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第5章 葬刀『紅縞』

第21話

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 僕も診療所へと続く列に並び、順番を待って先生の元を訪れた。
 以前と変わらない笑顔を見せてくれるかと思ったが、先生はあんぐりと口を開けている。
 その顔は以前より痩せていて、少し黒いように思えた。

「その顔、それに手足も。一体どうやってあの火傷を治したんだ!?」

「お、落ち着いてください、先生。順を追って説明しますから」

 先生と別れてからの出来事やヒワタに火傷を治してもらったことを話している間、先生は熱心に耳を傾けてくれた。

「そうか、その子が。きみはどんな怪我でも治せるのかな?」

 発言の許可を得るように視線を向けてくるヒワタに頷く。

「いいえ。私は特定の火傷しか治せません。サヤ様は特別な怪我を負われていました」

「その話は聞いたよ。危険刀きけんとうの所有者にやられたって」

 お互いに探り合うような会話に耐えられず、僕は全てを話す覚悟を決めた。

「信じられないと思いますが、この子たちは全員が危険刀きけんとうと呼ばれる刀です。事情があって今は女の子の姿ですが、刀の姿にもなれます」

 もっと驚かれるかと思っていたが、先生は「そうか」とだけ呟き、指であごをなぞる。

「サヤくん、この子たちの診察をさせてくれないか? 悪いようにはしない。仮に私が何かしても三人を相手にして勝ち目はないからボコボコにされるだろう。お願いだ!」

 机に額を押しつけて懇願させると断れない。
 僕からもお願いするつもりでヴィオラたちを見つめると、ずっと黙っていたヴィオラが立ち上がった。

「いやよ。あなた以外の人間に触られるなんて耐えられない!」

「ヴィオラちゃん、直接触れなくても診察はできるはずです」

 ヒワタの一言でヴィオラが静かになり、椅子に座り直す。

「ヴィオラ、少しだけだからお願い。お礼はするから」

「高くつくわよ」

 渋々納得したヴィオラをヒワタに任せて、僕は診療所の外に出ようと足を向けた。
 ふと、違和感の答えを知りたくて振り向く。

「先生、今日は刀を持っていないんですね」

「え!? あ、あぁ。この村の人たちは良い人ばかりだからね」

 驚いて辺りを見回す先生の姿は不自然だったが、あとに続いた理由に納得して扉を開ける。
 外は快晴の空が広がっていた。

 この先に小川が流れていると聞いたので、気分転換も兼ねて散策することにした。

 しばらく行くと、川のせせらぎが聞こえてきて澄んだ川が見えてきた。
 ひと掬いして、喉を潤す。
 水面に映るのは火傷痕のない見慣れた顔だった。

 ふと、水面に幼い顔が映り込んだ。
 ヴィオラよりも幼い顔立ちの女の子だ。

「おにいちゃん、鞘をたくさん持っているんだねー」

「そうだよ。中身はないんだけどね」

「ふーん。どこにあるのー?」

「探している最中なんだ」

 子供の相手は苦手だ。
 でも、無視するのも良くないと思い、聞かれたことには答えた。

「ちょっと見せてよー」

「うん、まぁ、いいけど」

 立ち上がって脇を広げると、少女は「やった!」とガッツポーズをしてうろちょろと動き回った。
 二つ結びにしているピンク色の髪が跳ねる。
 フリルの付いたミニスカート姿の少女は一本の鞘に興味を示した。

 それは右腰に装備された、まだら模様を施された鞘だった。
 指先で鞘をなぞり、上目遣いで小悪魔のような笑みを向けられる。

「これ! これが近くで見たい」

 ドギマギしながらベルトから外した鞘を渡すと、目を輝かせながら何度も見回していた。

「ありがとね、鞘のおにいちゃん! おにいちゃんは運が良い方?」

「そんなに良くないと思う」

「そっか。じゃあ、この先には気をつけてね」

 なんのことだろう?

