撃ち抜き始めた。
「……では施術に入ります……君は静かにしておいてください……貴女も……」
打ち震えるレンネィにそう呟くと……井出はそっと彼女の頭に両手を沿える。
すると……僅かな「ピシッ」という音と共に、震えた彼女の体は動きを止め……涙を浮かべた目は静かに瞳孔が開いていった。
静寂と暗闇が包む救命室で、井出がゆっくりとその両手を掲げる。
するとどうだろう……その両手に淡い光が集まり……徐々にその姿を変えていく。
一度、二度……素早くその両手を交わす様に正面で交差させると……気付けば光はまるで細く光る糸の様な形へと形成されていた。
無数に束ねられた光の糸が物理的な物かの様にさらりと腕の上で揺らめき滑る。
心輝がその様子をただ驚き茫然としながら見つめる中……光の糸はそっと彼女の体の上へと乗せられた。
そしてその腕が懐へと伸びると……彼の胸から取り出されたのは一本のメス。
メスには僅かな命力が乗り、その鋭利さを更に増させる。
その時……心輝はその光景を前に凍り付いた。
目にも止まらぬ素早い手さばきが、彼女の体を刻んでいく。
傷口、その周り、抵抗を感じさせない程に素早い動きで彼女の傷口が抉り取られていった。
今更ながらに心輝は確信する……「救える」……彼が言った事は本当だったのだと。
あっという間に彼女の傷口の内、砕けて潰れた部分は除去され……刻まれた肉の断面が目立つ部分だけ残される。
そこに映るのは、彼女の胸元の中心にぽっかりと開いた穴。
脊髄や背骨すら砕いた一撃が生んだ傷跡は生々しく、とても深い物であったと……離れて見ていた心輝にそう認識させた。
「……縫合開始……」
井出がそうぽつりと呟くと……彼女の体の上に乗せられた光の糸へと指を伸ばす。
指が糸へ振れると、抵抗なくその先が彼の指へと追従する様に持ち上がり……その先端が彼女の体へと運ばれていった。
そこからの動きは……心輝の目では何が起きているのかわからない程に、ただ速かった。
喉から胸元へ、胸元から喉へ……それを繰り返し、繰り返し……まるで精密機械の様に正確に腕を、拳を、指を動かし運んでいく。
するとどうだろ……その指先が作る軌道に糸が張り込まれ、徐々にその形が形成されていく。
人の体、臓器の形、骨格、神経線維、血管……全てを再現するかの様に、光の糸が次々と紡がれ形を成していった。
その手の動きは目にも止まらぬ程の速さには変わりは無い。
正確、高速……芸術とも言える程の動きに、心輝はただ見惚れ続けるのみ。
そして気付けば……彼女の傷口は全てが光の糸で何重にも紡がれ、塞がれていた。
「仕上げです」
井出はおもむろに彼女の傷口へと触れると……途端強い光が漏れ始めた。
「ううっ!?」
余りの出来事の連続に、心輝が思わず声を漏らす。
だがそれを気に留める事無く、井出の手から放出された光は傷口を包み続けていた。
光が収まっていき、その視界が開けていくと……再び暗闇が周囲を包み込んだ。
光に慣れた心輝の視界が周囲を暗黒へと落とすが、徐々に慣れた視界が薄っすらと井出の顔の輪郭を映し始めていった。
「終わりました。 施術は成功です……」
微かに見える彼の口から放たれた一言に、心輝はただ唖然としていた。
それもそのはず……何から何までが規格外の出来事で、全く理解する事など出来なかったのだから。
「で、電気付けてもいいっすか?」
「……どうぞ」
心輝は彼の了承を得ると……入口へと駆け寄り、素早く照明の電源を入れ始めた。
途端光が部屋を包み、一瞬白い空間が彼の視野を支配するが……間も無く彼の視界は先程と同じ救命室を映し出した。
心輝が急ぎレンネィの傍へと駆け寄ると……そこに在った彼女の姿を見た彼の口が閉口する。
なんと……まるで傷口など無かったかの様にレンネィの綺麗な肌がそこにあったのだ。
驚きの顔を浮かべたまま、彼女の傷があった部分へと触れる。
手触り、圧した感触……全てが傷が無かった場所の肌となんら変わりない感触。
おもむろに彼女の体を起こして背中を見るが……背骨の浮き上がった形等もひっくるめて、全てが元通りと成っていたのだった。
その口からは穏やかな寝息にも近い吐息が漏れており、意識を失ったまま目を瞑る彼女はまるで今まで何も無かったかの様に健やかな表情を浮かべていた。
「問題はありません……数日の内に……目を覚ますでしょう……ですが……留意しておいて欲しい事が一つ……」
「な、なんすか?」
その視線を彼女に向けたまま、井出はその独特な口調で語り続ける。
「今後3年は……彼女には命力を……使わせてはいけません……もし使えば……私の命力によって紡がれた傷口が……途端弾け飛び……彼女はすぐさま死に至るでしょう……」
心輝が思わずゴクリと唾を飲む。
だが、井出はこうして形にし、嘘を付かないと理解したからこそ……心輝は静かに頷き、彼の言った事を胸に仕舞い込んだ。
「あ、あの……報酬とかはどうしたらいいっすか……お金なら幾らでも……」
レンネィを救って貰った恩は計り知れない。
そう感じた心輝は堪らず彼にそう語りかけた。
だが、それに対する井出の対応は淡泊な回答であった。
「何も要りません……収穫はありましたから……」
「え、そ、そうっすか……」
なおも無表情のままの井出に、心輝は言い得ない感謝の念を浮かべる。
その頭を再び深々と下げ……彼に対し最大限の感謝を伝えた。
「井出さんッ!! 本当に、ありがとうございましたーッ!!」
「では……」
井出は心輝の礼を受けると、そのまま振り返り……扉へと向けて歩み始める。
心輝もまた彼の後を付いて行き、二人して救命室の外へと躍り出た。
外に居たのは相変わらずの勇達。
「シン……状況は……?」
「へへっ……へへへっ……生き返った……レンネィさん、助かったよ……!!」
「ほ、本当に……!?」
一度は諦め、絶望を受け入れた勇達であったが……心輝の言葉を前に、途端湧きだし始めた。
喜びを顔に浮かべ、体全体で表す者も居る中……勇は堪らず、その頭を井出へと向けて下げた。
「ありがとうございました!!」
それに合わせる様に、他の者達もまた井出に向けて頭を下げ……感謝の意を表す。
井出は彼等に振り向く事無く……そっとその手を彼等に向けて挙げ、そのままその場を立ち去っていった。
「福留さん、あの人の事は追わないでくださいよ? じゃねぇと俺ぁ……アンタでも遠慮なくぶちのめしますんで」
「ハハ……私でもそんな野暮な事は致しませんよ……どなたか存じませんが、彼女を助けて頂きありがとうございました……」
立ち去る井出に向けて、福留が再度の感謝の言葉を向ける。
それに気付いたか否か……構う事無く、井出はそのまま彼等の前から姿を消したのだった。
「フフ……収穫は……あった……フフフ……」
一人夜の街に佇み、そう呟く井出。
その手に掴まれたのは、淡い赤の光を放つ一本の糸であった……。
こうして、井出という謎の存在がレンネィの命を救った。
勇は後日、彼が何者か、会った事が有るのかと思い返したが……一向に思い当たる者は浮かばず。
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