21 / 125
幼馴染み
【十八】父と子
しおりを挟む
「…なあ、父さん…」
「ん~?」
その日の夕食の席で、瑞樹はししとうの天麩羅を箸で掴みながら重い口を開いた。
今夜はそうめんと天麩羅だ。天麩羅は、ししとうに、茄子、しいたけ、大葉、そして竹輪だ。
日中に見た父の姿が忘れられなくて。
墓前の前で手を合わせ、静かに目を閉じていた瑞樹の父は、何を想い、語り掛けていたのか。
ずっと聞きたかったけど、怖くて怖くて聞けなかった事だ。
「…俺の事…恨んでる…?」
「…は…?」
俯いて告げられた言葉に、瑞樹の父は掴んでいた竹輪の天麩羅を卓袱台の上へと落としてしまった。
突拍子も無い息子からの問い掛けに、瑞樹の父は数度目を瞬かせてから、落ちた竹輪を箸で拾い、麺つゆの中へと浸けてから箸を箸置きへと置いた。
「何だい? 藪から棒に」
「…俺が…母さんを守れなかったから…。…俺が居なければ、母さんは…死なずに済んだかも知れないから…」
俯きながらぼそぼそと話す瑞樹に、瑞樹の父は前髪に指を差し込み、それを軽くかき上げた。
「…帰って来てから様子がおかしいと思っていたけど…向こうで何か言われたのかい?」
「は、え!?」
父の言葉に、瑞樹は弾かれた様に顔を上げた。
そこには、困った様に笑う父の顔があった。
「あのな。何を言われたのかは知らないが、母さんが亡くなったのはお前のせいじゃあない。…本当に…どうしようもない事だったんだよ…。…あの日の事は…本当に、誰だって予測出来なかった…」
「…けど…」
「…じゃあ、言い方を変えようか」
「え?」
「…自惚れるな。まだ八歳の子供に何が出来た? 守る? 自分より、背の高い母さんをどうやって? まともに刃物も握った事の無い子供が、妖に敵うとでも? 返り討ちだなんて生温い処じゃない目に遭うのは解り切った事だ。大人だって、あんな物にそう易易と敵う物か。それは、訓練をしているお前自身が一番解っている事だろう?」
「…………」
父の言葉に、瑞樹はまた俯いてしまう。
嘘でも良いから『そうだ』と言って欲しかったのかも知れない。
お前のせいで母は死んだのだと、そう言って欲しかったのかも知れない。
ただ、情けない自分を詰って欲しかったのかも知れない。
だって、誰も瑞樹を責めないから。
高梨も天野も、瑞樹を叱ったりはしなかったから。
呆れているのかも知れないが、彼らが話す言葉に、声音に、そんな感情は見えなかったから。
だが、実際に父の口から放たれた言葉は、恨みでも辛みでも無く、ただ現実を突き付ける言葉だった。
落ち着いた静かな声で、ただ淡々と告げられたそれに、瑞樹は何も言えなかった。
「…お前はな…」
ふと瑞樹は自分の頭に重みを感じた。
卓袱台の上に落としていた視線をそっと上げれば、父の腕が見えた。
「…胸を張って生きていれば良いんだ。…母さんが守ってくれたから、お前は今、ここに居る…生きているんだ…。…お前は…父さんと母さんの宝なんだよ…。…母さんは、立派に宝を守ってくれて…残してくれた…父さんは、そう思っているよ」
頭をわしゃわしゃと撫でられ、ぽんぽんと軽く叩かれて、そんな風に言われてしまえば、瑞樹はただ浮かんで来る涙を堪えるしか無かった。
「…だからなあ…。…出来るなら…朱雀になんてならないで欲しかったんだけど…。…それが生きる目標みたくなっていたから…父さん何も言えなかったなあ…それを奪ったら…また…お前が虚ろになってしまうんじゃないかと思うと…怖くて…」
そう寂しそうに言われ、優しく頭を一つ撫でてから、離れて行く父の手を見て、瑞樹の涙腺は決壊した。
「…お、れ…っ…! でも、何も出来なかった…っ…! あの時も今も…っ…! 治療…移れ、って! ただ、守られるだけで…っ…、い、今の方がタチがわる…っ…! くんれ…っ…! ゆ、じとがんば…っ…! あ、あいつも…とうば…っ…! はずされ…たら…っ、お、俺のせ…っ…!」
嗚咽で途切れ途切れな上に、説明をしようともしない瑞樹の告解を、瑞樹の父は長年の経験から汲み取り、静かに頷く。
「…うん…? うん、優士君と二人で頑張って来たよね。だけど、だからって、何故優士君が外されると思うんだい?」
「お、れが、優士の足、ひっぱって…っ…! 俺が動けないから、あいつ、俺を庇うのにいっぱ…っ…!」
あの雷雨の日も、先日の遠征でも。
優士は自分よりも、瑞樹を優先した。
それは駄目な事だと思うのに、それを嬉しいと思ってしまう自分も居て、尚更瑞樹は申し訳なさで胸が詰まってしまう。
「…そうか…。けど、それは早計過ぎやしないかい? 瑞樹が居なければ、優士君は動ける、そう云う事だろう? 流石にそこは隊長さんも見ているんじゃないのかい? それとも、隊長さんに優士君の事を言われたのかい?」
父の問いに、瑞樹は頭を横に振った。
優士の事は、何も言われていない。
ただ、自分の身の振り方だけだ。
「うん、それなら優士君の事は問題無いよ。ほら、ご飯を食べよう? 泣くのだって、考えるのだって、体力が居るんだ。いっぱい食べて、泣いて、それから瑞樹がどうしたいのか、ようく考えてごらん」
少々強引な話題の切り方だと瑞樹は思ったが、優しく父に言われ、涙を流したまま、箸で掴んだままだったししとうの天麩羅を口の中に放り込んだ。その瞬間に口の中に広がった辛味に『あ、ハズレ…いや、当たり?』と、思いながら、また涙を零した。
今日はいっぱい泣いて、明日、優士と話をしようと思いながら。
「ん~?」
その日の夕食の席で、瑞樹はししとうの天麩羅を箸で掴みながら重い口を開いた。
今夜はそうめんと天麩羅だ。天麩羅は、ししとうに、茄子、しいたけ、大葉、そして竹輪だ。
日中に見た父の姿が忘れられなくて。
墓前の前で手を合わせ、静かに目を閉じていた瑞樹の父は、何を想い、語り掛けていたのか。
ずっと聞きたかったけど、怖くて怖くて聞けなかった事だ。
「…俺の事…恨んでる…?」
「…は…?」
俯いて告げられた言葉に、瑞樹の父は掴んでいた竹輪の天麩羅を卓袱台の上へと落としてしまった。
突拍子も無い息子からの問い掛けに、瑞樹の父は数度目を瞬かせてから、落ちた竹輪を箸で拾い、麺つゆの中へと浸けてから箸を箸置きへと置いた。
「何だい? 藪から棒に」
「…俺が…母さんを守れなかったから…。…俺が居なければ、母さんは…死なずに済んだかも知れないから…」
俯きながらぼそぼそと話す瑞樹に、瑞樹の父は前髪に指を差し込み、それを軽くかき上げた。
「…帰って来てから様子がおかしいと思っていたけど…向こうで何か言われたのかい?」
「は、え!?」
父の言葉に、瑞樹は弾かれた様に顔を上げた。
そこには、困った様に笑う父の顔があった。
「あのな。何を言われたのかは知らないが、母さんが亡くなったのはお前のせいじゃあない。…本当に…どうしようもない事だったんだよ…。…あの日の事は…本当に、誰だって予測出来なかった…」
「…けど…」
「…じゃあ、言い方を変えようか」
「え?」
「…自惚れるな。まだ八歳の子供に何が出来た? 守る? 自分より、背の高い母さんをどうやって? まともに刃物も握った事の無い子供が、妖に敵うとでも? 返り討ちだなんて生温い処じゃない目に遭うのは解り切った事だ。大人だって、あんな物にそう易易と敵う物か。それは、訓練をしているお前自身が一番解っている事だろう?」
「…………」
父の言葉に、瑞樹はまた俯いてしまう。
嘘でも良いから『そうだ』と言って欲しかったのかも知れない。
お前のせいで母は死んだのだと、そう言って欲しかったのかも知れない。
ただ、情けない自分を詰って欲しかったのかも知れない。
だって、誰も瑞樹を責めないから。
高梨も天野も、瑞樹を叱ったりはしなかったから。
呆れているのかも知れないが、彼らが話す言葉に、声音に、そんな感情は見えなかったから。
だが、実際に父の口から放たれた言葉は、恨みでも辛みでも無く、ただ現実を突き付ける言葉だった。
落ち着いた静かな声で、ただ淡々と告げられたそれに、瑞樹は何も言えなかった。
「…お前はな…」
ふと瑞樹は自分の頭に重みを感じた。
卓袱台の上に落としていた視線をそっと上げれば、父の腕が見えた。
「…胸を張って生きていれば良いんだ。…母さんが守ってくれたから、お前は今、ここに居る…生きているんだ…。…お前は…父さんと母さんの宝なんだよ…。…母さんは、立派に宝を守ってくれて…残してくれた…父さんは、そう思っているよ」
頭をわしゃわしゃと撫でられ、ぽんぽんと軽く叩かれて、そんな風に言われてしまえば、瑞樹はただ浮かんで来る涙を堪えるしか無かった。
「…だからなあ…。…出来るなら…朱雀になんてならないで欲しかったんだけど…。…それが生きる目標みたくなっていたから…父さん何も言えなかったなあ…それを奪ったら…また…お前が虚ろになってしまうんじゃないかと思うと…怖くて…」
そう寂しそうに言われ、優しく頭を一つ撫でてから、離れて行く父の手を見て、瑞樹の涙腺は決壊した。
「…お、れ…っ…! でも、何も出来なかった…っ…! あの時も今も…っ…! 治療…移れ、って! ただ、守られるだけで…っ…、い、今の方がタチがわる…っ…! くんれ…っ…! ゆ、じとがんば…っ…! あ、あいつも…とうば…っ…! はずされ…たら…っ、お、俺のせ…っ…!」
嗚咽で途切れ途切れな上に、説明をしようともしない瑞樹の告解を、瑞樹の父は長年の経験から汲み取り、静かに頷く。
「…うん…? うん、優士君と二人で頑張って来たよね。だけど、だからって、何故優士君が外されると思うんだい?」
「お、れが、優士の足、ひっぱって…っ…! 俺が動けないから、あいつ、俺を庇うのにいっぱ…っ…!」
あの雷雨の日も、先日の遠征でも。
優士は自分よりも、瑞樹を優先した。
それは駄目な事だと思うのに、それを嬉しいと思ってしまう自分も居て、尚更瑞樹は申し訳なさで胸が詰まってしまう。
「…そうか…。けど、それは早計過ぎやしないかい? 瑞樹が居なければ、優士君は動ける、そう云う事だろう? 流石にそこは隊長さんも見ているんじゃないのかい? それとも、隊長さんに優士君の事を言われたのかい?」
父の問いに、瑞樹は頭を横に振った。
優士の事は、何も言われていない。
ただ、自分の身の振り方だけだ。
「うん、それなら優士君の事は問題無いよ。ほら、ご飯を食べよう? 泣くのだって、考えるのだって、体力が居るんだ。いっぱい食べて、泣いて、それから瑞樹がどうしたいのか、ようく考えてごらん」
少々強引な話題の切り方だと瑞樹は思ったが、優しく父に言われ、涙を流したまま、箸で掴んだままだったししとうの天麩羅を口の中に放り込んだ。その瞬間に口の中に広がった辛味に『あ、ハズレ…いや、当たり?』と、思いながら、また涙を零した。
今日はいっぱい泣いて、明日、優士と話をしようと思いながら。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる