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抱き締めても良いですか?
26.αとΩ
しおりを挟むΩが足りていない。
その言葉の意味を、すぐには理解できなかったけれど。
浩介が熱を出してしまった理由が、風呂で体を冷やしてしまっただけではないのだと分かった。
いつからしていなかったか、Ωを襲う犯人を捕まえるため、ずっと浩介を独りにしていたことに気がついた。
浩介に溜まっている熱を吸い出そうと、俺が受け止めようとしたけれど。
腕を怪我した俺を、浩介は抱かなかった。
「はぁ~~」
「でっかい溜息止めて下さい」
「すまない。はぁ~~~~」
左腕は五針縫われている。別にこれくらい大したことはない。むしろ浩介とすれば、治りが早くなるはずだけれど、痛い思いはさせられないと俺の誘いを断った浩介。
自分も熱が出て苦しいはずなのに、俺とすればすぐに治るのに。怪我が治るまでできないときっぱり言われた。
「なあ、杉野」
「何です?」
隣のデスクで書類整理をしている杉野は、項垂れている俺をチラリと見てくる。
「俺って……魅力無いか?」
「……ちょっと、気持ち悪いこと言わないで下さいよ。心配したのに」
「番なんだよな……俺……なんか……前の状態に戻った気分だよ」
捜査に集中したいのに、浩介に拒まれたことがショックで仕方がない。結構、強引に誘った。キスを仕掛けたし、パジャマも脱がせようとした。
でも、熱が出ていても、単純な力比べなら浩介が上だ。怪我をしている左腕を押さえられ、動きを封じられ、結局できなかった。
「さっさと治して押し倒したら良いじゃないですか」
開き直った杉野に言われる。天井を見上げ、大きく息を吸い込むと、パンッと自分の顔を叩いた。
「そうだな。絶対、その気にさせてやる」
「そうですよ。で、これ」
「ああ、ありがとう」
杉野から書類を受け取り、チェックしていく。Ωを襲った犯人を捕まえることも大事だが、事件はそれだけではないから。昨日、遭遇した痴漢魔は現行犯逮捕している。業務執行妨害も追加した。
「まあ、先輩が犯人捕まえてる時に私用の電話に出たの初めて見たんで、結構、こじれてるんだろうな、とは思いましたよ」
書類をチェックしている俺にボソッと呟いている。
「昨日は本当に悪かった。あいつが仕事中に電話してくるなんて初めてだったから。何かあったんじゃないかと思って出たら院長代理だし、熱出てるなんて言うし」
「てんぱって怪我してたんじゃ駄目でしょ」
「全くそのとおりだな」
痴漢魔を確保し、杉野に押さえてもらっていたけれど。隠し持っていたナイフで杉野を牽制し、電話をしていた俺の腕を切ってきた。本来なら刃物を警戒し、俺も一緒に押さえていなければならなかった。
後輩にはみっともない姿を見せるし、浩介の熱を治してやれないし。
「とにかく、今日はさっさと帰って下さい。んで、甘えて来て下さい。やらなくても、一緒に居る時間が長ければそれなりに効果あるでしょうし」
「そう、だな」
浩介を独りにはしておけない。定時で上がるため、雑務を終わらせる。これ以上、杉野にみっともない姿は見せられない。
「桃ノ木病院に入院してる碕山陸人は、そろそろ退院ですよね。結局、詳しい足取りが掴めませんでしたね」
「ああ。あと数日でヒートが終わるだろうから、それまでにできるだけ足取りを掴む」
襲われたΩの周りに、碕山の影が無かったかの聞き込みも行っている。白だと、はっきり断定できない以上、疑ってかかることも必要だった。
時計を確認した。後一時間ほどで帰ることができる。腕を怪我したことを理由に定時で上がるつもりだった。いつぶりだろうか。
帰ったら夕飯を作ろう。愛歩の送迎は瑛太が引き受けると言っていたから、そろそろ浩介も帰ってきているはずだ。彼が夕飯作りを開始する前に帰りたい。今日、早く帰るとは伝えていないから体を休めているはずだ。
夕飯を済ませ、風呂に入らせ、ベッドで抱き締めてやる。早く熱が下がるように。
済ませなければならない書類をパソコンに打ち込んでいく。今日は帰る、絶対帰ると気合いを入れた。
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