色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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【四】

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『お星さまになる』

 当時の僕は、それがどの様な意味を持つのかは、理解していませんでした。
 ただ、そうなれば、両親に会えるのだと思っていました。一緒に眠っていたのに、気が付いたら姿を消していた両親に。それが、二度と叶わない事だとは思いもせずに。
 僕を抱き締める祖父の腕が、身体が、震えているのを、ただ不思議に思っていました。
 今思えば、何て残酷な事を口にしたのでしょう?
 父…息子を亡くしたばかりの祖父に、僕は何を言ってしまったのでしょう?
 幾ら悔やんでも、僕の後悔は届きません。
 願わくば、天の川を越えた先で、両親と笑っていて欲しいです。
 
 その次にお世話になりました処では、言葉遣いがなっていないと言われ、躾けられました。
 
『対等な口を聞くな。お前は厄介者なんだからな』

 家族では、ない。
 何時か言われた、その言葉が頭の中を巡りました。
 そうでした。
 家族では無いのですから、皆様方と同じ話し方をしてはいけないのだと気付きました。
 ですから、お使いに外へ出た時等に、周りの皆様方の話し方に耳を傾け、丁寧な言葉遣いを学びました。
 また、次の処では。
 
『大きな街に移り住む予定だったのに、お前のせいでおじゃんになった。全部、お前の親の借金のせいだ!』

 と、言われ『借金』と云う言葉を学びました。
 両親と祖父母達は、僕にそれを話しませんでしたので、ここで初めてその事を知ったのです。
 ですが、当時の僕は、やはり、理解が足りなかったのですけれど。
 ただ『借金』は悪い事なのだとは、ぼんやりとですが理解していた様な気がします。

『寝る場所があるだけ有り難いと思え』

 ある処では、崩れかけた物置で寝起きをしていました。屋根も壁も戸もありますが、隙間だらけでしたし、屋根や壁に穴も開いていましたから、雨風は入り込みますし、冬はとても寒かったです。お布団や毛布はありましたが、その様な場所でしたので、黴の匂いもしまして、また、そのお布団や毛布を使いますと、身体が痒くなるのが難点でしたね。
 ある処では、初めて包丁を持たされました。
 亡き母や祖母からは、危ないからと触らせてもらえ無かった包丁です。
 勿論初めてですから、何度も何度も指を切りました。

『皮剥きも満足に出来ないのか』

 と、何度も何度も言われました。

『泣きも笑いもしない、可愛げのないガキだ』

 その頃には、僕は、そう言われる様になっていました。
 何時から、そう言われる様になったのかは、定かではありません。
 ただ、泣けば躾が長引く。
 ただ、笑えば『何がおかしい』と、やはり躾けられる。
 それらを繰り返して来て、僕の心は麻痺してしまったのでしょう。
 また、笑う事も、泣く事も、体力を使ってお腹が空きますから、自然とそうなったのかも知れませんね。
 風邪を引いて熱を出しても、家族ではありませんから、診療所へ行く事等ありません。
 ただ、熱が下がるのを待つ日々でした。
 ああ、肺炎を起こしかけた時は、連れて行ってくれましたね。何事かぶつぶつと口にしていましたが、意識が朦朧としていましたので、残念ながら覚えていませんが、それはそれで良かったのだと思います。
 薪割りをする様になった頃には、十歳を迎えていましたね。斧は重くて持てませんでしたから、鉈を使っていました。一度だけですが、足を切りそうになって、ひやりとしました。
 奉公人と云う言葉を覚えたのも、その頃でしたでしょうか? 
 お使いの途中で、身なりの良い方の後ろを、僕と同じくらいの男の子がちょこちょこと歩いているのを見ました。両手で、風呂敷包みを大切そうに持って。身なりの良い方が、すれ違う方々に『奉公人だから、色々と教えてやってくれ』と穏やかに笑っていましたね。『小さいのに大変だね』とか『お使いなら~』とか、その様な会話が流れて来たのを聞くともなしに聞いて、僕は『そうか』と思ったのです。
 何処のお宅でも、僕は『家族』ではありませんでした。家族では無いのなら、僕は何者なのでしょうかと。その答えを戴いた気がしました。
 僕は『奉公人』なのです、と。
 ただ、その男の子は『良い奉公人』で、僕は『悪い奉公人』なのだとも思いました。
 だって、その男の子が纏います着物は、とても仕立てが良くて、あちらこちら擦り切れている、僕の着物とは違ったのですから。
 そっと頬に手を伸ばせば、こつりとした硬い物にあたりました。けれど、その男の子の頬は、とてもふっくらとしていました。髪の毛もふわふわとしていて、とても柔らかそうです。
 二本の指を使い、自分の柔らかみの無い、細い髪をつんと引っ張ります。
 僕も、頑張れば『良い奉公人』に成れるのでしょうか? 
 そうしましたら、何時か、この髪がふわふわになるのでしょうか?
 その様な事を思いながら、お使いを済ませましたら『遅い!』とお叱りと躾を受けました。
 僕が『良い奉公人』に成れるのは、まだまだ遠いのですね。もっともっと、精進しなければなりませんねと、思いました。

 その様な日々を繰り返し、幾度か奉公先が変わりまして、あの日が来たのです。
 旦那様とお逢い出来た、あの日が。
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