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幸福とは
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ラクが目を覚ましてから実に1時間ほどだろうか。
他愛のない会話を繰り広げながらラクはベルについてある程度情報を手に入れた。
邪龍と呼ばれていたこと、長い間生きていること、途方もないほどの力を持っていること、人を愛し人を憎んでいることを。
巧妙に隠されてはいるが生き物は練習でもしていない限り自分の快不快をそう上手くは隠せない。
隠し切れないほどの怒りとそれでも許したい優しさがぶつかり合う龍を前にして、ラクはどうするべきかと頭を悩ませていた。
「はははっ! 面白いなお前の話は。こんなに笑ったのは久々だ……何故人はお前のような物を襲ったのだろうな」
「さ、さぁなんででしょうね? まぁあんな奴らのことは放っておいてくじ引き引いたら南極っていう極寒の地でサバイバルさせられそうになった話とかいろいろまだまだ話題はありますから」
「ほう! 人が極寒の地にな。どれくらいに寒いのだ?」
「それはですね──」
(危ない危ない。また回避したけどなんなんだ一体)
先程から会話の中に時折り混ぜられる不思議な言葉。
こちらの反応を伺うように村人やこの世界についての質問が時々投げかけられるのだが、それを口にしている時にベルの負の感情が一際大きくなるので下手な言葉を発することができないのだ。
だが流石にそろそろいくらなんでもラクの限界が近づいている。
誤魔化し続けた結果最悪の結末を招いたとあっては笑えない。
会話に一区切りを入れ、最悪自分だけでなんとか抑えられたらいいなと思いながら龍へと言葉をかける。
「めそれでなんだっけ、人の村についてだっけ」
「──そうだ。お前を殺したあの村についてだ」
「殺したって言っても俺はこうして生きてるから」
「我がきたからだ。我が来なければお前はいまごろッッ!!」
爆音を上げて洞窟のどこかが吹き飛ばされる。
尻尾を振っただけでまるで爆発のような一撃を出せるベルが怒っているのは、案の定村人達に対してだ。
他種族のために怒ることが出来るなんてなんて優しい龍なのだろうか。
もはや怒りを隠そうともしなくなったベルを前にして、ラクは立ち上がりベルの鼻頭に顔を寄せながらゆっくりと優しく言葉をかけることにする。
「落ち着いてくださいよ。俺は別にどうとも思ってないんです」
「あんな仕打ちをされてか? お前は本当にそれでいいというのか!?」
「お前じゃなくてラク。そう呼んでくれるってさっき言ってましたよねベルさん」
相手の怒りが自分に向いているのであればそれを鎮静化させることは簡単だ。
相手の感情をパラメータとして扱うことの酷さに関しては理解しているつもりだが、それが出来るからこそラクはいろんな人間と仲良くすることが出来る。
だが自分以外へと向けられる怒りは正直どうしようもない。
許せないと考えるベルの優しさを否定することなど出来るはずもないが、かといって怒りを発散させることもラクの求めている物ではない。
理性のともり始めたベルの目を見てラクは言葉を続ける。
「ベルさんは優しいですね。でも当たり前のことですよ、人は未知を恐れるんです。急に戻ってきて知らない言語を喋る人間を見たら、誰だって幽霊とか化け物だと思いますって」
たとえば貴方の愛する子供がいつの間にか行方不明になったとする。
どれだけ頑張って探しても子供は見つからず、失意のうちに明け暮れて涙すらも流せなくなった貴方の前にその子供が戻ってきた。
両手を上げて喜ぶだろう。
可愛い我が子が帰ってきてくれたと、貴方はきっとそう思う筈だ。
そんな可愛い子供に貴方は大丈夫だったかと問いかけると、子供は一度も見せたことのない表情でまるで操り人形のように身体を動かしよく分からない言語を嘯くのである。
恐怖以外のどんな感情を抱けというのか。
「違う! アイツらは貴様のその身体の持ち主が忌み子だったから──」
ハッとした顔をするベル。
きっと隠しておきたかったのだろう。
差別というのはどの世界だってある。
もちろんラクだって自分の体がそのような扱いを受けていた少年のものであることくらい薄々気づいていた。
でなければあんな森に一人居るわけがない。
先程までの言い訳はベルがそれを隠すならと乗ってあげただけのもの。
だがベルがうっかり口を滑らせたのならば尚更ラクは彼らを攻撃する気にはなれない。
「この少年は、彼等を許さないかもしれません。この少年の死因が間接的にしろ直接的にしろ村人達なのは間違いがなくて、この子があの村に殺されたのは間違いないでしょう」
「なら! ならなぜあの村を残そうとするのだっ!!」
「これですよ」
ラクは自分の腰につけられたポーチ、少年のもので随分と使い古されている。
その中からいくつかの花を取り出した。
どれも丁寧に摘まれており綺麗な状態を保っていたのだろう。
ラクが殴られ蹴り飛ばされたせいで少し折れてしまっているが、この花は少年が森の奥深くまで迷い込みながらも精一杯村人達に受け入れてもらえる為にと取ってきた花だ。
ラクだって少年を殺したという点に関してだけは村のことを許していない。
だが少年が仲良くしたいと死の瀬戸際まで思っていただろう村人を、自分の感情だけで殺そうともまた思えなかった。
「この子はきっと本当にいい子だったんですよ。あの村人達とも仲良くしたいと、そう思っていなかったら花なんて摘まないと思うんです。だから見逃してあげてくださいよ」
「……分かった。お前は、いやお前達は優しいんだな」
「ありがとうございますベルさん」
「ベルでいい。その体の持ち主はデリンだ、お前も覚えてやっておいてくれ」
デリンとそう呼ばれて不思議と違和感はなかった。
つまりはこの身体がその名前のことを覚えているのだろう。
(デリン君か……喋ってみたかったな)
人は自分の周りにいる人間によって形成されている。
デリン君の様に自分一人だけでもそこ抜けて優しくなれる子もいるが、自分がそうではないことをラクは知っている。
出来れば会って話して、もし良ければ友達になって欲しかった。
いまや名前を覚えていてあげることしかできないが、それくらいは死ぬまで仕切って見せようとラクは心に誓う。
そんなラクを前にしてベルは何かを決断した様だ。
「ラク、私はお前と旅をしてみたい。あんなにも楽しそうに世界を語れるお前と共に、この世界がまだ私が生きていたいと思える世界なのだとそう思わせてくれ」
「俺でいいんですか? なんの力も持ってないただの人間ですよ?」
「お前がいいんだ。我は──いや、私はお前の見る世界が見たい。だから私をお前の羽にしてくれないかラク」
随分と、気に入ってもらえたようだ。
初めて出来た友人に、初めてこの世界で自分の事を認めてくれた龍に、ラクはあっけなくというかなんというか。
分かりやすく恋をしてしまった。
他愛のない会話を繰り広げながらラクはベルについてある程度情報を手に入れた。
邪龍と呼ばれていたこと、長い間生きていること、途方もないほどの力を持っていること、人を愛し人を憎んでいることを。
巧妙に隠されてはいるが生き物は練習でもしていない限り自分の快不快をそう上手くは隠せない。
隠し切れないほどの怒りとそれでも許したい優しさがぶつかり合う龍を前にして、ラクはどうするべきかと頭を悩ませていた。
「はははっ! 面白いなお前の話は。こんなに笑ったのは久々だ……何故人はお前のような物を襲ったのだろうな」
「さ、さぁなんででしょうね? まぁあんな奴らのことは放っておいてくじ引き引いたら南極っていう極寒の地でサバイバルさせられそうになった話とかいろいろまだまだ話題はありますから」
「ほう! 人が極寒の地にな。どれくらいに寒いのだ?」
「それはですね──」
(危ない危ない。また回避したけどなんなんだ一体)
先程から会話の中に時折り混ぜられる不思議な言葉。
こちらの反応を伺うように村人やこの世界についての質問が時々投げかけられるのだが、それを口にしている時にベルの負の感情が一際大きくなるので下手な言葉を発することができないのだ。
だが流石にそろそろいくらなんでもラクの限界が近づいている。
誤魔化し続けた結果最悪の結末を招いたとあっては笑えない。
会話に一区切りを入れ、最悪自分だけでなんとか抑えられたらいいなと思いながら龍へと言葉をかける。
「めそれでなんだっけ、人の村についてだっけ」
「──そうだ。お前を殺したあの村についてだ」
「殺したって言っても俺はこうして生きてるから」
「我がきたからだ。我が来なければお前はいまごろッッ!!」
爆音を上げて洞窟のどこかが吹き飛ばされる。
尻尾を振っただけでまるで爆発のような一撃を出せるベルが怒っているのは、案の定村人達に対してだ。
他種族のために怒ることが出来るなんてなんて優しい龍なのだろうか。
もはや怒りを隠そうともしなくなったベルを前にして、ラクは立ち上がりベルの鼻頭に顔を寄せながらゆっくりと優しく言葉をかけることにする。
