緋き魔女のセオリー~セオリー・S・マクダウェルの理不尽な理論~

朝我桜(あさがおー)

文字の大きさ
上 下
16 / 35
Season1 セオリー・S・マクダウェルの理不尽な理論

Ex001 狼であるとはどのようのなことか?/嘘つきAIのパラドクス回避術

しおりを挟む
8月7日 東京某所――

 心地よい日差しの中、白い砂浜のビーチでセオリーは、奇抜な赤い水着でデッキチェアに身を委ねていた。

「そういえば、刹那に一つ聞きたいことがありましたの」

『何だよ。あまり変なこと聞かないでよ』

 私立霜綾学園が夏休み期間中であるため、セオリーは潜入開始まで久しぶりの休暇を満喫することにしたのだ。
 
 傍らに寝そべり静かに日光浴を楽しむ人語を話せる狼、刹那は露骨に鬱陶しがる。

 仕事のある暁と凰華は居ないが、刹那とレーツェルを護衛に連れていた。

「狼であるってどのようなことなのかしら?」

『逆に聞くけど、人間であるってどのようなことなの?』

「やっぱりそう返しますか……」

『そりゃぁそうでしょ? 聞く意味ある? 君と出会う前にも博士に聞かれたけど、赤緑色盲でボヤけて見えるとか、君の匂いが実は臭くてどうでもいいことを言ったところで、本当のところは分からないでしょ?」

 主観的経験をいくら言葉に伝えようが、想像は出来ても真に理解できる訳ではない。人間同士でもそれは同じだ。それよりもセオリーには気になることがあった。

わたくしの身体が臭いですってっ!? 人間の100万倍の嗅覚を持つ狼からすれば臭いかもしないですがっ!? それはあまりにも心外ですわっ!?」

『そ、そういう意味じゃなくてっ! 君からは自然じゃないというか……癖になりそうな人工物の匂いがするっていうか……お願いだからやめてっ!』

 セオリーは刹那を擽り弄り、人間には聞こえない声で囁く。

『え? まぁ~誰にも言う気はないけどさぁ~』

 シーっと唇に指を当ててセオリーは悪戯っぽく微笑んだ。

「じゃあ、最後にこの実験を手伝って貰ったら許してあげますわ」

 セオリーはどこからともなく取り出した手鏡を刹那に突きつける。

『はぁ~ごめん、それもやった。他の子はどうか知らないけど、僕の場合、鏡を自分の事だって認識できるからね』

 ミラーテスト。所謂、鏡像認知というものである。成功した動物は人間をはじめとする一部の動物しかいない。因みに犬は失敗している。

『本当のところを言うと、僕は研究所で産まれた実験動物だからね』

 人並みの知能があるからもしかしてとセオリーは思っていたが、刹那は鏡像認知が出来るどころか、意味も知っている。

「あら? そうですの? それはそれで興味深いですわ。特にその脳構造がどうなっているのか……」

『そういうところで興奮する君は絶対どうかしているっ!』

「へぇ~そんなことを言いますか」

『な、なにをするんだっ! や、止めてくれっ! そ、それだけはっ!』

 どうかしているという言葉が正直癇に障ったセオリーが悪魔的に微笑むセオリーの取った行動。それは――

「刹那っ! GOっ!!」

 手元にあったボールを思いっきり投げた。

『あっ! 駄目っ! 追っちゃうっ! 逆らえないっ! ヤッベっ! 楽しいっ!』

 反射的に刹那は尻尾を振りながら突っ走っていた。

「あの疾走する姿、実にカッコいいですわね」

『あ~思いっきり投げすぎだよ。セオリー、それより資料を持ってきたよ? これでいいの?』

 ホログラム妖精少女、レーツェルがふわりと現れ、テーブルの上に置いといた携帯端末の横にそっと腰を下ろした。

 今日は虫型ドローンの羽を妖精の羽に見立て、ホログラムを構築していた。

 携帯端末をとって内容を確認する。

「ありがとう。レーツェル、助かったわ。講義なんて初めてなもんですから勝手が分からなくて……」

『どう? 凄いでしょ?』

「ええ、本当にすごいですわ。貴方のプログラム一度だけで良いから見せて下さらない?」

『えぇっ! 嫌っ! 絶対イヤっ!?』

「えー良いじゃないですの。少しくらい」

『人なら自分の遺伝情報を他人に見せる?』

「そんなこと言わずに少しくらいいいじゃありませんの?」

『そんなこと言って凰華みたいに何かする気でしょ?』

「そんなことしませんわ」

『そんな小手先の嘘通用しないんだからねっ!』

「そうですわ。私は嘘しかつきませんのよ?」

『うん、知ってるよ。そんなこと』

 予想の斜め上を行く回答にセオリーは正直驚いた。自己言及のパラドックス程度なら回避できると見込んでいたが、まさか皮肉を返してくるとは正直思っていなかった。

『言ったでしょ? 小手先の嘘なんて通用しないって』

  えっへんと腰に手を当ててレーツェルは胸を張る

『大体嘘なんて顔の微妙な表情や声のトーンや仕草で分かるでしょ? そもそもやりたくない事なんてレーツェルはやらないもん』

 動作といい、人間と同じような嘘への対応にセオリーは驚愕する。

 恐らくレーツェルのアルゴリズムは人間の神経構造を胚の発生から忠実に再現しているとセオリーは推測した。

「その手を腰に当てる仕草は誰かから教わりましたの?」

『うーん、べつに……特に誰にも、テレビのアニメだったかな?』

 顎に指を当ててステレオチックな考え事する仕草を見てもレーツェルは意識的に行っていない。

 それは人間の脳と同じく並列的多重制御システムの呈を成していることを意味していた。

(意識のハードプロブレムを解決したというのでしょうか? だとすれば生きている内に三島博士とお会いしたかったですわ……)

 意識のハードプロブレムの難問の一つに、物の世界は因果的に閉じているのにも関わらず、心は脳という物質と相互作用しているというパラドクスがある。

 もはやそれは魔法や超能力の疑似科学たぐいと何ら変わらない。

(それにしても三島博士は天才ですわ……ですが、このような子を創ってどうするつもりだったのかしら?)

 技術的には凄まじいが、レーツェルが生み出された理由が分からない――と、思ったところでセオリーは考えるのをやめた。

(これでは全く人間と一緒ですわね……)

 世界に生まれてきた理由を探す人間と何ら変わらなんて何て滑稽な話だろうか。

『刹那がボール持ってきるよっ!?』

「えっ!?」

 思案に耽っていたセオリーは不意にレーツェルに声を掛けられ、下を見るが――刹那は居なかった。

 思いっきり遠くに投げてしまったためボールは波にさらわれたようで、刹那は懸命に水の中を泳いでいた。

『うっそー。ぼーっとしていると波にすくわれるよ? 人工って言っても溺れるからね?』

 ペロッと舌を出して悪戯好きの子供の様にレーツェルは微笑み飛んでいく。

 そしてどこからともなく現れた凰華の肩に止まって見せた。

 彼女は退役しているのにもかかわらずカーキ色の軍服に袖を通していた。

「セオリー殿。お休みのところ申し訳ない。そろそろ打ち合わせをしたいのですが……」

「あら? もうそんな時間?」
 
 とっくに休暇の時間が過ぎている事を知らされセオリーは慌てて携帯端末を操作する。

 さっきまで常夏の風景が変わり、殺風景な屋内のアドベンチャープールが姿を現す。ホログラム映像で常夏の雰囲気にしていたのだった。

 そこは警察庁の保養施設、穏田から事件解決まで不用意な外出を禁じられ、紹介されたのが、とあるビルの最上階にあるここであった。

「刹那ぁっ! 帰りますわよぉっ!」

 セオリーの呼びかけに寄ってきた刹那の口からボールが零れ落ちる。

『えっ!? ボール投げて貰えないの?』

「また次の機会に致しましょう。その代わりに良いお肉をプレゼントして差し上げますわ」

『うぇーいっ! やったっ!』

 キャンキャンと抱き寄ってくる刹那にセオリーは微笑み、優しく撫でてやった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

夜空に瞬く星に向かって

松由 実行
SF
 地球人が星間航行を手に入れて数百年。地球は否も応も無く、汎銀河戦争に巻き込まれていた。しかしそれは地球政府とその軍隊の話だ。銀河を股にかけて活躍する民間の船乗り達にはそんなことは関係ない。金を払ってくれるなら、非同盟国にだって荷物を運ぶ。しかし時にはヤバイ仕事が転がり込むこともある。  船を失くした地球人パイロット、マサシに怪しげな依頼が舞い込む。「私たちの星を救って欲しい。」  従軍経験も無ければ、ウデに覚えも無い、誰かから頼られるような英雄的行動をした覚えも無い。そもそも今、自分の船さえ無い。あまりに胡散臭い話だったが、報酬額に釣られてついついその話に乗ってしまった・・・ 第一章 危険に見合った報酬 第二章 インターミッション ~ Dancing with Moonlight 第三章 キュメルニア・ローレライ (Cjumelneer Loreley) 第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues) 第五章 インターミッション ~ミスラのだいぼうけん 第六章 泥沼のプリンセス ※本作品は「小説家になろう」にも投稿しております。

異能テスト 〜誰が為に異能は在る〜

吉宗
SF
クールで知的美人だが、無口で無愛想な国家公務員・牧野桐子は通称『異能係』の主任。 そんな彼女には、誰にも言えない秘密があり── 国家が『異能者』を管理しようとする世界で、それに抗う『異能者』たちの群像劇です。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...