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龍の視点

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不思議な子供だと、そう思っていた。
ふらふらと私の森の中を一人で歩きながら、息を吹きかければ死んでしまいそうになるほどの命の炎を何とかつなぎとめている少年を私は無意識のうちに目で追わずにはいられなかった。
蟻が獲物を運んでいるのを見てふと好奇心を抱いているうちに、気が付けば時間が過ぎ去ってしまうような。
そんな時間をただつぶすような感覚で見ていただけの少年は、ついにはその命の炎を絶やしてしまうことになる。
残念なことだ。
だが命というものは消費し、浪費され潰えていくものだ。
助けてやる力を持ってはいるが、それでもわざわざ助けてやる義理も責任もない。

(――この邪竜が! 叩き殺せ!!)(やっちまえ! 破滅をもたらす邪悪な龍が!!)(私の息子を返して!!)

……嫌な記憶を思い出し、ベルは頭を振り払いながらその記憶がどこかへと飛び立っていくのを待つ。
この世界に敵はいないとまで言われた過去のことを思えば随分と落ちぶれたものだ。
倒れ伏していずれは朽ち果てていく少年のことを思いながら飛び立とうとしたその時。

「――ぁ」

あろうことか少年が息を吹き返したのだ。
体内にあったはずの魂がどこかへと消えていくのを確かに見た龍としては、天地がひっくり返っているいる以上の衝撃である。
(なんだ? なぜ起き上がった?)
魂のなくなったはずの器に偶然魂が入り込み、ゾンビなどと呼ばれるような下級の魔物になることはまれにある。
死んだばかりの器にたまたまそうして入り込むこともなくはないだろう。
だが今回に限って言えばたまたま入り込んだものではないと断言できる。
龍は魂の色を識別することができるのだが、少年の中に入った魂は少年のものでこそないものの確かに生きている人間のものだ。

(もしや転生者か?)

噂には聞いたことがある。
別世界の神が扱いに困った生物をこちらの死にかけの世界へと転移させ、問題なく処理するために使われていると。
神が相手とは言え命で弄ばれるのは不快だ。
傷を追ったままの体では、新しい魂が入ってもいずれ死ぬことはわかっている。
邪竜が爪先を向けて魔法の言葉を呟くと少年の体についていた傷は最も容易く完治してしまう。

(しかし妙だな。あの傷のつき具合、人の武器によるもののようだったが)

道具を使うのは何も人に限った話ではない。
だが武器を用いてあそこまで瀕死に追い込んだにも関わらず付近に魔物の気配はなく、血痕が村の方から続いている事を考えれば村人によって攻撃されたと考えるのが適切だろう。
何事かをブツブツと呟きながら歩く少年を引き止めるべきだろうかと考えて、だがその必要はないかとベルは使おうとしていた魔法を中断する。
人が自分の姿を見て正気を保つことはない。
ましてや少年の姿をした異界の人間、とてもではないがまともに会話できるとは到底思えなかったからだ。
恐怖に歪んだ人の顔を見るのは楽しいと虚勢を張っていた時代もあったが、本質的に人を好むベルは人同士が憎しみ合っている状況を苦痛としか思えない。

(我の思い違いの可能性もある。だからまぁ、行く末を見守ってやろう)

来た道を引き返していく少年の背中を追いながら、ベルは期待を込めてその後ろを追う。
全ては勘違いであったと証明してもらうため。
ありえないと分かりながら、それでもまだ人に願いをかける龍の姿はきっとこれっきりだろう。

(頑張れ少年よ)

何時間も歩き続けるその少年の背中を見てそんな言葉が胸の内に上がってくることにすらベルは気が付かない。
お願いだから、頼むから無事に迎え入れられてくれと。

「デリンが帰ってきやがったぞ!!」

物見櫓で森を見張っていた兵士の一人が満身創痍な少年のことを見つける。
その姿を見てベルは絶望した。
言葉に込められた殺意を敏感に感じ取ったベルはその時点で少年が今からどうなるかを理解したのだ。
両手を広げてニコニコとしながら自分がいかに無害かを披露する少年に対し、男達は一切の優しさがない。

「死にに戻ってくるとはいい度胸だ忌み子が! 次こそ殺してやる!!」
「殺せ殺せ殺せ!!」

どれだけ無害をアピールしても忌み子であるという時点で人はその話を聞く気すら持たない。
彼の出自か出生の時に何かあったのか。
詳しくは知らないが村社会において呪われた存在というのは如何なる強行手段であろうとも用いられ排除される。
組み伏せられ倒れ伏し、どうしようもなくなった少年は叫ぶ。

「俺は死にませぇぇぇん!!」
「殺せぇぇぇぇッッッッ!!!」

無情にも少年の頭部に棒が振り下ろされグシャリと音がしたかと思うと、頭部に入っていた内容物がこぼれ出る。
言葉が通じて同じ種族であるのにこの始末、緑鬼種よりもよほど醜い。
心底腹が立つ、こんな村一息に燃やしてしまおうか。

「あ、あれは!?」

龍は己の姿の形を人へと変えて、森の中からその身を表す。
たとえ人の形をしていようとも龍の威圧感は人にその正体を見破らせる。
放たれる数々の武器は龍の体を通り抜けていく。
魔素によって作られた身体は同じく魔力を持った攻撃でしか触れることすら叶わず、たとえ何千何万回攻撃したところで全くの無意味である。

「何故お前たちは少年を襲った?」
「な、なぜ邪竜が!?」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」

聞いても教えてくれるはずもない。
先程までは優位に立っていた人間がいまや恐怖で言葉すらろくに話せない始末。

「死ね。地獄の炎に焼かれて──」

手を差し出し龍の息吹で持って村を壊滅させようとしたベルは、ふとラクの顔を見ていた。
恐怖に歪んで可哀想な顔がそこにはあると思ったのに、あったのは酷く残念そうな顔。
彼もまた、異世界人でありながら人の可能性に賭けていたのだろうか。
そんな彼の願いを踏み躙った男たちのことは許せないが、本人に聞いてからこの村の人間達の処遇を決めるのも悪くはない。
少年を抱き抱え、身体を治してやって龍は空へと飛び上がり村人達に言葉を投げ捨てる。

「いま暫く貴様らの処遇は預けておこう。逃げようなどと考えるな、逃げれば無惨に殺してくれる」

それだけを言い残して邪龍は自分の巣へと戻る。
この少年はきっと自分に怯えるだろう。
怯えて泣き叫ぶかもしれないが、泣き叫び疲れた時にこの少年に問おうと思う。
あの村の人間を殺すかどうかを。
そしてもしあの村を滅ぼすというのであれば、我は我の力が及ぶ限りでこの世界を滅ぼそうと──そう思った。

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