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募るもの
【三】守られたもの
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…何も出来なかった…。
…結局、俺は何も変わってないし、変わらないんだ…。
…それが変わらないのに…見ないふりして浮かれてたから、罰が当たったんだ…。
…あの日の俺達を見せて…。
「…兄ちゃん…。あの兄ちゃん…大丈夫…だよな…?」
「…え…?」
白衣の袖を引っ張られて、瑞樹は俯いていた顔を上げた。
天野に手を引かれて先を歩いていた筈の少年が、何時の間にか瑞樹の隣に並んで居た。
少年の涙は止まった物の、赤く腫れた瞼が重く痛々しい。そこまででは無いにしろ、それは瑞樹も同じなのだが。
「…大丈夫だよ…」
少年に、いや、自分に言い聞かせる様に、瑞樹はそっと呟いて、無理矢理に赤さの残る目を細め、笑顔を浮かべる。
命に関わる物では無いと、津山は口にしたのだ。まだ素人同然の瑞樹よりも、長い経験のある彼がそう口にしたのだ。問題は無いと、言ってくれたのだから。
それを信じて、それに縋る様に、瑞樹は心の中でもう一度大丈夫だと繰り返す。
「坊主が心配する事は無いさ。センセが大丈夫だって言ってたんならな。それより、坊主は親に怒られる覚悟をしておけよ」
先を歩く天野が顔だけで振り返り、少年に白い歯を見せて笑う。
「う…っ…!」
その笑みが、何処か意地が悪そうに見えるのは、疚しい事をしたと云う自覚があるからか。
「そうそう。俺達は仕事だから、こんなの慣れてんの」
瑞樹達の後ろを歩く横島が、比較的明るい声を出して言えば、少年は瑞樹の袖を掴む力を強くした。
「…けど…痛いだろ…。…ごめん…」
俯いてしまった少年のつるつるの頭を瑞樹はそっと撫でた。
怖い思いをしたのに、こうして謝って、心配もしてくれる少年の事を偉いと思った。
「…心配してくれてありがとうな。戻ったら、お母さんにもちゃんと謝るんだぞ? 凄く心配してたから…」
この子が、こうして家族の元へ歩いて帰る事が出来て良かった、と思った。
優士は、ただ怪我をしただけでは無い。一つの家族を守ったのだと思った。しっかりと、己の仕事を全うしたのだ。
(…それに比べて俺は…何をしてるんだろう…)
「…うん…」
顔を上げた少年に小さく笑い、瑞樹は手を離す。
星に助けられたあの日。
自分はこんな風に、素直に謝る事が出来ただろうか?
と、瑞樹は当時を思い出して、林の先に僅かに見える篝火を見た。
星に助けられて、その戦う姿に憧れて。迷惑を心配を掛けたのに、頭の中にあったのは、軽やかに舞う様に動く星の姿で。謝りはしたけれど、きっとそれは上っ面の物だけで。欠片も反省なんてしてなかった気がする。一日経って父親に怒られ、村の気さくな朱雀の面々にも怒られた。それでも、皆、朱雀を目指す事を止めはしなかった。
自分は、どれだけの温かい場所で過ごして来たのだろうと、どれだけの優しい場所で過ごして来たのだろうと、どれだけの人達に守られて来たのだろうと、今更に気付いた。
それでも。
それらを置いて出て来たのは自分だ。
母の仇の妖は居ないけれど、その仲間は多く居る。
母の仇の代わりに、一体でも多く狩りたかった。けれど、実際は一体も狩る事が出来ずに、動けずにいるだけだった。
星に助けられた時と、何も変わっていない。どれだけ技術や力を身に着けても、何も変わっていない。どころか、優士の治療の邪魔をしてしまった。
(…どうしたら…変わる事が出来るんだろう…。…どうしたら…強くなれるんだろう…)
段々と近付いて来る篝火を瑞樹はただ、ぼんやりと見詰めた。
◇
「…嘗められた物だな…」
夜が明け住民達を自宅へと戻し、帰還する車の中で高梨はボソリと呟いた。
避難場所へと戻り、加藤少年とその親、そしてこの村の責任者と話をした。
改めて、何故刀を持ち出したのかと問えば。
『女の人の朱雀なんて初めてみたし…。…今回の朱雀の人達…何か…その…緩いし…。…妖なんて、本当は大して強くないんじゃないかって思って…俺、男だし…。……でも…怖かった…怖かったよぅ…何で、あんなのと…戦えるんだよ…』
ボソボソと呟く様に答える少年の言葉に、高梨は頭を掻き毟りたくなったが我慢した。再び泣き出した少年を落ち着かせる方が先だからだ。
「先月来たのが第一番隊なら、そうなるのかなあ~。ふわああぁ…~」
高梨の呟きに応えたのは、隣に座る天野だ。もう少し端へ寄れと腕組をしたまま高梨は思う。
「自宅へ帰るまでは勤務時間内だ。欠伸をするな」
第一番隊。それは、"寺"出身の者ばかりで固められた言わば、エリート部隊の様なものだ。
彼らならば確かに、予備の刀を奪われる事等無かっただろう。癪に障るが、刀を持ち出された事実は消えない。何も、杜川の居るこの時期にやらかしてくれなくてもと、高梨は思った。この話は確実に星から杜川へと伝わるだろう。その時の杜川の顔が頭に浮かんで、高梨は苦虫を潰した様な顔になった。
「高梨隊長が横暴だと思う人~」
そんな高梨の事等知らぬ様に、天野がわざとらしく間の抜けた声をあげた。
「はい」
「はいよ」
「いつもの事~」
「俺もねみー」
天野がわざとらしく欠伸で浮かんだ涙を見せながら言えば、ぎゅうぎゅうな車内に居る隊員達から次々に同意する声が上がった。総勢十六名で遠征に来た。それぞれ六名乗る事が出来る、そんな車三台で来たが、一台は優士達を乗せて既に帰路に着いている。残った二台にそれ以外の者達の十二名が乗り込んだのだが、すし詰め状態だ。瑞樹や瑠璃子、亜矢はもう一台の方に乗っている。女性に窮屈な思いはさせられないと配慮した結果、むさ苦しいすし詰めが出来上がったのだった。ちなみに津山も『私はか弱いのに…』と言いながら、こちらに居る。本当にか弱い人間が、自らか弱い等と口にするものか。お前は荷台にでも転がっていろと言いたかったが、優士の手当てをしてくれた手前、流石にそれは口に出せず、じとりと睨むだけに留めて置いた。
◇
「やあ、お帰り。大変だったね、お疲れ様」
「…………………何故…あなたが居るのですか…………」
帰還後、細かい事は天野に押し付けて、瑞樹と津山と共に優士が居る病室へと来たら、そこには何故か杜川が居て、高梨はがくりと肩を落としたのだった。
…結局、俺は何も変わってないし、変わらないんだ…。
…それが変わらないのに…見ないふりして浮かれてたから、罰が当たったんだ…。
…あの日の俺達を見せて…。
「…兄ちゃん…。あの兄ちゃん…大丈夫…だよな…?」
「…え…?」
白衣の袖を引っ張られて、瑞樹は俯いていた顔を上げた。
天野に手を引かれて先を歩いていた筈の少年が、何時の間にか瑞樹の隣に並んで居た。
少年の涙は止まった物の、赤く腫れた瞼が重く痛々しい。そこまででは無いにしろ、それは瑞樹も同じなのだが。
「…大丈夫だよ…」
少年に、いや、自分に言い聞かせる様に、瑞樹はそっと呟いて、無理矢理に赤さの残る目を細め、笑顔を浮かべる。
命に関わる物では無いと、津山は口にしたのだ。まだ素人同然の瑞樹よりも、長い経験のある彼がそう口にしたのだ。問題は無いと、言ってくれたのだから。
それを信じて、それに縋る様に、瑞樹は心の中でもう一度大丈夫だと繰り返す。
「坊主が心配する事は無いさ。センセが大丈夫だって言ってたんならな。それより、坊主は親に怒られる覚悟をしておけよ」
先を歩く天野が顔だけで振り返り、少年に白い歯を見せて笑う。
「う…っ…!」
その笑みが、何処か意地が悪そうに見えるのは、疚しい事をしたと云う自覚があるからか。
「そうそう。俺達は仕事だから、こんなの慣れてんの」
瑞樹達の後ろを歩く横島が、比較的明るい声を出して言えば、少年は瑞樹の袖を掴む力を強くした。
「…けど…痛いだろ…。…ごめん…」
俯いてしまった少年のつるつるの頭を瑞樹はそっと撫でた。
怖い思いをしたのに、こうして謝って、心配もしてくれる少年の事を偉いと思った。
「…心配してくれてありがとうな。戻ったら、お母さんにもちゃんと謝るんだぞ? 凄く心配してたから…」
この子が、こうして家族の元へ歩いて帰る事が出来て良かった、と思った。
優士は、ただ怪我をしただけでは無い。一つの家族を守ったのだと思った。しっかりと、己の仕事を全うしたのだ。
(…それに比べて俺は…何をしてるんだろう…)
「…うん…」
顔を上げた少年に小さく笑い、瑞樹は手を離す。
星に助けられたあの日。
自分はこんな風に、素直に謝る事が出来ただろうか?
と、瑞樹は当時を思い出して、林の先に僅かに見える篝火を見た。
星に助けられて、その戦う姿に憧れて。迷惑を心配を掛けたのに、頭の中にあったのは、軽やかに舞う様に動く星の姿で。謝りはしたけれど、きっとそれは上っ面の物だけで。欠片も反省なんてしてなかった気がする。一日経って父親に怒られ、村の気さくな朱雀の面々にも怒られた。それでも、皆、朱雀を目指す事を止めはしなかった。
自分は、どれだけの温かい場所で過ごして来たのだろうと、どれだけの優しい場所で過ごして来たのだろうと、どれだけの人達に守られて来たのだろうと、今更に気付いた。
それでも。
それらを置いて出て来たのは自分だ。
母の仇の妖は居ないけれど、その仲間は多く居る。
母の仇の代わりに、一体でも多く狩りたかった。けれど、実際は一体も狩る事が出来ずに、動けずにいるだけだった。
星に助けられた時と、何も変わっていない。どれだけ技術や力を身に着けても、何も変わっていない。どころか、優士の治療の邪魔をしてしまった。
(…どうしたら…変わる事が出来るんだろう…。…どうしたら…強くなれるんだろう…)
段々と近付いて来る篝火を瑞樹はただ、ぼんやりと見詰めた。
◇
「…嘗められた物だな…」
夜が明け住民達を自宅へと戻し、帰還する車の中で高梨はボソリと呟いた。
避難場所へと戻り、加藤少年とその親、そしてこの村の責任者と話をした。
改めて、何故刀を持ち出したのかと問えば。
『女の人の朱雀なんて初めてみたし…。…今回の朱雀の人達…何か…その…緩いし…。…妖なんて、本当は大して強くないんじゃないかって思って…俺、男だし…。……でも…怖かった…怖かったよぅ…何で、あんなのと…戦えるんだよ…』
ボソボソと呟く様に答える少年の言葉に、高梨は頭を掻き毟りたくなったが我慢した。再び泣き出した少年を落ち着かせる方が先だからだ。
「先月来たのが第一番隊なら、そうなるのかなあ~。ふわああぁ…~」
高梨の呟きに応えたのは、隣に座る天野だ。もう少し端へ寄れと腕組をしたまま高梨は思う。
「自宅へ帰るまでは勤務時間内だ。欠伸をするな」
第一番隊。それは、"寺"出身の者ばかりで固められた言わば、エリート部隊の様なものだ。
彼らならば確かに、予備の刀を奪われる事等無かっただろう。癪に障るが、刀を持ち出された事実は消えない。何も、杜川の居るこの時期にやらかしてくれなくてもと、高梨は思った。この話は確実に星から杜川へと伝わるだろう。その時の杜川の顔が頭に浮かんで、高梨は苦虫を潰した様な顔になった。
「高梨隊長が横暴だと思う人~」
そんな高梨の事等知らぬ様に、天野がわざとらしく間の抜けた声をあげた。
「はい」
「はいよ」
「いつもの事~」
「俺もねみー」
天野がわざとらしく欠伸で浮かんだ涙を見せながら言えば、ぎゅうぎゅうな車内に居る隊員達から次々に同意する声が上がった。総勢十六名で遠征に来た。それぞれ六名乗る事が出来る、そんな車三台で来たが、一台は優士達を乗せて既に帰路に着いている。残った二台にそれ以外の者達の十二名が乗り込んだのだが、すし詰め状態だ。瑞樹や瑠璃子、亜矢はもう一台の方に乗っている。女性に窮屈な思いはさせられないと配慮した結果、むさ苦しいすし詰めが出来上がったのだった。ちなみに津山も『私はか弱いのに…』と言いながら、こちらに居る。本当にか弱い人間が、自らか弱い等と口にするものか。お前は荷台にでも転がっていろと言いたかったが、優士の手当てをしてくれた手前、流石にそれは口に出せず、じとりと睨むだけに留めて置いた。
◇
「やあ、お帰り。大変だったね、お疲れ様」
「…………………何故…あなたが居るのですか…………」
帰還後、細かい事は天野に押し付けて、瑞樹と津山と共に優士が居る病室へと来たら、そこには何故か杜川が居て、高梨はがくりと肩を落としたのだった。
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