クラス転移で神様に?

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青年期:帝国編

交渉

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 アルヘオ家帝国領帝都別邸。
 エルピス達が居を構えるそんな屋敷は、今日も変わらず朝から騒がしい。

「今日も俺様が護衛って事は信頼されてるってェ事だな!」

 エルピスが起き上がるのは大体七時を超えてから、遅い時では昼を過ぎることもあるがそれまで執事やメイド達は自分たちがしておかなければいけない仕事を終わらせる。
 今日でいえば大掃除だ。朝からヘリアを主導として全員が掃除に取り掛かり、屋敷の中には埃一つ落ちていない。
 食堂で先に食事をしているアーテがそんな事を言っていると、隣で髪の毛を散らかし目元に深い熊を刻んだフィトゥスが溢れるように口を開く。

「朝から元気ですね~アーテは。ひねり殺すぞ」

 目をキラキラと輝かせハキハキと言葉を投げかける普段のフィトゥスの面影はどこへやら、寝起きのフィトゥスは執事達の中でも一番タチの悪い人物である。
 だがそんなフィトゥスに対してアーテはひょろっとした態度で言葉を返す。

「フィトゥスさんじゃねェか。呼ばれなかったのか?」

「潰すぞ」

「今日のメンバーはトコヤミ、貴方、トゥーム、アケナの四人よ。フィトゥス、貴方達の部隊のメンバーはレネス様への生贄ね」

「ア"ァ、無理だってぇェ」

「エルピス様連れてこないと潰れちまいそうだなァ」

 基本的にエルピスやニル、セラの指示を聞いて動いている従者達だが、彼等は総勢で48人も居るので誰か手隙のところが出てきてしまう。
 今日はそれがフィトゥス達の番なのだが、ほったらかしにしておくとレネスが暴れ始めるので、戦闘訓練と称してボコボコにされなければいけないのだ。

 確かに戦闘訓練にはなるが自分達の主人の師匠である人物に勝てるはずもなく、フィトゥスはまた一方的にボロ雑巾にされる事を想像して深いため息をつく。

「それは可哀想だな……まァ俺様は関係ないし良いんだけどよぉ」

「なんで俺知りもしない人間を探して東奔西走しているのにこんな事になるのか」

「そういやあんまり見かけなかったけどフィトゥスさんは最近何やってるんだァ?」

「最高位冒険者の現在位置の調査だよ、どこに居るのかも分からない奴らを噂だけで探してるんだ」

 最高位冒険者は現在判明しているだけで124人いる。
 ただその全ての人物の位置が分かっているわけではなく、音信不通になったものや生死不明とされているものだって少なくはない。
 フィトゥスがエルピスに任された仕事は帝国内に居る最高位冒険者との接触、出来る事ならば勧誘である。
 探し始めて早くも二人見つけたが両方ハズレで、最高位冒険者としての実力があるとは思えない程度のーーまぁはっきり言ってしまえば雑魚だった。
 亜人種の力は人類からみれば圧倒的に映るのかもしれないが、亜人種の最高位冒険者もピンキリなようである。

「エルピス様中々辛い事言うなァ」

「そりゃな。まぁ与えられた仕事だからやるけども!」

 他の面々にも教えられていないエルピスの秘密を教えられている以上は、この仕事を任せられたのはエルピスからの信頼であるとフィトゥスは思っている。
 だからこそ頑張るのだが……せめてレネスとの戦闘訓練だけは無しにして欲しい。
 そう願わずにはいられなかった。

「とりあえず何かあったらすぐ逃げるのよアーテ。エルピス様は気にせず自分の体を第一に考えるの」

「あァ了解したぜ」

 頭を抱えて悩むフィトゥスを無視してヘリアが話を続けると、アーテはにっこりと笑みを浮かべながらそう返事をする。
 向かう先は龍の谷、人類が立ち入る事を許されない魔境。
 力を至上とするアーテはワクワクを抑えきれないでいたのだった。

 /

 帝国と龍の歴史は長い。
 そもそも帝国の首都と龍の谷がここまで近いのは、元々帝国の元となる集合が龍を抑えるための傭兵団であったところから始まる。
 龍を抑えるために過剰なまでの戦略を投入されていた帝国の前身だったが、そんな戦略をまるで何もないかの様に踏み潰して回る龍族。
 そんな龍を相手にして人類をまとめあげた男が一人、その人物こそ帝国の初代皇帝である。
 初代皇帝は数の力と集団の力を使い龍達と実力を拮抗させ、その地にそのまま国を建国していったのだ。
 帝国からしてみれば龍の谷の攻略は悲願であり、皇帝からも失敗するなと念を押されている。

