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第一章 黒瑪瑙の陰陽師

《九》

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「……は?」

 疑問の声を真っ先に漏らしたのは鳥前だった。

 画面に表示される、しばらくお待ち下さい。
 結界整備師たちが集まるテント内。
 彼らは中継先の舞殿の様子を見ていたはずだった。

 会場内のアナウンスが響き、転位術によって舞師阿部春明が登場する。
『斉天』の舞が始まり、音楽が鳴り響いた。

 その時、会場で異変が発生した。

 舞師の少年の動きが一瞬硬直し、それから画面が暗転。
 もう見慣れてしまった『しばらくお待ち下さい』にすぐさま切り替わってしまう。

「え、どうしたのコレ。向こうで何があったし?」
「落ち着きなよ。大方、機材トラブルとか何かでしょ」

 不安な心境に陥る鳥前に占田は落ち着いて舞台の状況を考える。
 しかし、鳥前の考える先は別にあった。

「けどこれ、陰陽寮主催の祭りだぞ? どこか地方の会場ならまだしも、そんな初歩的ミス……しかも舞殿の中心、『斉天』の舞の最中このタイミングで起こったら政府的にアウトじゃね?」

 この斉天祭は日本の政府に所属する陰陽寮が管轄する。
 その中で斉天の舞は、斉天祭の最後を締めくくる重要な祭事でもある。
 もし、災禍によって舞が中断されたとあれば。
 大結界を整備した結界整備師たちの責任とされてしまう。

 それだけではない。
 斉天祭の最中に事故を起こした、という風評被害レッテルが彼らの信頼を失う。
 鳥前は自分を含め、ほか四人の結界整備師としての命運を心配していた。

「……考えすぎだよ、鳥前。これは陰陽寮側のミスだよ」

 占田は最悪な状況にならないよう祈っている。

「……さく?」

 しかし、桜下はモニターとは真逆。
 テントの入り口を仕切るシートの方向をずっと眺めていた。

「さく氏、どうしたんだよ」
「外、騒がしくないですか?」

 桜下に促され、占田と鳥前は耳を澄ませる。
 テントのシート、僅かな境の向こうからは人混みの音。
 その日常に、どこか異様な不気味な音が混じっていた。
 獣のような咆吼、自分たちがいる世界にはもうありえない鳴き声。

 しかし、十二年前はよく聞き馴染んだ叫びだった。

「……占田さんと鳥前さんは中にいて下さい」

 立ち上がろうとした二人に桜下は注意を促し、一人テントの入り口に近づく。
 僅か数ミリ単位の敷居、先を隔てる境界線。
 ここを越えれば、全てを直視しなければならない。

 常人ならば怯えるこの状況。
 しかし、桜下はまるで手慣れた様子でこれから起こりうる悪い現実を受け入れていた。
 節が長く細い指がシートの揺らめきに掛かる。

 揺らめきの間をくぐり。
 青年は状況を、再度認識した。

「完全にアウトですよ、これ」

 恐怖や動揺もない。
 ただ、桜下はこの光景に呆れてため息を一つ漏らした。

 縁日で賑わっていた風景にひとつ。
 黒い影が落ちそこから混沌が広がっている。
 行き交う人は突然の事態に逃げ惑い、北門に配属の検非違使たちが事態の対応に追われていた。

 方角は北門入り口周辺。
 桜下から五十メートル先にある位置で、ありえないことが起きていた。

「妖魔……」

 小鬼、獣。姿形は多種多様。
 俗に『妖魔』と呼ばれ、十二年経った今もなお恐れられている存在。

「なんで?」

 ここは、帳ではないのに。
 現れた妖魔の姿に、桜下は疑問の言葉を漏らした。

 彼らは人間たちが住まう世界とは一線を置く。
 帳と呼ばれる、妖魔の生活領域。
 妖魔たちは日本中に張り巡らされた大結界により、帳を出て、人間の世界に踏み込むことは叶わない。

 しかし、桜下の視線の先には、

「……助太刀した方がいいかな」

 妖魔たちの縦横無尽の有様に、配属されていた検非違使たちは苦戦を強いられていた。
 逃げる群衆はまるで運河のように。
 桜下の行く手を塞いでいる。

 さてどうしようかな、と。
 ふと視線を、上にずらす。

 舞殿の方角けら、北門に向けて。
 宙を這うコードが伸びている。
 点々と立つ柱が中継となり、大結界の霊力を回す供給線。
 約八メートルの高さの柱を目にしながら、桜下は思い至る。

「……あまり目立ちませんように」

 青年はは柱に向けて駆け出す。
 願掛けの言葉を口にしながらも、その勢いは衰えない。

 タン、と。
 大地を蹴り上げる軽い音。
 すでに跳躍し、柱の中腹にある変圧器に足をかけていた。

 そして、柱の変圧器を足場に使いもう一度。
 ふわりと浮く桜下の優雅な肢体。
 八メートルの柱をたった一秒で上りきると、すかさず横に一歩足を踏み出した。
 張り巡らされた、幅十センチにも満たないコードは青年にとって十分な足場だった。

 その距離、わずか五十メートルの彗星軌道。
 綱の上を走りから桜下はちらりと、群衆に視線を落とす。

「……」

 逃げ惑う群衆にそらを仰ぎ見る余地は無く、誰も桜下の走る姿に気づかない。
 誰しもが生き残ることに精一杯だった。

 しかし、それは青年にとって他愛のないこと。
 天を駆ける星は誰の瞳にも映すことなく、五秒後には目的の場所に到達した。

 綱から足を外し、勢いをつける為に宙を一回転。

「お邪魔します」

 検非違使と妖魔の間に入る境界線。
 高さ八メートルから振り下ろされた蹴りは地面を一直線に割る。
 突如現れた第三者に、双方咄嗟に身を引く。
 まるで隕石の落下現場のように、土煙が立ちこめた先で桜下が姿を現す。

「大丈夫ですか?」

 桜下は尻餅をついた検非違使に桜下は業務的に問いかける。
 もちろん相手は、動揺を隠しきれなかった。

「な、なんとか……」
「でしたら、早く立て直して。そちらの方がアレについては専門的でしょう?」

 検非違使は目が泳いでいた。
 ほかの検非違使たちも攻撃を凌いでいるが、防ぐ一方。
 反撃する余裕が無い。

 その光景に、桜下を少しだけ細める。
 大戦集結の余韻へいわが、検非違使たちの戦力を弱めていた。

「ここまで出しゃばる気はなかったけど。死にたくないなら早く逃げなさい」

 北門に経験の浅い検非違使を付けたことが痛手となってしまっていた。
 そんな事情を桜下は知りもしないが、検非違使に淡々と告げる。
 すると検非違使は交戦をしていた仲間たちを集め話し合いを始めていた。

「……」

 そんなことしていないで、陣形を組んで退避すればいいのに。

 桜下が疑問を過らせる中、ヒソヒソと検非違使つは短い話し合いを終える。
 すると、一人の検非違使が急ぎ足で桜下の元にやってきた。

「助けて頂きありがとうございます。どこの所属の方かは存じませんが、先ほどの蹴りの実力を見込みこの場をお任せします。周囲の人々の避難は任せて下さい!」
「……私、検非違使じゃないよ?」

 検非違使の発言に、桜下は呆気に取られてしまう。
 桜下の言葉は彼ら届くことはなく、すぐに散開していく。
 避難誘導の名目の元、妖魔を残しこの場を離れていった。

「一応、私も一般人扱いだと思うんだけどなぁ……」

 拗ねても何も始まらない。
 そのそも、逃げろと提案したのは桜下自身だ。

 居なくなった検非違使たちを記憶から完全に消し去り、目の前の現状に集中する。

「二、四……ざっと十体? テントで見た時はもう少しいたけど、もしかして逃げた?」

 周りを見渡しても、逃げ惑う人、人、人。
 その中に紛れる妖魔を追うのはもう難しい。
 なら、とこの場にいる妖魔に視線を向ける。

「貴方たちも、引くなら今のうちですよ」

 最初の蹴りの一撃は威嚇。

 これ以上近づけば、容赦をしないという忠告だった。

 逆に言ってしまえば、そちらが引けば手を出さない。
 蹴りの衝撃で出来た境界線は、検非違使たちではなく妖魔たちに守るために引かれた一線だった。
 どんなに知性の薄い妖魔でも、圧倒的な実力差を見れば恐怖から逃げ出してしまう。

 恐れの象徴でありながら、自身の力を過信せずその場に留まり続けるモノたち。

 本来ならば、そのはずだった。

 ぎょろぎょろ、と。

 知性などとはほど遠い濁りきった眼が忠告をした桜下に一斉に向けられる。
 まるで腹を押しつぶされたような。
 歪な鳴き声が妖魔たちの喉の奥底からから聞こえると、それを合図に身体からドス黒い煙が溢れ出る。

「……可愛そうに」

 黒い瞳が憐れに妖魔たちを映し出す。
 桜下はこの異様な状態を言うほど知っていた。

「皆、呪詛にやられてる」

 大戦での傷跡をすべて拭い去れたわけではない。

 その最も代表すべき問題は、呪詛による土地汚染。

 土地に潜んだ汚染する毒素が、妖魔を凶悪なモノへと変容させる。

「けれど、土地から呪詛が湧いているわけじゃない。どうしてだろう?」

 人が集まる場所では霊力の数値が上がり、処置を怠れば呪詛の毒素が湧き上がる。
 十二年たった今でも、土地に染みついてしまった毒素を完全に消滅されることは出来ない。

 故に人は、大結界を張り、舞を踊る。

 抑制と鎮魂を織り交ぜ、自分たちの平和を保ち続けてきた。

 しかし、桜下の目の前にはこうして呪詛に毒された妖魔たちが現れている。
 大結界が展開されているこの場所ではあり得ない光景だった。

 ある一点だけを、覗いては。

「やっぱり、アレが原因か」

 桜下の位置から数メートルほど先にある白い門が紫色の光りを帯びる。
 転位装置テムイの光から人ならざる影、妖魔たちの姿が徐々に浮き上がっていく。
 招かざる客がまたやってくる。

 桜下はそれを悠長に待っているほど、行儀が正しい性格ではない。

 ふいに桜下は自分の頭に手を当て、かきむしるような仕草をした。

「大先生、いる?」

 何かに対しての問いかけ。
 しかし、何も反応は返ってくることはない。

「あれ、一緒に来たと思ったけど居なかったっけ?」

 探すように自分の髪を軽くかきむしるが、その姿は頭に痒みを煩っているようにも見えるだろう。

「まあ、いいか。一人でも頑張りましょう」

 桜下は何かを諦め頭から手を離す。
 直ぐさま、自分の足に力を込め瞬発させた。
 その前方に妖魔たちが群がり行く手を阻む。

「……さよなら」

 桜下は自身の耳元そっと手を添える。
 そこにあるのはマッチ棒並五センチの小さな棒。

 耳たぶのくぼみに引っかけるようにして縦に填められた朱色の棒は、さながら風変わりなピアスにも見える。
 キィン、と小さく。
 朱色の棒に指をかけ、音が弾く。

 宙にふわりと棒が浮いたと思うのも刹那、鮮やかな朱が一瞬にして伸びていく。
 両端に金のたががはめられ、全長は五センチから一メートル以上にまで伸びていた。

「せ、えの」

 武器の名は、如意金箍棒にょいきんこぼう
 通称、金箍棒きんこぼう

 古代より大地の加護が与えられた武器の一つ。
 それを手にして、桜下は躊躇なく妖魔を一斉になぎ払った。

 ぎゃ、と。
 振った金箍棒が妖魔の急所に当たり、白目をむいた妖魔たちは絶命している。

「はい」

 呪詛に犯された妖魔を救うことは出来ない。
 無残にも桜下の通った後をなぞるように妖魔たちの屍が横たわり、徐々に地面と同化して消滅する。
 洗練された動きは水流のように滑らかで静か。

 金箍棒を振い、淡々と妖魔を蹴散らす様は機械じみた人形だった。

「……」

 あでやかな漆黒の先には、紫に光る白き門が鎮座する。
 すでに光の中にあった影は形となり、新たな妖魔たちが現れ出ていた。

 三体の妖魔がテムイの前をたむろし、雄叫びを上げる。
 桜下は再び地面を蹴り、容赦なく妖魔たちの脳天に金箍棒をたたき込む。
 そして、すぐ正面を振り返る。
 いつの間にか、金箍棒が元のマッチ棒の大きさに戻り、桜下の手の中に収まっていた。

「さん、はい」

 軸足の位置。
 回転する上半身の安定性。
 はじけ飛んだ瞬発力。
 白い門の前に邪魔するもの抵抗するものはもはや何も無い。

 回転し放たれた一蹴りは、大理石で作られた門にひびが走る。

 ガラガラガラ。

 派手な破壊音と共に断片は瓦礫と化し、ことごとく白き門を粉砕していた。
 その光景は、先の棍術よりも遙かに驚異的な威力であることを物語っていた。

「……とりあえず、なんとか大丈夫かな」

 桜下の周囲には妖魔たちは残っていない。
 妖魔の出現の原因となったテムイもすでに使い物にならないほど崩壊している。

「誘導は検非違使衆がしてくれるでしょう」

 そうと決まれば長居は無用。

 この場から立ち去らなければ面倒なことになる。
 すぐさま、桜下は占田と鳥前がいるテントに戻り外の状況を説明した。

「なんだってぇ! テムイから呪詛ってる妖魔が出てきてるだと!?」

 妖魔たちが外に蔓延る最悪の事態に、占田の声が裏返る。
 事態を飲み込めず占田は狼狽えてはいたが、それをも上回る出来事があった。

「……そいつら倒して、テムイ蹴り壊してきたぁ!? さく、何、とんでもないことしちゃったの!?」

 桜下がやってきたことを聞かされ、思わずテント内に大声が木霊する。

「占田さん、しーっ」

 薄いテントの布では外に声が漏れていてもおかしくは無い。
 テントの周囲には検非違使がいるかもしれないと警戒しながら、桜下は人差し指を口元に当てる。
 占田はなんとか落ち着くも、深いため息を漏らす。

「お前……思い切り良すぎるよ……、自分が何したか分かってる?」
「分かってますって。だから、どさくさに紛れて妖魔が壊したってことにしたいんです」

 幸いにもテントの外では人々が混乱し、会話の内容が耳に届いている様子はなさそうだった。
 占田は電子端末を操作し続ける鳥前に問いかける。

「鳥前、『テムイ 器物損害』で検索かけてくれ」
「はいはい。えっと……」

 鳥前は電子端末の画面を手際よく切り替え、検索画面に移行する。

「なになに、『対災禍条例 陰陽寮の所有する財産及び霊術の媒体となるもの。これらを損害、改ざん、又は隠蔽させた者は十年以上の懲役若しくは禁錮又は一千万円以下の罰金に処する』」
「うん。実際に聞くと、とても仰々しいですね」

 鳥前が調べ上げたネットの情報に、桜下は怯むことなく淡々と感想を述べる。
 陰陽寮が決めた条例を違反したにも関わらず、特に変わり映えのしない様子だった。

「はぁーー……」

 占田は再び深いため息をつく。

 桜下の行ったことを、検非違使に通報するつもりは毛頭ない。
 むしろ、蹴り壊してくれたと賞賛する気持ちも彼にはあった。

 だが、それ以上に。

 桜下が悪者に仕立て上げられることになってしまったら。
 不安に駆られ、占田は思わず桜下に当たってしまう。

「大丈夫ですって。周りに誰も居ませんでしたし」

 項垂れる占田に、桜下が澄んだ瞳を向けて励ましている。
 まるで、心配する人間と励ます人間がまるであべこべだった。

「それにあんな大きな石の門、たかが成人男性が一人で蹴り壊したなんて、誰も想像出来ませんよ」
「さく氏……、それ、やった本人が言っちゃうの?」

 桜下の続けた言葉に鳥前は耐えきれず、持っていた端末で顔を覆う。
 そのまま小刻みに震え、思わず吹き出さないように格闘していていた。
 一方で、占田は諦めがついたのか、トーンを落とした口調で桜下に語りかける。

「でも、さくのその……体術なんだっけ?」
気導術きどうじゅつのことですか?」
「そう、それそれ。並の検非違使より凄いからなぁ。そっかー、ついにテムイを蹴り壊したかぁ……」

 テムイは転位術の出力に耐えるような設計の為に大理石で作られている。
 鉄壁とは言いがたいが並大抵の衝撃ではびくともしない。

 しかし、今目の前に居る青年はそれを蹴り壊したと軽々と言い放つ。
 あのそそり立つ白い門が壊れる光景が占田には想像が付かず、ただ天上を眺めているほかなった。

「私の場合、もともとは健康の一環でしたから。占田さんも一緒にやりますか? 痩せますよ?」
「いや遠慮するよ」

 レッツトライ、まずは岩を砕こう。
 そんな健康法、あってたまるか。

 自身の提案を間髪入れずに断られ、桜下は少し残念に思いながらも今度は鳥前の方向に視線を移す。
 鳥前は少し落ち着きを取り戻し、電子端末の画面を真剣に見続けていた。

「さく氏がテムイぶっ壊してくれたのはすげースカッとするけど、状況マジでまずいよ。北門がそうなってたってことは、ほかも妖魔溢れていておかしくないってことじゃね?」
「鳥前さん、大結界の霊力は?」
「これ見た感じだと、今のところ異常は無い」

 占田は持っていた十インチの薄い端末を桜下に渡す。
 北、南、東、西の文字の下に表示された数値は昼間の状態から変わらず安定している。

「正直、四門を点検しに行かないとハッキリとした数字じゃない」
「そうですよね。遠隔だと正確な数値じゃないですし、目視でしっかり確認したい」
「さく氏、まさか。全部見て回るとか言うんじゃないだろうな」
「え、そうですけど」
「バカ、この状況で危ないだろ!」

 不思議そうな顔をする桜下に鳥前は本気で叱咤した。
 隣にいた占田も不安に顔色を曇らせる。

「そうだぞ。見ろよ、さっきより人が増えている気がしないか?」

 占田がテントのカーテンを僅かに開けると、人の波が列を成していた。
 人々が向かう先は北門。
 我先へと出口へ急ぎ、門の付近では検非違使が誘導を続けている。
 しかし、あまりの人の多さに対処しきれていない。

「この人の数、きっとあとの三門も同じことが起こっているんだ。妖魔が多すぎて門に近づけない、けどこっちはさくがテムイをぶっ壊してくれたから被害も少ない分、人が集中しちまったってとこだろうな」

 本格的にまずくなってきたな、と占田の額には空調が効いているのにも関わらず汗がにじみ出す。

 そして、何より一番心配しているのは、

「信野さんと西村さん、早く戻って来いよ……」

 喫煙所に行った信野と西村が帰ってこない。
 二人の安否を気にかけ、占田はテントから動くことが出来ないでいた。

 しかし、このテント内も完全に安全な場所というわけではない。
 検非違使が間に合わなければ、妖魔たちがこちらにやってくることも十分ありえる。

 大結界と、戻らない信野と西村。
 そしてここにいる占田と鳥前の避難。

 どうしようか、と考えた上で桜下が口を開く。

「やっぱり私、四門の様子見てきます。鬼門での確認だけじゃ危ない、数値以外の物理的な部分を見ないと話しにならない。それと一緒に信野さんと西村さんを迎えに行きます。あのお二人なら、恐らく下手に動かない。簡易結界貼って様子を見ているはずです」
「さく、迎えに行くのは分かるけど、大結界まで行かなくていい。危ねえって!」
「占田さんと鳥前さんは先に避難して下さい」
「聞けって!」

 占田は思わず桜下の右肩を掴もうとするが、それよりも前に肩を引き桜下は占田の太い手を躱す。

「大丈夫ですよ。私、足が速いですし。それに今、大結界の霊力数値を測らないと陰陽寮に騒動の原因をなしつけられるかもしれない。原因は大結界じゃなくて、陰陽寮のテムイから来ているのに」

 じっと、黒い瞳は二人を見る。

「そんな、徹夜の労働された上に難癖付けられたら……私でも、ね。だから、証拠取ってきます」

 陰陽寮に自社が全て蔑ろにされる。
 桜下自身の信念として、許さないものだった。

 そして、そんな桜下の天然かつ意思が強い性格をこの二人……いいや、この場にいない信野と西村を含めて四人は、十分に理解していた。
 桜下の静かに怒る姿に、占田と鳥前は諦めて肩をすくめる。

「だから、鳥前さん。すみませんが、このタブレットお借りしてもいいですか? やっぱり、電子機器の方が記録を取るのが早い」
「……ああ、それはもちろんいいけど……。本当に危なかったら引き返して来い。お前は検非違使じゃないんだから」
「十分理解してますよ。それでは、ちょっと行ってきます。お二人は避難して下さい」

 桜下は二人に言い残すと、颯爽とテントを後にする。
 人混みの真上。
 柱とコードを足場にして駆ける後ろ姿を占田と鳥前は見送り続けていた。

「蹴り壊したって聞いてから何となく分かっていたけど……さく、あれ怒っていたよね?」

 桜下の姿が見えなくなると、鳥前は困ったように笑みを浮かべる。
 その言葉に占田は声を荒げる。

「俺だって怒ってるよ! 陰陽寮のやつら、余計なもん設置しやがって……!」
「ほんと、それな」

 怒りをふつふつとわき上がらせながら二人は後ろを振り返る。
 全ての荷物を持ちきれわけではないが、皆の鞄くらいなら持てる余力はある。
 占田は西村の鞄、鳥前は信野の鞄を持ち、桜下の荷物を探そうとする。

「そういえば……。シュークリーム以外荷物持っていなかったよね」
「さく氏は基本、軽装備だからな。あれ、箱見当たらないし。全部食べたんだっけ?」

 テント内をざっと見て回るが、桜下の荷物らしきものはない。
 この場を後にしようとしたその時、占田の視線が椅子の方に向けられた。

「あっ!」
「どうした!?」

 突然の大声。

 妖魔が入ってきたのかと鳥前は身構えるが、それを無視し占田は椅子の方に近づく。
 椅子の背もたれには、かぎ爪がトレードマークのジャケット。

「……」

 忘れ去られた桜下のジャケットが一着掛けられていた。
 今更気づいても、本人に届けることは出来ない。

 占田は持ち主に忘れられたジャケットを手にとって呟く。

「しゃーない。せめて、さくが取りに来るまでこれくらい預かっておくか」

 占田は自身の身丈より二回り小さいジャケットを小脇に抱え、その間鳥前は再度テント内を見渡す。

「行こう。そろそろここも危ない」

 二人は荷物を持ち群衆の中に紛れ込むようにして、北門へ向かっていく。


 ○


 結界整備師たちが構えていたテントから五百メートル先の地点。

 北門のテムイから溢れていた妖魔たちは、徐々に舞殿の方向を向け進んでいる。
 呪詛に犯され知性の欠片も無いそれらに検非違使たちは武器を構え攻防を続けていた。
 一方で、淡い黄色い光りを帯びている建物が一つ。

