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青年期:帝国編
龍の矜持
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「なっ!?」
「最近出会う龍全員人型になれるのなんだかびっくり」
「数千年現れなかったわれらの神がついに……ながらくお待ちしておりました」
四人の従者達から穴が空いてしまうほどの視線に晒されるが、ここまで言われてしまえばいまさらそれを誤魔化すことも出来ない。
口では肯定しないがそれに対して否定もせずエルピスは話を進める。
「ごめんね酷いこと言ってさ。どれくらい弱ってるのか確認もしたかったし」
「細かい話は抜きにしましょう。今は我らの神の降臨を祝福させていただきます」
片膝をつき平伏する龍人に合わせて、エキドナが待機を解放した事で龍達も平伏しそのこうべを垂れて伏せる。
完全に言い訳は不可能な状況にどうしようもなくなったエルピスは、苦笑いを浮かべるだけだ。
「なるほど……この謎は手を付けてよかったものなのか」
「エルピス様神様なのです?」
「んなぁ…いやでも龍が言ってるんだからそれであってるんだろうがァ、驚きとかそんなの超えて頭が回らねェ」
「イロアス様に報告? クリム様に?? というかこれどうすれば?」
困惑する彼らに対して説明をするべきなのだろうが、エルピスは明日の自分にその行動を丸投げにしてなぁなぁのままに龍人の後を追いかけて龍の谷の奥へと向かって進んでいく。
龍は基本的に小さな穴を作ってそこに巣を作るのだが、これだけの龍がいると巣穴の量も尋常ではない。
「さあどうぞ」
「おお!! ここが人類種未踏の龍の谷の最深部」
細長い崖が続く龍の谷を奥まで進むと、開けた場所が現れる。
どこかの川から流れているのか谷の上層から滝となって溢れる大量の水は大きな池を形成しており、飛び交っている小さな光はその光景を幻想的にさせていた。
おそらくは龍の魔力に引き寄せられてこの地に定住しているのであろう光の主人である精霊は、エルピスを見つけると嬉しそうにふわふわと集まってくる。
精霊が可視化できるほどに見えると言うことはそれだけの魔力を有している証で、精霊使いと呼ばれる者達からすればこの場所は値千金の価値があるだろう。
「龍神様、我らこの時を長くお待ちしておりました」
ふと声をかけられて視線を向ければ数人ほど龍人がやってきたのが目に止まった。
母と同じ強さというには無理があるにしても、亜人種の分類よりは上位種の分類に入る龍人達の存在感は目を見張るものがある。
「ぞろぞろ出てきますね、彼らは?」
「龍種の中でも特に強い者達です。龍神様のお力になれるかと」
「代表のヴルムと申します。ニル様には既にお目にかかりました。この里の目をさせていただいております」
聞きなれた名前が聞き慣れない声から飛び出てくるのには違和感があるが、ニルが新しく手に入れたといっていた目の正体がようやくわかった。
彼女が先に接触していたのであれば、先程の戦闘にそれほど強い龍が出てこなかったのも納得がいく。
もう少し激戦になると思っていたのだが、ニルが手を回してくれていたらしい。
「ニルが手に入れた目って君の事か。確かによく動けそうだしね」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
「私とあいつ、どっちの方が強いか気になるです」
「ーーァケナさんよォ。お宅のところの妹さんその内死んじまうぞ?」
「すいません、すいません」
トコヤミはその種族の性質上なのか、どうしても彼我の戦力差を測りたがる癖がある。
明らかな彼女の悪癖なのだが、同程度ならばまだしも圧倒的な強者相手に戦闘を挑んで無謀に死んでは目も当てられない。
その事を心配したアーテに対してペコペコと頭を下げると、アケナはトコヤミの首根っこを捕まえて後ろの方へと下がっていく。
「それでこの龍の谷で一番強い龍は?」
「長老ですね。それならば先程からそこに」
エルピスがかつて検知した龍神に最も近い存在がこの谷には居たはずなのだが、ここに来てからはその気配を一向に感じ取れないでいた。
いくら神域を狭めに展開しているとは言え、それほどの実力者であれば気づかないはずがないのだがーー
そんなエルピスの疑問に対して笑みを浮かべたヴルムが指さしたのは、エルピス達の頭上近くの壁。
よく見てみればそれは僅かではあるが動いており、〈神域〉を用いてようやく分かるほどのもはや植物に近いレベルで気配を消した龍が張り付いていた。
そのサイズはいままで見てきたどの龍よりも大きく、一軒家くらいならば口を開ければ丸々飲み込めそうなほどである。
「でっか!」
「なんという――いやまぁ古代種は確かに大きいという話は聞いておりましたが」
力のないものが大きければそれはただの的であるが、巨大な龍は全てを散りに返す最強の存在であると言える。
鱗は城壁よりも硬く、息吹はどんな魔法よりも強力で羽ばたけば人は立っていることすらままならない事だろう。
『龍神様。頭上から見下ろすご無礼、お許しください』
「構いませんよ、本日は予告もなしにいきなり暴れてしまいすいません」
『いえ、最近は力も衰え動くことさえなくなっていたわが子らが楽しそうに戦って居ました。龍神様には感謝を』
驚くほどに大きな身体なのに、聞こえてくる声は目の前で普通に人が喋っている程度の音量だ。
気を使われているのかはたまた能力なのか、エルピスには分かりかねるが爆音で耳をやられるよりはこちらの方がいい。
表情などエルピスからみても喜怒哀楽のどれなのか判断はつかないが、心持ち嬉しそうな声で龍の長は言葉を続ける。
『それで本日はどのようなご用件で』
「近くの人間の国の長から帝国を襲わないように停戦協定を結ぶようお願いされたんだよ」
「龍神様に命令するなど!」
「人の世界はそういうところなんだよ。それで守ってもらえるかな?」
『龍神様のお言葉であればそれは我らの意思にございます。帝国を襲わないことを誓いましょう』
称号を使用しての強制は出来ることならばしたくはなかったが、今回に関して言えば帝国からも龍の谷からも無益な犠牲を出してもらいたくはないので仕方がない。
これで皇帝に勧められた依頼もこなしたし、当初の目的も終えることができた、後は今日行うつもりはなかったが後でしておこうとしていた事をいましよう。
「ならよかった。後は――ここにこの谷の龍を全員集めて」
/
「集めてとは言ったけど予想してたより圧倒的に多いな」
龍の谷の空間を全て埋め尽くし、壁も見えなくなるほどに現れた多種多様な龍種達は圧巻の一言である。
翼のあるものからないもの、手足のあるものや無いもの、様々な分類に分かれる龍種がこの龍の谷には存在しており、改めて帝国がなぜ未だ中存在しているのか疑問に思わずにはいられない。
「これですべてにございます」
『かわいらしいわが子らよ。龍神の姿をその目に焼き付けるのじゃ』
前座として盛り上げてくれているヴルムを筆頭としてざわつく声が聞こえるが、今回の件に関して特設した舞台裏でそんな騒音すら気にできないほどにエルピスは緊張していた。
人の前でなく龍の前であることがせめてもの救いだろうか。久しぶりに出す背中の翼の動作確認をしながら、ふとエルピスは言葉をこぼす。
「さてアーテ、着替えは終わったかな?」
「エルピス様、俺様はこういうの向いてねェんだ。今からでもトゥームの爺さんに頼んだ方が――」
「気にしなくていいんだよ、俺の方が緊張してるんだから。演出は大事なんだぞ」
エルピスが着用しているものと同じ素材、つまりは龍神の鱗と魔神の魔力によって作られた装備を来ているアーテはエルピスに対して不満を漏らす。
アーテにはバレてしまったのでこれから龍神の権能をフィトゥスのように貸し与えるつもりだ、ともすればエルピスからしてみるとこう言ったことにはアーテにも慣れていて欲しい。
装備のイメージは神を護衛する騎士であり、帝国にて多くの騎士の姿を見てきた今のエルピスならばそう難しい作業ではなかった。
「エルピス様、準備できたです」
「こちらも問題なく」
「ありがと、それじゃあ行こうか」
アーテの手を引っ張りながらエルピスが舞台に立つと、龍達が足元が揺れてしまうほどの唸り声をあげる。
龍の谷によって木霊したその声は遥か遠い国にすら聞こえているのではないかと思えるほどで、数多の眼光に晒されるのはエルピスとしても何度目のことだろうか。
向けられている目は全てが敬神によるもの、エルピスの一声でその命を投げ出すことも厭わない龍達にエルピスの中で愛おしさに近い感情すら浮かび上がる。
それは自らが司る物達だからなのか、はたまたそれ以外のものなのか。
