色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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【三】

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 一人に返済すれば、そこから情報が伝わり、他の高利貸しの方々が、我も我もと来訪しますのは道理です。
 祖父母は、それぞれの身内…お子さんやご兄弟の方々に頭を下げて、僕の両親が背負わされた借金の返済を完了しました。
 
『命が失くなるより、ずっと良い』

 そう、祖父母は笑っていた気がします。
 ですが、そう思っていたのは、祖父母と一部の方だけだったと云うのを、僕はのちに知ります。
 僕が、祖父母に迎えられて一年余りの冬の日。
 祖父母は、お餅を喉に詰まらせて儚くなりました。
 そこからです。
 僕が、親族の間を転々とする様になりましたのは。
 僕の母方の祖父母や、親族の方々とは連絡が取れず、父方の親族の間を転々としました。
 親族の間で、どの様な取り決めが行われたのか、僕は知りません。
 祖父母の次にお世話になりました処には、一年居ました。
 お子さんは居らず、ご夫婦お二人だけのお家でした。
 その初日の夜、そこでの初めてのお食事の時です。
 僕は、運んでいたお料理をうっかり引っくり返してしまったのです。

『こんな事も出来ないのかい! ノロマ!』

 謝るよりも早くに、奥様から頬を叩かれてしまいました。
 痛さより何より、先ずは驚きの方が勝りました。
 言葉の強さもありますが、亡き両親にも、亡き祖父母にも、僕は、こんな風に叩かれた事がありませんでしたから。
 驚きの後に、じんじんとした痛みが襲って来ました。自然と涙が溢れて来まして『ふ…』と、声を洩らしましたら『お前が悪い! これは躾なんだ!』と言われ、畳の上に落としたお料理…確か、煮魚だったと思います。それを『食べろ』と『物を粗末にするな』と言われました。
 その言葉に、僕は、また驚きました。
 両親には『下に落とした物は食べてはいけない』と、教わっていましたから。何故かと理由を訊ねました時には。

『どんなに綺麗に見えても、ばい菌があるから。食べたら、お腹がゴロゴロするだけじゃなく、死んじゃう事もあるから。だから、駄目よ』

 と、母につんっと額を突かれたのです。
 それですのに、こちらでは、それを食せと言うのです。
 戸惑っていましたら、頭をがしりと掴まれて、畳の上にあります煮魚へと押し付けられました。幸いと言いますか、粗熱は逃げていましたので、顔を火傷すると云う事はありませんでしたが、押し付けられた頬は、痛みのせいか熱さが増した様に感じました。

『さっさと食わないと畳が汚れるだろう!』

 僕の頭を押さえ付けながら、このお家の主であるご主人が怒鳴ります。
 汚した物は綺麗にしないとばい菌が増えると、僕は両親から教わっていましたので、頭を押さえ付けられながら、嫌々ながらも落ちて形の崩れた煮魚を口にしました。

『野良犬だな、こりゃ』

 と、ご主人とその奥様が、決して上品とは言い難い笑い声を立てます。
 それでも、僕は汚れを広げてはいけないと思いながら、それを食べました。
 そして、僕のお部屋はありませんでした。お布団もありません。穴の開いた毛布を一枚渡されて、お台所で寝ろと言われました。お台所の床は固く、冬は寒く、夏は蒸し暑かったですね。
 また、その翌日の朝から、僕がお食事を摂る場所はお台所になりました。お料理を落とされたら困ると云う理由でした。
 お鍋の底に残りました物、お釜に焦げ付きましたご飯、食べ残しのお魚の身や骨、沢庵の尻尾等が僕の主食になりました。嗜好品等、勿論ありません。元々、滅多にそう云った物とは縁がありませんでしたので、そこは助かりました…と言うのも可笑しいですかね?
 お風呂も、一番最後です。お風呂掃除のついでに入ると云う感じでした。すっかりぬるくなったお湯を温める事は許されませんでした。
 毎日、お家のお掃除をして、広くはないお庭のお掃除もして、お使いも頼まれ、夜遅くに休み、朝は早くに起きる。それらを繰り返すのが、僕の日課になりました。
 一年が経ちました頃に、僕は違う親族の方のお家へと預けられました。
 そちらでの生活も似た様な物でした。
 ただ、違った事と言えば、男の子のお子さんがお二人居た事でしょうか?
 僕より年上だからなのでしょうか? お身体が僕より大きくて、逞しくて驚きました。
 骨だと、髪もばさばさだと、よく揶揄からかわれましたね。
 ああ、でも、こちらでは『家族ではない』と云う事を学びました。
 家族ではないから、同じ食卓を囲む事はない。
 家族ではないから、息子達と同じ様に扱う事は出来ないから、躾も厳しくする。
 それが、僕が独り立ちした時に役に立つからと、教えられました。
 きっと、旦那様や、今の僕の周りに居ます優しい方々が耳にしましたら、憤慨されるかと思いますが…当時の僕は、それで納得してしまったのですよね。
 ああ、そうか、と。
 家族ではないから、違うのか、と。
 物置で眠るのも、家族ではないから。
 寒くて震えていても、空腹を覚えても、それは家族ではないから、当たり前なのだと。
 そこで、初めて家族が…両親が居ないと云う事を実感したのです。
 祖父は僕に言いました。

『遠い、遠い場所に行った。あの空よりも高い処…星になったんだよ』

 と。

『僕も、お星さまになれば父さんや母さんにあえる?』

 そう聞き返した僕を、祖父は何も言わずに抱き締めてくれましたね。
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