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高校1年-12月
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しおりを挟む千鶴子が来たのは深夜だった。
正臣に電話をかけ、以前に千鶴子が渡してきた名刺をまだ持っていることを確認すると、その連絡先を教えてもらい、ようやく千鶴子と連絡を取ることができたのだ。千鶴子との電話が終わると春菜は眠ったつぐみを布団に寝かせた。そして家の事をしながら待っているとようやくその千鶴子がやってきた。店を経営しているため、時間の合間を縫ってきたらしい。
「悪いわね、迷惑かけて。」
「いえ。」
千鶴子は簡単な挨拶を済ませ、つぐみの元へと歩み寄った。客間ではつぐみがぐっすりと眠っている。
「気持ちよさそうに寝てるわね。よっぽど春菜ちゃんの所は居心地がいいのね。」
「そんな・・・。」
「なんとなくわかる気がするわ。」
そう言いながら千鶴子は部屋を見回した。
「さて、お店に戻る時間もあるし、連れて帰るわ。」
起こさないように千鶴子はつぐみを抱き抱え、そのまま玄関へと向かった。
「またお店に遊びに来て頂戴。って、それはまずいわよね。今度、きちんとお礼をするわ。」
「いいえ。こんなことでお礼なんて。この前頂いた服で全然おつりが来ます。」
「ははっ、欲のない子ね。ま、それがいいところなんだろうけど。それじゃ。」
千鶴子はドアを開け、外へと出て行くと春菜も見送る為にその後に続いた。ちょうど春菜が道端へ出た時、運が良いのか悪いのか、ちょうど祐介が目の前を通り過ぎるところだった。祐介は人の気配にちらっと視線を向けただけだったが、その視界に千鶴子の姿を映すと足を止め、険しい顔で千鶴子を睨んだ。
「どうしてあんたがここにいるんだ?」
その言葉に千鶴子も表情を変えた。そして、
「私がどこにいようと自由でしょう?」
祐介に挑戦状を叩きつける様に言葉を言い放った。
「ふさけるな!ここはあんたのような人間の来るところじゃない。」
「それをあんたが言うわけ?ははっ、面白いわね。」
「んだと?」
「やめて!」
二人の剣幕に春菜は堪らず口を開いた。
「中で・・・中で話しませんか?」
「別に話す必要なんてない。ただ今すぐここからこいつが居なくなればそれでいい。」
冷たい眼差しと共に祐介は言った。するとそれまで千鶴子の腕の中で眠っていたつぐみがもぞもぞと動き出し、目を覚ました。ぼやけた意識の中でつぐみは周りに目を向け、そこに祐介の存在を確認するとぱぁっと表情を明るくした。
「お兄ちゃん!」
「つぐみ。」
祐介は瞬時に表情を緩め、つぐみに優しく微笑んだ。つぐみは千鶴子の腕の中から降り立つと、祐介の元へ走り寄った。
「お兄ちゃん、どうしてここにいるの?」
祐介の腰に抱きつき、つぐみは見上げながら尋ねた。
「たまたまここを通ったんだよ。それより、つぐみこそどうしてここにいるんだ?」
「え、えっと・・・あのね、それはね・・・うーんと・・・。」
つぐみはそこでようやく自分が内緒で春菜の家に来たことを思い出し、言葉に詰まる。そんなつぐみに助け舟を出したのは千鶴子だった。
「あんたもいちいち煩いわねー。つぐみがここにいたらいけないことでもあるのかしら?そこまであんたに束縛される筋合い、はっきり言ってないわよ。はぁ・・・そんなんじゃ、つぐみを預けるって話も考え直さなきゃね。」
「おい!」
「あら、そうでしょ?私の所にいるよりも環境が悪くなるってだけでも不安なのにその上、束縛?つぐみがあまりにも可哀相じゃない。それをわかった上であんたに預けるなんて、さすがに母親として失格でしょ。」
「はっ、あんたの口から親なんて言葉をきくとはね。」
「つぐみはれっきとした私の娘よ。」
「書類上だけだろ。」
「なんですって?」
「いい加減にして下さい!」
二人の言い争いを見かねて春菜が珍しく声を荒げた。
「こんな時間にこんな所で話すことじゃないと思います。」
その言葉に二人ははっと我に返った。気まずそうに視線を互いに逸らし、つぐみはそんな二人を交互に見ている。
「話なら私の家を貸しますから、中で話して下さい。」
「悪いけど、私は無理よ。お店に戻らなきゃいけないし、つぐみも家に連れて帰って寝かさなきゃ。ほら、つぐみ。行くわよ。」
「ママ・・・。」
千鶴子に呼ばれ、つぐみは渋々と千鶴子の手を取った。
「またね、お兄ちゃん、春菜お姉ちゃん。」
「うん。」
「早く寝ろよ。」
その言葉を聞きながら千鶴子とつぐみは近くに止めてあったタクシーに乗り込むとすぐに車を出した。
タクシーが見えなくなると、夜の静けさが二人を包む。春菜は家に入ろうかどうか迷っていたが、しかし祐介に無視されるのがわかっているだけにゆっくりと踵を返し玄関の扉に手をかけた。すると視線を消えたタクシーの方向に向けたまま祐介が口を開いた。
「なんでつぐみとあいつがここにいたんだ?」
「え?」
祐介の突然の問いかけに春菜は振り返った。そんな春菜を視界に入れず、祐介は続けた。
「まだ俺に関わろうとするわけ?それとも興味本位?」
「ちがっ・・!」
「どっちにしてもさ、こうやって人のプライベートにまでズケズケと入り込むの、無神経って思わない?しかもあいつと会ってたなんて。前に話しただろ?あいつはどんな奴でも平気で騙すし、傷つける人間なんだよ。そんな奴に近づくなんて、春菜って本当にわかってないな。」
そう言って祐介は溜息を吐いた。祐介の一歩的な言い分に春菜の言い様のない怒りが込み上げてきた。
「わかってないのはどっちよ・・・。」
ぼそっと呟く春菜の声は祐介の耳に僅かに届くほどだった。祐介はその時ようやく春菜の方を向いた。春菜は俯き、両手をぎゅっと握りしめていた。
「春菜?」
名前を呼ばれると同時に春菜は顔を上げ、強い眼差しを祐介に向けた。
「わかってないのはどっち?私じゃなくて祐介君の方でしょ?わかってない上にわかろうともしてないじゃない!」
「なんだよ、それ。」
思わぬ春菜の剣幕に祐介は眉間に皺を寄せた。
「祐介君は結局、自分のことしか考えてないじゃない!本人の気持ちなんて全く考えてなくて、ただ自分がしたいようにしてるだけ!つぐみちゃんのことも!千鶴子さんのことも!」
その言葉を聞いて、祐介の表情が一気に険しくなる。
「俺が自分のことしか考えてないって?はっ、まるでおまえは何でも知ってる素振りだな。あぁ、あいつに何か聞いたのか。そしてあいつの演技や嘘に騙されて同情したってわけか。」
「そんなんじゃない!千鶴子さんは嘘なんかついてないもの!」
その瞬間、祐介がバンと壁に手を叩きつけ、春菜を睨んだ。
「じゃあ何だって言うんだよ!言ってみろよ!」
その迫力に春菜は言葉と息をのんだ。そこで初めて自分が余計な事を口走ったことを認識した。
「あ・・・。」
危うく言ってしまうところだった。千鶴子さんと二人だけの秘密にするって約束したのに。これ以上は何も言えない。春菜はキュっと口を噤み、顔を背けた。そんな春菜の意志を受け入れるわけもなく、祐介はにじり寄った。
「言いかけて止めるなよ。あんだけ息巻いてたんだから。」
そう言って春菜の腕を取り、引き寄せた。
