69 / 125
僕から君へ
贈り物【十】
しおりを挟む
「また、是非遊びにいらして下さいね」
「…俺が居る時にな…」
雪緒が瑞樹に一升瓶を、優士には『みくちゃん様お手製の伊達巻きです。とても美味しいですよ』と、紙袋を渡しながら微笑む。
その隣では高梨が、むっすりとしながら片手で眉間の皺を解していた。
「はい。今日は、有難うございました」
「おでん美味しかったです、ごちそうさまでした。次は料理を教えて下さい」
優士が丁寧に頭を下げれば、瑞樹もそれに倣って頭を下げる。
「…橘」
「はい?」
深く静かな声で名前を呼ばれて、瑞樹は顔を上げる。上げた先には、腕を組み、目を細め、口の端だけで笑う高梨の姿があった。
「…その気があれば、何時でも戻って来い。俺も、皆も待っている」
「は、はいっ!」
満面の笑みを浮かべる瑞樹に、高梨は頷いた。
そんな瑞樹の隣では、そっと小さく優士が頭を下げていた。
◇
「瑞樹、転ぶ」
ふわふわとした足取りで瑞樹が歩いて行く。
その少し後ろを優士が歩き、ピョンと飛び跳ねた瑞樹の寝癖を見ながら注意を促していた。
住宅が並ぶ界隈で、それぞれの家からは煌々とした明かりが漏れているし、雲の無い空には白い月も浮かんでいるが、やはり夜の為、足元が不安になる。
「あ、うん。何か、身体が軽くてさ。酒のせいかな?」
優士の心配等、何処吹く風と云う様に瑞樹は空を見上げて笑う。
「食前にお猪口で一杯だけだろう。呑んだ内には入らない。何処かの誰かみたいに呑んだ訳では無い」
よくもまあ、あれだけ呑んで酔わない物だと、半ば呆れた様に優士が塩を吐いた。
おでんを食べながら、徳利三本は軽く消えていた。今も呑んでいるのだろうか? それともあれは呑んだ内には入らないのだろうか? あまり酒を嗜まない優士には判断が付かなかった。
「何だよー。だって、何か本当に身体が軽いんだぞ?」
軽く振り返り唇を尖らせる瑞樹に、優士は軽く息を吐いた。その息は白く、秋が遠ざかって行くのを感じさせた。
「…心の痞えが取れたんだろう。今日、誘ってくれた隊長と雪緒さんに感謝しろ」
「…あ、あー…そっか…そうだな…うん…」
優士の言葉に、瑞樹はピタリと足を止めて、片手で頭を掻いた。
そして、頭を掻きながら思う。
父の記憶の中の母も笑っているのだろうかと。
いや、きっと笑っているのだろう。
後で電話して聞いてみようか? きっと『何を当たり前の事を』と、呆れられそうだが。それでも、聞いてみなければ、本当の事は解らないのだ。
「…瑞樹」
「ん?」
足を止めた事で隣に並んだ優士が、頭を掻く瑞樹の手首を掴んで下へと下ろす。
その手首を掴みながら、優士は瑞樹の目を真っ直ぐと見詰めた。
「…隊長からも応援された事だし、もう、あれこれ考えるのは止めだ」
「おお?」
応援って何だ? と瑞樹は首を傾げる。
「これまで瑞樹は一人で頑張って来た。だから、もう良いだろう?」
「優士?」
それは二人距離を取った事か?
だが、完全に一人だった訳じゃあない。
朝等、先を歩く優士を見掛ければ声を掛けて並んで歩いたし、それは優士も同じだった。
週一回の食事交換だってあったし、その間は二人それぞれが作った物を食べているんだなと、頬が緩み、胸がぽかぽかとした。まあ、触れ合いは無かったが。
それでも。そんな時間があったから、今日、ここまで来られたのだと思う。
高梨は『何故、支え、頼らない』と言っていたが、十分に支えられ、また、頼っていたと思う。
しかし、こうして行き詰まってしまえば、亀の歩みも止まってしまって。
そんな時は二人で考えろと、そんな時は甘えて良いのだと、そうして良いのだと、そう諭してくれたのだろうか?
「これからは、二人で考えて行こう。僕達、二人の事だから」
「…ゆ…」
真っ直ぐと瑞樹を見詰める優士の瞳は、何処か不安気に揺れていて。瑞樹の手首を掴む優士の指も小さく震えていた。
それを切なく感じて瑞樹は喉を詰まらせた。
優士を不安にさせているのかと、こんなにも不安に、心配にさせていたのかと、今更に気付く。
「…悔しかった。何故、隊長が、雪緒さんが言うんだ。何故、僕がそれを言えなかったんだ」
手を差し伸べたかった。
だが、それをきっかけに瑞樹の決意が揺らいでしまったら?
それで瑞樹の努力を無駄にしてしまったら?
そう思えば、動く事が出来なかった。
「…優士…」
ぎゅっと唇を噛み締めて俯いてしまった優士に、瑞樹はただその名を呼ぶ事しか出来ない。
「…あの時、お前の言葉に頷かなければ良かった。が、あのままだったら、ただ甘やかすだけの関係になっていたと思うから。…だが…互いにそれに気付けたんだ…それで、良いだろう? 僕達は、間違ってもそれに気付ける強さがある。二人なら、尚更だ。…だから…また二人で…瑞樹が嫌なら、週一回のままで良い…ただ…二人で向かい合って…飯を食べたい…お前の顔を見ながら、お前が作った物を食べたい。雪緒さんのおでんは美味しかったけど、僕は、僕の為に…僕を想いながら、瑞樹が作ってくれた物をお前と食べたい…作ってくれるか…?」
「…けど…俺、いいのかな…このままで…」
身体が軽くなったのは、心の痞えが取れたからだと優士は言った。
それは、あの日の後悔をそのままにしないでと雪緒に諭されたから?
ありし日の母の笑顔を思い出したから?
けれど、まだそれは不完全な気がして。
優士をこんな風に不安にさせて、心配掛けさせて、そんな頼りない自分なのに。
「僕は今の瑞樹が良い。…吐きながらでも、妖に立ち向かって行く瑞樹が良い」
そんな瑞樹の言葉に、優士は俯いていた顔を上げて僅かに目を細めた。
「は!?」
(何で知っているんだ!?)
週一回の食事交換の時に、軽く近況を話したりするが、瑞樹はそれを話した事は無い。
情けないと思ったから。強がりだと思うが優士に知られたくないと思っていた。
…いたのに。
「…他の隊から報告が上がっている。殆どの者は知って居る」
「…げ…」
(この間のは間に合わなかったから仕方が無かったけど、吐きたくなった時はなるべく隠れて吐いていたのに!?)
「…色々と言われているが…その度に、高梨隊長や天野副隊長、星先輩…隊の皆が口を揃えて言う『後で、橘を欲しがってもやらんぞ』、『治療も出来る、将来有望な討伐者だ』と」
そう言葉にして優士は挑発的に笑って見せる。
それは、その時にそう言った皆がしていた表情だ。
"他の隊"と優士は口にしたが、津山からも、ご丁寧に瑞樹の状態の報告が高梨に上がっている。
「…え…」
戻って来いと高梨は言った。皆、待って居ると。
「…迷惑掛けたのに…?」
「誰も迷惑だなんて思っていない…高梨隊長の判断が早かったんだろう。あの頃は、未だ僕達は新人だったから…ずるずると伸ばしていたら、どうなっていたかは解らないが…」
「…そっか…」
間違っても、失敗しても、未だ許される範囲だったと、そう云う事かと、何処か自嘲気味に瑞樹は笑う。
「…けど、それって結局、甘えてるって事だよな…」
「高梨隊長がそうしたんだ。それは、甘えて良いって事だ」
生真面目に口を結ぶ優士に瑞樹は思わず噴き出す。
「ふはっ! 強引じゃないか、それ!?」
「強引なぐらいで丁度良いんだ。高梨隊長だって雪緒さんに甘えている」
「え? 何処が?」
「雪緒さんの鼻を摘まんでいた。あれは高梨隊長なりの甘えだと僕は思う。雪緒さんなら、それを受け入れてくれると知っているからだ。雪緒さんもそんな高梨隊長に甘えている。鼻を摘ままれて、あんなに嬉しそうに笑う人を僕は雪緒さん以外に知らない」
「お、おお?」
(それはそうかも知れないな? でも、本当にそうなのか?)
