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募るもの
【四】散歩とは
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『優士は瑞樹の母ちゃんかよ』
顔を赤くした少年が優士を指差して叫んでいた。
『…だからっ、少しは離れろよっ!!』
(…どうして、こうなったんだっけ…)
と、優士は考える。
自分の世界へと、意識を外へと向けずに内へと籠もってしまった瑞樹と過ごす様になってから、どれぐらい経った頃だろうか?
『いつも瑞樹、瑞樹、瑞樹のことばっか! おれだって、友達だろっ!!』
目尻に涙を湛える少年の姿に、ちくりとした小さな痛みが優士の胸に走った。
(…ああ…何だ…)
今なら、解る。
彼は、自分達の心配をしてくれたのだと。
ただ、上手く言葉に出来なかっただけで。
瑞樹の心配ばかりしていないで、自分の事も心配しろと、彼は言いたかったのだ。周りをもっと頼れと、そう言いたかったのだ。
『君には関係ない』
それなのに。友だと言う少年に、自分は何を口にしたのだろうか?
『…っ…!! ばっきゃろーっ!!』
顔を更に赤くして、目元を袖で拭って走り去る少年を追い掛けなかったのは、誰だ?
(…情けない、な…。…今、彼は何をしているのだろうか…?)
次に地元へ帰る時が来たら、彼に謝罪をしなければ。
(…手…?)
そう思った時、不意に頬に何かが触れた。
ゴツゴツとしているが、温度のある物だ。
その温もりに誘われる様に、優士は重さの残る瞼を上げて行く。
「お、ゆうじ起きたか! じゃ、おいらつきとを迎えに行くからな!」
途端に耳に飛び込んで来たのは、元気な星の声と。
「うん、気を付けて行って来てね」
落ち着いた深みのある、優しい声だった。
その声に応える様に、ガラッピシャッとした音と、廊下を駆けて行く音が響いた。
その音が傷に障り、優士は僅かに眉をよせて顔を動かす。
「…え…と…もり…かわ、さん…?」
上半身しか見えないが、恐らくは椅子に座って居るのだろう。濃い藍色の着物に身を包み、閉められた戸口を優し気な目で見るのは、星の養父の杜川だ。名を呼ばれた杜川は、顔を優士の方へと向けて太い眉をへにょりと下げた。
「哀しいな。えみちゃんと呼んでくれたまえとお願いしたよね? どうして呼んでくれないのかなっ!」
僅かに唇を尖らせて拗ねた様な声を出す杜川に、優士の頭がクラクラと揺れる。
呼べと請われて、そう呼べる者が居るのなら、その命知らずに是非ともお目に掛かりたいものだと、優士は思った。
今はただの民間人とは云え、かつては組織の頭だったのだ。その杜川をそんなふざけた名で呼べる筈が無い。が、優士は知らない。その命知らずに既にお目に掛かっている事を。
「…何故、ここに…?」
怪我を負った事、目の端に映る白い枕にシーツ、白い天井が見える事から、優士は自分は今病院に居て、ベッドで寝かされている物と理解した。閉じられたカーテンに薄い光が射している事から、夜は明けたのだろうと判断もする。
しかし、星はともかく、何故、杜川がここに居るのだろうか? 他の皆はどうしたのだろう? 瑞樹は?
「ああ、寝てていいからね?」
身体を起こそうとした優士だったが、杜川が片手を軽く上げて来て、やんわりと止められた。
「うん、散歩をしていたらね? まだ、夜も明けていないのに、街の外から入って来る車の明かりが見えてね? 向かう方向はこの駐屯地。何かあったと思うよね? 私は幾つになっても探究心を抑えられなくてね。いや、困ってしまうね」
ニコニコと笑顔で杜川が語る言葉に、優士は目眩だけで無く、頭痛も覚えた。ついでに言うなら、傷を負わされた胸も痛い。
杜川は、今、何と言った?
散歩? 夜明け前に散歩? 新月の夜明け前に? 幾らこの街が安全とは云え、新月の夜は出歩かないのが鉄則だ。それなのに、散歩とは?
「あ、そうそう。勝手で悪いとは思ったんだけどね、実家に電話をさせて貰ったからね」
「え」
これぐらいの怪我で連絡だなんて、と、優士は眉を顰める。
何時、連絡が行ったのかは知らないが、常識的な時間では無い筈だ。
迷惑を掛けたと思う優士に、杜川は諭す様に語り掛ける。
「成人しているとは云え、君はまだ若い。親御さんからしたら、君は幾つになろうと自分達の大切な子だ。その大切な子が、怪我をしたんだ。連絡は当然だよ」
「…ありがとうございます…」
仮にも親の身である杜川からそう言われてしまえば、納得するしかなくて、優士は連絡を入れてくれた事に感謝の言葉を口にした。
「…それで…何故、杜川さんが居るのですか…?」
そして、再び疑問を口にすれば。
「あ、そこに戻っちゃうの?」
(いや、だから。何故、そんなに思い切り眉を下げるのか)
黙っていれば、とても威厳があり、そこに在るだけで威圧感を醸し出す杜川だが、一度口を開けばこれだ。
星も黙っていれば、凛とした空気が漂うのに、本当に何て残念な親子なのかと、優士はそっと溜息を溢した。
「ん~。困ったなあ。怒られちゃうなあ。やはり、関わるべきでは無かった…けど、車が気になっちゃったんだもん」
(いや、何が、誰に? もんって…)
腕を組み、首を何度も傾げて、ウンウンと唸る杜川に優士は半眼になる。
到底可愛いとは程遠い見た目で、やたらと可愛い仕草をする杜川を見ているのが、どうにも居た堪れなくなり、優士は動かせる範囲内で顔を動かして、それに気付いた。
「…………………木刀…………?」
「はっ!?」
優士の呟きに、杜川は椅子から勢い良く立ち上がり、壁に立て掛けていた木刀を手に取り、さっと身を屈め、ベッドの下へと放り投げた。
パンパンと手を叩き、椅子に座り直して、真面目な顔と声で一言。
「今、何かあったかね?」
絶対にまともな散歩では無いと、優士は思った。
顔を赤くした少年が優士を指差して叫んでいた。
『…だからっ、少しは離れろよっ!!』
(…どうして、こうなったんだっけ…)
と、優士は考える。
自分の世界へと、意識を外へと向けずに内へと籠もってしまった瑞樹と過ごす様になってから、どれぐらい経った頃だろうか?
『いつも瑞樹、瑞樹、瑞樹のことばっか! おれだって、友達だろっ!!』
目尻に涙を湛える少年の姿に、ちくりとした小さな痛みが優士の胸に走った。
(…ああ…何だ…)
今なら、解る。
彼は、自分達の心配をしてくれたのだと。
ただ、上手く言葉に出来なかっただけで。
瑞樹の心配ばかりしていないで、自分の事も心配しろと、彼は言いたかったのだ。周りをもっと頼れと、そう言いたかったのだ。
『君には関係ない』
それなのに。友だと言う少年に、自分は何を口にしたのだろうか?
『…っ…!! ばっきゃろーっ!!』
顔を更に赤くして、目元を袖で拭って走り去る少年を追い掛けなかったのは、誰だ?
(…情けない、な…。…今、彼は何をしているのだろうか…?)
次に地元へ帰る時が来たら、彼に謝罪をしなければ。
(…手…?)
そう思った時、不意に頬に何かが触れた。
ゴツゴツとしているが、温度のある物だ。
その温もりに誘われる様に、優士は重さの残る瞼を上げて行く。
「お、ゆうじ起きたか! じゃ、おいらつきとを迎えに行くからな!」
途端に耳に飛び込んで来たのは、元気な星の声と。
「うん、気を付けて行って来てね」
落ち着いた深みのある、優しい声だった。
その声に応える様に、ガラッピシャッとした音と、廊下を駆けて行く音が響いた。
その音が傷に障り、優士は僅かに眉をよせて顔を動かす。
「…え…と…もり…かわ、さん…?」
上半身しか見えないが、恐らくは椅子に座って居るのだろう。濃い藍色の着物に身を包み、閉められた戸口を優し気な目で見るのは、星の養父の杜川だ。名を呼ばれた杜川は、顔を優士の方へと向けて太い眉をへにょりと下げた。
「哀しいな。えみちゃんと呼んでくれたまえとお願いしたよね? どうして呼んでくれないのかなっ!」
僅かに唇を尖らせて拗ねた様な声を出す杜川に、優士の頭がクラクラと揺れる。
呼べと請われて、そう呼べる者が居るのなら、その命知らずに是非ともお目に掛かりたいものだと、優士は思った。
今はただの民間人とは云え、かつては組織の頭だったのだ。その杜川をそんなふざけた名で呼べる筈が無い。が、優士は知らない。その命知らずに既にお目に掛かっている事を。
「…何故、ここに…?」
怪我を負った事、目の端に映る白い枕にシーツ、白い天井が見える事から、優士は自分は今病院に居て、ベッドで寝かされている物と理解した。閉じられたカーテンに薄い光が射している事から、夜は明けたのだろうと判断もする。
しかし、星はともかく、何故、杜川がここに居るのだろうか? 他の皆はどうしたのだろう? 瑞樹は?
「ああ、寝てていいからね?」
身体を起こそうとした優士だったが、杜川が片手を軽く上げて来て、やんわりと止められた。
「うん、散歩をしていたらね? まだ、夜も明けていないのに、街の外から入って来る車の明かりが見えてね? 向かう方向はこの駐屯地。何かあったと思うよね? 私は幾つになっても探究心を抑えられなくてね。いや、困ってしまうね」
ニコニコと笑顔で杜川が語る言葉に、優士は目眩だけで無く、頭痛も覚えた。ついでに言うなら、傷を負わされた胸も痛い。
杜川は、今、何と言った?
散歩? 夜明け前に散歩? 新月の夜明け前に? 幾らこの街が安全とは云え、新月の夜は出歩かないのが鉄則だ。それなのに、散歩とは?
「あ、そうそう。勝手で悪いとは思ったんだけどね、実家に電話をさせて貰ったからね」
「え」
これぐらいの怪我で連絡だなんて、と、優士は眉を顰める。
何時、連絡が行ったのかは知らないが、常識的な時間では無い筈だ。
迷惑を掛けたと思う優士に、杜川は諭す様に語り掛ける。
「成人しているとは云え、君はまだ若い。親御さんからしたら、君は幾つになろうと自分達の大切な子だ。その大切な子が、怪我をしたんだ。連絡は当然だよ」
「…ありがとうございます…」
仮にも親の身である杜川からそう言われてしまえば、納得するしかなくて、優士は連絡を入れてくれた事に感謝の言葉を口にした。
「…それで…何故、杜川さんが居るのですか…?」
そして、再び疑問を口にすれば。
「あ、そこに戻っちゃうの?」
(いや、だから。何故、そんなに思い切り眉を下げるのか)
黙っていれば、とても威厳があり、そこに在るだけで威圧感を醸し出す杜川だが、一度口を開けばこれだ。
星も黙っていれば、凛とした空気が漂うのに、本当に何て残念な親子なのかと、優士はそっと溜息を溢した。
「ん~。困ったなあ。怒られちゃうなあ。やはり、関わるべきでは無かった…けど、車が気になっちゃったんだもん」
(いや、何が、誰に? もんって…)
腕を組み、首を何度も傾げて、ウンウンと唸る杜川に優士は半眼になる。
到底可愛いとは程遠い見た目で、やたらと可愛い仕草をする杜川を見ているのが、どうにも居た堪れなくなり、優士は動かせる範囲内で顔を動かして、それに気付いた。
「…………………木刀…………?」
「はっ!?」
優士の呟きに、杜川は椅子から勢い良く立ち上がり、壁に立て掛けていた木刀を手に取り、さっと身を屈め、ベッドの下へと放り投げた。
パンパンと手を叩き、椅子に座り直して、真面目な顔と声で一言。
「今、何かあったかね?」
絶対にまともな散歩では無いと、優士は思った。
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