「落ち着いてくださいよ。俺は別にどうとも思ってないんです」
「あんな仕打ちをされてか? お前は本当にそれでいいというのか!?」
「お前じゃなくてラク。そう呼んでくれるってさっき言ってましたよねベルさん」
相手の怒りが自分に向いているのであればそれを鎮静化させることは簡単だ。
相手の感情をパラメータとして扱うことの酷さに関しては理解しているつもりだが、それが出来るからこそラクはいろんな人間と仲良くすることが出来る。
だが自分以外へと向けられる怒りは正直どうしようもない。
許せないと考えるベルの優しさを否定することなど出来るはずもないが、かといって怒りを発散させることもラクの求めている物ではない。
理性のともり始めたベルの目を見てラクは言葉を続ける。
「ベルさんは優しいですね。でも当たり前のことですよ、人は未知を恐れるんです。急に戻ってきて知らない言語を喋る人間を見たら、誰だって幽霊とか化け物だと思いますって」
たとえば貴方の愛する子供がいつの間にか行方不明になったとする。
どれだけ頑張って探しても子供は見つからず、失意のうちに明け暮れて涙すらも流せなくなった貴方の前にその子供が戻ってきた。
両手を上げて喜ぶだろう。
可愛い我が子が帰ってきてくれたと、貴方はきっとそう思う筈だ。
そんな可愛い子供に貴方は大丈夫だったかと問いかけると、子供は一度も見せたことのない表情でまるで操り人形のように身体を動かしよく分からない言語を嘯くのである。
恐怖以外のどんな感情を抱けというのか。
「違う! アイツらは貴様のその身体の持ち主が忌み子だったから──」
ハッとした顔をするベル。
きっと隠しておきたかったのだろう。
差別というのはどの世界だってある。
もちろんラクだって自分の体がそのような扱いを受けていた少年のものであることくらい薄々気づいていた。
でなければあんな森に一人居るわけがない。
先程までの言い訳はベルがそれを隠すならと乗ってあげただけのもの。
だがベルがうっかり口を滑らせたのならば尚更ラクは彼らを攻撃する気にはなれない。
「この少年は、彼等を許さないかもしれません。この少年の死因が間接的にしろ直接的にしろ村人達なのは間違いがなくて、この子があの村に殺されたのは間違いないでしょう」
「なら! ならなぜあの村を残そうとするのだっ!!」
「これですよ」
ラクは自分の腰につけられたポーチ、少年のもので随分と使い古されている。
その中からいくつかの花を取り出した。
どれも丁寧に摘まれており綺麗な状態を保っていたのだろう。
ラクが殴られ蹴り飛ばされたせいで少し折れてしまっているが、この花は少年が森の奥深くまで迷い込みながらも精一杯村人達に受け入れてもらえる為にと取ってきた花だ。
ラクだって少年を殺したという点に関してだけは村のことを許していない。
だが少年が仲良くしたいと死の瀬戸際まで思っていただろう村人を、自分の感情だけで殺そうともまた思えなかった。
「この子はきっと本当にいい子だったんですよ。あの村人達とも仲良くしたいと、そう思っていなかったら花なんて摘まないと思うんです。だから見逃してあげてくださいよ」
「……分かった。お前は、いやお前達は優しいんだな」
「ありがとうございますベルさん」
「ベルでいい。その体の持ち主はデリンだ、お前も覚えてやっておいてくれ」
デリンとそう呼ばれて不思議と違和感はなかった。
つまりはこの身体がその名前のことを覚えているのだろう。
(デリン君か……喋ってみたかったな)
人は自分の周りにいる人間によって形成されている。
デリン君の様に自分一人だけでもそこ抜けて優しくなれる子もいるが、自分がそうではないことをラクは知っている。
出来れば会って話して、もし良ければ友達になって欲しかった。
いまや名前を覚えていてあげることしかできないが、それくらいは死ぬまで仕切って見せようとラクは心に誓う。
そんなラクを前にしてベルは何かを決断した様だ。
「ラク、私はお前と旅をしてみたい。あんなにも楽しそうに世界を語れるお前と共に、この世界がまだ私が生きていたいと思える世界なのだとそう思わせてくれ」
「俺でいいんですか? なんの力も持ってないただの人間ですよ?」
「お前がいいんだ。我は──いや、私はお前の見る世界が見たい。だから私をお前の羽にしてくれないかラク」
随分と、気に入ってもらえたようだ。
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