クラス転移で神様に?

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青年期:法国

結婚前夜

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魔界にあるアルへオ家別邸。
明日には結婚式を控えている花嫁が数人大広間でゆったりとくつろぎながら思い思いの時間を過ごしていた。

「……私もついに結婚か」

自分の薬指に取り付けられた指輪を目にしながら、ふとアウローラがそんな事をつぶやく。
結婚というものについてアウローラはあまり気にしたことがなかった。
前世では生きていればそのうちなんとなく人と会って、それでなんとなく一緒にいるようになって、気が付いたら結婚してるものだと思って居のだ。
実際いまの状況をすごく簡単に説明すればそれは間違っていないのかもしれないが、なんだかここにくるまで随分と時間がかかったように思える。
エルピスとの結婚生活を想像してもいつも通りの生活しか思い浮かばず、嫁としてこれでいいのかななどという思考がアウローラの頭の中を堂々巡りしていた。
結婚について口から漏れたのはそんなところも関係しているだろう。
そんなアウローラをみかねてセラが言葉をかける。

「感傷に浸ってるの?」
「どちらかというと感動ね。ほら、私の場合は前世の分も含めてだいぶ長い年月独身だったから」
「独身期間の話をすると僕と姐さんとか洒落にならないよ? 地球が一体いくつできる事やら」
「規模感えげつないわね」

セラもニルもこの世界の物ではなく元は神。
時間という概念すら二人にとっては意味を成すものでなく、独身の期間について話すのであればこの世界が作られるよりはるか以前という事になる。
スケールの違いになんだか自分が悩んでいることが不思議に思えてくるが、これだって立派な悩みではあるのだ。
自分なりに答えを出せる日が来たらいいなと思いつつ、アウローラは自然な流れで会話を進める。

「そういえばセラって元はなんの神様だったの?」
「戦神であった時は死を、その後は愛を司る神をしていたわ。ニルの場合は生まれたその時から愛の女神だったけれど」
「僕は姉さんとはまた違った産まれだからね」

セラの言葉に補足で説明を入れたニルの表情はなんだか少しだけ暗い。
生まれが同じでない事に何か納得がいっていないのだろうか。

「この世界の更に上位の世界の神か、そう聞くと二人が強いのにも納得がいくな」
「私から言わせればこの世界の人間も十分に強すぎるとは思うけれど。特に一部の種族は弱い神なら上位世界の神にも通じそうな力を持っているし」
「不思議なものだな、この世界しか知らない我々が遥か上位の存在に張り合えるものがあるというのは。……そういえばドレスは何にするんだ?」
「私は白のドレスにしたわ。エラは?」

昨夜悩んだ末に決めたドレスの色を口にするアウローラは、そういえばと先程から本に目を通しているエラに声をかける。
すると集中していたのか先程からずっと本に目を通していたエラは一度本をぱたんと閉じると、一枚の写真を取り出してそれをみんなに見せつけた。
そこには深い緑色に黒の刺し色が入った豪華なドレスが映し出されている。

「悩んだんだけど深緑を基調とした黒のドレスにしたの。森妖種と窟暗種両方の結婚衣装を混ぜたらそうなっちゃった」
「いいね、似合うと思うよ」
「そういうニルはどうなの?」
「僕はドレスはエルピスに選んでもらってるからね、姉さんは?」
「相変わらずちゃっかりしているわね。私は正直この服でいいと思うのだけれど……だめかしら」

セラがいま着用しているのは普段着として使っているローブ。
冒険者の結婚であれば普段から着用している装備を着込むという事もないわけではないらしいが、エルピスは忘れられがちであるものの一応貴族である。
貴族の結婚式で普段着というのはあまりよろしいものではない。
それを抜きにしても人生で一度しかない結婚式という記念すべき場所で普段と同じ格好というのはなんだかもったいなく感じられる。

「だめよセラ! 人生に一回しかないイベントなんだから普段着ないような服着ておかないと二度と着る機会がないかもしれないのよ?」
「そういう考え方もあるのね。それなら確かに何かエルピスに選んで貰おうかしら」
「人の結婚式はどんなことをするんだ?」
「基本的にはご飯食べたり知り合いの人が話してくれたり出し物があったりとかかな。桜仙種の人達は結婚する時どうするの?」
「私たちが結婚する時は大体決闘だな。結婚を申し込まれた側の人間が協議を選んで決闘するんだ、それをみんなの前で見てもらって勝てたら結婚。負けたら微妙な空気になって終わる」

勝ち負けで結婚を決める辺り桜仙種の特性がよく出ている。
どこまで行っても何かを競う事でしか物事の価値基準を決められないのが桜仙種であり、それを村の全員が了承した上でやっているのだから人とはまた違った文化を持っていると言えるだろう。
結婚できた時はいいが負けて微妙な空気になった時の事を考えるとなんだかいたたまれなくなるのは仕方のないことだろうか。
数年で忘れる人とは違い桜仙種は長寿な上に記憶力までいいので振られた場合は随分と長い間引きずりそうな気がする。

「桜仙種らしい結婚の方法ですね。相手と結婚したかったら相手の得意なことで勝負するんでしょうか」
「そうなるな。私の場合はどの種目にも通じていたから一度も負けなかったが」

