9 / 125
幼馴染み
【八】貧乏くじ
しおりを挟む
間の悪い人間とは大抵何処にでも居るものだ。
また本人はそれに気が付いて無かったりするのが大半である。
まあ、気付いていた処で回避のしようが無かったりするのも事実だったりするのだが。
そんな間の悪い男、天野猛は考えていた。
今回の巡回に関して、今朝、高梨から言われていたのだ『俺が二人の面倒を見よう』と『お前は菅原と白樺を連れてこちらの巡回をしろ』と『何か嫌な予感がする…お前は…貧乏くじを引くのが得意だからな』と、街の地図を指差しながら言われたのだ。
いやいや、昨夜の巡回でも何も無かったとの報告が夜番の隊から上がっているのだ。僅か数時間で状況が変わる筈も無い。そう笑う天野に、高梨は『…ならば星も連れて行け』と、むすりとして言ったのだ。そんなに心配しなくても、と、天野はやれやれと肩を竦めたのだった。
だったのだが。
目の前でこちらの様子を伺う妖に、天野は内心で『やっちまったなあ』と、頭を掻いていた。
取り敢えず、星には二人を連れてここから離れて貰い、そこから様子を見て貰おうか。
そう思いながら、天野は無言で伸ばした左手を軽く振り、下がれと合図を送る。背後で星が頷く気配を感じながら、天野は妖から視線を逸らす事無くそれを見詰める。犬の様に見えるその身体は黒い毛に覆われていた。四つの脚の先からは長く鋭い鉤爪が見えている。僅かに開かれた口からは、太く鋭い牙が見えていた。その爪や牙を使い、妖は人を襲い喰らうのだ。
だが。と、天野は僅かに眉を動かす。
対峙してからまだ僅かではあるが、妖はこちらの様子を伺うばかりで、襲い掛かって来る気配を感じないし、何よりも殺気が無いし、怯えている様にも見える。
軽く息を吐いて天野はまた内心で『本当に、やっちまったなあ。…何も新人が居る時に』と、頭を掻いた。
「…星坊、二人を連れて高梨達が向かった場所へ行け」
「ん。行くぞ、みずき、ゆうじ」
「えっ、しかし!」
「何で!? 万が一遭遇した時は、離れた場所から安全に実戦の様子を見るって!」
天野と星の言葉に、二人は当然の如く反発した。
「あれは特別なんだ。だから、おいら達は行くぞ」
「命令だ。下がれ。ここからは星の指示に従え」
天野に命令と言われてしまえば、瑞樹と優士は従うしかなくて、実戦を見られない不満からか、または悔しさからか、唇を噛んで星に連れられて屋内から退出して行った。
「…やれやれ、と」
三人が居なくなったのを感じた天野は、手にしていた刀を鞘に収めて、軽く頭を掻いてから、埃臭いその場にしゃがみ込み、目線を合わせて妖に質問をした。
これからの事は機密事項で、まだ仮隊員の新人達に知られては困る事だ。
「お前、人間を食べた事があるのか?」
『…ナ、イ…』
「…そうか。妖と人間が共存する里がある。…行くか?」
妖の返事に天野はゆっくりと大きく頷き、更に言葉を続ける。
その里は街から離れた山の中にある。
とある人物が、人間と妖は共存出来ると、私財を投げうって、妖の為に作り上げた里だ。
この事は限られた者しか知らない。その限られた者の一人が天野だ。
天野は既婚者であるが、現在は別居中である。天野の妻は、とある役目の為にその里に居た。
『……………怖クナイカ? 死ンダリシナイカ?』
「たまに喧嘩はあるが、命の遣り取りはないな」
『…腹ハ…減ラナイカ?』
「家畜を育てている。畑の実りもあるし、川で釣りをしたりする。それらをやってりゃ、食いっぱぐれはない。雨風を凌げる家もある。あったかい寝床もあるぞ」
『…行グ…』
「そうか。それは良かった」
妖の返事に、天野は大きく口を開けて、白い歯を見せて笑った。
