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ギャル親父は壁になりたい
06.追い討ち
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…『チチチ』…と、腕を伸ばして指を動かしたくなるな…。
恒例の昼休み、恒例のベンチに背中を預けて、恒例の水筒に淹れて来た梅こぶ茶を飲みながら、俺はそう思った。
俺の視線の先にある繁み、そこで茶色い頭が見え隠れしていた。
一度懐いた野良猫や野良犬が離れると、こんな感じなのだろうか。
つい、うっかり噛み付いてしまい、それで嫌われたとでも思っている様な、捨てられたと思っている様な、そんな、しょぼしょぼとした感じでこちらの様子を伺っている。
と云うか、別に矢田は俺に噛み付いた訳では無い。矢田の地雷を踏んで、矢田のプライベートに勝手に侵入したのは俺だ。それなのに、何であいつはあんな申し訳ない様な、ばつが悪い様な雰囲気を醸し出しているんだ?
「矢田~? そんな日陰は寒いだろう? こっちへ来い」
今朝は割と冷えたから、陽の当らない木陰等は寒い筈だ。生徒の体調を気遣うのも、俺の役目だろう。
俺が声を掛けたら、ビックゥッと解り易く繁みが揺れた。いや、まさか、ばれていないと思っていたのか?
「…何で、解ったんだよ…」
…思っていたらしい。
片手に食べかけの焼きそばパンを持った矢田が、視線を泳がせながら繁みから出て来て、俺の前に立った。
「その茶髪でバレないと思ったのか。ほら、座れ。…梅こぶ茶飲むか? 温まるぞ?」
「そんなじじくさいの飲まねーし」
言いながら矢田が隣に腰掛け、手にしていた烏龍茶のペットボトルの蓋を開けて、グビッと喉を鳴らした。
「…昨日は悪かったな」
烏龍茶が喉を過ぎた辺りで、俺は昨日の謝罪をした。
「…は…?」
烏龍茶を片手に矢田の顔が俺の方を向くから、俺も顔をそちらへと向けた。
「お前の気持ちも考えずに、心無い事を言った。人の気持ちは、想う心は自由だ」
俺に、好きな叔父さんの姿を重ねているのなら、その相手から弟だとか甥だとか言われたら、それはショックだろうと思う。本当に、その考えに至らなかった事を後悔してしまう。だが、後悔しているだけでは駄目だ。それを、また繰り返さない様に気を付けていかねば。その為に、先刻SNSで澄として『勉強したいから、お薦めの叔父×甥、甥×叔父を教えて!』と発言していた。夜には誰かしらから返信があるだろう。ある筈だ、多分。
前世で腐女子だったとは云え、あの時代は今の様に交流手段があった訳では無い。身近に腐女子仲間が居なかった澄は、一人でBLを堪能していたのだ。故に守備範囲は狭い。だから、今の先輩方に教授を願ったのだが、果てさて。
「え、あ、いや…俺も…馬鹿なんて言って悪かったし…」
自分を戒める様に苦笑を零せば、矢田は顔を赤くして唇を尖らせて、俺から顔を逸らした。
本当に、解り易いぐらいに解り易く素直だな。
こんな子が、こんな場所に来る事になった経緯が悲しいと思ってしまう。
多分、親には悪気は無かったのだろう。ただ、それが過ぎてしまっただけで。子への愛情が無い訳ではないのだ。
でなければ、矢田はこんな風に、謝る事が出来る素直な子にはなっていないだろう。
「ああ、ありがとう。良い子だよ、お前は」
「…だから、子供じゃねーし…」
ポンッと、柔らかく弾力も備わって来た茶色い頭に右手を乗せれば、矢田はやはり顔を赤くしたままで、不機嫌を取り繕った声を出す。
そんな矢田の姿が可愛くて、俺はつい、満面の笑みを浮かべて言ってしまった。
「そうだな、お前は俺の自慢の甥っ子だ」
◇
「…解り易く落ち込んでいますね、的場先生」
コトリと音がして、そちらを見れば、湯気の上った湯呑みが見えた。
「ああ、ありがとうございます」
背筋を伸ばし湯呑みを手に取り、一口飲む。
お、茶柱が立ってる。
そんな事を思いながら、ぐるりと周りを見れば、職員室には俺と、俺にお茶を淹れてくれた羽間先生しか居ない。壁にあるデジタル時計を見れば、18:00を過ぎていた。
「あー…」
昼間の事を考え過ぎたか…。
手持ちの授業が終わった後、小テストの採点をやっていた筈なんだが…。
首に手をあて、ぐるりと動かせばコキコキとした音が鳴り、直ぐ傍からクスッとした笑い声が聞こえた。何時の間にか、隣の席に羽間先生が座ってお茶を飲んでいた。
「羽間先生は、まだ帰らないんですか?」
「これを飲んだら帰りますよ。的場先生も、あまり根を詰めずに…まあ、それだけでは無いようですが」
何処か意味有り気な笑顔を浮かべる羽間先生に、何だか嫌な予感を覚えた。
俺より年下…確か、今年二十八歳だったか? で、物理を教えている羽間先生のイメージは、何処かスマートな男性…なんだが…何だろう? 今は、何か違うな? 何か、こう、只ならぬオーラが漂っている様に見える、な?
「…俺も、これを飲んだら帰ります。ご馳走様です」
そう言えば、先刻落ち込んでいると声を掛けられたのだ。
"甥っ子"と、またも追い討ちを掛けた俺に、矢田は『ばかやろーっ!!』と、声を震わせて走り去って行った。その現場を見られていたのだろうか? 矢田のプライベートに関する事だ。下手に話す訳にも行かない。ネットなら良いのかと思うが、あれだけの情報で矢田を特定出来る筈も無いから、そこはそこだ。
とにかく、羽間先生の静かな微笑が怖い。
ここはさっさと逃げるに限るだろう。
恒例の昼休み、恒例のベンチに背中を預けて、恒例の水筒に淹れて来た梅こぶ茶を飲みながら、俺はそう思った。
俺の視線の先にある繁み、そこで茶色い頭が見え隠れしていた。
一度懐いた野良猫や野良犬が離れると、こんな感じなのだろうか。
つい、うっかり噛み付いてしまい、それで嫌われたとでも思っている様な、捨てられたと思っている様な、そんな、しょぼしょぼとした感じでこちらの様子を伺っている。
と云うか、別に矢田は俺に噛み付いた訳では無い。矢田の地雷を踏んで、矢田のプライベートに勝手に侵入したのは俺だ。それなのに、何であいつはあんな申し訳ない様な、ばつが悪い様な雰囲気を醸し出しているんだ?
「矢田~? そんな日陰は寒いだろう? こっちへ来い」
今朝は割と冷えたから、陽の当らない木陰等は寒い筈だ。生徒の体調を気遣うのも、俺の役目だろう。
俺が声を掛けたら、ビックゥッと解り易く繁みが揺れた。いや、まさか、ばれていないと思っていたのか?
「…何で、解ったんだよ…」
…思っていたらしい。
片手に食べかけの焼きそばパンを持った矢田が、視線を泳がせながら繁みから出て来て、俺の前に立った。
「その茶髪でバレないと思ったのか。ほら、座れ。…梅こぶ茶飲むか? 温まるぞ?」
「そんなじじくさいの飲まねーし」
言いながら矢田が隣に腰掛け、手にしていた烏龍茶のペットボトルの蓋を開けて、グビッと喉を鳴らした。
「…昨日は悪かったな」
烏龍茶が喉を過ぎた辺りで、俺は昨日の謝罪をした。
「…は…?」
烏龍茶を片手に矢田の顔が俺の方を向くから、俺も顔をそちらへと向けた。
「お前の気持ちも考えずに、心無い事を言った。人の気持ちは、想う心は自由だ」
俺に、好きな叔父さんの姿を重ねているのなら、その相手から弟だとか甥だとか言われたら、それはショックだろうと思う。本当に、その考えに至らなかった事を後悔してしまう。だが、後悔しているだけでは駄目だ。それを、また繰り返さない様に気を付けていかねば。その為に、先刻SNSで澄として『勉強したいから、お薦めの叔父×甥、甥×叔父を教えて!』と発言していた。夜には誰かしらから返信があるだろう。ある筈だ、多分。
前世で腐女子だったとは云え、あの時代は今の様に交流手段があった訳では無い。身近に腐女子仲間が居なかった澄は、一人でBLを堪能していたのだ。故に守備範囲は狭い。だから、今の先輩方に教授を願ったのだが、果てさて。
「え、あ、いや…俺も…馬鹿なんて言って悪かったし…」
自分を戒める様に苦笑を零せば、矢田は顔を赤くして唇を尖らせて、俺から顔を逸らした。
本当に、解り易いぐらいに解り易く素直だな。
こんな子が、こんな場所に来る事になった経緯が悲しいと思ってしまう。
多分、親には悪気は無かったのだろう。ただ、それが過ぎてしまっただけで。子への愛情が無い訳ではないのだ。
でなければ、矢田はこんな風に、謝る事が出来る素直な子にはなっていないだろう。
「ああ、ありがとう。良い子だよ、お前は」
「…だから、子供じゃねーし…」
ポンッと、柔らかく弾力も備わって来た茶色い頭に右手を乗せれば、矢田はやはり顔を赤くしたままで、不機嫌を取り繕った声を出す。
そんな矢田の姿が可愛くて、俺はつい、満面の笑みを浮かべて言ってしまった。
「そうだな、お前は俺の自慢の甥っ子だ」
◇
「…解り易く落ち込んでいますね、的場先生」
コトリと音がして、そちらを見れば、湯気の上った湯呑みが見えた。
「ああ、ありがとうございます」
背筋を伸ばし湯呑みを手に取り、一口飲む。
お、茶柱が立ってる。
そんな事を思いながら、ぐるりと周りを見れば、職員室には俺と、俺にお茶を淹れてくれた羽間先生しか居ない。壁にあるデジタル時計を見れば、18:00を過ぎていた。
「あー…」
昼間の事を考え過ぎたか…。
手持ちの授業が終わった後、小テストの採点をやっていた筈なんだが…。
首に手をあて、ぐるりと動かせばコキコキとした音が鳴り、直ぐ傍からクスッとした笑い声が聞こえた。何時の間にか、隣の席に羽間先生が座ってお茶を飲んでいた。
「羽間先生は、まだ帰らないんですか?」
「これを飲んだら帰りますよ。的場先生も、あまり根を詰めずに…まあ、それだけでは無いようですが」
何処か意味有り気な笑顔を浮かべる羽間先生に、何だか嫌な予感を覚えた。
俺より年下…確か、今年二十八歳だったか? で、物理を教えている羽間先生のイメージは、何処かスマートな男性…なんだが…何だろう? 今は、何か違うな? 何か、こう、只ならぬオーラが漂っている様に見える、な?
「…俺も、これを飲んだら帰ります。ご馳走様です」
そう言えば、先刻落ち込んでいると声を掛けられたのだ。
"甥っ子"と、またも追い討ちを掛けた俺に、矢田は『ばかやろーっ!!』と、声を震わせて走り去って行った。その現場を見られていたのだろうか? 矢田のプライベートに関する事だ。下手に話す訳にも行かない。ネットなら良いのかと思うが、あれだけの情報で矢田を特定出来る筈も無いから、そこはそこだ。
とにかく、羽間先生の静かな微笑が怖い。
ここはさっさと逃げるに限るだろう。
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