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番外編
こんな寄り道
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暑い熱い夏が過ぎ、穏やかな秋を過ごし、身を切る風が吹く冬がやって来た。
ここ数日の空はどんよりと重く暗く、雨が降れば雪になるだろうと言われていた通りに、昼前から重い牡丹雪が降っていた。
こんな日は、日中であろうと妖が街に入り込む。
人や灯りの少ない街外れや空き家を重点的に周り、瑞樹達は本日の業務を終え、更衣室で私服に着替えていた。
天野の件で危惧されていた精神的要因だが、それは杞憂で、瑞樹は問題無く動けていた。
「うわ、降り過ぎ積もり過ぎ。もう、膝まで埋もれそうだ」
私服に着替えた瑞樹が、窓から暗い外を見てぼやく。
「明日明後日は休みなのだから、ぼやく事でも無いだろう。帰るぞ」
そんな瑞樹とは違い、事実を淡々と述べる優士は相変わらずの塩だ。
夏に入籍を果たし、事実上の夫婦になったのに、新婚どころか熟年夫婦の様な貫禄を感じられるのは、気のせいだろうか。
「や、だって、明日は百貨店に枕を買いに行く約束だろ! このまま降ったら、明日は雪掻きで一日終わるんじゃないか?」
「それなら明後日買いに行けば良い」
唇を尖らせる瑞樹だったが、優士はちらりと一瞥しただけで、手にしていた白い襟巻きを首に巻いて行く。
「お…おお」
丁寧に首に巻かれて行く白い襟巻きを見て、尖っていた瑞樹の唇の形が崩れて行った。
(…枕もボロボロだけど、また襟巻きも買おうかな…)
丁寧に大切に優士はそれを使ってくれているが、買った当初より、その白は輝きを失っていたし、柔らかさも失われていた。
また同じ物を贈ったら、優士は呆れるだろうか? それとも、喜んでくれるだろうか?
「なんだお前達、未だ居たのか。早く帰れ」
じっと優士の襟巻きを見詰めていた瑞樹の耳に、そんな呆れた低い声が届いた。
「お疲れ様です」
「あ、高梨隊長、お疲れ様です」
「お疲れ。…ああ、また降りが強くなったのか。こんな日は、鍋でも食べながら一杯やるに限るな」
隊服の釦に指を掛けながら、高梨は自身のロッカーの前へと歩いて行く。
その声音は優しく、ぼやいている様で、実質愛しい伴侶を想い描きながら惚気けているのだろう。
高梨の愛しい伴侶は間違いなく、温かい鍋物を用意し、酒もしっかりと熱燗を準備しているに違いない。
そんな想像が容易に出来る、高梨の伴侶、雪緖の姿を瑞樹と優士は脳裏に描き、口元を綻ばせた。
(俺達も、鍋にしようかな。うん、湯豆腐で柚子で香りを付けて…)
と、瑞樹が思った時。
「高梨っ!!」
バンッと更衣室の扉が勢い良く開いた。
「ああ、やっぱりお前は居たな。助けてくれ!」
そう言いながら入って来たのは、中番の隊長の四月一日だ。
中番とは文字通りに、高梨達が務める昼番と夜番の繋ぎ役の様な物で、勤務時間は基本的に短く、定年を控えた年嵩の者が多い。これは、勤務体制が変わった時に新たに出来た物だ。しかし、この四月一日みたく若手と呼ばれる部類の者も居る。四月一日は、高梨と同年代だが、利き腕を負傷して中番へと異動した。
「何だ、いきなり」
ドカドカと長靴を鳴らしながら入って来た四月一日に、高梨は眉を顰めた。
「守衛小屋の屋根の雪下ろしやってた一人が落ちて、足と腰をやって、今、医務室なんだ! すまんが手を貸してくれ!」
パンッと高梨の前まで来た四月一日が、両手を合わせて頭を下げたが、高梨は脱ぎかけだった上着から腕を抜いて、ただ一言だけ放つ。
「断る」
(おお…かっこいい…)
四月一日の余りの勢いに、瑞樹と優士は去る機会を見失い、高梨と四月一日の遣り取りを見ていた。
瑞樹の感嘆等、高梨は知らない。
ただ、早く帰りたいだけだ。
帰って、温かい食事をし、軽く晩酌もして、温かい風呂に浸かり、長い夜を過ごそうと思っていたのだ。何せ、今日は金曜日。久し振りに、高梨と雪緖の休日が重なる日なのだから。
そんな大切な日に、帰りが遅くなる等有り得ない。
「お前達の班は明日休みだろう! ちょっとで良いんだ! 人助け! 一日一善!」
むすりと睨む高梨なぞ何のそので、四月一日は更に頭を下げて頼む。
「だが断る」
だが、高梨は退かない。その全身からは、必ず帰ると云う気迫が溢れていた。
「瑞樹、帰ろう」
「お、おう」
こうしている間にも雪は積り、帰る足を重くして行く。何よりも、このまま高梨と四月一日の遣り取りを見ていたら、確実に巻き込まれる。そう優士は判断し、瑞樹に声を掛けたのだが。
「よっし! 解った! なら、この二人を借りるからな!!」
「ええっ!?」
声を出した事で、四月一日の気を引いてしまった様だ。驚く瑞樹の隣で、優士は塩の表情のままで、内心では盛大に舌打ちをした。
「こんな雪の日に帰るのは大変だろ? 明日休みだし、ちょっと運動して泊まって行け!」
「はあっ!?」
笑顔でとんでもない事を言う四月一日に、瑞樹は盛大に声を上げ、優士は更に粗塩な表情になった。
「阿呆! 隊員を巻き込むな! 解った! 夜番が来るまでは居てやる! 橘と楠はさっさと帰れ!」
「え、や、でも…」
「解りました。お先に失礼します」
惑う瑞樹とは反対に、優士は素直に頭を下げた。
「ああ、その前に電話を…」
脱いだ上着を手にして、高梨が雪緖に遅くなる事を伝えねばと口にしようとしたが。
「その間に雪が積もるだろう! あ、お前ら、高梨の代わりに連絡してやってくれ! じゃあ、気を付けて帰れよ!」
四月一日が高梨の腕をがっしりと掴み、引き摺る様にして更衣室から出て行った。『遅くなる! 先に飯を食って風呂に入って、寝ていろと伝えてくれっ!!』と、断末魔にも似た高梨の叫びを残して。
「あ…」
「はい」
(四月一日さんは、高梨隊長に何か恨みでもあるのか?)
と、思う瑞樹の肩を優士が軽く叩く。
「帰ろう、瑞樹」
「あ、うん」
優士は、これ以上ない良い笑顔を浮かべていて、瑞樹は俺達も手伝った方が良いんじゃないか? とは言い出せなかった。
「おー、みずき、ゆうじ! どこ行くんだ? 玄関あっちだぞ!」
雪緖に一報を入れようと、瑞樹と優士の二人が電話のある隊室へと向かおうとしたら、背後から聞き慣れた元気過ぎる声が聞こえて来た。
「あ、星せんぱ…」
振り返った瑞樹の目が点になった。
「…何ですか、それ?」
しかし、優士は疑問をそのまま口にした。
「ん。寒いと腹が減るだろ? だから、食堂で作って貰った! 食べながら帰るんだ!」
星は片手に食べかけの肉まんを、片手には恐らく、その肉まんが入っているのだろう、紙袋を持っていた。
「みずき達も食べるか?」
「あ、や…」
「俺達は結構です。それより瑞樹、早く電話を。雪緖さんが心配してしまう」
「あ、うん」
「ゆきお? ゆきおがどうかしたのか!?」
高梨と同じく、雪緖馬鹿である星は、その名を聞き逃さなかった。肉まんを食べる手を止めて、語気荒く二人の目の前まで迫って来た。
「お、落ち着いて下さい!」
「高梨隊長が人助けの為に帰りが遅くなるので、それを言付かった俺達が電話を」
「ん! わかった! 行くぞ、みずき、ゆうじ!」
一体、何が解ったのだろう。
星は優士の言葉を遮り、手にしていた肉まんを飲み込むと二人に声を掛けて走り出した。
「は!? え、何処へ!?」
「電話を!」
「雪で、電話線切れてんだ! 先刻おいら、つきとに電話したけど繋がんなかった! だから、ゆきおん家行く! お前らも来るんだぞ!」
「ええっ!?」
「解りました!」
まさかの星の言葉の内容に、瑞樹と優士は驚き、そして走り出した。
走り出してから、優士は『星先輩が行くのなら、僕と瑞樹は必要無いのでは?』と気付いたが、瑞樹も瑞樹で雪緖馬鹿なので、何も言わずに星の背中の後を追った。
◇
「…どうしてこうなった…」
「いや…楽しんでいただろう、お前も…」
高梨家へと来た瑞樹と優士は、今、かまくらの中で少しだけ遠い目をして、温かな鍋をつついていた。
「瑞樹様、優士様、星様の我儘に突き合わせてしまい、申し訳ありません」
何処か遠くを見る瑞樹と優士に、雪緖が頭を下げながら、二人に燗した酒を注いで行く。
「何でゆきおが謝るんだ?」
「星兄様が、かまくらを作るお二方を放置してボクを迎えに来るからですよ。本当に、ボクからもごめんなさい」
首を傾げる星の隣で、星に拉致された月兎が頭を下げる。
瑞樹と優士より早くに高梨家に到着した星は、庭に積もった雪を見て、雪緖が止めるのも聞かずに雪掻きを始めた。そして、集まった雪を見て、かまくらを作る事を思いついたのだ。
そして、雪緖が井戸から水を汲み始めた処で瑞樹と優士が到着したのを見た星は『つきと連れて来るな! ゆきおは飯作ってろ! 風邪引いたらおじさんに怒られる! みずき、ゆうじ頼んだぞ!!』と、言うだけ言って、風の様に飛び出して行ったのだ。
呆然とする瑞樹と優士に、雪緖はどうしたのかと声を掛け、そこで初めて、高梨の帰りが遅くなる事を知った。
相変わらずの星に雪緖は苦笑し、二人に温かいお茶を出そうとしたが、作りかけのかまくらを目の前に、瑞樹の少年心に火がつき、こうなっては引かない事を知っている優士は、雪緖に食事の用意を頼み、かまくら作りに精を出したのだった。
月兎を背負った星が戻って来て、かまくらが出来上がり、せっかくだから、この中で食事をとなり、瑞樹達五人は茣蓙を敷き、車座になり七輪の上に置かれた鍋を囲んでいた。
「ああ、雪が止みましたね。明日は、晴れそうです」
かまくらの入口から顔を覗かせて、空を見上げた雪緖が穏やかに笑う。
そんな雪緖の姿に、瑞樹も笑う。
(明日は、筋肉痛になりそうだな。けど、まあ良いか。筋肉痛ついでに、家だけじゃなく…近所の雪掻きもしようかな…優士、怒るか?)
そんな事を思う瑞樹の隣で、優士もまた静かに口元を緩め、お猪口を傾けるのだった。
(お前の考え等、お見通しだ。だが、まあ良いか。付き合ってやる)
そして、程良く扱き使われた高梨が帰宅して、驚きの声をあげるまであと少し。
ここ数日の空はどんよりと重く暗く、雨が降れば雪になるだろうと言われていた通りに、昼前から重い牡丹雪が降っていた。
こんな日は、日中であろうと妖が街に入り込む。
人や灯りの少ない街外れや空き家を重点的に周り、瑞樹達は本日の業務を終え、更衣室で私服に着替えていた。
天野の件で危惧されていた精神的要因だが、それは杞憂で、瑞樹は問題無く動けていた。
「うわ、降り過ぎ積もり過ぎ。もう、膝まで埋もれそうだ」
私服に着替えた瑞樹が、窓から暗い外を見てぼやく。
「明日明後日は休みなのだから、ぼやく事でも無いだろう。帰るぞ」
そんな瑞樹とは違い、事実を淡々と述べる優士は相変わらずの塩だ。
夏に入籍を果たし、事実上の夫婦になったのに、新婚どころか熟年夫婦の様な貫禄を感じられるのは、気のせいだろうか。
「や、だって、明日は百貨店に枕を買いに行く約束だろ! このまま降ったら、明日は雪掻きで一日終わるんじゃないか?」
「それなら明後日買いに行けば良い」
唇を尖らせる瑞樹だったが、優士はちらりと一瞥しただけで、手にしていた白い襟巻きを首に巻いて行く。
「お…おお」
丁寧に首に巻かれて行く白い襟巻きを見て、尖っていた瑞樹の唇の形が崩れて行った。
(…枕もボロボロだけど、また襟巻きも買おうかな…)
丁寧に大切に優士はそれを使ってくれているが、買った当初より、その白は輝きを失っていたし、柔らかさも失われていた。
また同じ物を贈ったら、優士は呆れるだろうか? それとも、喜んでくれるだろうか?
「なんだお前達、未だ居たのか。早く帰れ」
じっと優士の襟巻きを見詰めていた瑞樹の耳に、そんな呆れた低い声が届いた。
「お疲れ様です」
「あ、高梨隊長、お疲れ様です」
「お疲れ。…ああ、また降りが強くなったのか。こんな日は、鍋でも食べながら一杯やるに限るな」
隊服の釦に指を掛けながら、高梨は自身のロッカーの前へと歩いて行く。
その声音は優しく、ぼやいている様で、実質愛しい伴侶を想い描きながら惚気けているのだろう。
高梨の愛しい伴侶は間違いなく、温かい鍋物を用意し、酒もしっかりと熱燗を準備しているに違いない。
そんな想像が容易に出来る、高梨の伴侶、雪緖の姿を瑞樹と優士は脳裏に描き、口元を綻ばせた。
(俺達も、鍋にしようかな。うん、湯豆腐で柚子で香りを付けて…)
と、瑞樹が思った時。
「高梨っ!!」
バンッと更衣室の扉が勢い良く開いた。
「ああ、やっぱりお前は居たな。助けてくれ!」
そう言いながら入って来たのは、中番の隊長の四月一日だ。
中番とは文字通りに、高梨達が務める昼番と夜番の繋ぎ役の様な物で、勤務時間は基本的に短く、定年を控えた年嵩の者が多い。これは、勤務体制が変わった時に新たに出来た物だ。しかし、この四月一日みたく若手と呼ばれる部類の者も居る。四月一日は、高梨と同年代だが、利き腕を負傷して中番へと異動した。
「何だ、いきなり」
ドカドカと長靴を鳴らしながら入って来た四月一日に、高梨は眉を顰めた。
「守衛小屋の屋根の雪下ろしやってた一人が落ちて、足と腰をやって、今、医務室なんだ! すまんが手を貸してくれ!」
パンッと高梨の前まで来た四月一日が、両手を合わせて頭を下げたが、高梨は脱ぎかけだった上着から腕を抜いて、ただ一言だけ放つ。
「断る」
(おお…かっこいい…)
四月一日の余りの勢いに、瑞樹と優士は去る機会を見失い、高梨と四月一日の遣り取りを見ていた。
瑞樹の感嘆等、高梨は知らない。
ただ、早く帰りたいだけだ。
帰って、温かい食事をし、軽く晩酌もして、温かい風呂に浸かり、長い夜を過ごそうと思っていたのだ。何せ、今日は金曜日。久し振りに、高梨と雪緖の休日が重なる日なのだから。
そんな大切な日に、帰りが遅くなる等有り得ない。
「お前達の班は明日休みだろう! ちょっとで良いんだ! 人助け! 一日一善!」
むすりと睨む高梨なぞ何のそので、四月一日は更に頭を下げて頼む。
「だが断る」
だが、高梨は退かない。その全身からは、必ず帰ると云う気迫が溢れていた。
「瑞樹、帰ろう」
「お、おう」
こうしている間にも雪は積り、帰る足を重くして行く。何よりも、このまま高梨と四月一日の遣り取りを見ていたら、確実に巻き込まれる。そう優士は判断し、瑞樹に声を掛けたのだが。
「よっし! 解った! なら、この二人を借りるからな!!」
「ええっ!?」
声を出した事で、四月一日の気を引いてしまった様だ。驚く瑞樹の隣で、優士は塩の表情のままで、内心では盛大に舌打ちをした。
「こんな雪の日に帰るのは大変だろ? 明日休みだし、ちょっと運動して泊まって行け!」
「はあっ!?」
笑顔でとんでもない事を言う四月一日に、瑞樹は盛大に声を上げ、優士は更に粗塩な表情になった。
「阿呆! 隊員を巻き込むな! 解った! 夜番が来るまでは居てやる! 橘と楠はさっさと帰れ!」
「え、や、でも…」
「解りました。お先に失礼します」
惑う瑞樹とは反対に、優士は素直に頭を下げた。
「ああ、その前に電話を…」
脱いだ上着を手にして、高梨が雪緖に遅くなる事を伝えねばと口にしようとしたが。
「その間に雪が積もるだろう! あ、お前ら、高梨の代わりに連絡してやってくれ! じゃあ、気を付けて帰れよ!」
四月一日が高梨の腕をがっしりと掴み、引き摺る様にして更衣室から出て行った。『遅くなる! 先に飯を食って風呂に入って、寝ていろと伝えてくれっ!!』と、断末魔にも似た高梨の叫びを残して。
「あ…」
「はい」
(四月一日さんは、高梨隊長に何か恨みでもあるのか?)
と、思う瑞樹の肩を優士が軽く叩く。
「帰ろう、瑞樹」
「あ、うん」
優士は、これ以上ない良い笑顔を浮かべていて、瑞樹は俺達も手伝った方が良いんじゃないか? とは言い出せなかった。
「おー、みずき、ゆうじ! どこ行くんだ? 玄関あっちだぞ!」
雪緖に一報を入れようと、瑞樹と優士の二人が電話のある隊室へと向かおうとしたら、背後から聞き慣れた元気過ぎる声が聞こえて来た。
「あ、星せんぱ…」
振り返った瑞樹の目が点になった。
「…何ですか、それ?」
しかし、優士は疑問をそのまま口にした。
「ん。寒いと腹が減るだろ? だから、食堂で作って貰った! 食べながら帰るんだ!」
星は片手に食べかけの肉まんを、片手には恐らく、その肉まんが入っているのだろう、紙袋を持っていた。
「みずき達も食べるか?」
「あ、や…」
「俺達は結構です。それより瑞樹、早く電話を。雪緖さんが心配してしまう」
「あ、うん」
「ゆきお? ゆきおがどうかしたのか!?」
高梨と同じく、雪緖馬鹿である星は、その名を聞き逃さなかった。肉まんを食べる手を止めて、語気荒く二人の目の前まで迫って来た。
「お、落ち着いて下さい!」
「高梨隊長が人助けの為に帰りが遅くなるので、それを言付かった俺達が電話を」
「ん! わかった! 行くぞ、みずき、ゆうじ!」
一体、何が解ったのだろう。
星は優士の言葉を遮り、手にしていた肉まんを飲み込むと二人に声を掛けて走り出した。
「は!? え、何処へ!?」
「電話を!」
「雪で、電話線切れてんだ! 先刻おいら、つきとに電話したけど繋がんなかった! だから、ゆきおん家行く! お前らも来るんだぞ!」
「ええっ!?」
「解りました!」
まさかの星の言葉の内容に、瑞樹と優士は驚き、そして走り出した。
走り出してから、優士は『星先輩が行くのなら、僕と瑞樹は必要無いのでは?』と気付いたが、瑞樹も瑞樹で雪緖馬鹿なので、何も言わずに星の背中の後を追った。
◇
「…どうしてこうなった…」
「いや…楽しんでいただろう、お前も…」
高梨家へと来た瑞樹と優士は、今、かまくらの中で少しだけ遠い目をして、温かな鍋をつついていた。
「瑞樹様、優士様、星様の我儘に突き合わせてしまい、申し訳ありません」
何処か遠くを見る瑞樹と優士に、雪緖が頭を下げながら、二人に燗した酒を注いで行く。
「何でゆきおが謝るんだ?」
「星兄様が、かまくらを作るお二方を放置してボクを迎えに来るからですよ。本当に、ボクからもごめんなさい」
首を傾げる星の隣で、星に拉致された月兎が頭を下げる。
瑞樹と優士より早くに高梨家に到着した星は、庭に積もった雪を見て、雪緖が止めるのも聞かずに雪掻きを始めた。そして、集まった雪を見て、かまくらを作る事を思いついたのだ。
そして、雪緖が井戸から水を汲み始めた処で瑞樹と優士が到着したのを見た星は『つきと連れて来るな! ゆきおは飯作ってろ! 風邪引いたらおじさんに怒られる! みずき、ゆうじ頼んだぞ!!』と、言うだけ言って、風の様に飛び出して行ったのだ。
呆然とする瑞樹と優士に、雪緖はどうしたのかと声を掛け、そこで初めて、高梨の帰りが遅くなる事を知った。
相変わらずの星に雪緖は苦笑し、二人に温かいお茶を出そうとしたが、作りかけのかまくらを目の前に、瑞樹の少年心に火がつき、こうなっては引かない事を知っている優士は、雪緖に食事の用意を頼み、かまくら作りに精を出したのだった。
月兎を背負った星が戻って来て、かまくらが出来上がり、せっかくだから、この中で食事をとなり、瑞樹達五人は茣蓙を敷き、車座になり七輪の上に置かれた鍋を囲んでいた。
「ああ、雪が止みましたね。明日は、晴れそうです」
かまくらの入口から顔を覗かせて、空を見上げた雪緖が穏やかに笑う。
そんな雪緖の姿に、瑞樹も笑う。
(明日は、筋肉痛になりそうだな。けど、まあ良いか。筋肉痛ついでに、家だけじゃなく…近所の雪掻きもしようかな…優士、怒るか?)
そんな事を思う瑞樹の隣で、優士もまた静かに口元を緩め、お猪口を傾けるのだった。
(お前の考え等、お見通しだ。だが、まあ良いか。付き合ってやる)
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