首を傾げる瑞樹に、優士は尚も語り続ける。
「…僕も瑞樹に甘えたいし、瑞樹を甘やかしたい。…今夜…泊っても良いか…?」
「お、おおおおおおお!?」
脈絡がある様な無い様なお泊り発言に、瑞樹は目も口も大きく開いた。
「…瑞樹に触れたい。瑞樹と交わりたい…」
「んまっ、まっ、まっ、じっ…っ!?」
口をパクパクとさせる瑞樹に、優士は更に畳み掛ける。
「高梨隊長はクソ喰らえと言った。僕も、その通りだと思う。強くなる為に、気持ちを殺す? 僕が瑞樹を蔑ろにする? 冗談じゃない。僕は誰よりも瑞樹の傍に居たい。瑞樹が立ち止まって居たら、真っ先に手を差し伸べたい。それが出来ない距離に居るのは、もう、嫌だ。今日みたいな悔しい思いは、もうしたくない。だから、僕の手を取れ瑞樹。僕と一緒に悩んで迷って歩いて行こう。二人で駄目だと思ったら、周りを頼れば良いんだ。甘えて良いんだ。そう、高梨隊長は教えてくれたし、あの時の友人もそう言っていた」
それは、ぼんやりとしていた瑞樹を呼び戻した一言をくれた彼の事だ。
あの彼の言葉が無かったら、瑞樹は今、ここには居ないのかも知れない。
それを思えば、自分は何度同じ事を繰り返すのだろうと、情けなくも思うが。
それでも。
情けなくても。
誰よりも瑞樹の隣に、傍に、自分は居たいから。
だから。
僕も強くなる。
それには瑞樹が居なければ始まらない。
瑞樹と二人で、強くなる。
「この手を取れ、瑞樹」
瑞樹の手首を掴んでいた手を離して、優士は掌を向けて瑞樹に差し出す。
真っ直ぐと、涙の滲む瑞樹の目を逃がさないと云う様に見据えながら。
「…優士…」
差し伸べられた手に、瑞樹は戸惑いながらも自らの手を乗せた。
「…二人で強くなって行こう…」
載せられた瑞樹の手を掴み、少し低い位置にある額に、優士は自分のそれをコツンとあてる。
唇が触れ合いそうな距離で。
互いの吐息の熱が感じられる距離で。
囁く様に言われて、瑞樹は『…うん…』と、小さく頷いた。
「良し」
「え!?」
そうすれば、優士はガバッと瑞樹の身体を引き剥がし。
「僕は一足先に帰る。お前も風呂に入って、部屋で待っていろ」
「は!? え!?」
予期していなかった展開に戸惑う瑞樹を無視して、優士は走り出した。
小さくなって行くその背中を見送った瑞樹は、ぽっかりと浮かぶ月を見上げて小さく呟いた。
「…………父さん…母さん…俺、嫁に行って良い…?」
と。
「…俺が居る時にな…」
雪緒が瑞樹に一升瓶を、優士には『みくちゃん様お手製の伊達巻きです。とても美味しいですよ』と、紙袋を渡しながら微笑む。
その隣では高梨が、むっすりとしながら片手で眉間の皺を解していた。
「はい。今日は、有難うございました」
「おでん美味しかったです、ごちそうさまでした。次は料理を教えて下さい」
優士が丁寧に頭を下げれば、瑞樹もそれに倣って頭を下げる。
「…橘」
「はい?」
深く静かな声で名前を呼ばれて、瑞樹は顔を上げる。上げた先には、腕を組み、目を細め、口の端だけで笑う高梨の姿があった。
「…その気があれば、何時でも戻って来い。俺も、皆も待っている」
「は、はいっ!」
満面の笑みを浮かべる瑞樹に、高梨は頷いた。
そんな瑞樹の隣では、そっと小さく優士が頭を下げていた。
◇
「瑞樹、転ぶ」
ふわふわとした足取りで瑞樹が歩いて行く。
その少し後ろを優士が歩き、ピョンと飛び跳ねた瑞樹の寝癖を見ながら注意を促していた。
住宅が並ぶ界隈で、それぞれの家からは煌々とした明かりが漏れているし、雲の無い空には白い月も浮かんでいるが、やはり夜の為、足元が不安になる。
「あ、うん。何か、身体が軽くてさ。酒のせいかな?」
優士の心配等、何処吹く風と云う様に瑞樹は空を見上げて笑う。
「食前にお猪口で一杯だけだろう。呑んだ内には入らない。何処かの誰かみたいに呑んだ訳では無い」
よくもまあ、あれだけ呑んで酔わない物だと、半ば呆れた様に優士が塩を吐いた。
おでんを食べながら、徳利三本は軽く消えていた。今も呑んでいるのだろうか? それともあれは呑んだ内には入らないのだろうか? あまり酒を嗜まない優士には判断が付かなかった。
「何だよー。だって、何か本当に身体が軽いんだぞ?」
軽く振り返り唇を尖らせる瑞樹に、優士は軽く息を吐いた。その息は白く、秋が遠ざかって行くのを感じさせた。
「…心の痞えが取れたんだろう。今日、誘ってくれた隊長と雪緒さんに感謝しろ」
「…あ、あー…そっか…そうだな…うん…」
優士の言葉に、瑞樹はピタリと足を止めて、片手で頭を掻いた。
そして、頭を掻きながら思う。
父の記憶の中の母も笑っているのだろうかと。
いや、きっと笑っているのだろう。
後で電話して聞いてみようか? きっと『何を当たり前の事を』と、呆れられそうだが。それでも、聞いてみなければ、本当の事は解らないのだ。
「…瑞樹」
「ん?」
足を止めた事で隣に並んだ優士が、頭を掻く瑞樹の手首を掴んで下へと下ろす。
その手首を掴みながら、優士は瑞樹の目を真っ直ぐと見詰めた。
「…隊長からも応援された事だし、もう、あれこれ考えるのは止めだ」
「おお?」
応援って何だ? と瑞樹は首を傾げる。
「これまで瑞樹は一人で頑張って来た。だから、もう良いだろう?」
「優士?」
それは二人距離を取った事か?
だが、完全に一人だった訳じゃあない。
朝等、先を歩く優士を見掛ければ声を掛けて並んで歩いたし、それは優士も同じだった。
週一回の食事交換だってあったし、その間は二人それぞれが作った物を食べているんだなと、頬が緩み、胸がぽかぽかとした。まあ、触れ合いは無かったが。
それでも。そんな時間があったから、今日、ここまで来られたのだと思う。
高梨は『何故、支え、頼らない』と言っていたが、十分に支えられ、また、頼っていたと思う。
しかし、こうして行き詰まってしまえば、亀の歩みも止まってしまって。
そんな時は二人で考えろと、そんな時は甘えて良いのだと、そうして良いのだと、そう諭してくれたのだろうか?
「これからは、二人で考えて行こう。僕達、二人の事だから」
「…ゆ…」
真っ直ぐと瑞樹を見詰める優士の瞳は、何処か不安気に揺れていて。瑞樹の手首を掴む優士の指も小さく震えていた。
それを切なく感じて瑞樹は喉を詰まらせた。
優士を不安にさせているのかと、こんなにも不安に、心配にさせていたのかと、今更に気付く。
「…悔しかった。何故、隊長が、雪緒さんが言うんだ。何故、僕がそれを言えなかったんだ」
手を差し伸べたかった。
だが、それをきっかけに瑞樹の決意が揺らいでしまったら?
それで瑞樹の努力を無駄にしてしまったら?
そう思えば、動く事が出来なかった。
「…優士…」
ぎゅっと唇を噛み締めて俯いてしまった優士に、瑞樹はただその名を呼ぶ事しか出来ない。
「…あの時、お前の言葉に頷かなければ良かった。が、あのままだったら、ただ甘やかすだけの関係になっていたと思うから。…だが…互いにそれに気付けたんだ…それで、良いだろう? 僕達は、間違ってもそれに気付ける強さがある。二人なら、尚更だ。…だから…また二人で…瑞樹が嫌なら、週一回のままで良い…ただ…二人で向かい合って…飯を食べたい…お前の顔を見ながら、お前が作った物を食べたい。雪緒さんのおでんは美味しかったけど、僕は、僕の為に…僕を想いながら、瑞樹が作ってくれた物をお前と食べたい…作ってくれるか…?」
「…けど…俺、いいのかな…このままで…」
身体が軽くなったのは、心の痞えが取れたからだと優士は言った。
それは、あの日の後悔をそのままにしないでと雪緒に諭されたから?
ありし日の母の笑顔を思い出したから?
けれど、まだそれは不完全な気がして。
優士をこんな風に不安にさせて、心配掛けさせて、そんな頼りない自分なのに。
「僕は今の瑞樹が良い。…吐きながらでも、妖に立ち向かって行く瑞樹が良い」
そんな瑞樹の言葉に、優士は俯いていた顔を上げて僅かに目を細めた。
「は!?」
(何で知っているんだ!?)
週一回の食事交換の時に、軽く近況を話したりするが、瑞樹はそれを話した事は無い。
情けないと思ったから。強がりだと思うが優士に知られたくないと思っていた。
…いたのに。
「…他の隊から報告が上がっている。殆どの者は知って居る」
「…げ…」
(この間のは間に合わなかったから仕方が無かったけど、吐きたくなった時はなるべく隠れて吐いていたのに!?)
「…色々と言われているが…その度に、高梨隊長や天野副隊長、星先輩…隊の皆が口を揃えて言う『後で、橘を欲しがってもやらんぞ』、『治療も出来る、将来有望な討伐者だ』と」
そう言葉にして優士は挑発的に笑って見せる。
それは、その時にそう言った皆がしていた表情だ。
"他の隊"と優士は口にしたが、津山からも、ご丁寧に瑞樹の状態の報告が高梨に上がっている。
「…え…」
戻って来いと高梨は言った。皆、待って居ると。
「…迷惑掛けたのに…?」
「誰も迷惑だなんて思っていない…高梨隊長の判断が早かったんだろう。あの頃は、未だ僕達は新人だったから…ずるずると伸ばしていたら、どうなっていたかは解らないが…」
「…そっか…」
間違っても、失敗しても、未だ許される範囲だったと、そう云う事かと、何処か自嘲気味に瑞樹は笑う。
「…けど、それって結局、甘えてるって事だよな…」
「高梨隊長がそうしたんだ。それは、甘えて良いって事だ」
生真面目に口を結ぶ優士に瑞樹は思わず噴き出す。
「ふはっ! 強引じゃないか、それ!?」
「強引なぐらいで丁度良いんだ。高梨隊長だって雪緒さんに甘えている」
「え? 何処が?」
「雪緒さんの鼻を摘まんでいた。あれは高梨隊長なりの甘えだと僕は思う。雪緒さんなら、それを受け入れてくれると知っているからだ。雪緒さんもそんな高梨隊長に甘えている。鼻を摘ままれて、あんなに嬉しそうに笑う人を僕は雪緒さん以外に知らない」
「お、おお?」
(それはそうかも知れないな? でも、本当にそうなのか?)
首を傾げる瑞樹に、優士は尚も語り続ける。
「…僕も瑞樹に甘えたいし、瑞樹を甘やかしたい。…今夜…泊っても良いか…?」
「お、おおおおおおお!?」
脈絡がある様な無い様なお泊り発言に、瑞樹は目も口も大きく開いた。
「…瑞樹に触れたい。瑞樹と交わりたい…」
「んまっ、まっ、まっ、じっ…っ!?」
口をパクパクとさせる瑞樹に、優士は更に畳み掛ける。
「高梨隊長はクソ喰らえと言った。僕も、その通りだと思う。強くなる為に、気持ちを殺す? 僕が瑞樹を蔑ろにする? 冗談じゃない。僕は誰よりも瑞樹の傍に居たい。瑞樹が立ち止まって居たら、真っ先に手を差し伸べたい。それが出来ない距離に居るのは、もう、嫌だ。今日みたいな悔しい思いは、もうしたくない。だから、僕の手を取れ瑞樹。僕と一緒に悩んで迷って歩いて行こう。二人で駄目だと思ったら、周りを頼れば良いんだ。甘えて良いんだ。そう、高梨隊長は教えてくれたし、あの時の友人もそう言っていた」
それは、ぼんやりとしていた瑞樹を呼び戻した一言をくれた彼の事だ。
あの彼の言葉が無かったら、瑞樹は今、ここには居ないのかも知れない。
それを思えば、自分は何度同じ事を繰り返すのだろうと、情けなくも思うが。
それでも。
情けなくても。
誰よりも瑞樹の隣に、傍に、自分は居たいから。
だから。
僕も強くなる。
それには瑞樹が居なければ始まらない。
瑞樹と二人で、強くなる。
「この手を取れ、瑞樹」
瑞樹の手首を掴んでいた手を離して、優士は掌を向けて瑞樹に差し出す。
真っ直ぐと、涙の滲む瑞樹の目を逃がさないと云う様に見据えながら。
「…優士…」
差し伸べられた手に、瑞樹は戸惑いながらも自らの手を乗せた。
「…二人で強くなって行こう…」
載せられた瑞樹の手を掴み、少し低い位置にある額に、優士は自分のそれをコツンとあてる。
唇が触れ合いそうな距離で。
互いの吐息の熱が感じられる距離で。
囁く様に言われて、瑞樹は『…うん…』と、小さく頷いた。
「良し」
「え!?」
そうすれば、優士はガバッと瑞樹の身体を引き剥がし。
「僕は一足先に帰る。お前も風呂に入って、部屋で待っていろ」
「は!? え!?」
予期していなかった展開に戸惑う瑞樹を無視して、優士は走り出した。
小さくなって行くその背中を見送った瑞樹は、ぽっかりと浮かぶ月を見上げて小さく呟いた。
「…………父さん…母さん…俺、嫁に行って良い…?」
と。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる