玻璃色の世界のアリスベル

朝我桜(あさがおー)

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第二章  パッショナートな少女と歩く清夏の祭り

第31話 紅蓮の大地に囲まれしサンクチュアリ

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 目線より少し下の方、なだらかな斜面の先に光が差し込んでいるのが見えた。
 出口からの漏れる光を見た瞬間、少し不安で彩られたリシェーラさんの顔は、最初の時の溌溂とした顔に戻っていく。

「えっ! あっ! ちょっと待ってリシェーラさんっ!」
「ほらっ! 行きましょうっ! きっと出口かもしれないわ」

 今度はリシェーラさんが僕の手を引っ張っていく。
 水に濡れて滑りやすい斜面。気を抜いたら足が取られそう。

「リシェーラさん。あまり急ぐと足を滑らせるよ」
「そ、そうねっ! じゃあ、これならどう?」
「ひぅ!」

 ゆっくり歩こうという意味で僕は言ったつもりだったのに、何故かリシェーラさんは腕を絡めてきて、心臓が飛び出しそうになる。

「り、リシェーラさん。こ、これはっ⁉」
「これなら安心、でしょ?」

 自分から腕を絡めて来ておきながら、恥ずかしそうに眼を反らしている。そういう僕も人の事を言えない訳だけど。

 さっきから耳や顔やらがやたら熱い。

 少し歩きづらいけど、僕らは改めて出口の光へと歩き始める。

「ねぇ? もしかしてあれってっ!」
「こ、これはっ! まさかここにも本当にあるなんて……」

 光の中から現れたのは水面に聳え立つ岩場、その上に鎮座するのはまるで女神のような三体の彫像。

 ベアトリッテ遺跡によく似た三賢女の遺跡があった。少し違うのは紅蓮の回廊で見た赤い岩肌と同じ岩石で出来ているようだった。

 壮麗な赤き彫像が、灼熱の大地に悠然とその存在感を主張している。

 鉄砲水だって何回もあった筈にも関わらず。当時の状態を維持しているような美しさと力強さを感じる。

「三賢女の遺跡がこんなところにあるなんて、あっ! あそこから登れそうよ」

 岩肌に巻き付くような状態で傾斜面が据え付けられている。斜め45度ぐらいで少しきつそうに見えたものの、登る分には問題なさそうだった。

「ありがとう。宙人」
「えっ? どうしたの? リシェーラさん、突然」

 傾斜面を登りながら、藪から棒にリシェーラさんが礼を言われる。お礼を言われるようなことなんてしただろうか? あまり身に覚えがない。

「貴方の諦めない心のお陰で助かることが出来た。それに貴方を見ていたら、なんだかもう一度頑張ってみようって思えてきたの」

 本当に全く身に覚えがないことだった。

 洞窟に落ちた時は、諦めない心よりも、ここで死ぬのは勿体ないなぁとか思っていただけだし、水の流れを見つけた時も、白状すれば青い洞窟に見惚れていただけだった。

 そう考えると少しアリスに似てきたのかもしれない。

「別にお礼を言われることは何もしていないよ。でも頑張ってみようって気になったのなら、それは良いことだね。でも頑張り過ぎは良くないよ。リシェーラさんを見ていると少し向こう見ずなところがあるから」

 ひたむきなところや、好きなことになると夢中になるところなんかが、どことなく以前の僕に似ているような気がして心配だった。
 別にそれが悪いなんてちっとも思っていない。ただ頑張り過ぎるあまり身を滅ぼさないか心配なんだ。以前の僕の様に――

「そうね。確かにそうだわ。私ね。今更だけど白状すれば、山岳ガイドというのは名ばかりで、本業はスポーツ用品店の店員なの。たまたま今日は休みだったから、ここに行こうかなぁって思っていたの」
「そうだったんだ……」

 本当に今更なんだけど、でも確か、アリスがファイユさんにメッセージを送ったって言っていた時、お店がどうのこうのっては話していたのは覚えがある。

「今の仕事は嫌いじゃないの。お客さんと話すのは楽しいし。でもあまり山に関わることがないから。本当にこれで良かったのかなぁなんて思っていて」

 リシェーラさんは山が好きで学校で山の事を学んで、でも研究者の道に進めなかったから、ショップの店員になったという。

「趣味で山に関われればそれでいいかなぁって思っていたんだけど、やっぱり胸にぽっかり空いた気分がどっかにはあって……あっ! ごめんなさい。こんな話つまらないわよね?」
「そんなこと無いですよ。その気持ち分かるし。僕もそんな夢を持っていた時期はあったから」

 プロ野球選手。野球少年であれば誰もが一度は持つ夢だろう。だけどその夢をかなえられるのは一握り。
 その夢に破れた人は結局どうなるのかって考えた時、リシェーラさんのような選択肢を取ることは普通にあり得る。

 他にも大学で教員免許を取って、勤務先の学校で野球部の顧問になるとか。社会人野球に入るとか。町内の少年野球チームの監督になるとか。
 何かしらで野球に関りを持ちたいと考える。それこそ野球だけの話じゃない。

 己が夢を持って、諦めたり、破れたりしてもどこかで関りを持ちたいと思うのは自然の事だと僕は思う。

「だけど僕は他の興味に移ってしまった。別にそれが嫌いになったわけじゃないんだけど、今はちょっと辛いことを思い出すから、離れておきたいというのがあって……」
「そう、でも貴方みたいに思えるのは、それはそれで幸せなことなのかもしれないわ。あっ! 見えてきたわっ!」

 やっとの思いで険しい傾斜を乗り越え、僕らは三賢女の彫像が待つ、遺跡の前へと辿り着いた。

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