「何で、こんな事に……!」

 脂汗を拭いながら信野は喫煙所の角に貼り付けた札に目を向ける。
 数メートルの四方を囲うように角に貼られた札はそれぞれ『北』『南』『東』『西』と書かれている。

 喫煙所の四方、擬似的に展開された妖魔を退ける簡易結界。
 その頼みの綱も、じわじわと。
 札の端から黒く浸食されていた。

「信野ぉ、南がまずい! 一回張り替えるから、出力上げろ!」
「石英だからなぁ……!」

 信野は術が記された紙の上で力を込める。
 地面に敷かれた紙の霊術。

 信野は紙に手を当て力を込めると、その中心に置かれた石が光り輝く。
 透明な石英に灯る、黄色の光り。
 信野の念じで一層強く輝き出すと、西村はすぐに四方に張られた札を貼り替えた。

「張り替え終わった! あとどれくらい保つ?」
「保ってあと一回、ヒビがもう入っている!」

 ピキリ、と走る小さな亀裂。
 信野が込める結界術の動力元に負荷が掛かっていく。
 床には、白く濁った欠片がポツポツと。
 何回も取り替え、使い倒し。
 砕け散った石英が砂利のように散乱していた。

「なんとかインチキ出来ないのか!」
「うるせぇ、パイナップル! インチキ出来たら、もうやっている!」

 手元に残る石英はこれで最後の一つ。
 焦る気持ちが怒号し、二人だけの喫煙所に響く。

「しまった!」

 それが災いし、妖魔が二人の存在に気がついてしまう。
 信野は石英が割れないようギリギリのラインで出力を上げる。
 妖魔は結界の霊力に当てられ、口から泡を吹き出す。
 それでも、妖魔の三体が簡易結界に張り着いていた。
 異常なまでの執着性に、西村は妖魔のいる北東を睨み付ける。

「くっそ、ここで札を貼り替えたらこいつらいっきに来るぞ……」

 北と東の札が黒ずんでいく。
 妖魔は赤黒い歯茎をむき出しにしながら未だ張り付いたまま。
 その光景は、まるで光りに群がる虫のように。

「……っ!」

 簡易結界で貼られた透明な壁越しに。
 一体の妖魔がギョロリと黒目を信野に向ける。
 ガラス戸越しに向けられた視線は隔たりを顧みず。

「ハァ、ハァ」

 信野は小刻みに、何度も呼吸を荒げていた。

「信野、もう変われ」

 いつもの悪態じみた口調は消え失せ、本気で信野の心配をしていた。信野の隣に座り込み顔色を窺う。
 信野はどっと額に脂汗を滲ませながら首を横に振る。

「いい……と言うより、あんた鬼門苦手だろ……」 
「確かに。けれど、今の君の状況と比べたら幾分はマシに動ける」
「何を……」

 と、信野は反論しかけ。
 ドスン、と地響きが遠くから聞こえた。

「西村さん!」

 信野は一気に、結界術の出力を上げる。
 石英が強烈に光りを帯びた、その瞬間。
 どかん、と。
 簡易結界に衝撃が走る。

「どうわぁ!」

 アクセル全開で車が衝突したような衝撃が二人を襲う。
 大きく軋む喫煙所の建物と、砕け散る結界。
 西村が視線を落とすと、最後の石英が濁り砕け散っていた。

「くっそ、今度は何だ」

 西村はそう啖呵を切ろうとして、向けた視線の先に凍り付く。
 全長一メートルの黒い影。

 四本足で地を這い、巨大な口を持つそれはワニに類似していた。

 しかし、目にしているそれは動物の括りの外にいるモノ。
 は虫類に似た体格に無数の小さな口が付けられている。

「……」

 ぐわぐわ、と。
 鳴き声は明らかにそこから聞こえ、西村は恐怖に青ざめ得ていく。

「後方、構え! 構え!」

 すると、交戦中の検非違使たちがワニの妖魔に気がつきやってくる。
 助かった、と西村は安堵しながら信野を連れて逃げようと考えを巡らす。

「信野、立て。逃げるぞ!」
「あ、ああ……」

 西村の手を借り、信野は立とうと試みる。
 しかし、ぐらりと視界が揺れ思うように身体が動かない。

「う……」
「しっかりしろっ」
「西村さん、先行け……」

 西村が腕を掴もうとするも、信野は嫌々に振り払う。
 意識が混濁し始めた自身を、他者の荷物にされたくなかったからだ。
 しかし、西村は彼を諦める様子を見せない
 汗に濡れた無骨な髭顔を鷲づかみにして睨み付ける。

「やなこった、せいぜい俺に貸しを作るんだな」
「ふざけんな……」

 速く逃げろ、と促すも西村は信野の元から離れようとしなかった。
 検非違使と交戦するワニの様子を見て、共に逃げる隙を窺っている。

 打て、打てと。
 検非違使がワニの妖魔に向かって銃弾を放つ。
 豆のようにはじけ飛んだ弾に意味は無く、硬く厚いワニも皮膚にキズ一つも負わず事が出来ない。

「た、退避ぃ!」

 黒い影が、検非違使の集団に突撃する。
 速度は急発進した車のように容赦なく人をはね、検非違使たちの叫び声が渡っていた。

 暴れ回り、怒り狂い。
 その矛先は検非違使たちだけでなく、その場に残る小さな妖魔にも向けられる。

 ぐわぁ、と開かれた巨大な顎。

「……っ」

 残飯を漁るように。
 生きたまま、租借され。
 小さな妖魔たちの濁った悲鳴が聞こえる。

 おぞましいモノに、信野は嗚咽を我慢することが出来なかった。

「しっかりしろ」

 地面に吐瀉物を巻く男を、西村が背中をさすり介抱する。
 頭の中にまき散らされる、フラッシュバック。

 信野はただ、世界が眩み立つことさえも出来なかった。
 その間に、ワニの妖魔の身体に変化が起こる。

 めきめき、と。
 一回り大きな体格に成長し、足が二本増え六足となっている。
 そして、巨大な尻尾まで付け加わり、ワニを通り越し怪獣に近い構造。

 六足となったワニの妖魔は周囲の妖魔を平らげると、最後の矛先えものを信野と西村に定めていた。

「信野、立て!」

 命令と言わんばかりの張り裂ける叫び。
 西村は無理矢理にでも立たせよう、信野の腕を掴む。

 しかし、岩のようにビクリとも動かない。

 場の霊力に酩酊し、動けなくなればただの餌。
 目を付けられたワニの妖魔の餌食になるほかに無い。

 ぐわぐわ、と。
 不規則な鳴き声を零し、妖魔は二人に向かって走る。

「くっそ! 何で、こっちに来るんだ!」

 一か八か。

 苛立ちながら、西村は石英が入っていた袋に手を入れた。
 ワニの妖魔が急速に突進する中、藁でも縋る思いでソレを取り出す。

 それは、小さな木の箱。
 封をした紐を解くと、そこには黒い光沢を帯びた瑪瑙の石が収まっていた。

急急如律令!キュウキュウニョリツリョウ!

 今すぐ行え。
 西村は石に霊力を込め、がむしゃらなに祈りを捧げる。
 どうか、魔を退け賜え。

 だが、

「……はは、やっぱり七宝術しちほうじゅつは全くわからん」

 石は微塵も反応を示さない。
 西村の手が、汗で濡れるだけだった。

 絶望的な渇いた笑いが響く中、六足の足音が一気に近づく。
 己の無力さに打ちひしがれ、為す術なくソレはやってくる。
 西村はこれから来る現実にただ呆気にとられていた。

 それでも、駆けつける者が居たとするならば。

「はい」

 落ち着いた口調、涼やかな表情。
 黒い瞳は、敵を見定める強い意志を宿す。

 突進するワニの妖魔に介入し、そのこめかみを抉る。

「……へ?」

 蹴り飛ばされた六足のワニの巨体。
 西村は情けない声を漏らしながら、状況を改めて再確認する。

 ぎゃあ、と濁った悲鳴が聞こえたと思えば気づけば脅威ワニは三十メートル先まで吹き飛ばされていた。

小魔しょうま同士で一体化……? いや、これは……」

 仰向けになったワニを冷静に分析する青年が一人。
 西村はこの部下の姿を見間違えるはずはなかった。

「大丈夫ですか? 西村さん、信野さん」
「桜下君!」

 桜下は二人の姿を確認すると、すぐに信野の異変に気がつく。

「信野さん、霊力酔いですか?」

 桜下の心配する声に、信野は未だぐったりとしている。

「まあ、それみたいなものだ。とにかく、来てくれて助かった」

 代わりに西村が答え肩を落とすも内心は生きた心地がしない。
 未だ仰向けになるワニにぞくりと背筋を振わせた。

「助かった、じゃないですよ。あと一歩で死ぬところじゃなかったですか」
「さっきまでは簡易結界を張っていたんだ。普通サイズは防げたが、流石にアレは一発で石英が消し飛んだ」
「あれは旨く急所に入って脳震盪のうしんとうを起こしているだけですよ。形が消えていないから、直に目が覚めてまた動き始める。その前に、お二人は北門から脱出して下さい」

 桜下は北門で起こった出来事を手短に伝え、西村はそれに頷く。

「そうか……占田と鳥前が先に避難したのなら安心だ。じゃあ、俺たちも北門に向かうか。ほら……もう自分の足で歩け」

 信野の身体を揺らす。
 すると、うっ、と鈍い声が漏れ、濃い隈の瞼がゆっくりと開く。

「……悪い、途中から意識無かった」
「俺たち死にそうになった。その前に桜下君が駆けつけて何とかしてくれた。お前はずっと伸びていて、俺が担いでいた。感謝しろ」
「……あぁ! さく、ありがとう!」
「人の話聞けよ、おい」

