寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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幼馴染み

【七】肝試し

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 もうすっかり慣れた自分の城で、瑞樹みずきは笑顔でひじきの煮物を箸で摘まんで、目の前に座る大切な幼馴染みの口元へと差し出した。

「ほら、優士ゆうじ、あ~ん」

 しかし卓袱台を挟んで向かいに座る幼馴染みは、顔色も変えずに一言、底冷えのする冷たい声で言い放った。

「…お前、頭湧いているのか?」

 ◇

 優士の冷たい目と、冷たい声に、瑞樹は生ぬるい夢から生還した。

「……………しお……………」

 無機質なコンクリートの天井を見ながら、瑞樹は呟いて、寝癖がついた髪をガリガリと掻きながら身体を起こした。
 夢の中でも、相変わらずの塩対応。しょっぱい、しょっぱ過ぎる。
 しかし、何故、こんな夢を見るのか。
 原因は、高梨が休みでは無い土日に、毎度見る光景のせいと、先日の仲良し兄弟のアレだ。
 優士が朝に口にした様に、二人はどっと疲れて帰宅した。肉体的にではなく、精神的に、参ってしまった。そして『この街の人間は、やたらとベタベタするのが好きらしい』と云う結論に至ったのだ。
 瑠璃子るりこも瑠璃子で、やたらと亜矢あやを構っているから、そうなのだろうと、二人は納得し合った。
 違う、そうでは無い。この場に亜矢が居たら、そう叫んでいただろう。瑠璃子が亜矢に構うのは、同じ女性だからだ。しかも、同じ高梨隊の。そして、亜矢が瑠璃子を無碍に出来ないのは、瑞樹や優士がせいに憧れている様に、戦う瑠璃子の姿に憧れたからだ。小さな身体で、迷わずに自分よりも大きいあやかしに向かって行く瑠璃子を見て、その凛々しさ、逞しさ、雄々しさに憧れたのだ。ベタベタしたい訳では無いのだ。見て、話すだけで十分なのだ。なのに、瑠璃子はそうも行かないらしい。昼は毎度一緒だし、亜矢の分も注文していたりする。…大盛りを。体力勝負だからね、と笑う瑠璃子に、亜矢は毎度遠い目をしながらソウデスネと力無く笑い、それを食べるのだ。そして、午後の訓練は、男性隊員がドン引くぐらいに、より一層励むのだった。

「瑞樹、髪」

 今日も今日とて、優士は変わらず瑞樹の部屋で朝食を食べている。今朝は納豆ご飯に、焼いた鯵の開きには大根おろしを添えて、ほうれん草の味噌汁に、ほうれん草のおひたしだ。

「え。あー、ま、いっか」

 後頭部に手を回して、軽く言って笑う瑞樹に優士は軽く眉を跳ね上げる。

「良くない。今日は巡回に連れて行くと天野副隊長が言っていただろう。朱雀の者として、身だしなみにも気を使わなければならない。いいか、お前の恥は…」

「ああ、もう、解ったよ!」

 淡々と話す優士を怒鳴りつけ、瑞樹は箸置きに箸を置くと台所へと大股で歩いて行く。そして、蛇口を捻り水を出して、その水を手で掬って跳ねているだろう、後頭部へと塗り付けて行った。

「これで文句無いだろ!」

 ふんっと腰に両手をあてて胸を張る瑞樹に、優士は如何ともし難い顔をして額に指をあてた。

「…子供か…」

「十八で成人だから、大人だ!」

 そんな事を言う内は、まだ子供だと優士は言いそうになったが、あまり口煩く言うと、飯を作らないと言い出しかねないので、口を噤んだ。

 ◇

 曇天の空の下、四人の男達が街の中心街に背を向けて歩いて居た。

「で、だ。昼間だからって、油断するなよ。あやかしは暗がりを好む。夜の内に街に入り込んで、空き家等に隠れ潜んで居る事もある」

「はい」

 天野の言葉に、瑞樹と優士が頷く。瑞樹が頷く度に、後ろで一房の髪がピョコピョコ動く。濡れていた間は良かったが、乾いてしまえば、また元気にピョンと跳ねてしまったのだ。流石に二度目の注意は控えた方が良いだろうと、優士は沈黙している。

「今から行く処は空き家ばかりの場所で、妖に取っては好条件な場所だ」

 天野の言葉に、優士は首を傾げ、次いで疑問を口にした。

「何故、そんな場所を放置しているのですか? 危険だと解っているのなら、取り壊した方が良いのでは?」

「アイツらが居やすい場所を用意してんだ。他にも、こんな場所があるんだぞ」

 優士の疑問に答えたのは、瑞樹と優士の後ろを歩くせいだ。朱雀の黒い詰め襟の隊服を着た星は、普段の百倍は凛々しく見える。頭の高い位置で結ばれた一本の髪も、何処か神秘的に見え、それがまた良いと星馬鹿の瑞樹と優士は思っていた。…喋りさえしなければ、だが。

「…罠って事?」

「瑞樹、言葉遣い」

 顎に指をあてて確認する様に呟く瑞樹の腕を、優士が肘で小突いた。

「あ~、気にすんな。俺も堅苦しいのは苦手だから。ま、そんな処だな。妖が好む場所を用意して、そこに掛かるのを待つ。ま、昼間は新月の時に、たまに居るぐらいか。夜から早朝だと、どっかしらに潜ってたりする」

 そんな二人の遣り取りを背中で感じ、仲の良い事だと思いながら、天野は一つの空き家の引き戸に手を掛ける。

「あ、じゃあ、俺達が妖に遭遇する可能性って、零? つまん、おふっ!!」

 瑞樹は僅かに眉を寄せ、不満そうに唇を尖らせる。そんな瑞樹の脇腹に、優士は今度は肘鉄を食らわせていた。

「よっぽどの貧乏クジが居ない限りはな。今日は新月でも無いしな」

 そもそも妖が出るのなら、瑞樹と優士の二人には帯刀して貰っている。この場所は空き家ばかりになってから、さほど年数は経っては居ない。昼間だけでなく、夜も、まだ妖を見たと云う報告が無い。だから、これは言わば新人達の肝試しなのだ。去年、高梨がここに来た時も何も無く、取り敢えず柱を一本斬って新人を驚かせたと、高梨はむすりとした顔で言っていた。新人達は、いきなり家屋が崩れて来た、妖の仕業だと泣いて居たが、何をやっているのやらだ。さて、俺はどうしてくれようかと、天野が頭を悩ませながら、薄暗い屋内を歩いていた時、それが目の前に現れた。

『ア"…』

 天野達の進行方向の先、廊下の突き当りで、黒い影が蹲って天野達を見ていた。赤いまなこの黒いそれが。
 互いの距離は、凡そ三メートルぐらいか。妖ならば、ひとっ飛びで縮められそうだ。
 天野は僅かに腰を落とし、左腕で瑞希と優士を庇う様にし、右手は腰にある刀に伸ばした。

「たける副たいちょ、言霊ことだまって知ってっか?」

 しかし、そんな緊張感等どこ吹く風の男が、この場には居たのだ。
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