 鞘を返してくれた少女はぴょんぴょんと跳ねて、村の方へと帰っていく。
 村の子供だろうと決めつけて、しばらく散策をしてから頃合いをみて診療所へ向かっていると道端に一本の刀が落ちていた。

 周囲を見渡しても落とし主らしき人影はない。
 このまま放置して、万が一にも子供がおもちゃにして怪我されても困る。
 刀を振ることはできなくても、持ち運ぶことくらいはできるはずだと信じて近づいた。

 よく見ると落ちていたのは切っ先が尖った剣だった。
 昔、本で読んだことのある細剣さいけんと呼ばれるものだ。
 実物を見るのは初めてだが、刀身以外は他の刀となんら変わりはなかった。

 恐る恐る手を伸ばして柄を握る。
 次の瞬間、鈍い痛みが手のひらから腕と胸を伝って、お腹まで移動した。

「ぐぅっ!?」

 思わず剣を落としてしまう。
 腹部を押えながら膝をついた僕の頭上からは幼い声がかけられた。

「だから言ったじゃん。この先には気をつけてねって」

 鈍痛に耐えながら見上げると、そこにはさっきまで無邪気に飛び跳ねていた少女が立っていた。

「なんで、どうして……。まさか、きみは十刀姫じゅっとうきか?」

「そうだよー。葬刀そうとうのクシマっていうんだー。おにいちゃんが持っているクシマの鞘をもらうよー」

「待って!」

 先程と同じ小悪魔な笑みを浮かべた少女にまだら模様の鞘を抜き取られた。
 僕は遠くなる背中を見つめ、必死に地を這った。

◇ ◇ ◇

 診療所に残ったヒワタたちだったが、一向に診察が始まる様子はなく、しびれを切らしたヴィオラが席を立った。

「茶番に付き合っている暇はないわ。あの人の元へ行く。あとをお願いね」

「仕方ないですね」

 返事をしただけで動く気配のないヒワタと医療機器で遊んでいるライハに質問が投げかけられる。

「一つ聞きますが、クシマという女の子を知っていますか?」

「はい。クシマちゃんは私たちと同郷の女の子です。先生がお持ちだった刀というのはクシマちゃんなのですね」

「ご明察の通りです。私ではクシマを救えなかった。彼女をよく知っているのなら、あなたたちにクシマを頼みたいのですが、お願いできますか?」

「私からはお答えしかねます。それはサヤ様がお決めになることです」

 パシャリと言い放つヒワタに茶々を入れるようにライハが明るくつぶやく。

「クシマか。ヴィオラと仲が良くないからなー」

「クシマは自分なりのやり方で多くの人を救ってきましたが、それは適切ではなかった。お恥ずかしながら私では純粋な彼女を止められません」

「なるほど、おおよその見当がつきました。サヤ様のお耳には入れておきますので、後日直接お話しください」

 話がひと段落したとき、診療所の扉が蹴破られた。

「ちょっと、ヤブ医者! あなた、クシマと一緒にいるんじゃないでしょうね!」

 鬼の形相のヴィオラがぐったりとしているサヤを支えている。
 ギョッとした医師は真っ青な顔のサヤを診療台に寝かせてすぐに診察を始めた。
 呼吸が荒く、腹痛を訴えているばかりで会話にならない。

「クシマ……本気か」

「なに!? どの病気にされたのよ!?」

「早く言わないと殺しますよ」

「なんなら村ごと焼くよ」

 落ち着き払っていたヒワタも楽しげだったライハも今では切羽詰まった表情になっている。
 ヴィオラに至っては白衣が破れるのではないかと思うほど引っ張っていた。

「早くクシマを見つけないと死んでしまう。私が診ているから探してきてください!」

 この医師を信用しているわけではない。
 しかし、ヴィオラたちは十刀姫じゅっとうきの一人であるクシマの能力が恐ろしいものだと知っている。
 だからこそ、迅速な行動を取った。
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