「そういう訳で谷に遊びに来たわけだけど……雰囲気悪いね?」

 昨日着ていた礼服を戦闘仕様に変形させたものき身を包んだエルピスは、その綺麗な目をキョロキョロさせながらそんな事を口にする。
 もちろんピクニックをしにいくわけでもないので能天気に歩かれても扱いに困るのだが、エルピスからしてみれば他の面々の緊張具合は気になるところだ。
 そんな彼の疑問に対して答えたのはトゥームである。

「龍の谷と言えば人類が未だ未開拓の領域、それは他の亜人種達も同様であればこそ、緊張するのも無理はないかと」

「トゥームさんの仰る通り生きた心地がしませんね、正直逃げたいです」

「姉さんビビり。でも私もちょっとだけ…怖い……です」

 アケナは逃亡経路の確保を入念に行なっているし、トコヤミに関しては普段の自信がどこに行ってしまったのか聞きたいくらいにしおらしい。
 借りて来た猫のようなトコヤミの頭を撫でて落ち着かせていると、一人平気そうな人物にエルピスの注目は向かう。

「アーテは平気そうだね?」

「そりゃ俺様はエルピス様を信頼してるから、何も気にすることなんてないぜ」

「そう言う事言えるところはアーテの良いとこだよねーーっといきなりの挨拶だね」

 いまエルピス達がいるのは龍の谷の面前とはいえ、既にここは彼等の縄張りだ。
 龍達からすれば家の前に虫がいるようなものである。
 辺り一体を焼き払わんばかりの威力で放たれた息吹だが、伊吹はまるでエルピスの目の前に壁でもあるかのように遮られてしまう。
 紅龍はひとしきり炎を吐ききりエルピス達の実力を測ったのか、不服そうに鼻を鳴らして地の底から響くような声を轟かせた。

『何者だ?』

「見ての通り冒険者ーーっておいおい、人の話も聞かずに攻撃してくるなって」

『ここは我らが城、我らが故郷。混ざり血が足を踏み入れて良い場所ではない』

 混ざり血とはつまり混血の事であろう。
 龍人は龍の中でも特別なものしかなれない種族なので尊敬されるが、龍人と他種族の子供は龍人の血を汚したとしてこうして嫌われる傾向にある。
 龍神である事を教えれば、おそらくなんの問題もなく今回の目的を達成させることができるだろう。
 だが今回エルピスの目標は、皇帝から依頼された停戦協定が主な目的ではない。
 むしろそれは副産物的な捉え方だといってもいいだろう。
 彼等が破壊神に対抗しうる戦力なのか、高潔な血を忘れていないのか確認するのがエルピスの仕事だ。

「高潔を重んじる君達が納得してくれないのは分かっていたよ。混血を馬鹿にしてるのも許容できるし、母を貶されていない分むしろ予想より全然マシだね」

『我らの高潔さを知る者よ、ならば再び問おう。何故我等の元へ来た』

 龍と会話を交わしている間にも後ろから少しずつ龍が現れる。
 かつて森霊種の国に行った際にアウローラ達が請負った飛龍退治、あそこには大量の飛竜がいたらしいがここはそれよりも数が多い。
 目視できるだけで三十体以上、神域にはもっと多い龍の気配が感じられる。
 出て来てくれたのは丁度いい、エルピスとしても彼らのホームグラウンドである谷の中で戦うのには抵抗があったのだ。

「本当はとてもとても大事な用事があってきたーーんだけれど、俺一回で良いから龍と戦ってみたかったんだよね」

「エルピス様!? 何かまずいこと口走りそうになってません?」

「老体にはこの数は答えるのじゃが…まぁ主人が言うのであれば死地をここにするのも悪くはないか」

「ジジイ判断が早ェよ!? 意味があるッて考えて良いんだよなエルピス様」

「もちのろん。怪我一つ合わせないから安心して戦って」

 質問を投げかけて来たアーテに対して頷きで返しながら、エルピスは己の内側にある権能に働きかける。
 龍神としての性質を全面に出し、その身体を神人から龍神へと変貌させていくエルピスに対して龍は怒りにその身を燃やしながら猛り狂う。

『高潔さを持つ我らに対して挑むか混ざり血がっ!!』

「さすが龍の谷、数が多いね。これだけ居たら帝国もすぐに地図から消えちゃいそうだ」

『ならば言葉を訂正し、即刻この場から立ち去るが良い。貴様の親である龍人への最後の配慮だ』

「嫌だね。俺は君達を弱いと思って居るし、これは事実だ」

 腰を深く落とし構えを作ったエルピスに対して、もはや言葉ですらない咆哮を吐き出しながら龍達はエルピス達に向かって突撃してくる。
 数も多いが一体一体の目に宿されたその傲慢とも言えるプライドは、威圧感としてエルピス達の全力を振るわせるほどの力で襲う。

「ーーっ!! 聖なる祈りを持ってして、我が身を大いなる盾とせん。魔力は糧に、生命を其元へ、しからば円環の理にて我らは約束を果たさん〈|精霊の加護《フェアリー・ブレッシング〉〈祝福の鐘ジャグリーン〉」

 吹き荒れる息吹は亜人すらも溶かす暴力となり辺りを襲うが、事前に魔力形成を行なっていたアケナのおかげで周囲に高強度の魔力障壁が形成される。
 城壁を溶かし人を灰に変える龍の息吹を止められるほどの障壁を形成するのは並のことではない、アケナの実力が如何程なのか図るには十分な攻防だ。

「オラァ!! かかってこいや蜥蜴ども!!」

「援護は任せいアーテ!」

「倒すです」

「怪我しないようにね~」

 神妙な面持ちで突撃していくアーテたちとは違って、後ろから援護するエルピスは特に緊張しているようなそぶりもない。
 飛び出していく三人の援護をエルピスがしていると、ふと影からエキドナが現れる。
 いつも通り影から頭だけをひょっこりと出したエキドナは、見るからに嫌そうな顔をしながら声を出す。

『……趣味が悪いな龍神よ』

「弱って居ることを分かってるのに挑発したことが? 確かに彼らの高潔さに甘えた行動ではあるけれど、仕方ないことだよ。力を手に入れる為には必要な行動だし」

 一つ目が龍達の勧誘なら二つ目の目標は雄二に力を奪われてしまったこの谷の龍達の強化だ。
 龍神の権能は近くにいる龍を強化する効果を持つ。それは飛龍にあった時既に検証済みであり、エキドナによってその上昇幅がほぼ際限ないものであることも把握できている。
 ただし短期間に強化するためには龍神の権能を積極的に取り込む必要があり、魔力消費の多い息吹を大量にはかせることで龍たちには気づかれないように魔力に変換した権能を取り込ませることに成功していた。

 長時間戦っていれば力が戻ってきていることに気づくものもいるかもしれないが、アーテたちの猛攻はそんな無駄なことを考えられるほどの時間を作ってはくれない。
 誰が一番最初に違和感に気づくかと見ていると、アーテが一番最初に振り返る。

「ーーんッ? エルピス様、こいつらァ弱ってるぜ?」

「分かってる。そのまま倒さない程度に相手してあげて、防御は俺がやるから」

「了解ッ」

 龍達に聞こえるかどうかといいたくらいの声量で喋るアーテの奥では、やむことのない龍達による攻撃がアケナの魔法障壁によって止められていた。
 向けられてくる攻撃は側からみれば火の性質しか持っていないように見えるが、その実魔法的に言えば多種多様な攻撃手段によって攻撃されており防御も様々な対抗策を用いる必要がある。
 属性のこもった攻撃に対しては基本的に反属性を使用しての属性魔法障壁と呼ばれる障壁が最も効率の良い防御方法なのだが、数十本単位で放たれる息吹を相手にしてそれを行うのは至難の業だ。

「事前に言ってもらわないと困るんですけどエルピス様」

「ちゃんとみんなに危険がないようにしながら見てるからそう睨まないでよ。前衛の動きも見たかったしね」

『エルピス、我も出たいのだが』

 先程は庇うような事を言っていた癖に、ボコボコにされている龍達を見てその不甲斐なさに腹が立って来たのかエキドナが参戦の意を示す。

「エキドナはまだだよ、あとでちゃんと活躍の機会があるから」

「例の龍ですか。エルピス様の影にいると言う話は聞いていましたが、お強いのですか?」

『試してみるか?』

「試してみるかってさ。強さで言ったら古龍より上かな」

「やめておきます。死にたくないので」

 エルピスもまさか首を縦に振るとは思っていなかったっが、アケナの表情は本当におびえている人のそれだ。
 確かに古龍より上となってくると、単体でも人どころか亜人ですら手を出してはいけない領域なので、アケナのおびえも理解できないわけではない。
 アケナとエキドナが一体一で戦ったらどうなるのかエルピスとしては見てみたいが、エルピスも自分が龍神の力を持っていなければエキドナと戦いたくないので強くは勧めることはできなかった。

「鉄拳!」

「オラァッ!!」

「殴り飛ばされる龍の姿って物珍しい……」

『あまり見てやるものではないぞ龍神。か、ふっ、可哀想ではないか』

「笑ってる人がなんか言ってるんですけど……」

 吹き飛ばされていく龍達の姿を見つめる龍神と擬似龍神の横で、アケナは何を言っているんだとばかりに溜息をつく。
 アーテも最近長い事エルピスの隣にいる影響もあったか確実に強くなっており、正直弱体化した龍が何匹集まったところで敵ではない。

『我ら龍種が混血如きに……っ!!』

『我ら誇り高き龍種ッ! 貶されるくらいならばこの命投げ捨てようっ!!』

『自爆魔法か、天晴れだ』

「ーー不味いですね。エルピス様、お下がりを」

「確かにこれは不味いね、死なれたら困る」

 今回の主な目的は龍達の強化、命までかけられてしまっては困る。
 魔力を限界まで体にためてそれを爆発させる方法なので、魔神の力を使って強制的に辞めさせようかとも考えたが、良案を思いつきエルピスはエキドナに声をかける。

「エキドナ。出てきて」

『分かった。何をすれば?』

「止まれって大きい声で言ってくれればいいよ。権能貸してあげるからさ」

「権能?」

『了解したーー止まれッ!!』

 エルピスの言葉に疑問符を浮かべたアケナが質問するよりも早く、エキドナがエルピスから借りた権能を発動させる。
 権能の効果は龍種に対しての絶対的な指示であり、たとえ自らの命と天秤にかけても優先される龍神の権能は自殺用の魔法程度難なく止めてしまうことができた。
 エルピスの影からその巨躯を出して空に向かって首を持ち上げたエキドナは、鼓膜が破れてしまうのではないかと思えるほどの咆哮を轟かせ龍達の動きを制止させる。

『なるほどこれは気分がいいな』

「龍にしか効かない能力だけれど、こう言うことがあると持っておくに越した事は無いよね」

「え、エルピス様何を?」

 アケナに説明を求められてはいるが、それに対して答えを返すことは出来ない。
 権能という概念自体は一応聖職者たちも神から借りた力として使用することもあるので誤魔化し方がないわけではないが、話さなくていいのならばそれに越したことはない。
 なるべくそれとなくその話を無視すると、トコヤミがエルピスの服の裾をちょんちょんと引っ張ってくる。

「エルピス様、アーテが息してないです」

「えっ? なんっーー止まれを勘違いしたのか、ええっと…生命維持に必要な活動は全てしろ」

「ーーがはっ」

「息吹き返しましたな」

 焦ってエキドナを介さずに直接能力を行使してしまったが、緊急事態だったので仕方がない。
 初めて使う能力だったので使い勝手が分かっていなかったのもあるが、これから使うときは気をつけなければいけないだろう。

「し、死ぬかと思った」

「半人半龍相手にやると効果が強めに出ちゃうみたいだね、大丈夫?」

「大丈夫だけど今のは一体?」

「それ聞いちゃう? 聞かれると困るんだけど……」

「ーー龍神の権能だな?」

 流す言葉を考えていたエルピスの邪魔をするようにして、聞きなれない声が聞こえてくる。
 いままでエルピスが出会った中で初見でエルピスの事を龍神だと見抜けたのはエキドナだけ、驚きと共にエルピスが振り返るといまのエルピスと同じように顔の半分を鱗に覆わせた龍神がそこには立っていたのだった。
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