寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

文字の大きさ
上 下
50 / 125
募るもの

【三】守られたもの

しおりを挟む
 …何も出来なかった…。
 …結局、俺は何も変わってないし、変わらないんだ…。
 …それが変わらないのに…見ないふりして浮かれてたから、罰が当たったんだ…。
 …あの日の俺達を見せて…。

「…兄ちゃん…。あの兄ちゃん…大丈夫…だよな…?」

「…え…?」

 白衣の袖を引っ張られて、瑞樹みずきは俯いていた顔を上げた。
 天野に手を引かれて先を歩いていた筈の少年が、何時の間にか瑞樹の隣に並んで居た。
 少年の涙は止まった物の、赤く腫れた瞼が重く痛々しい。そこまででは無いにしろ、それは瑞樹も同じなのだが。

「…大丈夫だよ…」

 少年に、いや、自分に言い聞かせる様に、瑞樹はそっと呟いて、無理矢理に赤さの残る目を細め、笑顔を浮かべる。 
 命に関わる物では無いと、津山は口にしたのだ。まだ素人同然の瑞樹よりも、長い経験のある彼がそう口にしたのだ。問題は無いと、言ってくれたのだから。
 それを信じて、それに縋る様に、瑞樹は心の中でもう一度大丈夫だと繰り返す。

「坊主が心配する事は無いさ。センセが大丈夫だって言ってたんならな。それより、坊主は親に怒られる覚悟をしておけよ」

 先を歩く天野が顔だけで振り返り、少年に白い歯を見せて笑う。

「う…っ…!」

 その笑みが、何処か意地が悪そうに見えるのは、疚しい事をしたと云う自覚があるからか。

「そうそう。俺達は仕事だから、こんなの慣れてんの」

 瑞樹達の後ろを歩く横島が、比較的明るい声を出して言えば、少年は瑞樹の袖を掴む力を強くした。

「…けど…痛いだろ…。…ごめん…」

 俯いてしまった少年のつるつるの頭を瑞樹はそっと撫でた。
 怖い思いをしたのに、こうして謝って、心配もしてくれる少年の事を偉いと思った。

「…心配してくれてありがとうな。戻ったら、お母さんにもちゃんと謝るんだぞ? 凄く心配してたから…」

 この子が、こうして家族の元へ歩いて帰る事が出来て良かった、と思った。
 優士ゆうじは、ただ怪我をしただけでは無い。一つの家族を守ったのだと思った。しっかりと、己の仕事を全うしたのだ。

(…それに比べて俺は…何をしてるんだろう…)

「…うん…」

 顔を上げた少年に小さく笑い、瑞樹は手を離す。

 せいに助けられたあの日。
 自分はこんな風に、素直に謝る事が出来ただろうか?
 と、瑞樹は当時を思い出して、林の先に僅かに見える篝火を見た。
 星に助けられて、その戦う姿に憧れて。迷惑を心配を掛けたのに、頭の中にあったのは、軽やかに舞う様に動く星の姿で。謝りはしたけれど、きっとそれは上っ面の物だけで。欠片も反省なんてしてなかった気がする。一日経って父親に怒られ、村の気さくな朱雀の面々にも怒られた。それでも、皆、朱雀を目指す事を止めはしなかった。
 自分は、どれだけの温かい場所で過ごして来たのだろうと、どれだけの優しい場所で過ごして来たのだろうと、どれだけの人達に守られて来たのだろうと、今更に気付いた。
 それでも。
 それらを置いて出て来たのは自分だ。
 母の仇の妖は居ないけれど、その仲間は多く居る。
 母の仇の代わりに、一体でも多く狩りたかった。けれど、実際は一体も狩る事が出来ずに、動けずにいるだけだった。
 星に助けられた時と、何も変わっていない。どれだけ技術や力を身に着けても、何も変わっていない。どころか、優士の治療の邪魔をしてしまった。

(…どうしたら…変わる事が出来るんだろう…。…どうしたら…強くなれるんだろう…)

 段々と近付いて来る篝火を瑞樹はただ、ぼんやりと見詰めた。

 ◇

「…嘗められた物だな…」

 夜が明け住民達を自宅へと戻し、帰還する車の中で高梨はボソリと呟いた。
 避難場所へと戻り、加藤少年とその親、そしてこの村の責任者と話をした。
 改めて、何故刀を持ち出したのかと問えば。

『女の人の朱雀なんて初めてみたし…。…今回の朱雀の人達…何か…その…緩いし…。…妖なんて、本当は大して強くないんじゃないかって思って…俺、男だし…。……でも…怖かった…怖かったよぅ…何で、あんなのと…戦えるんだよ…』

 ボソボソと呟く様に答える少年の言葉に、高梨は頭を掻き毟りたくなったが我慢した。再び泣き出した少年を落ち着かせる方が先だからだ。

「先月来たのが第一番隊なら、そうなるのかなあ~。ふわああぁ…~」

 高梨の呟きに応えたのは、隣に座る天野だ。もう少し端へ寄れと腕組をしたまま高梨は思う。

「自宅へ帰るまでは勤務時間内だ。欠伸をするな」

 第一番隊。それは、"寺"出身の者ばかりで固められた言わば、エリート部隊の様なものだ。
 彼らならば確かに、予備の刀を奪われる事等無かっただろう。癪に障るが、刀を持ち出された事実は消えない。何も、杜川の居るこの時期にやらかしてくれなくてもと、高梨は思った。この話は確実に星から杜川へと伝わるだろう。その時の杜川の顔が頭に浮かんで、高梨は苦虫を潰した様な顔になった。

「高梨隊長が横暴だと思う人~」

 そんな高梨の事等知らぬ様に、天野がわざとらしく間の抜けた声をあげた。

「はい」

「はいよ」

「いつもの事~」

「俺もねみー」

 天野がわざとらしく欠伸で浮かんだ涙を見せながら言えば、ぎゅうぎゅうな車内に居る隊員達から次々に同意する声が上がった。総勢十六名で遠征に来た。それぞれ六名乗る事が出来る、そんな車三台で来たが、一台は優士達を乗せて既に帰路に着いている。残った二台にそれ以外の者達の十二名が乗り込んだのだが、すし詰め状態だ。瑞樹や瑠璃子るりこ亜矢あやはもう一台の方に乗っている。女性に窮屈な思いはさせられないと配慮した結果、むさ苦しいすし詰めが出来上がったのだった。ちなみに津山も『私はか弱いのに…』と言いながら、こちらに居る。本当にか弱い人間が、自らか弱い等と口にするものか。お前は荷台にでも転がっていろと言いたかったが、優士の手当てをしてくれた手前、流石にそれは口に出せず、じとりと睨むだけに留めて置いた。

 ◇

「やあ、お帰り。大変だったね、お疲れ様」

「…………………何故…あなたが居るのですか…………」

 帰還後、細かい事は天野に押し付けて、瑞樹と津山と共に優士が居る病室へと来たら、そこには何故か杜川が居て、高梨はがくりと肩を落としたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

お前らの相手は俺じゃない!

くろさき
BL
 大学2年生の鳳 京谷(おおとり きょうや)は、母・父・妹・自分の4人家族の長男。 しかし…ある日子供を庇ってトラック事故で死んでしまう……  暫くして目が覚めると、どうやら自分は赤ん坊で…妹が愛してやまない乙女ゲーム(🌹永遠の愛をキスで誓う)の世界に転生していた!? ※R18展開は『お前らの相手は俺じゃない!』と言う章からになっております。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

隷属神官の快楽記録

彩月野生
BL
魔族の集団に捕まり性奴隷にされた神官。 神に仕える者を憎悪する魔族クロヴィスに捕まった神官リアムは、陵辱され快楽漬けの日々を余儀なくされてしまうが、やがてクロヴィスを愛してしまう。敬愛する神官リュカまでも毒牙にかかり、リアムは身も心も蹂躙された。 ※流血、残酷描写、男性妊娠、出産描写含まれますので注意。 後味の良いラストを心がけて書いていますので、安心してお読みください。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

処理中です...