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それが、幸せ
∞.そんな、幸せ
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「おう。店先で何読んでんだ」
ふっと翳った視界と、頭上から降って来た声に、俺は読んでいた文庫本から顔を上げる。
「ああ、羽間先生、松重先生」
店先に置いてある、木製のベンチから立ち上がり、俺は半年前まで同僚だった二人に笑顔を浮かべた。
「お暇なんですか?」
にこにこと笑い掛ける松重先生に、俺は暖簾の向こう、閉じられた戸に目を向けた。
「暇と言う訳では無いのですが、ほま…矢田のご両親が来てて…食事後に、裏方に回ってしまったので、休憩を貰ったんです」
穂稀を初めて部屋に泊めた日から、五年が経っていた。
俺の貯金と穂稀の貯金を合わせて、中古の物件を購入した。パートナーシップ制度のある土地でだ。
一階が、テーブル五席、カウンター六席の店舗部分。二階が居住部分になっている。こじんまりとしているが、二人でやって行くには十分な広さだろう。
そう。
今日は、この食堂のプレオープンの日だ。知り合いだけが入れる日。だから、俺が座っていたベンチには\"休業日\"の看板が立て掛けてあった。
「…へぇ…」
俺の言葉に、羽間先生の目が優しく細められる。
複雑な家庭環境だった穂稀だが、今は良い関係を築けて居る。それが、羽間先生にも解ったのだろう。
「親子水入らずの邪魔をするのは、趣味ではありませんね。出直しますか?」
「そうだな」
「えっ。近くない処を来てくれたのに? 寄って行って下さい。矢田も、ご両親も喜びます」
踵を返そうとした二人を、俺は慌てて呼び止めた。羽間先生からの手紙はとても有り難く、救いになったとご両親から聞いた。
確かにそれは仕事だが、毎月だなんて決まりは無い。本来は学期ごとに送る物だ。その話をした時、穂稀はこれ以上無いぐらいに目を見開いていたし、ご両親も驚き、涙を流していた。特に、典子さん…母親が。
「そう言われてもな…」
バツが悪そうに頭を掻く羽間先生を、松重先生が面白そうに見ていて、そんな二人を見る俺は、軽く肩を竦めた。
未だに、この二人の関係が解らない。
恋人かと問えば、羽間先生は否定するし、松重先生は肯定する。謎過ぎる。
「ろーた! そろそろ母さん達帰るから中に…って、羽間に松重先生!?」
そんな事を考えていたら、後ろからガラガラと店の戸が開く音が聞こえて、顔を覗かせた穂稀が嫌そうな顔をした。
何時だったか、何故、羽間先生は呼び捨てで松重先生は敬称付きなのか聞いた事があった。
『え? だって、何か、羽間より松重先生の方が怖くね?』
その答えに、俺は噴き出し、確かにと納得してしまった。
ちなみに『ろーた』とは、俺の事だ。『次郎や次郎太じゃ、他の誰かが呼んだりしてそーじゃん』と、唇を尖らせた穂稀が可愛過ぎたのは秘密だ。
「あ? 何、嫌そうな顔してんだ。プレオープンだろうと、知り合いだろうと客は客だろうが。おら、案内しろ」
穂稀の態度に、羽間先生は眉を跳ね上げ、上半身を曲げて凄味を効かせる。
「矢田君のお手並み、拝見させて戴きましょうか」
松重先生は、口元に拳にした手をあててクスクスと笑う。
「うげぇ…」
そんな二人に、穂稀は本当に嫌そうな顔をする。
俺は、やっぱりそんな穂稀が可愛いと思う。
が、二人がお客様である事に変わりは無い。
「穂稀。二人の言う通りだ。お客様には何て言うんだ?」
俺が苦笑しながらそう言えば、穂稀は白い歯を見せて笑う。
「やまと食堂へようこそ!」
少し自棄っぱちに聞こえる穂稀の声は、春の青空の下で元気良く響いた。
ふっと翳った視界と、頭上から降って来た声に、俺は読んでいた文庫本から顔を上げる。
「ああ、羽間先生、松重先生」
店先に置いてある、木製のベンチから立ち上がり、俺は半年前まで同僚だった二人に笑顔を浮かべた。
「お暇なんですか?」
にこにこと笑い掛ける松重先生に、俺は暖簾の向こう、閉じられた戸に目を向けた。
「暇と言う訳では無いのですが、ほま…矢田のご両親が来てて…食事後に、裏方に回ってしまったので、休憩を貰ったんです」
穂稀を初めて部屋に泊めた日から、五年が経っていた。
俺の貯金と穂稀の貯金を合わせて、中古の物件を購入した。パートナーシップ制度のある土地でだ。
一階が、テーブル五席、カウンター六席の店舗部分。二階が居住部分になっている。こじんまりとしているが、二人でやって行くには十分な広さだろう。
そう。
今日は、この食堂のプレオープンの日だ。知り合いだけが入れる日。だから、俺が座っていたベンチには\"休業日\"の看板が立て掛けてあった。
「…へぇ…」
俺の言葉に、羽間先生の目が優しく細められる。
複雑な家庭環境だった穂稀だが、今は良い関係を築けて居る。それが、羽間先生にも解ったのだろう。
「親子水入らずの邪魔をするのは、趣味ではありませんね。出直しますか?」
「そうだな」
「えっ。近くない処を来てくれたのに? 寄って行って下さい。矢田も、ご両親も喜びます」
踵を返そうとした二人を、俺は慌てて呼び止めた。羽間先生からの手紙はとても有り難く、救いになったとご両親から聞いた。
確かにそれは仕事だが、毎月だなんて決まりは無い。本来は学期ごとに送る物だ。その話をした時、穂稀はこれ以上無いぐらいに目を見開いていたし、ご両親も驚き、涙を流していた。特に、典子さん…母親が。
「そう言われてもな…」
バツが悪そうに頭を掻く羽間先生を、松重先生が面白そうに見ていて、そんな二人を見る俺は、軽く肩を竦めた。
未だに、この二人の関係が解らない。
恋人かと問えば、羽間先生は否定するし、松重先生は肯定する。謎過ぎる。
「ろーた! そろそろ母さん達帰るから中に…って、羽間に松重先生!?」
そんな事を考えていたら、後ろからガラガラと店の戸が開く音が聞こえて、顔を覗かせた穂稀が嫌そうな顔をした。
何時だったか、何故、羽間先生は呼び捨てで松重先生は敬称付きなのか聞いた事があった。
『え? だって、何か、羽間より松重先生の方が怖くね?』
その答えに、俺は噴き出し、確かにと納得してしまった。
ちなみに『ろーた』とは、俺の事だ。『次郎や次郎太じゃ、他の誰かが呼んだりしてそーじゃん』と、唇を尖らせた穂稀が可愛過ぎたのは秘密だ。
「あ? 何、嫌そうな顔してんだ。プレオープンだろうと、知り合いだろうと客は客だろうが。おら、案内しろ」
穂稀の態度に、羽間先生は眉を跳ね上げ、上半身を曲げて凄味を効かせる。
「矢田君のお手並み、拝見させて戴きましょうか」
松重先生は、口元に拳にした手をあててクスクスと笑う。
「うげぇ…」
そんな二人に、穂稀は本当に嫌そうな顔をする。
俺は、やっぱりそんな穂稀が可愛いと思う。
が、二人がお客様である事に変わりは無い。
「穂稀。二人の言う通りだ。お客様には何て言うんだ?」
俺が苦笑しながらそう言えば、穂稀は白い歯を見せて笑う。
「やまと食堂へようこそ!」
少し自棄っぱちに聞こえる穂稀の声は、春の青空の下で元気良く響いた。
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