「あいつに何を吹き込まれた?言えよ。」
逃れようと足掻く春菜の顎に手をやり、自分の方へと無理やり向けた。祐介に真っ直ぐに見下ろされ、春菜は僅かに首を振りながら目を瞑ることでそれに反抗した。
「それで俺が諦めると思ってんの?ひょっとして俺がいい人だからきっと傷つけないってまだ思ってたりするわけ?」
その言葉に思わず春菜は目を開けた。視線が絡み合い、互いに見つめ合う。春菜の眼差しを受けた祐介は微かに顔を歪めたが、
「甘いんだよ、考えが。」
次の瞬間、顔を近づけ春菜の唇を奪っていた。祐介の行動に春菜は目を見開き驚き、名前を呼ぼうと春菜が口を開くとそのタイミングで祐介の舌が春菜の口の中に侵入し、犯していく。頭が真っ白になり、春菜はただ祐介のなすがままにされていた。唇が離れ、祐介は春菜を見て、再び角度を変えてキスをする。幾度となくそれが繰り返された。次第に春菜も状況を呑み込み、祐介を突き放した。その瞬間、春菜はカクっと腰が抜け、玄関に座り込んでしまった。
「ど、どうして・・・。」
春菜は指で唇に触れながら、その言葉を口にした。しかし視線は決して祐介を見ようとはしない。祐介が動き出したのを気配で感じ、春菜はビクッと体を震わせた。
「俺が知りたいのはあいつの事だ。何をおまえに吹き込んだのか。言わないのか?そんな状態になっても。」
そう言いながら祐介は座り込んだ春菜の前に腰を降ろした。
「な、何も聞いてないもの。だから話せるわけない・・・。」
「ははっ、嘘が下手だね、春菜。じゃあもっとひどいことするけど?いいの?」
その言葉を聞いて春菜は自分の体を抱きしめながら首を振り、傍にあった壁に体を寄せ、少しでもと祐介と距離を取った。
怖い。
今、目の前にいるのは誰だろう。
春菜はその答えとなる現実を目にしたくなくて、顔を逸らし目を瞑る。完全に視界をシャットアウトして震えている春菜を見て、祐介は次第に怒りがおさまっていった。すっと立ち上がり、祐介は春菜から離れると
「もうあいつには会うな。」
それだけ言って祐介は立去ろうとした。それを感じ取り、春菜ははっと顔を上げた。
このままじゃ、みんな今までのままだ。
それじゃあ何も変わらない。
それでいいの?
私はこのまま見守るだけでいいの?
もしかしたら・・・私の言葉で何かが変わるかもしれない。
そう思った春菜は祐介の背中に向かって、
「お父さんのこと・・・聞いたの。」
弱々しい声がそこに響く。春菜の声が聞こえ、祐介はぴたっと足を止めた。震えでうまく言葉を発することができない。それでも出せる力で言葉を紡ぎだした。
「祐介君のお父さんのこと。前に祐介君が話してくれたこととは違ったよ。」
祐介は何も言わない。ただ黙ってそれを聞いていた。
「目で見たものだけが真実とは限らないと思う。その奥にあるものも見ようとしないと何も見えてこないんじゃないかな・・・・・・って私は思う。」
「俺の今まで見てきたことが間違いだって言いたいのか?」
背中を向けたまま、祐介が聞き返す。
「そ、そうじゃない!ただ祐介君はもっと知るべきだと思うの。お父さんと千鶴子さんの昔を。私から聞くんじゃなくて、祐介君本人が自分の目や耳で確かめるべきだと思う。だから私は何も言えないし、言わない。」
今までの頑なまでの抵抗で見せた春菜の真意を汲み取った祐介は一度だけ春菜を振り返る。無言でじっと春菜を見据え、祐介はそのままその場を立ち去った。春菜は夜の闇に消えていった祐介の姿をいつまでも見ていた。
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