寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編・祭

特別任務【二十一】

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「…ふぅん…?」

「それが、どうかしたんですか? ボクも最初は先っちょ挿れただけで出してしまいましたよ? ね、せい兄様?」

「ん!」

 星が理解出来ないと首を傾げた時、お盆にうどんの入った丼を二つ乗せた月兎つきとが来て、三人の会話に入りこんで来た。その内容に、瑞樹みずき優士ゆうじは思わず固まってしまう。

「でも、ボクは星兄様が好きですし、寂しい思いはさせたくありませんし、ボクの想いを知って欲しいので諦めませんでしたよ?」

「ん! つきとはいい子だな!」

 二人の前に丼を並べながら話して、自分の隣に座った月兎の頭を、星がわしわしと撫でる。その緩んだ表情も、声も、何時もの能天気な星のそれだ。

「は? え? あ?」

「…お二人は…兄弟…では…?」

 余りにも開けっ広げな二人に、瑞樹はどもり、優士は何とかその事実を口にした。
 今更ではあるが、余りにも余りな展開ばかりで頭からすっ飛んでいたが、星と月兎は兄弟なのだ。"近親相姦"と云う言葉が瑞樹と優士の頭の中を巡る。

「ん! そうだぞ!」

 何故、そんなに自慢気なのかは謎だが、星が口を結んで胸を張る。

「血の繋がりはありませんけどね。ご存知ありませんでしたか?」

 首を傾げる月兎に、二人は『存じ上げていません』と、首を縦に振った。

「おいらもつきとも親父殿とも無いぞ!」

「え?」

「は?」

 笑顔で言った星の言葉に、瑞樹と優士は言葉を失くす。
 それは、つまり杜川は星と月兎の養父と云う事だ。
 信じられない思いで、二人は血の繋がらない兄と弟を見る。
 そう言われて見れば、今更ながら顔の造りの違いに目が行く。
 星は猫を思わせる様な吊り目だが、月兎は柔らかい丸みのある瞳だ。星は福耳が特徴でもあるが、月兎の耳はそうでは無い。髪だって、星は癖の無い真っ直ぐな物だが、月兎は緩やかな癖毛だ。
 改めて二人を見比べて、瑞樹と優士は納得した。
 二人共杜川に懐いているし、何より親子以外の何物にも見えなかった。顔の造りの違いとかも、今の今まで気にした事も無かった。それ程に、彼等は親子で兄弟だったのだ。
 この血の繋がらない兄と弟が何時から、そんな関係になったのか、知りたい様な知りたくない様な気がした。それよりも、星が受け入れる側と云う事実は、天野の時と同じぐらいの衝撃を瑞樹と優士に与えた。

「…あ…」

 そして、不意にある日の事を思い出して、優士は片手を拳にして口へとあてた。
 そう云えば、気になる事はあったのだ。
 二人、初めて百貨店へ行った時。あの日、あの百貨店の地下で。そして、瑞樹を送る会で。月兎は何と言って乱入して来た? まあ、直ぐに高梨につまみ出されて行ったが。

「そ、そうか…」

 瑞樹も同じ考えに至ったらしい。優士と同じ様に、拳にした手を口元へとあてていた。

「まっ、おいら達の事は置いといて」

 置いといて良いのか。と、二人は眉を寄せる。

「恋人に寂しい思いをさせては駄目ですよ。何の為の二人なのですか? お二人で話し合う為でしょう?」

 月兎の言葉は、以前にも高梨に言われた言葉だ。それを年下の月兎に言われるとは、と、二人はガクリと項垂れた。

「つきとの言う通りだぞ。ほら、食え、うまいぞ! 食ったら、部屋で二人で話すんだぞ!」

「空腹では回る頭も回りませんよ。今、丼に汁を入れますね」

 座っていた月兎が立ち上がり、囲炉裏の縁に置いてあったお玉を手に取る。
 片手を差し出されて、瑞樹は大人しく丼を月兎に渡した。このうどんは月兎が打った物なのだろうか。確か、入浴時にそんな話を星がしていた気がする。うどんはコシがあり、豚汁はだいぶ煮詰まっていたが、それでも美味しく、二人は胃袋を満たして部屋へと歩いて行った。

 ◇

 そして、静かな部屋で。二組並べた布団の上で、二人は正座をして向かい合っていた。
 二人の事なのだから、二人で話して、考えて、答えを、行き方を、どうするべきか話し合わなくてはならないと、意を決した瑞樹が先に口を開く。

「…その、ごめんな…。…また…あんな直ぐに…と、思ったら…情けなくて…怖くて…」

 俯いて膝の上に拳にした手を置き、ボソボソと話す瑞樹を、優士が右手を軽く上げて制する。

「いや、僕も悪かった。月兎君も言っていた。最初から上手く行く物では無いと。天野副隊長も失敗したと言っていた。だから、瑞樹が気にする必要は無い。何度でも挑戦して行こう」

「…お、う…。…その言い方は…やっぱ雰囲気とか無いけどな…」

 何時もと変わらない優士の物言いに安堵を覚えるが、それでも瑞樹は顔を上げられずに居た。

「これが、僕だ。こんな僕は嫌か?」

 嫌だなんて、ある筈が無い。

「…嫌な訳が無いだろ…。…また失敗したら…呆れられるかと…嫌われるかと…怖かったんだ…」
 
 ただ、怖かったのだ。
 嫌われるのが。
 呆れられるだけなら、まだ良い。
 だけど、ずっと一緒に居た優士に嫌われるのが怖かった。
 ずっと傍に居て、見守ってくれていた優士を失うのが怖かった。
 情けないけど。
 みっともないけど。
 優士はずっと、そんな自分に手を差し伸べてくれていた。
 その手を失うのが怖かった。

「…瑞樹…」

「その…だから…お前が…嫌じゃなければ…」

"お前が挿れる方にならないか?"

「それは駄目だ」

 そう言葉にする前に、ぴしゃりと言われてしまった。
 解っていたと、瑞樹は俯いたままで困った様に笑う。
 逃げだと解っていた。
 もう瑞樹に傷付いて欲しくないと、優士は口にしていたのだから。
 そんな優士の思いを無駄にする言葉だと解っていても、やはり口に出さずにはいられなかった。
 それは、優士の覚悟を。
 それは、瑞樹の覚悟を。
 決する言葉だったのか。
 
「うん、言うと思ってた。だから、言えないでいたんだ…けど…ごめん。寂しい思いさせてたんだよな…」

『寂しい』と、月兎は口にした。それと同じ事を高梨も口にしていたし、瑞樹が異動した当初は、毎朝接吻を交わしていた。それに、恥ずかしさはあったものの、瑞樹は満たされていた。接吻は優士が求めた物だった。それは、離れる寂しさ故だったのではないか? それを、触れる事で紛らわそうとしていたのではないのか? それなのに。再び、また同じ部屋で食事を取り、同じ時間を過ごす様になったのに。共に居る時間が長くなったのに。その触れ合いから逃げて、優士に寂しい想いをさせていたなんて。

「…本当、駄目だな、俺」 

 情けなくて、みっともなくて、瑞樹は顔を上げられない。
 今になって。
 年下の月兎に言われて、それに気付くだなんて。
 どれだけ回り道をすれば気が済むのだろう?
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