返答次第では、実力行使をしなければならない。そうならずに済んで良かったと、天野が胸を撫で下ろしていた等と、目の前に居る妖は知る由も無かった。
◇
「…なあ"特別"って、何なんだろ? 天野副隊長戻って来なかったけど、大丈夫なのかな…」
ご飯茶碗を手に、瑞樹がぼそっと日中の巡回の時の事を零す。
今は夜で、例によって例の如く、瑞樹の部屋で優士と夕食中だ。
「…特別に危険な個体って事なんだろう。俺達は足手まといにしかならない。そう判断したから、星先輩に俺達を預けて下らせた。他に理由があるか?」
「う、いや、まあ、そうだけどさ…何か、もやっとする…」
茶碗蒸しを突きながら言う優士に、行儀が悪いぞと思いながら、瑞樹は軽く唇を尖らせた。
燻る思いがあるのは、優士も同じだ。
何か、隠し事をされているのだと、優士も思った。
「…まだ正規の隊員ではない俺達には話せない事があるんだろう。だから、考えても無駄だ」
だが、何時までもそれを引き摺る訳には行かない。
それでは前に進めない。
だから、無理矢理にでも理由を付けて納得するしかないのだ。例えそれが、どんなに理不尽な物だとしても、受け入れて行かなければならないのだ。
「うー、まあ、気になるけど、しゃーないかあ…」
「瑞樹、明日は冷やし中華でさっぱりしたい。簡単で良いだろ」
話題を変える為なのだろうが、優士のそれは世が世なら、不特定多数の者から叩き上げられる内容だった。
「どこが!?」
案の定、何処かに気をやっていた瑞樹の声も、力のある物になる。
きっと明日の夜は、キュウリ丸一本とハム一枚と厚焼き玉子が乗った、簡単な冷やし中華が出て来る事だろう。
「楽しみにしてる。…もう大丈夫なのか?」
そんな明日の事等知らずに、優士は茶碗蒸しの器を卓袱台に置いて静かに瑞樹を見た。
「お? …おお…うん…」
簡潔な優士の問いに瑞樹は日中の事を思い出して、曖昧ではあるが小さく頷いた。
また本人はそれに気が付いて無かったりするのが大半である。
まあ、気付いていた処で回避のしようが無かったりするのも事実だったりするのだが。
そんな間の悪い男、天野猛は考えていた。
今回の巡回に関して、今朝、高梨から言われていたのだ『俺が二人の面倒を見よう』と『お前は菅原と白樺を連れてこちらの巡回をしろ』と『何か嫌な予感がする…お前は…貧乏くじを引くのが得意だからな』と、街の地図を指差しながら言われたのだ。
いやいや、昨夜の巡回でも何も無かったとの報告が夜番の隊から上がっているのだ。僅か数時間で状況が変わる筈も無い。そう笑う天野に、高梨は『…ならば星も連れて行け』と、むすりとして言ったのだ。そんなに心配しなくても、と、天野はやれやれと肩を竦めたのだった。
だったのだが。
目の前でこちらの様子を伺う妖に、天野は内心で『やっちまったなあ』と、頭を掻いていた。
取り敢えず、星には二人を連れてここから離れて貰い、そこから様子を見て貰おうか。
そう思いながら、天野は無言で伸ばした左手を軽く振り、下がれと合図を送る。背後で星が頷く気配を感じながら、天野は妖から視線を逸らす事無くそれを見詰める。犬の様に見えるその身体は黒い毛に覆われていた。四つの脚の先からは長く鋭い鉤爪が見えている。僅かに開かれた口からは、太く鋭い牙が見えていた。その爪や牙を使い、妖は人を襲い喰らうのだ。
だが。と、天野は僅かに眉を動かす。
対峙してからまだ僅かではあるが、妖はこちらの様子を伺うばかりで、襲い掛かって来る気配を感じないし、何よりも殺気が無いし、怯えている様にも見える。
軽く息を吐いて天野はまた内心で『本当に、やっちまったなあ。…何も新人が居る時に』と、頭を掻いた。
「…星坊、二人を連れて高梨達が向かった場所へ行け」
「ん。行くぞ、みずき、ゆうじ」
「えっ、しかし!」
