寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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幼馴染み

【十八】父と子

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「…なあ、父さん…」

「ん~?」

 その日の夕食の席で、瑞樹みずきはししとうの天麩羅を箸で掴みながら重い口を開いた。
 今夜はそうめんと天麩羅だ。天麩羅は、ししとうに、茄子、しいたけ、大葉、そして竹輪だ。
 日中に見た父の姿が忘れられなくて。
 墓前の前で手を合わせ、静かに目を閉じていた瑞樹の父は、何を想い、語り掛けていたのか。
 ずっと聞きたかったけど、怖くて怖くて聞けなかった事だ。

「…俺の事…恨んでる…?」

「…は…?」

 俯いて告げられた言葉に、瑞樹の父は掴んでいた竹輪の天麩羅を卓袱台の上へと落としてしまった。
 突拍子も無い息子からの問い掛けに、瑞樹の父は数度目を瞬かせてから、落ちた竹輪を箸で拾い、麺つゆの中へと浸けてから箸を箸置きへと置いた。

「何だい? 藪から棒に」

「…俺が…母さんを守れなかったから…。…俺が居なければ、母さんは…死なずに済んだかも知れないから…」

 俯きながらぼそぼそと話す瑞樹に、瑞樹の父は前髪に指を差し込み、それを軽くかき上げた。

「…帰って来てから様子がおかしいと思っていたけど…向こうで何か言われたのかい?」

「は、え!?」

 父の言葉に、瑞樹は弾かれた様に顔を上げた。
 そこには、困った様に笑う父の顔があった。

「あのな。何を言われたのかは知らないが、母さんが亡くなったのはお前のせいじゃあない。…本当に…どうしようもない事だったんだよ…。…あの日の事は…本当に、誰だって予測出来なかった…」

「…けど…」

「…じゃあ、言い方を変えようか」

「え?」

「…自惚れるな。まだ八歳の子供に何が出来た? 守る? 自分より、背の高い母さんをどうやって? まともに刃物も握った事の無い子供が、妖に敵うとでも? 返り討ちだなんて生温い処じゃない目に遭うのは解り切った事だ。大人だって、あんな物にそう易易と敵う物か。それは、訓練をしているお前自身が一番解っている事だろう?」

「…………」

 父の言葉に、瑞樹はまた俯いてしまう。
 嘘でも良いから『そうだ』と言って欲しかったのかも知れない。
 お前のせいで母は死んだのだと、そう言って欲しかったのかも知れない。
 ただ、情けない自分を詰って欲しかったのかも知れない。
 だって、誰も瑞樹を責めないから。
 高梨も天野も、瑞樹を叱ったりはしなかったから。
 呆れているのかも知れないが、彼らが話す言葉に、声音に、そんな感情は見えなかったから。
 だが、実際に父の口から放たれた言葉は、恨みでも辛みでも無く、ただ現実を突き付ける言葉だった。
 落ち着いた静かな声で、ただ淡々と告げられたそれに、瑞樹は何も言えなかった。

「…お前はな…」 

 ふと瑞樹は自分の頭に重みを感じた。
 卓袱台の上に落としていた視線をそっと上げれば、父の腕が見えた。

「…胸を張って生きていれば良いんだ。…母さんが守ってくれたから、お前は今、ここに居る…生きているんだ…。…お前は…父さんと母さんの宝なんだよ…。…母さんは、立派に宝を守ってくれて…残してくれた…父さんは、そう思っているよ」

 頭をわしゃわしゃと撫でられ、ぽんぽんと軽く叩かれて、そんな風に言われてしまえば、瑞樹はただ浮かんで来る涙を堪えるしか無かった。

「…だからなあ…。…出来るなら…朱雀になんてならないで欲しかったんだけど…。…それが生きる目標みたくなっていたから…父さん何も言えなかったなあ…それを奪ったら…また…お前が虚ろになってしまうんじゃないかと思うと…怖くて…」

 そう寂しそうに言われ、優しく頭を一つ撫でてから、離れて行く父の手を見て、瑞樹の涙腺は決壊した。

「…お、れ…っ…! でも、何も出来なかった…っ…! あの時も今も…っ…! 治療…移れ、って! ただ、守られるだけで…っ…、い、今の方がタチがわる…っ…! くんれ…っ…! ゆ、じとがんば…っ…! あ、あいつも…とうば…っ…! はずされ…たら…っ、お、俺のせ…っ…!」

 嗚咽で途切れ途切れな上に、説明をしようともしない瑞樹の告解を、瑞樹の父は長年の経験から汲み取り、静かに頷く。

「…うん…? うん、優士ゆうじ君と二人で頑張って来たよね。だけど、だからって、何故優士君が外されると思うんだい?」

「お、れが、優士の足、ひっぱって…っ…! 俺が動けないから、あいつ、俺を庇うのにいっぱ…っ…!」

 あの雷雨の日も、先日の遠征でも。
 優士は自分よりも、瑞樹を優先した。
 それは駄目な事だと思うのに、それを嬉しいと思ってしまう自分も居て、尚更瑞樹は申し訳なさで胸が詰まってしまう。

「…そうか…。けど、それは早計過ぎやしないかい? 瑞樹が居なければ、優士君は動ける、そう云う事だろう? 流石にそこは隊長さんも見ているんじゃないのかい? それとも、隊長さんに優士君の事を言われたのかい?」

 父の問いに、瑞樹は頭を横に振った。
 優士の事は、何も言われていない。
 ただ、自分の身の振り方だけだ。

「うん、それなら優士君の事は問題無いよ。ほら、ご飯を食べよう? 泣くのだって、考えるのだって、体力が居るんだ。いっぱい食べて、泣いて、それから瑞樹がどうしたいのか、ようく考えてごらん」

 少々強引な話題の切り方だと瑞樹は思ったが、優しく父に言われ、涙を流したまま、箸で掴んだままだったししとうの天麩羅を口の中に放り込んだ。その瞬間に口の中に広がった辛味に『あ、ハズレ…いや、当たり?』と、思いながら、また涙を零した。
 今日はいっぱい泣いて、明日、優士と話をしようと思いながら。
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