クラス転移で神様に?

空見 大

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青年期

黒髪の簒奪者

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 大剣を受ける為に収納庫ストレージから出した鉄剣が折れるのと同時、エルピスの障壁も数枚ほど割られる。
 割られたのは魔法城壁のみ、邪神の障壁が破られることなどありえはしないがエルピスの魔法障壁を破っただけでも血の滲むような努力を重ねたことは想像に難くない。

「強いね君達。心の底から称賛するよ」

 とめどなく転移を繰り返して位置を探らせないようにしながらも、エルピスは他に被害が及ばないように完璧に抑えきっていた。
 転移魔法を使用しての回避は、ある程度の魔法使いであれば必須とも言える技能である。
 だがそれを予想した様に飛来した矢は、ギリギリで避けたエルピスの頬を掠め、それによって先端に塗られた毒が体内に入ってくるのが感じ取れた。

「痛っ。貫通系の技能かな? 使用制限ありそうな感じだけど」
「ご名答よ」

 敵の森霊種の持つ日に一度の防御無視の攻撃を受けて、エルピスの皮膚がほんの少しだけ傷つけられる。
 傷の表面を見てみれば薄紫色の液体が少しだけ垂れていた、見た目からしておそらくは毒だろうと目星をつけたエルピスは、特に気にすることもなく戦闘に意識を戻す。
 毒が神の身体を犯す事はほぼほぼありえない。
 邪神の権能を持ち全ての毒性を無効化するエルピスの能力を考えれば、毒を塗っていたところで全ては無駄だ。

「毒効果遅延化? ……いえ、この感じは毒無効化の様ね。性濁豚オーク!!  隙を作りなさい!」
「言ってくれるぜ森のヒキ引きこもり野郎が!! それが出来たらとっくの前にやってんだよ!!」

 毒の無効化に気付く森霊種と、それをカバーするようにして前に飛び出る性濁豚。
 パーティーとしてみるのであれば素晴らしい動きだ、種族間に強く根付いた嫌悪感を超越してここまでの連携を見せることができるのはここが戦場でなければ拍手喝采でも浴びせたいところである。
 だが悲しいかな、ここは戦場。エルピスが容赦なく性濁豚の腕を切り飛ばすとその隙を狙っていたように新たな敵が現れる。

「ーーキッキッキッキ!! 森霊種エルフ性濁豚オークも使いもんにならねぇなぁ!  緑鬼種ゴブリン最強の俺様がやってやんよォッ」

 現れたのは緑鬼種、報告にはなかった亜人種の出現に対してエルピスは防御行動を取ることはない。
 自身の身の丈程度の大きなナイフを持ちながら跳ねる様に飛び出してくる緑色の影と、それに合わせたのか同じ緑色の蟲が無数に辺りからエルピスに向かって突撃し、更にいくつかの亜人種からの魔法が飛ぶ。
 集団で取り囲みただひたすらにリンチするその戦法は、残念ながら戦闘になりえる戦力差でなければ意味がなかった。

「おい! 下手に近寄るな!!」
「──sn&k.!!」

 エルピスの障壁が一瞬色を変えたかと思うと、その間に触れていた生命体の全てが瞬時に溶けて消える。
 邪神の権能によって生成された毒は、その効果を対象を害するという概念で構成している。
 つまりエルピスがどれだけの割合で敵意を抱いているかによって毒の威力の調整は簡単な事で、肉体的な接触で彼を止めるにはそうとうな毒への耐性が必要である。
 蒸発していく肉体の蒸気で一瞬視界が防がれたと思うと、先程エルピスに向かって突撃した緑鬼種とはまた別の緑鬼種がエルピスに向かって飛びかかった。

「ーーグギャゲヒヤァ!?」
「さすが、意外と早かったね」

 防御するのも面倒だと攻撃を体で受け止めようとしていたエルピスだったが、障壁に向かって刃が届くよりも先に緑鬼種の胴と足はお別れしてしまう、
 現れたのは四人の召使い達、戦場に主人が身を委ねていなかったからこそ暴れていた彼等だが、主人がその身を戦場に落とすというのであればその盾となるために動くのは彼等の本懐である。

「まったく、近くで戦っていた私達の存在を忘れるとは。愚かですね」
「粘触種に緑鬼種、性濁豚にこいつは何だこれ。まったく異業種のオンパレードだな、こっちはリリィしかいないのに」
「――ぶっ殺す!!」
「ニャハハハ! この程度で私を殺れると思ったかニャァ!!」
「少しは落ち着きなさいメチル、相手もかなりの使い手よ。と言うかそこらに落ちて居た緑鬼種ゴブリンを使って、喧嘩するのは辞めなさいリリィ、フィトゥス」

 当然の様に無詠唱で魔法を発動し、一切も隙もなくエルピスの周りを取り囲む四人に油断など少しも見受けられない。
 故に亜人達は先程までの無謀な突撃を辞め四人の周りを取り囲む。
 改めて口にしよう。この世界においては量など気休めでしか無く、ならばこの亜人達の判断はまともな判断だと。

「ほら喧嘩しないでよ。まあでもちょうどいいや。ちょっと時間稼いでくれる? 魔法戦闘もこれ以上は必要ないだろうし、形態を変えるよ」
「そういう事ですか了解しました」

 しかも付け加えるのなら緑鬼種ゴブリンは先ほどから数度族長級の者をエルピスの手によって殺され、指揮系統すら麻痺して居た。
 そんな状況下で誰があの化け物どもに攻めるのかと周りを伺い続ける彼らに対して、半人半龍ドラゴニュートの形態変化の危険性を知っている森霊種エルフは大声で叫ぶ。

「――不味いッ!!  性濁豚オーク、亜人達!!  死ぬ気で行きなさい!!」
「お前ら全員突撃だ!! なんとしても彼奴を龍化させるんじゃねぇ!!」
「主の見せ所だ。それを俺がみすみす通すわけがないだろう!!」

 半人半龍ドラゴニュートの全力を知っている二人は、心からの嫌悪感と恐怖感を抱きながらそう叫ぶが時間は残念ながら圧倒的に足りえていない。
 上位者の声かけに無意識のうちに飛び出した幾百、そして周辺に転がる幾千の亜人種の死体すらチリに変えて、この世界で最強の亜人種がその力を全て解放する。
 龍種が人間に変質し龍人になった場合、身体の機能全てが人間の物へと作り変わる。
 それはつまりただの弱体化である、龍という強大な力を無理やり人の形へ押し込めているに他ならない。
 だが半人半龍ドラゴニュートであるエルピスは違った。
 人間の身体はそのままに、背中からは髪の色と同じ夜空の闇を写したかの様な綺麗な黒色の翼が現れ、身体は対魔・対物理性能を持つ全亜人種の中で最硬と呼ばれる鱗で覆われて居た。
 美しさの中に圧倒的な恐怖をを内包したその姿は、その場にいる全ての生命体が息を止めてしまうほどの威圧感を覚える。
 だがその姿すらも成長段階の途中だ、赤と黒の魔力の風がエルピスを中心に吹き荒れたかと思うと、翼はより強靭に鱗はより強固に、そして強さの極地、この世界を統べる覇者たちの姿であるになっていく。

「黒翼……しかも完全な龍種のそれ」
「さあさあ亜人達! 見れるぞついにその力が!! この世で最も強い両親から生まれた御子の力が!!」

 まるで酒に酔ったかのようなフィトゥスの言動の原因は、エルピスの神化によってあふれ出た魔力に充てられたことによる魔力酔いである。
 龍神の側面が強く出たことによって多少は魔法操作がおぼつかなくなっているとはいえ、魔神の権能をもってしても制御できないほどの魔力は文字通りの無限であった。
 そんな無限の魔力を身体強化に流用し、鍛冶神の能力を使用して作った剣を振ればどうなるか。
 神の剣を受けて生存を可能とする生物などこの世に存在しないというのがその問いの答えである。

「全員避けろおおォォ!!!」
性濁豚オーク一体何を言っておるーーッなんだこれは!?」
「馬鹿デブ!! 技術を持った 半人半龍ドラゴニュートの剣撃威力を舐めたら死ぬわよ!!」

 龍の力を持ってして人間の技術を使い、更に武具製作に優れる土精霊ドワーフすら比較にならない程の武器を身につけて、獣人種ビースをも凌駕する肉体強化術を使用しての一撃は、正に一振りで戦況を変える事のできる物だった。

「被害報告!」
「緑鬼種はほぼ全滅! 他種ももう多くは……」

 性濁豚オークの警戒を聞き周辺の亜人種は即刻回避行動をとったが、それでもかなりの数の犠牲者が出る。
 正に亜人種の頂点に立つに相応しいその一撃の破壊力は、その場にいた亜人種達を恐怖に陥れる。
 そんな恐怖を乗り越えている筈の歴戦の戦士達ですら恐怖する様な行動をした当の本人であるエルピスも、周りを見渡しながらまずいなと小さく舌打ちをする

(裏に貼ってる奴らが出てくるまで使うつもりは無かったんだけど……これで出てこないならそれでもいいか)

 矢を射られようともその箇所を気にする様子すら無く、魔法を撃たれ目の前で味方が死のうものなら、その死体を踏みしめて突撃してくる亜人達。
 人間としか戦った事のないエルピスから見れば、正にそれは異形の集団であり、生物としても異質なもの達だった。
 父ならば今自分の眼前にいる者達にも慈悲を向けるのだろうかと――そうふと思ったエルピスの耳元をすり抜ける様にして銃弾が飛来し、いつのまにか目の前まで寄ってきて射た敵の額を撃ち抜く。

 〔あんたが余所見なんて珍しいわね。いまエラ達がそっちに向かったから、もう少し気張りなさい!!〕
「すまないアウローラ、助かった」
 〔礼なんか良いわよ。それよりーー敵の親玉の位置が不明よ。気をつけなさい〕

 脳内に鳴り響く激励を心の中でどこか期待していた自分を自嘲気味に笑いながら、エルピスは忠告を受け更に警戒を一段階上昇させる。
 全体的に見れば人間が優勢に立てているこの状況ーーだが近衛兵やエラ達、そしてアルヘオ家直属の召使い達が居なくなれば瞬時に戦況は覆り、一瞬にして敵は王国を蹂躙するだろう。
 そうすればあの村で起きていたことが王国全土、下手をすれば近隣諸国すべてで起きる。
 それこそ世界の終わりだ、たとえ大地は焦土と化していまいとも安寧の地がどこにもなくなってしまったのならば、人という種は終わりを迎えたといっていいだろう。
 だからこそ警戒心は持っておいて損はない。
 まだ1万は残っているだろうという亜人達、それらを丁寧に殲滅するために端から削っていったエルピスの方に向かって敵を蹴散らしながらやってくる味方の姿が見えた。

「――ふぅ、ようやく辿り着けたよ…エルピスが助けながら来てっていうから時間がかかって仕方ない。戦場は敵が多くて少しの移動も戦闘が付き回っていやだね」
「戦争とはそう言う物よ。ニル、あそこ居る獣人種を倒しておいて貰える? 私はあの精霊もどきを張り倒してくるわ、エル問題は無いわよね?」
「そこら辺はエラに任せる、フィトゥスは少し周りの状況を見ててくれ――っと、会話くらいさせてくれよっ!」
「俺行ってきますけど気を付けてくださいね!」

 予想よりも三分ほど早かった味方の到着に感謝しながら止まることなく襲い掛かる亜人を切り倒す。
 完全にじり貧、はっきりと口にすればもはや死を待つのみの亜人達だが、何故かその顔は笑顔に染まって居た。
 まるで罠に捕まった獲物を見つけたかの如く笑うその顔に不信感を覚えたエルピスは、その場から離れようと地面を踏みしめる。

「全員回避――って俺だけか逃げ遅れてたの」

 だがその瞬間に足元から這い伝わってくるドロっとした感触に、言われようの無い嫌悪感を感じてエルピスは転移魔法でその場から離れた。
 その瞬間に地面に居た性濁豚オーク含む魔力に耐性の低い者達全てが、その身体を地面へと投げ打つ。
 身体を麻痺させられたかの様にピクピクと動かす数人の兵士を見て、幾人かの亜人達は肝心のエルピスは捕まえられなかったものの他の者を拘束できた喜びに顔を歪ませている。
 魔法というよりは呪術に近いそれ、魔神の権能ではなく邪神の権能が反応したのはそういったことだ。

「これも避けるんだァ、まったくおとりも出来ないなんて、性濁豚オークも使えないわね」
森霊種エルフの癖に窟暗種ダークエルフの真似をするお前達よりは、随分と使えるさ」
「好きな事を言いなさい。私の誇りなど彼の方に使える為には不要。ならばそのお姿を拝見出来る幸せを噛み締めながら、誇りを踏みにじってでも彼の方に勝利を捧げましょう」

 大っぴらな動作でまるで役者の様な仕草を見せる森霊種エルフの姿は、正に熱狂な信者と言う言葉が相応しい。
 だからこそエルピスは森霊エルフを見やるのではなく、もっと別の――他の何かを探して〈神域〉を極限まで突き詰める。
 神の域は突き詰めれば未来の気配すらも感じ取ることができる。確実に数瞬先に現れるであろう何か、今のエルピスの力を知っていながらもそれでも勝算があると思ってここに来るそれに向かってエルピスは剣を向けた。
 その瞬間剣と剣が合わさる事で甲高い音が辺りに響き渡り、そしての男が姿を現わす。

「ーーさっきから見て居たが、本当に危機に対する感が鋭いな。昔の同郷にお前みたいなのが居たよ。最高に目障りだった」

 その顔を見ても驚きはない。
 かつての同級生、かつての敵、そしていまもまたこの世界で敵として己の目の前に立つ雄二を見てもエルピスに驚きはなかった。
 ただそうであろうと思っていたことが、そうであってほしくないと考えていなかったことがそうであっただけだ。

「目障り? それはこっちが言いたいな。人間の癖に亜人種達を先導し人類に対して牙を剥くその行為。王国に住む人間として許せるものじゃない」
「――許す?  ハァ?  何言ってんだ?  別に良いんだよ、俺が楽しかったら!  お前らカスとの戦闘なんぞ俺の人生に起きるイベントの内の一つ!!  つまりはお前らかどれだけ努力を重ね様が何をしようが、無意味なんだよ!  カスはカスらしく無駄に足掻け!」

 分かりやすく悪役が口にするようなそんな雄二の言葉に対して、エルピスは警戒心をさらに強くしていく。
 目の前の男を唯一尊敬していることが一つだけ、たった一つだけであるがあるエルピスからしてみれば雄二の言葉は警戒するのには十分だ。
 目の前の男は目的のために必要な事であれば、それが何であれどんなことであれ平気でしてしまう貪欲さがる。
 それが何からくるものなのかはエルピスが知りえる所ではないが、その貪欲はおそらく雄二の持つ特殊技能強奪のために向けられていることは想像に難くない。

「無駄に吠えるのは構わないが、ここにはお前を守ってくれる学園長は居ないぞ? 覚悟してかかってくるんだな」
「――遥希からか? それとも……まあいい。ならとっとと戦闘を開始しよう、目的達成がまだ終わって無いんでな」

 数多の死体で山を築いておきながらも雄二の目標はぶれていないようである。
 改めて神としての力を使用するエルピスに対して、黒髪の男雄二もその力を全て解放し転生者と転移者はその身体を物理法則すら超越する生命体として戦闘を開始する。
 お互いに譲れないものがあるのならば、結局最後に物事を決めるのは武力による交渉術だ。
 プライドをかけて始まった一騎打ちはどんどんとその熱量を加速させていく。
 この戦闘が終わるときこそこの戦争が終わるときであろう。
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