時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

文字の大きさ
上 下
250 / 1,197
第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」

~これが世界の進むべき道 密~

しおりを挟む
 国際会議が熱を帯びたその頃―――
 とある高層ビル上階の高級ラウンジバー。

 そこに、ガラス壁際の小さな相席へと腰を掛ける福留の姿があった。

 国際会議は鷹峰達首脳陣の活躍場だ。
 福留の様な人物の出る幕は無いのだろう。
 だからか、役目を果たした今はとても落ち着いている。
 小さなワイングラスを片手に、注がれた赤ワインをちびりと嗜みながら。
 時にグラスを彩る流跡を眺め、残り香に堪らず鼻を鳴らして。

 その気品漂う姿の如何に様なことか。
 埃塗れな事務所に居るよりも、ずっとお似合いだ。

 すると、そんな福留の背後から一人の人影が。

 現れたのは、とても若い青年だった。
 高級バーに居るのが不思議と思える程に。

 でもその服装から仕草までは、まるで福留同様によく似合っている。
 白いスーツはきっと高級品なのだろう、純白で柔らかな雰囲気さえ感じさせて。
 だからといって着回しも崩れる事無く、よく着慣れているとさえ思えよう。
 靴に至るまで、何処を見ても隙は無い。

 その青年自身はと言えば、セミロングの茶髪ストレートに甘いマスク。
 少し面長めの顔付きは女性受けも良さそうだ。
 化粧もそれなりに仕込んでいるのだろう、シミ一つ無く清潔感に溢れている。

 端的に言えば、美形の類だろう。

 そんな青年が福留の隣を過ぎ、相席の横にて立ち振り返る。
 さらりとしたキメ細やかな髪を自ら靡かせながら。

「お久しぶりです、福留さん。 お元気そうでなによりです」

 そして自慢の顔を福留へと向け、そっと微笑んでいて。
 その様子はまさに懐かしさを表すかの様で、とても穏やかだ。

「おぉ、雄英ゆうえい君。 お久しぶりですねぇ」

 福留もその顔を見て、相手が誰だかすぐわかったらしい。
 同様ににこりと笑みを返し、そっと相席へと手を差し伸べる。

 それで雄英と呼ばれた青年も、一礼しては迷わず席へと。
 どうやら二人はここで待ち合わせをしていた様だ。

「最後に会った時はまだ中学生くらいでしたか。 いやはや、懐かしいですねぇ」

「よしてください福留さん。 本当は忘れてらっしゃるんでしょう?」

 その中放たれた一言に、青年が「フフッ」と笑って返す。
 懐かしさと、良く知った風を気取る様にして。

 いや、違う。
 風ではなく、実際に良く知っているのだ。

「いやいや、しっかり覚えていますとも。 お父上に連れられてやってきた君の、子供の面影が残った頃の素顔もねぇ。 本当に懐かしいです。 えぇ、よくこんなに立派になられて」

 互いの面識は、当時〝から〟始まったのではない。
 当時〝まで〟続いていたのだ。

 だからこそ福留も眼を細めさせずには居られない。
 昔を懐かしむ余り、思い出を描くキャンパスを求めて。
 その末に、ガラス越しの白街並みへと視線を逸らしてしまう程に。

「あの時は本当にお世話になりました。 貴方のおかげで今の僕が有る様なものです」

「おやおや。 今の貴方が有るのは、自身が才能に恵まれていたから……そうでしょう? 」

 そんなガラス窓に映る青年の指をふと覗き込めば、幾つも金の指輪が嵌っていて。
 淡く差し込む陽光を受けてチラチラと煌めき、その豪華さを際立たせている。
 相当に羽振りが良い人物なのだろう。

 それが実力で手に入れた物なのならば、間違い無く商才がある。
 少なくとも福留にはそう見えたらしい。

 ただ、この時の向ける表情はあまり浮かないが。

「いえ、これでもまだまだですよ。 一代で富を築き上げた父の偉業には到底及びません。 それに僕はそんな恵まれたとも思っていません。 

「……何をおっしゃりたいのでしょう?」

「はは、福留さんならもうわかってるんじゃないですか?」

 この羽振りの良さは少し異常だ。
 その姿はまるで、昨日今日富を手に入れたばかりの成金な様だったから。
 お金持ちであると誇示する様子はまさに。

 果たしてそれが誰に向けての誇示なのかは福留にもわからない。
 でも、そう思えたキッカケだけは―――もう既に

「……あの時の君はとても誠実でした。 若かりし頃のお父上に負けないくらいにねぇ。 けれど、今の君からはその気概を感じない。 この数年で何があったのです? 私に会いたいと連絡してきた理由もそこにあるのでは?」

 そう、それは最初に接触してきたのがこの青年の方だったから。
 福留を待ち合わせに呼んだのも、このバーを指定したのも。
 何かを企てているかの様に綿密と。

 まるで、福留がいつもやってのけている事と同様にして。

 しかも青年は今、笑っていた。
 福留自慢の洞察眼を前にして。
 意図的であった事を察知されたにも拘らず。

「そう、それでこそ福留さんですよ! やはり貴方は今も変わらない……! だから僕は憧れたんですよ貴方に! その先見の目があるからこそ!!」

 遂には興奮を露わにし、拳を握り締めては喜びを見せつけるまでに。
 福留が疑惑の視線を向けていようがお構いなしだ。

「えぇ、僕は変わりましたとも。 僕だけのを得た事でね」

「力、ですって……?」

「福留さんならが何か、すぐわかるんじゃないですか?」

 すると飾られた手がスッと動き、机の横から覗き見える腰へと動いていく。
 そうして指でトントンと叩いて見せたのは、腰に留められた掌大ほどの筒状物。
 細い革製のベルトでしっかりと固定され、奇妙な存在感を放つ茶色い物体だ。

 まるで画材コンテの様に煤けていて。
 しかしそれでいて金属の様に重厚で。
 その中心で宝石の様な小さな珠がキラリと瞬き示す。

 しかもそれが、二本。

 その存在感を、その恐ろしさを福留はよく知っている。
 この数か月間で、幾度として目の当たりにして来たからこそ。

「まさかそれは……!?」

「えぇ、そのまさかですよ。 コレに出会えた時は本当に幸運だと思いました。 お陰で決心が付きましたよ。 あの横暴な父との決別を決められる程にね」

 そう示した手も間も無く机上へと戻り、両手で組んでは肘で立てさせる。
 不敵な笑みへと変えたその顔を支える為に。

「実は僕も色々とやっていたんですよ、貴方が舞台裏で動き回っている間に。 【特事部】、でしたか。 なかなかと活躍されている様で。 それと、藤咲勇君の事にも随分と執心みたいですね」

「ッ!?」

 そして、その口があろう事か秘密をも暴かせる。
 あろう事か、関係者しか知らないはずの極秘情報を。

 この青年は全て知っていたのだ。
 福留の活動も、その正体も、勇の存在さえも。
 それも恐らく、勇達が持つ力さえも例外無く。

「……とまぁ、探りを入れるのはここまでにしておきましょうか。 僕は敵対したくて呼んだ訳ではないですからね。 それに、貴方にはそのままで居て欲しいと願っていますから。 で」

獅堂しどう雄英君、君は一体……」

 しかしそんな時、福留の言葉に反応した青年が人差し指を一つ、左右に振る。
 首をも動きに合わせ揺らしながら。

「福留さん、こうなった僕を今はそう呼ばないでください。 敢えて呼ぶなら【空蔵からくら】とでもお願いします」

「からくら……ッ!? まさか君は!?」

「ご察しの通り、僕は少しと縁がありまして。 まぁなかなか面白い事をやっていますよ。 良かったら訪ねてきてください。 悪い様にはしませんから」

 その姿から、敵意が無いとは言い切れない。
 どこか怪しげで、嘲笑っているかの様にも見えるから。

 ただ当人にその気が無いのは事実なのだろう。
 ここまでの秘密を握っていながら、何か手を打った訳でも無く。
 しかもこうして恩師である福留に全てを曝け出しているのだから。

 もっとも、腰に備えたモノの正体以外は、であるが。

「父は―――あの男は僕を切り捨てました。 だから決めたのですよ、家名を捨てる事をね。 そして僕を切り捨てた事を後悔させる為にこの力を奮います。 ……とまぁ今はその礎を立てている最中ですからね、何でもやるつもりです。 何だったら協力しますよ? 藤咲勇君と田中ちゃなさん、助けが必要でしょう?」

「……えぇ。 もしその時が来ましたら、ご助力を願いたい」

「もちろんです、福留さんのお願いなんて断れませんよ」

 そんな友好的とも言える言葉を残し、青年が立つ。
 福留に上品な礼を示し、別れを告げて。
 そうして去っていく姿もまた優雅に。
 きっと自然とそう出来る様に仕込まれてきたのだろう。

 でも、そう仕込んだであろう当人は振り返りもしなかった。

 ただただ静かに、片手に持ったグラスをゆらりと傾けて。
 器の中でくるりと回るワインを細めた眼でただ眺めるだけで。
 そうして残った染みに何が見えるのかは福留にしかわからない。

「彼をとするには、もう少し見極める時間が必要そうですねぇ……」

 そんな福留は事実に気付いてから終始、浮かない顔付きだった。
 青年が去った今もそう。

 その想いは、青年の歪んだ志に憂いを感じたからか。
 それとも、時代の先に勇と並ぶ青年のビジョンが見えないからか。

 かつての福留の弟子、獅堂しどう 雄英ゆうえい
 この青年の思惑とは果たして。

 勇、ちゃな、剣聖、レンネィに続く五人目となりうる存在。
 しかしてその全容も目的も、そして力も―――まだ何もかもわかってはいない。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

和風MMOでくノ一やってたら異世界に転移したので自重しない

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:2,219

異世界最強の『農家』様 〜俺は農家であって魔王じゃねえ!〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:674

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:2,260

スローライフ 転生したら竜騎士に?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:1,974

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:285pt お気に入り:538

魔法使い×あさき☆彡

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:1,625

想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:564

女神に嫌われた俺に与えられたスキルは《逃げる》だった。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:130

処理中です...