とにもかくにも数多の眼光に晒されながら、エルピスはその姿を大衆の前に晒す。
「静まれ!! 神の御前であるぞ!」
唸り声を上げる龍達に対してヴルムがそう叫ぶと、物音一つすらしない程の静けさがその場に作り出される。
喉が渇いてしまうほどの緊張感の中、エルピスは威厳ある人物であると己に言い聞かせて言葉を発した。
「構わない。楽にしていればいい、龍である以上すべては私の愛する何物にも代えがたきもの達だ」
口調の変更はトゥームと事前打ち合わせの末、こう言ったものがいいだろうと考えたものを使用するようにしている。
なにしろ普段のエルピスの喋り方では、威厳がこれと言って感じられないからだ。
エルピスの声が聞こえると龍達は軒並み静かになり、頭を下げて上目遣いでこちらを見つめる。
その視線の理由はエルピスの真意を計りかねているからであって、エルピスもそれを分かっているからこそ落ち着いて言葉を選ぶ。
『改めて名乗ろう。私が龍神、エルピス・アルへオだ』
エルピスの名乗りに対して数匹の龍がびくりと反応する。
彼等は先程谷の前でエルピス達を迎え撃った若き龍だ、力こそなくなり行動は空回りしてしまったが、仲間を守るために命を投げ出せるあたりはやはり高潔な龍なのであろう。
そんな彼等がエルピスの言葉に怯えてしまったのは、自らの命が危ういのではという感情ではなく、神に手をかけたことに対する罪悪感からである。
「誇り高く気高く高潔な諸君らが力をもがれ、その現状をよしとする心持を私は心の底から嫌悪する」
だからこそエルピスは彼等が弱いままである事を否定する。
「龍とはこの世界の空を統べるものだ。龍とは何よりも恐れられ、何よりも憧れを抱かれ、自らの力を過信した愚か者たちの前に立ちはだかる絶対者であるべきだ」
童話に描かれた龍達は総じて人類の敵であった。
この世界でもそれはあまり変化がないようで、英雄の証として龍は主だって童話の中で討伐され人間に富をもたらすのだ。
だが宝物を手に入れようと、愚かにも龍の住処に足を踏み入れたもの達を倒さずして何が誇りであろうか。
人類の敵である彼等をエルピスは誇りに思い、そして力のない龍が誇りだけを持って生きる事を嫌悪する。
誇りとは力があってこそ用いることができるものであって、誇りのない力はただの驕りであるからだ。
「そんな君達が地を這いずり弱い息を吐き出して形骸化した誇りだけを叫ぶ君達にはっきり言って――失望した」
『そ、そんな! 力さえ取られていなければ我等は強く有れました』
前列にいた龍がふとそんな事を叫ぶ。
体についた傷からして歴戦の猛者なのだろう、その身体に刻まれた戦いの歴史が彼が強者である事を教えてくれる。
そんな龍に対してエルピスは見下すような視線を向けながら問いかけた。
『取られた力を望むならば、なぜ己を鍛えようともしない?』
「それは我らが龍種であるがゆえにでございます。我らは生まれながらの食物連鎖の頂点、頂上者が自らを鍛えることは弱者に生を受けたもの達に何の慈悲もございません。ですから我らは戦いの中でしか己を鍛えることをよしとしません」
野生生物が己を鍛えようとしないのと同じ……と言うには少し違った彼等なりの理念だろう。
エルピスに向けられる目は誇りに満ち溢れたもので、その言葉には一片の嘘偽りも無いのだと感じられた。
当初の予定とは違うがまぁいい。
彼等が自らの強さを望むので有れば、エルピスはその望みに対して答えるだけでいいだろう。
『――そうか。ならば言葉を重ねるより行動で示したほうが早いだろう、かかってこい龍達よ。そしてその威厳を私に見せてみろ!』
本当は行う予定だった行事を全て吹き飛ばし、エルピスは戦闘の幕開けを告げる。
弱い龍は龍ではないが、エルピスの力があれば彼等を強くすることなど雑作もない。
「もみくちゃです」
「もうあれは考えても意味ないわね、とりあえず離れましょうトコヤミ」
「では私も同行させていただくとしましょう。龍の谷の珍味などはいかがですかな?」
『龍神様は破天荒なお方じゃな』
「――俺着替える意味なかったんじゃ?」
離れる従者達に置き去りにされたアーテはそんな事を小さくつぶやく。
豪華絢爛な装備に身を包んだアーテは、その装備を誰に見せるまでもなく、頭の中に浮かび上がった疑問を小さく空に飛ばすのだった。
「最近出会う龍全員人型になれるのなんだかびっくり」
「数千年現れなかったわれらの神がついに……ながらくお待ちしておりました」
四人の従者達から穴が空いてしまうほどの視線に晒されるが、ここまで言われてしまえばいまさらそれを誤魔化すことも出来ない。
口では肯定しないがそれに対して否定もせずエルピスは話を進める。
「ごめんね酷いこと言ってさ。どれくらい弱ってるのか確認もしたかったし」
「細かい話は抜きにしましょう。今は我らの神の降臨を祝福させていただきます」
片膝をつき平伏する龍人に合わせて、エキドナが待機を解放した事で龍達も平伏しそのこうべを垂れて伏せる。
完全に言い訳は不可能な状況にどうしようもなくなったエルピスは、苦笑いを浮かべるだけだ。
「なるほど……この謎は手を付けてよかったものなのか」
「エルピス様神様なのです?」
「んなぁ…いやでも龍が言ってるんだからそれであってるんだろうがァ、驚きとかそんなの超えて頭が回らねェ」
「イロアス様に報告? クリム様に?? というかこれどうすれば?」
困惑する彼らに対して説明をするべきなのだろうが、エルピスは明日の自分にその行動を丸投げにしてなぁなぁのままに龍人の後を追いかけて龍の谷の奥へと向かって進んでいく。
龍は基本的に小さな穴を作ってそこに巣を作るのだが、これだけの龍がいると巣穴の量も尋常ではない。
「さあどうぞ」
「おお!! ここが人類種未踏の龍の谷の最深部」
細長い崖が続く龍の谷を奥まで進むと、開けた場所が現れる。
どこかの川から流れているのか谷の上層から滝となって溢れる大量の水は大きな池を形成しており、飛び交っている小さな光はその光景を幻想的にさせていた。
おそらくは龍の魔力に引き寄せられてこの地に定住しているのであろう光の主人である精霊は、エルピスを見つけると嬉しそうにふわふわと集まってくる。
精霊が可視化できるほどに見えると言うことはそれだけの魔力を有している証で、精霊使いと呼ばれる者達からすればこの場所は値千金の価値があるだろう。
「龍神様、我らこの時を長くお待ちしておりました」
ふと声をかけられて視線を向ければ数人ほど龍人がやってきたのが目に止まった。
母と同じ強さというには無理があるにしても、亜人種の分類よりは上位種の分類に入る龍人達の存在感は目を見張るものがある。
「ぞろぞろ出てきますね、彼らは?」
「龍種の中でも特に強い者達です。龍神様のお力になれるかと」
「代表のヴルムと申します。ニル様には既にお目にかかりました。この里の目をさせていただいております」
聞きなれた名前が聞き慣れない声から飛び出てくるのには違和感があるが、ニルが新しく手に入れたといっていた目の正体がようやくわかった。
彼女が先に接触していたのであれば、先程の戦闘にそれほど強い龍が出てこなかったのも納得がいく。
もう少し激戦になると思っていたのだが、ニルが手を回してくれていたらしい。
「ニルが手に入れた目って君の事か。確かによく動けそうだしね」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
「私とあいつ、どっちの方が強いか気になるです」
「ーーァケナさんよォ。お宅のところの妹さんその内死んじまうぞ?」
「すいません、すいません」
トコヤミはその種族の性質上なのか、どうしても彼我の戦力差を測りたがる癖がある。
明らかな彼女の悪癖なのだが、同程度ならばまだしも圧倒的な強者相手に戦闘を挑んで無謀に死んでは目も当てられない。
その事を心配したアーテに対してペコペコと頭を下げると、アケナはトコヤミの首根っこを捕まえて後ろの方へと下がっていく。
「それでこの龍の谷で一番強い龍は?」
「長老ですね。それならば先程からそこに」
エルピスがかつて検知した龍神に最も近い存在がこの谷には居たはずなのだが、ここに来てからはその気配を一向に感じ取れないでいた。
いくら神域を狭めに展開しているとは言え、それほどの実力者であれば気づかないはずがないのだがーー
そんなエルピスの疑問に対して笑みを浮かべたヴルムが指さしたのは、エルピス達の頭上近くの壁。
よく見てみればそれは僅かではあるが動いており、〈神域〉を用いてようやく分かるほどのもはや植物に近いレベルで気配を消した龍が張り付いていた。
そのサイズはいままで見てきたどの龍よりも大きく、一軒家くらいならば口を開ければ丸々飲み込めそうなほどである。
「でっか!」
「なんという――いやまぁ古代種は確かに大きいという話は聞いておりましたが」
力のないものが大きければそれはただの的であるが、巨大な龍は全てを散りに返す最強の存在であると言える。
鱗は城壁よりも硬く、息吹はどんな魔法よりも強力で羽ばたけば人は立っていることすらままならない事だろう。
『龍神様。頭上から見下ろすご無礼、お許しください』
「構いませんよ、本日は予告もなしにいきなり暴れてしまいすいません」
『いえ、最近は力も衰え動くことさえなくなっていたわが子らが楽しそうに戦って居ました。龍神様には感謝を』
驚くほどに大きな身体なのに、聞こえてくる声は目の前で普通に人が喋っている程度の音量だ。
気を使われているのかはたまた能力なのか、エルピスには分かりかねるが爆音で耳をやられるよりはこちらの方がいい。
表情などエルピスからみても喜怒哀楽のどれなのか判断はつかないが、心持ち嬉しそうな声で龍の長は言葉を続ける。
『それで本日はどのようなご用件で』
「近くの人間の国の長から帝国を襲わないように停戦協定を結ぶようお願いされたんだよ」
「龍神様に命令するなど!」
「人の世界はそういうところなんだよ。それで守ってもらえるかな?」
『龍神様のお言葉であればそれは我らの意思にございます。帝国を襲わないことを誓いましょう』
称号を使用しての強制は出来ることならばしたくはなかったが、今回に関して言えば帝国からも龍の谷からも無益な犠牲を出してもらいたくはないので仕方がない。
これで皇帝に勧められた依頼もこなしたし、当初の目的も終えることができた、後は今日行うつもりはなかったが後でしておこうとしていた事をいましよう。
「ならよかった。後は――ここにこの谷の龍を全員集めて」
/
「集めてとは言ったけど予想してたより圧倒的に多いな」
龍の谷の空間を全て埋め尽くし、壁も見えなくなるほどに現れた多種多様な龍種達は圧巻の一言である。
翼のあるものからないもの、手足のあるものや無いもの、様々な分類に分かれる龍種がこの龍の谷には存在しており、改めて帝国がなぜ未だ中存在しているのか疑問に思わずにはいられない。
「これですべてにございます」
『かわいらしいわが子らよ。龍神の姿をその目に焼き付けるのじゃ』
前座として盛り上げてくれているヴルムを筆頭としてざわつく声が聞こえるが、今回の件に関して特設した舞台裏でそんな騒音すら気にできないほどにエルピスは緊張していた。
人の前でなく龍の前であることがせめてもの救いだろうか。久しぶりに出す背中の翼の動作確認をしながら、ふとエルピスは言葉をこぼす。
「さてアーテ、着替えは終わったかな?」
「エルピス様、俺様はこういうの向いてねェんだ。今からでもトゥームの爺さんに頼んだ方が――」
「気にしなくていいんだよ、俺の方が緊張してるんだから。演出は大事なんだぞ」
エルピスが着用しているものと同じ素材、つまりは龍神の鱗と魔神の魔力によって作られた装備を来ているアーテはエルピスに対して不満を漏らす。
アーテにはバレてしまったのでこれから龍神の権能をフィトゥスのように貸し与えるつもりだ、ともすればエルピスからしてみるとこう言ったことにはアーテにも慣れていて欲しい。
装備のイメージは神を護衛する騎士であり、帝国にて多くの騎士の姿を見てきた今のエルピスならばそう難しい作業ではなかった。
「エルピス様、準備できたです」
「こちらも問題なく」
「ありがと、それじゃあ行こうか」
アーテの手を引っ張りながらエルピスが舞台に立つと、龍達が足元が揺れてしまうほどの唸り声をあげる。
龍の谷によって木霊したその声は遥か遠い国にすら聞こえているのではないかと思えるほどで、数多の眼光に晒されるのはエルピスとしても何度目のことだろうか。
向けられている目は全てが敬神によるもの、エルピスの一声でその命を投げ出すことも厭わない龍達にエルピスの中で愛おしさに近い感情すら浮かび上がる。
それは自らが司る物達だからなのか、はたまたそれ以外のものなのか。
とにもかくにも数多の眼光に晒されながら、エルピスはその姿を大衆の前に晒す。
「静まれ!! 神の御前であるぞ!」
唸り声を上げる龍達に対してヴルムがそう叫ぶと、物音一つすらしない程の静けさがその場に作り出される。
喉が渇いてしまうほどの緊張感の中、エルピスは威厳ある人物であると己に言い聞かせて言葉を発した。
「構わない。楽にしていればいい、龍である以上すべては私の愛する何物にも代えがたきもの達だ」
口調の変更はトゥームと事前打ち合わせの末、こう言ったものがいいだろうと考えたものを使用するようにしている。
なにしろ普段のエルピスの喋り方では、威厳がこれと言って感じられないからだ。
エルピスの声が聞こえると龍達は軒並み静かになり、頭を下げて上目遣いでこちらを見つめる。
その視線の理由はエルピスの真意を計りかねているからであって、エルピスもそれを分かっているからこそ落ち着いて言葉を選ぶ。
『改めて名乗ろう。私が龍神、エルピス・アルへオだ』
エルピスの名乗りに対して数匹の龍がびくりと反応する。
彼等は先程谷の前でエルピス達を迎え撃った若き龍だ、力こそなくなり行動は空回りしてしまったが、仲間を守るために命を投げ出せるあたりはやはり高潔な龍なのであろう。
そんな彼等がエルピスの言葉に怯えてしまったのは、自らの命が危ういのではという感情ではなく、神に手をかけたことに対する罪悪感からである。
「誇り高く気高く高潔な諸君らが力をもがれ、その現状をよしとする心持を私は心の底から嫌悪する」
だからこそエルピスは彼等が弱いままである事を否定する。
「龍とはこの世界の空を統べるものだ。龍とは何よりも恐れられ、何よりも憧れを抱かれ、自らの力を過信した愚か者たちの前に立ちはだかる絶対者であるべきだ」
童話に描かれた龍達は総じて人類の敵であった。
この世界でもそれはあまり変化がないようで、英雄の証として龍は主だって童話の中で討伐され人間に富をもたらすのだ。
だが宝物を手に入れようと、愚かにも龍の住処に足を踏み入れたもの達を倒さずして何が誇りであろうか。
人類の敵である彼等をエルピスは誇りに思い、そして力のない龍が誇りだけを持って生きる事を嫌悪する。
誇りとは力があってこそ用いることができるものであって、誇りのない力はただの驕りであるからだ。
「そんな君達が地を這いずり弱い息を吐き出して形骸化した誇りだけを叫ぶ君達にはっきり言って――失望した」
『そ、そんな! 力さえ取られていなければ我等は強く有れました』
前列にいた龍がふとそんな事を叫ぶ。
体についた傷からして歴戦の猛者なのだろう、その身体に刻まれた戦いの歴史が彼が強者である事を教えてくれる。
そんな龍に対してエルピスは見下すような視線を向けながら問いかけた。
『取られた力を望むならば、なぜ己を鍛えようともしない?』
「それは我らが龍種であるがゆえにでございます。我らは生まれながらの食物連鎖の頂点、頂上者が自らを鍛えることは弱者に生を受けたもの達に何の慈悲もございません。ですから我らは戦いの中でしか己を鍛えることをよしとしません」
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エルピスに向けられる目は誇りに満ち溢れたもので、その言葉には一片の嘘偽りも無いのだと感じられた。
当初の予定とは違うがまぁいい。
彼等が自らの強さを望むので有れば、エルピスはその望みに対して答えるだけでいいだろう。
『――そうか。ならば言葉を重ねるより行動で示したほうが早いだろう、かかってこい龍達よ。そしてその威厳を私に見せてみろ!』
本当は行う予定だった行事を全て吹き飛ばし、エルピスは戦闘の幕開けを告げる。
弱い龍は龍ではないが、エルピスの力があれば彼等を強くすることなど雑作もない。
「もみくちゃです」
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「では私も同行させていただくとしましょう。龍の谷の珍味などはいかがですかな?」
『龍神様は破天荒なお方じゃな』
「――俺着替える意味なかったんじゃ?」
離れる従者達に置き去りにされたアーテはそんな事を小さくつぶやく。
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私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
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五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
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