さも自分がモテるかのような口ぶりでこんなことを口にしているレネスだったが、結婚を挑まれたのは二回。
一度目は酒の飲みすぎてまともに思考ができなくなった仙桜種がノリで結婚を申し込み、その場でボコボコにされたのが一件。
もう一つはブランシェから挑まれたものだが、こちらは両者が全く実力関係なく運で競い合った結果勝っただけなのでレネスはまともに結婚を申し込まれたのは実はほとんど今回が初めてのようなものである。

「そんなレネスもエルピスには負けちゃったと」
「桜仙種として勝てなかったのは正直いまだに悔しいが、そんな男が旦那になるんだから文句はないさ」
「まあ僕の旦那でもあるけどね!」
「はいはい、ニルは向こうでご飯でも食べてなさい」
「ドレスを着るのに体形変えちゃうのはまずいでしょ姉さん」
「そんなに食べないわよ!」

こんなふうに嫁達が楽しく過ごしている頃、アルヘオ家本邸ではエルピス達男組が同じように楽しく話し合っていた。
昨晩のうちにアルキゴスもイロアスも完全に潰れてしまい倒れているがピンピンとしていたエルピスは、その後フィトゥスにご飯を振る舞ってもらいながら話をしているのだ。

「いやァエルピス様も結婚ッすか」
「俺もいまだに実感はわかないよ」
「結婚式が終わればその内自覚もできてきますよ」

アーテとフィトゥス、この二人はエルピスが大人になってからも随分と相談を聞いてもらっているような気がする。
そんな二人だからこそ簡単に心情を吐露する事ができ、二人は自信のなさそうなエルピスをこうやって慰めていた。
だがこうして慰めてもらっているがエルピスとしてはアーテは別として、フィトゥスには物申したい事が一つだけあった。

「そんな事言ってるけどフィトゥス、そもそもまだリリィとすら付き合ってないじゃん」
「うっ、痛い所つきますねエルピス様」

帝国くらいからだろうか?
フィトゥスとリリィのいい話をチラチラと聞いていたエルピスだったが、魔界に入ってからこの方あまり話を聞いた覚えがない。
ただでさえ忙しかった上にこの数ヶ月ほとんど直接会うような事がなかったので、もしかすれば進展があったのかも知れないがエルピスが知るところではない。
ちらりとエルピスがアーテの方を見てみれば意図を察したように簡単にアーテは情報を売り渡した。

「こんなこと言ッてるけどエルピス様、この人この間家の人間に秘密にしてリリィサンと街に遊びに行ってたぜ」
「なんでお前がそれを!?」
「ほうほう、詳しく話を聞かせてくれよフィトゥス。嘘ついたらヘリアにチクるからね」
「人の心とかないんですかエルピス様……というかほんとになんで気づいたんだアーテ。あんなに時間かけて対策したのに」
「そりゃ家の中の人間全員が監視してるッすから」
「シフト表組んでるのヘリアだろうし誤魔化すのは無理でしょ」

管理しているのがエルピスだったりティスタだったり適当な人間ならばまだしも、ヘリアを相手に出し抜こうとしたらどうしても不自然な穴を作らざるおえない。
もちろんヘリアがそれに気が付かないわけもないし、気づいた上で仕方がないからと見逃されているのが現状なのだろう。

「正直に吐いた方が楽ッすよ」
「分かりました、正直に言いますよ。3年後の戦争が終わったら結婚しようってプロポーズしました」
「本当に!? おめでとう!!」

まさかフィトゥスが結婚を申し込んでいるとは思わず、エルピスは机から飛び上がるほど驚く。
若干死亡フラグ臭い約束の仕方が気になるところではあるが、なんにせよめでたいことに変わりはない。

「なんてプロポーズしたッすか? あと返事は?」
「普通に結婚してくれって言っただけだよ。返事はもらってない、戦争終わるまで生きてるかも分からないしな」
「心配しなくても絶対に大丈夫ッすよ」

相手が相手なだけにエルピスも正直全員が生きて帰れるとは思って居ない。
だがアーテの楽観的とも言えるそんな言葉になんだか助けられ、エルピスもアーテの言葉を肯定するようにうなずいた。
悲観的になる様な時期では今はない。
こんなに楽しい生活を送れているのだ、楽しい心持でいこう。
そう決意を新たにしたエルピスの顔を見ながら、ふとアーテは思いつくことがあった。

「そういえばエルピス様はなんてプロポーズしたっすか?」
「絶対にその流れだと思ったわ。それだけは絶対に嫌だね!」
「いいんですか? エラやアウローラ様達にこの三人でいろいろと遊んだ話しますよ?」
「裏切るのフィトゥス……?」
「まさか、私は昔誓ったようにいつでもエルピス様の味方ですよ。味方として情報共有したいだけです」
「そうそう」

ニコニコと笑顔を見せながらそんな事を口にしてくる二人を前にしては、エルピスもさすがに何も言葉を返さないというのは難しかった。
こういった物は下手に引き延ばせば伸ばすほどに恥ずかしくなるもの。
隠すようなものでもなし、この二人が相手であれば別に問題はないだろう。

「昔はあんなに遠慮してくれてたのに……まぁ良いけどさ」

そうして男たちも夜が更けていくのも気にしないで楽しく話を交わし続ける。
明日はお待ちかねの結婚式、緊張でろくに眠れぬくらいならばここで一夜を明かすのも悪くないだろう。
徐々に回ってくるアルコールによってふわふわとする頭でふとエルピスはそんな事を考えるのだった。
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