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高校1年-12月
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しおりを挟む祐介はひたすら歩き続けた。頭の中は春菜の言葉がしつこく付きまとっていた。
俺が今まで目にしてきた事、この身で体験してきた事が真実じゃないだって?そんなわけないだろ!
そうは思っても最後に見た春菜の様子がそれらを打ち消そうとする。
だいたい何であいつが春菜の家にいたんだよ。つぐみか?例えそうだとしてもなぜ頼るのが俺でなくあいつなんだ。
祐介は髪を掻き毟り苛立ちを追い出そうとするが、それでも完全にそれらが消えるわけもなく、ただの苦し紛れにしかならなかった。そんな祐介があてもなく歩き続け、行き着いた先はネオン街の一角にある店の前。辿りついてようやく祐介自身は自分のいる場所に気づき、驚いていた。いつもならば足早に去るべき場所であるはずが、今日はそこから離れようという気にはなれなかった。想い悩んだ挙句、祐介はすぐ近くにあった公園と呼ぶには小さすぎる休憩所らしき所に目を付け、店の入り口が見渡せる場所に腰をおろした。
目的の人物が出てきたのは夜も明けそうな時間だった。店の施錠を確認しているところに祐介が近づいた。人の気配を感じ千鶴子が振り向くのと、祐介が口を開いたのが同時だった。
「聞きたいことがある。」
そう言って祐介は視線を逸らした。驚いていた千鶴子だったが、すぐに手に持っていた鍵を再び鍵穴に差し込み、店の中へと祐介を促した。カウンターの上に持っていた鞄を置き、千鶴子は無言で飲み物を用意し、祐介の前に差し出す。
「それで?こんな時間に何の話?」
グラスに注いだブランデーを千鶴子はくいっと飲み、手持ち無沙汰のせいかすぐにたばこに手が伸びる。
「真実を聞きにきた。」
「真実?」
「ああ。俺の親父のことだ。」
そう言うと千鶴子の動きが止まった。視線も僅かに揺れ動揺の色が祐介にも確認できた。
「俺はあんたの口から本当の事を聞きたい。」
「なによ、急に。一体、どういう風の吹きまわしかしら?」
「話を逸らすなよ。」
「別に逸らしてなんか・・・。」
「俺は!・・・・・・ずっと親父はあんたに騙されてそして俺を捨てて出て行ったんだと思ってた。けどあいつが・・・春菜が変なこと言うから・・・。」
「春菜ちゃん?彼女が何かあんたに言ったの?」
たばこを灰皿に押し付け、千鶴子が少し身を乗り出して訊いた。
「詳しくは言わなかった。ただ、もっと俺自身が真実を知るべきだって・・・。」
そう言って祐介は目の前に置かれたグラスの中身を一気に飲み込んだ。
「そう・・・春菜ちゃんが。」
「よく考えたら、あんたの口から親父のことを聞いたことってないよな。今さらだけどそれに気づいた。」
祐介は真っ直ぐに千鶴子を見据えた。店内には二人の声だけが響き、二人が口を噤めば一瞬にして無音の空間になる。そして今、千鶴子はその沈黙に耐えられなくなり口を開いた。
「とても優しい人だったわ。そして温かい人だった。」
再びたばこに火をつけ、千鶴子は淡々と話し始めた。
「でも社会にはそんなものは関係ないのよね。必要なのは知識や技術、そして経験。だけどあの頃の私達は楽観視してたのかもしれない。どうにでもなると思ってたのよ。二人で力を合わせればやっていける、そんな甘い考えが全ての原因ね。だから・・・あんたを産めた。それが結果的にあの人を追い詰めたのかもしれないわね。まさかあんたを産んで1年もしないうちに死んじゃうなんてさ。」
「死・・・んだ?」
初めて聞いた事実に祐介は目を見開いた。
「そうよ。私達を置いてあの人はさっさと楽な所へ行ってしまったの。生まれたばかりのあんたとわずかなお金しか残さずに行っちゃってさ、親を頼ろうにもすでに離縁されてから無理だったし。あの人の両親はあんたを私から奪おうとしてさ。それだけは出来なくてね・・・だから今こんな生活になってるわけよ。」
「なんで俺を引き渡さなかったんだよ。そうすればあんたも楽に生きれただろ?俺だって・・・。」
「確かにそうね。もしあの時、あんたがいなかったら今の私はもっと楽な人生を歩んでいたかもね。でもね、残念ながら後悔はしてないのよ。あの人と一緒になったこともあんたを産んだことも。それにあんたがいたからあの人が死んだ時、私は生きることを選べたの。もしあんたを手放していたら今の私はいないはずだわ。たぶんあの人を追いかけてた。ま、あんたからすれば迷惑な話だろうけどね。」
千鶴子はそう言ってグラスの中身を飲み干す。
「だったら・・・だったらなんであの時っ・・・。」
祐介が言いたいことを察した千鶴子は視線を下げ、悲しく微笑んだ。
「なんの弁解もしないわ。どう言おうとあんたを傷つけた事実は変わらないし。憎んでもらっても結構よ。」
「ふざけるな!傷つけたと思うなら、全部話せよ!今さら格好つけんじゃねぇ!」
ドンとカウンターを叩き、祐介は立ち上がった。それに驚き、千鶴子は祐介を呆然と見つめた。
「今、俺がどんな気持ちかわかってんのか!?俺は何も知らず、あんたを憎みながら今まで生きてきたんだ!母親なんかじゃねー、ただの薄汚ねー女だって、そう思って。親父のことさえも恨んで生きてきたんだよ!なのに今になって・・・ずりーだろ?なんでもと早く言ってくれなかったんだよ・・・。そしたら俺は・・・。」
そう言って祐介は唇を噛みしめ、カウンターに蹲った。
「・・・私はあんたの母親なの。それだけは譲れなかった。」
千鶴子は静かにそう言った。祐介はカウンターに伏せたまま顔を上げない。
「あんたにだけは弱い部分を見せたくなかった。母親としてのプライドだったのかもしれないわね。無理して強がって嫌な女を演じてお金を稼いで。結局、途中で壊れてあんたにひどいことしちゃったけど。」
そう言って千鶴子はカウンターに置いた自分のカバンを取り、中から手帳を取り出した。そしてその中に挟まっていた写真を祐介の前に置いた。祐介はゆっくりと顔を上げ、それを見つめた。
「あんたって本当にあの人に似てるわ。次第に似てくるあんたといるのが正直、辛かった・・・・・・あんたに見られると変わり果てた自分の姿をまるであの人に見られてるようで。あんたに言われる言葉がまるであの人に言われてるような錯覚までして。」
写真には千鶴子とそして父親らしき男性が笑顔で肩を組み合っていた。とても幸せそうで、なんの苦労もしらないかのような情景だった。
「っ・・・全然、似てねーよ!」
苦し紛れに祐介はそう言った。千鶴子は、ハハっと笑いながらその写真を手帳に挟み、手帳の用紙にさらさらっと何かを書くとそれを破り祐介に差し出した。
「これ、あの人の両親の連絡先。もしあんたが会いたいって言うなら私は止めないわ。」
祐介はそれを受け取り、じっと紙を見つめた。
「あんたの人生だもの。これ以上、私に振り回されるのは嫌でしょ?好きになさい。」
そう言って千鶴子は再びたばこに火をつけた。
「皆、席につけー。」
教室に入ってきた担任の掛け声に生徒達はざわざわと動き出し、自分の席へ着く。そして普段と変わりなく、出欠が取られ始めた。
「赤城ー?いないのかー?珍しいな。」
その声が春菜の胸に突き刺さる。
祐介君、来てないんだ。
春菜の頭には昨夜のことが思い出された。
ひょっとしたら知らない間に私は彼を傷つけたのかもしれない。彼にしかわからないような何かで。
そう思うと嫌な胸騒ぎがした。やはり言わない方が良かったのだろうか。後悔しか浮かばない。
春菜はただひたすら早く授業が終わることを祈っていた。
一日の授業が全て終わると春菜はすぐに席を立ち、教室の出口へと向かった。
「春菜?急いでどこに行くんだ?」
出口近くで正臣に声をかけられ、春菜は振り返った。
「うん。ちょっと用があって。あ、昨日はありがとう。助かったよ。」
「別にそれはいいけど。でもどうしてあれが必要だったんだ?」
「ご、ごめん。その話は今度でいい?ちょっと急ぐんだ。じゃあ。」
春菜は両手を合わせ、謝りながらすぐに踵を返して教室を出て行った。正臣は何も言えないまま、春菜を見送っていた。それを見ていた優香はおもむろに溜息をついた。
「はぁ、あんたって・・・・。」
「なんだよ。」
ぎろっと優香を睨み、正臣は席を立ちあがった。
「もう少し強気でいきなさいよ。男は時に勢いが必要なの。ホントに・・・情けない!」
「うっせー。」
むすっとしたまま正臣は鞄の中に教科書類を詰め込んだ。優香は椅子に横座りした状態で少し躊躇いながら聞いた。
「例の話はまだしてないんだ。」
「あ?ああ・・・今日、話すつもりだったんだけどな。」
「そっか。」
そう言って優香も前を向いて座りなおし、帰る支度を始めた。
「優香の言うとおりだよ。」
ふいに後ろから聞こえた正臣の言葉に優香の手が止まった。
「情けないって俺も思う。決心したのに実行できないなんてさ。俺ってこんなに情けない男だったんだって自覚した。だから今日こそは、って思ってたんだけどな。・・・・・・じゃあな。」
後ろから聞こえてくる正臣の話を優香はじっと聞いていたが、正臣の動き出す音を聞いて振り返った。すでに正臣は松葉杖をついて、席から離れていた。
「正臣!」
優香の呼びかけに正臣は振り返らずただ立ち止まって片手だけを器用にひらひらっと振り、再び松葉杖をつきながら教室を去っていった。
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