 意識の戻った信野を見て、西村は深いため息を漏らす。
 一方信野は、桜下の存在に気がつくと手を握り大げさに上下に振う。

「とにかく無事で良かった。じき検非違使衆にも伝達が行き届くでしょう。信野さんと西村さんは誘導に従って、先に行って下さい」
「……ん? お前も一緒に来るんだろ?」

 桜下は首を傾げる彼の手を振り解き、迷いなく答える。

「私は四門の霊力を確認してきます」
「アホォ!!」

 間髪入れに入った、信野の罵倒。
 近距離で大声を出され、桜下は思わず目を瞑りながら耳を塞ぐ。

「信野さん、そんな間近で声出さないで下さいよ……」

 長い睫毛をそっと開き、ゆっくりと手を耳から離す。
 信野は先ほど弱っていたとは思えないほど、鬼のような剣幕で睨み付けていた。

「お前はいっつも検非違使の真似事ばかりしやがって。いいか、お前は結界整備師なんだ。こんな妖魔だらけの場所を突っ切るのは整備師の仕事じゃねぇ」
「でも、今現状の霊力の数値をちゃんと記録しないと陰陽寮に難癖付けられますよ?」
「“でも”もヘチマもねぇ!」
「ヘチマ?」

 信野の独特な口調に桜下は眉を潜める。
 信野の口は止まり事を知らず、弾丸のように言葉を続けていく。
 第三者から見れば一方的に言動で虐げるパワハラとしか見受けられかねない。

「ほんと、くそったれだよバーカ! 陰陽寮、痛って!?」
「信野、少し黙れ」

 ごつん、と。
 硬い拳が信野の頭に落ち、信野は痛みに頭を抱える。
 しゃがんだ信野を西村は頭上から冷酷に見下ろす。

「全く……少しは桜下君を見習って落ち着くことを覚えろ」
「へぇ、へぇ……」

 口を尖らせる男に西村はまた深いため息をつく。

「ごめんね、桜下君。バカに付き合わせちゃって」
「いや、信野さんの言い分も分かります」
「優しいねぇ、君は」

 嫌な顔色一つもしない桜下を見て、西村はうっすら苦笑いを浮かべる。
 そして、自分も心を落ち着かせながら問いかけた。

「占田と鳥前は何て言っていた?」
「……危なかったら引き返して来いと。最初は止められました」
「だろうな、俺も同じだ。今すぐにこの場からお前も引き連れて帰りたい」

 二メートル近くの背丈から見下ろされた、圧の籠もった視線。
 上司からの威圧に桜下は冷や汗一つ垂らすこともなく、凜とした表情を保ち続けていた。
 黒い瞳がじっと、その視線を受け続ける。

「……と、言っても聞かないだろ。君は」

 やれやれ、と西村は呆れながら一言呟く。
 自身の手の中には握ったままのモノが入っていた。

「手を出しなさい」

 言われたとおり、桜下は手のひらを出す。
 そして、黒い光沢を帯びた一粒の礫がこぼれ落ちる。
 白い筋が入った黒い石は、西村の手から離れ、桜下の手の中に収まった。

「予備の瑪瑙。俺じゃ使い物にならなかったが……桜下君ならこういうの得意でしょ?」
「……瑪瑙これ、限定ですけどね」

 桜下は受け取った黒瑪瑙をよく見つめてから、大事そうに手のひらに握り込む。

「……黒瑪瑙オニキス、か」

 魔から人を守る要石。

 扱いのクセが強い反面、長期的に大結界を支えることに重宝されている。
 この石の性質と、目の前にいる青年の性格は不思議と合わさっていた。

「どうしました?」
「何でも無い、ただの独り言だ」

 不思議そうな顔をする桜下に西村は首を横に振る。

「さっさと行って、早く終わらせてこい」

 西村はしかめっ面のまま背中を向け、片手で払うような仕草を見せる。
 桜下はその背中に深々とお辞儀をすると、そのまま高く跳躍した。

「あっ、ちょっ……!」

 ちょっと待て、と信野が慌てて言い終わる間も無かった。
 上を見上げれば、桜下はコードを足場にして人混みを避け、ほどなくして屋根へ飛び移りながら、北門へ向けて走り去っていった。

「俺たちも行くか」

 桜下の作った時間を無駄には出来ない。
 また先ほどのような巨大なワニが現れる可能性も残っている。

 西村は避難誘導を始めた検非違使の列に向かおうとするが、その隣に信野の姿はなかった。
 振り返ると、信野はまだ桜下が向かった北門の方角をまだ眺めている。

「おい、行くぞ!」

 西村が肩を掴むと、信野は疲れ切った声で呟く。

「西村さん」
「なんだ?」。
「……行く方角は同じなはずなのに、こうも速さが違うと、諦めがつきますね」

 お互い心身共に疲れ切っている。
 西村には、信野の目の隈がいつもより濃く映って見えた。
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