「何で!? 万が一遭遇した時は、離れた場所から安全に実戦の様子を見るって!」
天野と星の言葉に、二人は当然の如く反発した。
「あれは特別なんだ。だから、おいら達は行くぞ」
「命令だ。下がれ。ここからは星の指示に従え」
天野に命令と言われてしまえば、瑞樹と優士は従うしかなくて、実戦を見られない不満からか、または悔しさからか、唇を噛んで星に連れられて屋内から退出して行った。
「…やれやれ、と」
三人が居なくなったのを感じた天野は、手にしていた刀を鞘に収めて、軽く頭を掻いてから、埃臭いその場にしゃがみ込み、目線を合わせて妖に質問をした。
これからの事は機密事項で、まだ仮隊員の新人達に知られては困る事だ。
「お前、人間を食べた事があるのか?」
『…ナ、イ…』
「…そうか。妖と人間が共存する里がある。…行くか?」
妖の返事に天野はゆっくりと大きく頷き、更に言葉を続ける。
その里は街から離れた山の中にある。
とある人物が、人間と妖は共存出来ると、私財を投げうって、妖の為に作り上げた里だ。
この事は限られた者しか知らない。その限られた者の一人が天野だ。
天野は既婚者であるが、現在は別居中である。天野の妻は、とある役目の為にその里に居た。
『……………怖クナイカ? 死ンダリシナイカ?』
「たまに喧嘩はあるが、命の遣り取りはないな」
『…腹ハ…減ラナイカ?』
「家畜を育てている。畑の実りもあるし、川で釣りをしたりする。それらをやってりゃ、食いっぱぐれはない。雨風を凌げる家もある。あったかい寝床もあるぞ」
『…行グ…』
「そうか。それは良かった」
妖の返事に、天野は大きく口を開けて、白い歯を見せて笑った。
返答次第では、実力行使をしなければならない。そうならずに済んで良かったと、天野が胸を撫で下ろしていた等と、目の前に居る妖は知る由も無かった。
◇
「…なあ"特別"って、何なんだろ? 天野副隊長戻って来なかったけど、大丈夫なのかな…」
ご飯茶碗を手に、瑞樹がぼそっと日中の巡回の時の事を零す。
今は夜で、例によって例の如く、瑞樹の部屋で優士と夕食中だ。
「…特別に危険な個体って事なんだろう。俺達は足手まといにしかならない。そう判断したから、星先輩に俺達を預けて下らせた。他に理由があるか?」
「う、いや、まあ、そうだけどさ…何か、もやっとする…」
茶碗蒸しを突きながら言う優士に、行儀が悪いぞと思いながら、瑞樹は軽く唇を尖らせた。
燻る思いがあるのは、優士も同じだ。
何か、隠し事をされているのだと、優士も思った。
「…まだ正規の隊員ではない俺達には話せない事があるんだろう。だから、考えても無駄だ」
だが、何時までもそれを引き摺る訳には行かない。
それでは前に進めない。
だから、無理矢理にでも理由を付けて納得するしかないのだ。例えそれが、どんなに理不尽な物だとしても、受け入れて行かなければならないのだ。
「うー、まあ、気になるけど、しゃーないかあ…」
「瑞樹、明日は冷やし中華でさっぱりしたい。簡単で良いだろ」
話題を変える為なのだろうが、優士のそれは世が世なら、不特定多数の者から叩き上げられる内容だった。
「どこが!?」
案の定、何処かに気をやっていた瑞樹の声も、力のある物になる。
きっと明日の夜は、キュウリ丸一本とハム一枚と厚焼き玉子が乗った、簡単な冷やし中華が出て来る事だろう。
「楽しみにしてる。…もう大丈夫なのか?」
そんな明日の事等知らずに、優士は茶碗蒸しの器を卓袱台に置いて静かに瑞樹を見た。
「お? …おお…うん…」
簡潔な優士の問いに瑞樹は日中の事を思い出して、曖昧ではあるが小さく頷いた。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる