没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵

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2巻

2-1

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 プロローグ


 暗く静まりかえった部屋だった。切り出された岩が規則正しく積み上げられた壁は古さこそ感じさせるが、立派な作りである。
 その部屋は広いが家具のたぐいは一切ない。代わりに、その部屋の真ん中に人影があった。
 顔は見えない。顔どころか、着ている服すらも見えはしない。
 黒いモヤのようなものが全身をおおっていた。
 暗い部屋の中だというのに何故なぜかその人型のモヤだけはっきりと見える。
 生々しい息遣いきづかいが聞こえる。その人物はいきどおりを感じているようだ。

「何故だ……何故見つからない。あのお方に何と伝えればいい」

 女性の声だった。怒りの他にあせりとおびえの感情も含まれている。
 その人物は誰かと話しているようだ。人影は一つだけだが、声は複数聞こえる。

「例の……が見つかりました。報告の通りです」
「そうか、ならば急げ。我らには時間は残されていない。計画を急がせるのだ」

 女性の声が最後にそう響いて、視界が暗くなっていった。


 ◇


 寮のベッドで目を覚まし、レオンは自分が大量の汗をかいていたことに気がついた。
 寝苦しさの原因はこれか、と小さくため息をつく。
 夏ということもあり、最近は暑い日が続いている。昨夜もなかなかの暑さだったために寝苦しかったのだろう。
 そのせいで変な夢を見たような気もするが、内容はよく覚えていない。
 レオンは服を着替えたあとで、顔を洗いに部屋を出ていく。
 チラリと隣のベッドに目をやると、そこに親友であるマークの姿はなかった。
 最近はマークの方が朝が早いことも多い。レオンは特に気にせずに部屋の扉を閉めた。
 廊下ろうかを進み、階段を下りて食堂へと向かう。食堂のとなりに生徒用の洗面所があるのだ。
 洗面所で顔を洗っていると背後に気配を感じた。

「レオン先輩、おはようございますっす」

 という言葉と共に差し出されたタオルを、レオンは苦笑しながら受け取った。

「ありがとう、トッド。でもいつも言っているけど、それくらい自分でやるよ」

 レオンは魔法学院の二年生になっていた。
 タオルを差し出したのはトッド・コーファスという一年生である。トッドは地方貴族の出身なのだが気のいい人柄ひとがらで、平民や貴族という身分の違いを気にしなかった。
 入学してすぐに多くの先輩たちから気に入られるほど後輩力が高く、魔法の技術的な面においてレオンのことを尊敬しているようだ。

「今日は随分ずいぶんと遅いんすね。お疲れですか?」

 トッドは心配そうにレオンの顔をのぞき込む。レオンは「まあね」と簡単に答えた。
 疲れているのは昨日行われた魔法祭のせいである。四つある寮対抗で魔法に関する様々な競技を実施する魔法祭は去年、悪魔による襲撃という大きな事件を招いた。
 しかし、伝統を重んじた学院は今年も例年通りに魔法祭をり行った。
 二年生の代表として昨年と同じように魔法闘技まほうとうぎに参加したレオンは、その反動で確かに疲れを感じていたのだ。

「そうか、ネメトリア先輩っすね。あの水魔法は華麗かれいでした……気持ちはわかるっす。自分も悔しくてあんまり眠れなかったっすから」

 トッドは両手でにぎこぶしを作り、心の底から悔しそうな顔をする。
 その表情だけでレオンはトッドが何か大きな勘違かんちがいをしているのがわかった。
 レオンは単純に「魔法祭の準備と本番で疲れたために、いつもより起きるのが遅くなった」という話をしたのだが、トッドは「負けた悔しさから寝つきが悪くなり、よく眠れなかったのだ」と受け取ったらしい。
 というのも、昨日の魔法闘技でレオンは負けているのだ。負かしたのは友人のルイズ・ネメトリアという女子生徒である。
 レオンと同じくらい才能豊かで、さらに魔法に関する知識も豊富な彼女は、昨年レオンに負けた悔しさをバネに対策を練り、今年は見事に勝利をおさめた。その結果、魔法祭の総合優勝はルイズのいる北寮になり、レオンたちの南寮は二位という結果だった。
 確かにルイズに負けたことにレオンは悔しさを感じてはいたが、それ以上にルイズの努力と才能を認めていた。悔しくて眠れなかったということは全くない。
 むしろ悔しくて眠れなかったのはトッドの方であった。初めての魔法祭。もともと勝負に熱い男であるトッドは負けたことが心の底から悔しかった。
 そのせいで夜もまともに眠れず、寮の中をうろうろしていたのだ。

「そうだ、マークを知らない? もう起きてたみたいだけど」
「マーク先輩ならいつもの中庭にいましたっす」

 トッドからマークの居場所を聞いたあと、礼を言って洗面所を出る。
 そのまま寮の外に出てトッドの言っていた中庭へと向かう。
 彼の言っていた通り、中庭にはマークの姿があった。木剣を握った姿が遠くからでも見えた。
 その周りに数人が集まっている。
 どうやらマークは誰かと木剣による模擬戦をしているようだ。
 レオンがさらに近づいていくと、その相手が誰なのかわかった。
 同級生のダレンのようだ。

「おい、田舎いなか剣士。またわきが甘いぞ」
「うるさいぞ二流貴族。お前こそいつもの気迫がないんじゃないか」

 とお互いにののしり合いながら木剣を打ち交わしている。言葉だけを聞けばにくまれ口だが、その表情を見れば二人が本気で言っているわけではないとすぐにわかる。
 二人はお互いに挑発し合うことで戦闘の意欲を高めているのだ。
 魔法学院で木剣を使った模擬戦闘は珍しい。今日が魔法祭の翌日ということもあってか、二人の戦いを見物している観客たちは多い。
 レオンは人だかりの合間をって最前列まで行くと、黙って二人の戦いを見届けた。
 マークの剣がダレンの剣を弾き飛ばし、それを拾おうとしたダレンの胸にそのままマークの剣が突きつけられる。今回の勝負はマークの勝利のようだ。

「これで通算では俺の勝ちだよな」

 とマークが勝ち誇ったように言うと、ダレンは少しむっとした様子で、

「まだ負けてねえ」

 と意地を張った。
 そのやりとりにレオンはくすりと笑ってしまう。
 レオンが二人に話しかけようとすると、人だかりをかき分けてつかつかと歩いてくる女子生徒がいた。

「あなたたちね、少しは場所を考えなさい。通行人の邪魔じゃまになってるわよ」

 多少迷惑めいわくそうに二人をしかったのはルイズである。
 ルイズは集まっていた野次馬やじうまたちをしっしっと散らし始める。二人の対戦が終わった辺りから徐々に人は減っていたが、ルイズのおかげで人の動きが加速する。
 マークは「やべえ」と言い、ダレンは面倒くさそうにしている。

「いいだろ、別に。盛り上がったんだからよ」

 ダレンはそう反論するが、ルイズはあからさまにため息をついてみせる。

「いいわけないでしょ。歓声が図書室まで聞こえてたわ。うるさいったらないんだから……」

 そこまで言いかけて、ルイズは近くに立っていたレオンに気づいたようだ。
 片手をあげて手を振ってくる。

「おはよう。ルイズは今日も図書室に行ってたんだね」

 呼ばれたレオンは三人に近づいていき、ルイズが小脇に抱えた本を見ながら言った。
 起きるのが遅かったとはいえ、時間はまだ朝と言っていい頃合いである。
 魔法祭終わりで疲れているのはルイズも同じだろうに、そのひたむきさには頭が下がる思いだった。

「そうよ。次学期の選択科目の予習をしていたんだけど、外がうるさかったから切り上げたの」

 マークとダレンを横目にあからさまな嫌味を言うルイズだったが、その表情からして本当に怒っているわけではないらしい。

「よし、いい度胸だ。その喧嘩けんか買った」

 とダレンが大袈裟おおげさに反応して剣を構えるが、ルイズの「また負けるわよ」という一言が突き刺さり、胸を押さえてうずくまる。
 レオンは昨日の魔法闘技のことを思い出していた。
 レオンとルイズの他に西寮の代表は去年と同じくアルナード・シウネが、東寮からはダレンが選ばれていたのだ。
 つまりダレンもレオンと同じくルイズに負けたことになる。

「ダレン、しっかりしろ!」

 マークが背中をさすっている。
 その様子がなんとなく楽しくて、レオンはまたくすっと笑ってしまった。

「それで、レオンは選択科目、決まったの?」

 思い出したようにルイズが尋ねた。
 魔法学院では二年生から各分野別に学びたい科目を選択し、より専門的な魔法技術を学ぶようになる。
 選択科目の授業が始まるのは魔法祭を終えてからなので、二年生はそろそろ科目を決めて提出しなくてはならない。

「魔法歴史学と魔法応用学にしようかなって」

 レオンはまだ提出していない紙に書いた内容を思い浮かべながら答えた。

「あら、意外な組み合わせね」

 ルイズは不思議そうに言う。二年時に選択する分野は大雑把おおざっぱに「魔法を研究したい人向け」と「魔法を使用したい人向け」に分けられる。
 各生徒は自分が将来どのような魔法使いになりたいかを考えながら、その分野の中から科目を二つ選ぶのだ。大抵たいていは同じ分野の中から二つ選択するのだが、レオンの選んだ魔法歴史学は「研究者」向け、応用学は「使用者」向けの分野だった。
 同じ分野からしか選んではいけないという決まりがあるわけではないが、レオンのような科目の選択の仕方はまれである。

「家を復興させるなら歴史学より高等魔術学とかの方が良くないか?」

 いつの間にかルイズの痛烈つうれつな一言から立ち直ったらしいダレンが口をはさむ。
 ダレンの言う通り、レオンが将来「自分を育ててくれたハートフィリア家を貴族家として復興させる」という目標を叶えるためには「魔法を使用したい人向け」の分野から科目を二つ選び、「魔法を使う職業」にく方が無難だった。
 魔法研究の分野では何らかの新発見でもしないかぎり、そしてその発見が魔法使いにとって非常に有益でもない限り、貴族位をもらうほどの手柄とはならないからだ。
 しかし、レオンはどうしても、昨年の魔法祭でレオンの前に現れた謎の悪魔――ファ・ラエイルについて知りたかった。
 学院の図書室で調べたのだが、ファ・ラエイルについて書かれているものはどれも伝説に触れたおとぎ話に近いものばかりだったのだ。
 魔法歴史学の授業をとれば魔法の成り立ちの深いところを学べる。
 ファ・ラエイルについてより詳しく調べるためには、うってつけの授業だとレオンは考えた。

「魔法歴史学か、あんまり興味なかったけど面白いのか?」

 レオンと同じく科目の選択に迷い、まだ書類を提出していないマークが言った。
 それに強く反応したのはルイズである。

「当たり前でしょ! 本当だったら私だって選択したい科目よ。だって、講師があのマーシャ先生なのよ? 魔法遺跡の発掘実績を持ってて、国内でも指折りの歴史研究者だわ。身体を二つに分ける魔法があったら今すぐ使って私もその授業を選択してるわ」

 とルイズは熱く、本当に悔しそうに語った。
 彼女の今の成績やその勉強熱心な性格を加味すると、十分に魔法の研究者に向いているだろう。
 しかし、ルイズは「魔法を研究したい人向け」の分野の科目を選択してはいなかった。
 それには当然理由があり、ルイズなりに将来のことを考えて納得した上での選択だったが、それでも魔法歴史学をとれなかったことは悔しいようだ。
 マークはルイズのその熱弁を聞いてあからさまに嫌そうな顔をする。
 彼らの友達付き合いももう一年以上が経過した。ルイズがこういう反応を示す時は大抵、内容の難しい話が関係しているとマークは察したのだった。

「マークもまだ決めてなかったの? それなら魔法歴史学はおすすめよ。魔法の始まりを知ればもっと魔法に対する考え方が柔軟じゅうなんになるわ」

 とルイズはマークにすすめているが、マークは苦笑いである。
 恐らくマークがこの授業を選択することはないだろうなと、横で話をしながらレオンは思った。


 ◇


 魔法祭が終わり、学院は数日間の休校期間に入った。
 休校は毎年のことではあるが、今年は例年よりも少し長い。
 昨年の学院襲撃事件を受けて、今年の魔法祭は例年以上の警戒態勢で実施された。
 そして何ごともなく終えることができたわけだが、その後の調整にも例年より時間がかかってしまうようだ。
 仕事の増えた教師たちとは違い、生徒たちにとっては貴重な休み。
 この機会に帰省する者も多いが、故郷の町と学院を往復する時間を考えると少し時間が足りないため、レオンは実家に帰らなかった。
 この休校期間は休みが明けてからの新学期に備える時間でもあるので、その準備をしなければいけないのだ。
 そんなわけでレオンは休校期間のとある日に、王都の町に買い出しに来ていた。

「こんにちは」

 レオンが挨拶あいさつをしながら扉を開けると、目に入ってきたのは見覚えのある品々と古めかしい店内だった。
 ここは一年生の頃にクエンティンに紹介されたリタばあの店「魔魔堂ままどう」である。

「おや、いらっしゃい」

 リタ婆とは別の店員がレオンに声をかける。よく見知った人である。
 魔法学院の卒業生、元南寮監督かんとく生のクエンティン・ウォルス。レオンにとって尊敬できる先輩の一人だ。


「元気そうですね」

 勘定かんじょうの台の上にひじをつき、店員らしからぬ態度で迎えるクエンティンにレオンは苦笑する。学院を卒業後、クエンティンは何故かこの魔魔堂で店員として働き始めた。
 学院での成績も良く、品行方正で貴族としての評判も悪くないクエンティンであれば、魔法の研究者だろうと魔法を使う仕事だろうと好きな道に進めたはず。
 実際、クエンティンの就職先には学院の教師たちも注目していた。
 ふたを開けてみればクエンティンは古ぼけた魔法具店の店員になっており、教師や学院生たちの間では当時「何で?」という疑問が絶えなかった。
 レオンも不思議に思っていたが、それもまたクエンティンらしいと妙に納得もしていた。
 何より、最も頼りにしている先輩が、卒業後も気兼きがねなく会えるところにいる環境が素直に嬉しくもあった。

「それで、今日は何をお探しに?」

 クエンティンが聞く。聞いてはみたものの、クエンティンにはレオンが何を探しているのか大体わかっているようだ。
 何の科目を取るのか、前にレオンはクエンティンに相談している。
 この時期に魔魔堂を訪れる理由が選択授業の準備のためであることくらい、察しがつくのだろう。

「応用学用の杖を一本と、歴史学で使う教科書をお願いします」

 レオンが言うと、クエンティンはどこからともなく取り出したその二つを勘定場の台の上に置く。

「杖は応用学用に汎用はんようのものを、教科書はしっかり学院の指定したものを用意しておいたよ」

 やはり、わかっていたのかとレオンは思った。
 知っていることもあえて聞くのはクエンティンの茶目ちゃめなのだ。

「そういえば、紹介したバイトはどうだい」

 勘定を支払い、厚意で出されたお茶を飲んでいると、クエンティンがレオンに聞いた。
 一年生の終わり頃、レオンはクエンティンにバイトの相談もしたのだ。
 それまでもバイトを始めることを考えなかったわけではないのだが、一年生の時には私用で出費する機会が少なく、金銭面で困ることはなかった。さらに目まぐるしく過ぎていく学院生活で手一杯だったため、慣れることを優先していたのだ。
 しかし、二年生に上がると選択科目によって教科書や魔法具で出費が増える。
 選択授業が始まるよりも前にあらかじめ準備しておこうと、レオンはクエンティンにバイトを紹介してもらった。
 それは「魔法具に記されている『印』の複製」のバイトだった。
 印とは魔法具を作るため、魔力を文字にして道具に記すもの。
 仕事の内容は、送られてくる見本の魔法具に記された印を、まだ印がない同じ道具に複写していくというものだった。
 すでに出来上がった魔法具の印を書き写すだけなので、それほど難しい作業ではない。
 何よりも魔法具の勉強にもなるところがレオンは気に入っていた。
 ちなみに、一年生の時に「色々な魔法具について知れる」という理由で魔魔堂でバイトしていたルイズも、二年になってから同じバイトを始めている。
 魔魔堂を辞めたわけではなく、かけ持ちしているのだ。それに加えて学業もおろそかにしないルイズをレオンは単純に尊敬しているが、彼女は彼女で働くことも勉強だと楽しんでいるようだ。
 買い物を済ませたレオンはクエンティンに礼を伝え、店をあとにした。
 思いのほか話し込んでしまったらしく、レオンが外に出ると空はほんのりと赤くなり始めていた。
 用事を全て終えたので、暗くなる前に学院の寮へと帰っていく。


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