旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵の零れ話

向日葵の散髪屋さん

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 パチリパチリとした音が部屋に響きます。
 風が吹くと同時に、チリンチリンとした軽やかで涼やかな風鈴の音も。

「…こんな物かしら?」

 茎の長さを調整した青色の桔梗を手に軽く首を傾げた時です。

「ひいっ!? 雪緒ゆきお!?」

 おたえさんの悲鳴の様な声が耳に飛び込んで来ました。

「お妙さん、ゆき君がどうかしたの!?」

 手にしていた鋏を畳みの上に置いて私は立ち上がり、風を入れる為に開け放していた障子から顔を出せば、縁側に座るゆき君と、その後ろで鋏を持って立ち竦む青褪めた顔色のお妙さんの姿が見えました。そんなお妙さんとは対照的に、何処かきょとんとしたゆき君の表情が可愛らしいです。

「お妙さん、ゆき君?」

 一体、どうしたのかしら? 
 何も無くてお妙さんがあんな声を出すとは思えませんし。
 ゆき君は手が空いて縁側で涼んでいたのかしら?

「ああ、奥様! 坊ちゃんが、雪緒坊ちゃんが!!」

「落ち着いてお妙さん。ゆき君がどうかしたの?」

 二人に近付いて行く私に、お妙さんが握り締めた鋏を見せて来ます。

「首にこの鋏を…っ…!」

「え?」

 首に鋏?

「ゆき君、何かあったの!? どんな嫌な事があったの!?」

 まさかとは思うけれど、そんな事はないと思うけれど…。
 自分を傷付けようとしたの!?
 気を付けているつもりだったけれど、至らない処があったの!?
 ああ、何処が悪かったのかしら!?
 無理矢理にお茶に誘っている事!?
 ゆき君呼びが実は嫌だった!?

「いえ、何もありませんが。髪が伸びて来ましたので切ろうとしていただけです。お騒がせしてしまった様で申し訳ございません」

「は?」

「へぇ?」

 立ち上がって頭を下げるゆき君の言葉に、私とお妙さんの何処か呆けた様な声が重なりました。
 
「…髪を切ろうとしたの…?」

「はい。こちらへ来ましてから、髪が伸びるのが早くなった様でして。後ろ髪が肩に付きそうなのです」

 そう言いながらゆき君は私達に背中を向けて、襟足の辺りを指差しました。
 まあ、確かに首が隠れてしまってますわね?
 確かに、この時期なら暑くて気になるかも知れませんね。

 …って…髪…。
 …ああ、本当に驚いたわ…。

「…ああ~…そうかあ…なら、髪を切りに行くかい? お店で切って貰った方が綺麗に…」

 ほっと胸を撫で下ろして、そう提案したお妙さんの言葉にゆき君は首を横に振ります。

「いいえ。これまでも自分で切っていましたし、時にはお世話になっています家人の方々が切って下さいましたから。そう言えば、何故か髪を切った後の僕を見て、指を差して笑っていましたけれど、あれは何だったのでしょうか? 髪を切って戴いて感謝しかありませんのに」

 真面目な顔で語るゆき君の言葉に、私とお妙さんは言葉を失くしてしまいました。
 
「…それは…」

「解ったわ、ゆき君。それなら私が切っても構わないかしら? これでも手先は器用なのよ? 今もお花を活けていたのよ。後で見て感想を貰えたら嬉しいわ」

 何かを言い掛けたお妙さんの肩に手を置いて、私は身を屈めてゆき君の目を真っ直ぐと見て笑います。
 何の疑いも知らない、ゆき君の丸い瞳はとても綺麗で、胸が締め付けられます。

「いえ、奥様のお手を煩わす訳には参りません。僕が自分で…」

「あら。私の腕が信用出来ないと云うのかしら?」

 散髪の経験はないけれど…ゆき君が鏡を見ずに自分で適当に切るよりは綺麗に切れる筈だわ。

「いいえ! その様な事は思っていません!」

 頬に手をあてて、軽く目を伏せて溜め息を零せば、ゆき君が慌てて否定して来ました。

「それなら、構わないわよね? ほら、座って」

「は、はい…」

 にこやかに笑う私にゆき君は観念したのか、素直に頷いてくれました。

「では、私は櫛や鏡等を用意して来ますね」

 何処か緊張した感じで縁側に腰を下ろすゆき君を見て、お妙さんは安心した様に目を細めて必要な物を取りに動きます。

「ええ、お願いね」

 ゆき君の伸びた髪を見て、私はそっと息を吐きます。
 伸びるのが早くなったと、ゆき君は口にしました。

 …それは、今まで行き届いていなかった栄養が髪にも回ったと云う事よね?
 きっと、この白髪交じりの髪も、もっと黒く艶が出て来る筈だわ。
 その頃には、もっとゆき君の表情も柔らかくなっているのかしら?
 もっと、もっと、私達に打ち解けてくれているのかしら?
 焦らずに、ゆっくりと。
 ゆき君と一緒に歩いて行きましょう。ね? ゆき君。

 チリンチリンとした風鈴の音に顔を上げれば、空は何処までも青く広がっていて、これから先に広がる無限の可能性がある事を教えてくれる様な気がしました。
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