抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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 ぼんやりと瞼を開けた。俯せで眠っていたのか、何かを抱き込んでいる。腕の中の物を確かめると、上半身裸の真澄が眠っている。目元にうっすら涙の跡が残っていた。
 咄嗟に自分の尻を確認して、ほうっと安堵の息をついた。真澄に限って無理矢理するなんてことはないだろうと思っていても、どんなにか細くても、彼はαだ。Ωのフェロモンに負けてしまうかもしれない。
 室内は明るいままだった。なんとなく覚えているのは、俺が真澄の汗に反応し、彼を抱き込んだまま眠ってしまったことだった。
「まずい、風邪ひかせたら大変じゃん」
 幸い俺が覆い被さっていたせいで、体が冷えたりはしていないようだ。眠っている真澄を揺さぶって起こしてやる。瞼を擦りながら起きた真澄は、俺の顔を見ると真っ赤になっていく。
「すみません、俺、寝ちゃって」
「……うぅ……兄さんにすっごくからかわれたの覚えてない?」
「いや、ぜんっぜん」
「もう……」
 顔を覆ってしまった真澄を引き起こす。そんなに恥ずかしかったのかと反省した。
「すみません。なんかすっげー良い匂いがして、睡魔が一気にきたって言うか」
「……巣作り行動の一種なんだって」
「は? 巣作り? 俺、鳥じゃねぇし」
 上半身裸では寒いだろう。俺の制服の上着を脱ぐと掛けてやった。ぶかぶかの上着に包まれた細い体はフルフル震えている。顔を覆った両手の隙間から、潤いのある黒い瞳が見つめてくる。
「Ωの、αに包まれたいっていう欲求行動の一つなんだって」
「欲求行動……?」
「相性の良いαや、番になったαの汗や体液が染みこんだ服なんかを、一人で居ないといけない時に使うみたい。その……αの匂いを嗅いで落ち着く……みたいな?」
「俺、動物みたいっすね」
「今回は、僕が無意識にαのフェロモンを出してたせいで誘われたんじゃないかって。αそのものを巣作りに使うなんて、って兄さん笑ってた」
 Ωとは動物に近いのか。確かに真澄の匂いを嗅いでいると不思議な感じはした。疲れていた体に染みこんでくるような、何かに包まれているようななんとも言えない感じはしていた。
「その……」
「まだあるんですか?」
 俺は今までΩの事を詳しく教えてもらうことを拒否してきた。母親がΩについて話していた時もあったけれど、真剣には聞かなかった。学校の保健体育も、居眠りしていることが多くてまともに聞いてはいなかった。
 まだ何か言いたそうにしている真澄を抱き上げる。とにかくシャワーを浴びてほしい。俺のせいで体が冷えてしまってはいけない。
「……相性が良いαに起きる行動なんだよ?」
「さっき聞きましたよ」
「Ωが望むαの、匂いを求めてるんだよ……?」
 真澄の部屋にもシャワーは付いている。脱衣所で下ろしてやる。
「とにかく温まって来て下さい」
「あの、愛歩君!」
 出て行こうとした俺の袖を握っている。見上げてくる真澄の視線と噛み合った。握られている袖が引かれる。
「僕……少しだけ自信を持って良いかな?」
「自信?」
「僕は落ちこぼれαで、体が弱くて、この年になるまで勃起したことも無くて……君より年上で……」
 一度俯いた顔。唇を噛み締めると見上げてくる。
「でも! 愛歩君に好きになってもらえるようなαになるから!」
「真澄さん?」
「しゃしゃしゃ、シャワー浴びてくるね! 携帯、忘れてたって兄さんが持ってきてるからね!」
 俺を押し出した真澄は脱衣所のドアを閉めてしまう。首を捻りながら室内に戻った。真澄の着替えを出しておこうとクローゼットを開ける。テーブルの上には俺の携帯電話が置いてあった。瑛太の車に落としていたのだろう。
 俺が真澄を抱き込んで眠ってしまった姿を見ただろうに。起こさなかったのは何故だろう。ブラコン瑛太なら俺を投げ飛ばしてしまいそうなのに。
「巣作り……ねぇ」
 相性の良いαの匂いを求めるとは。俺と真澄は運命の番とやらだからだろうか。
 着替えを取り出しながら、自分の体の状態を客観的に観察した。真澄を抱っこしたまま寝落ちしてすでに四時間が経過している。なんとなく体が軽く感じる。今から走りたいくらいだ。これが運命の番の力なのだろうか。
「真澄さんが俺で健康になってるみたいに、俺も真澄さんで健康になるってことだよな?」
 ただ側に居るだけでこれほどてきめんな効果があるなんて。瑛太がここに居てくれと頼む訳だ。自分で経験して初めて分かった。
 それにしても、今までだって真澄は多少なりとも汗をかいていた。側に居ても気にならなかったのにどうして急に巣作り行動をしてしまったのか。突然、感じた真澄のαの匂い。
 無意識に出してしまったと言っていた。今後、真澄が汗をかいている時は気をつけなければ。

 我慢、できなくなるかもしれない。

 良い匂いで、ずっと嗅いでいたかった。嗅いでいると頭の芯がぼうっとして眠くなってしまった。
 抱き込んでいた体は温かくて。素肌に直に触れたいとさえ思ってしまう。
「駄目……だろ、俺」
 テーブルの上の携帯を手に取った。有紀からのメッセージと、瑛太からのメッセージがある。瑛太の方はきっと文句だろうと思って開いたら。

*嫁に来てくれるならベロチュー解禁!

「うっせーばかやろー!」
 まだ言うか。メッセージを消去してしまう。
 椅子に座ると髪を掻き回した。
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