8 / 29
1学期
第7話・柏木白子
しおりを挟む――2010年8月22日(日曜日)
修復者の中和有珠と発音黒子に会ってから1週間が経ち、真弓の2度目の手術の日。
「真弓、頑張れ。大丈夫だから」
「春彦君……うん、ありがとう」
病室から手術室に運ばれる真弓に声をかけると、以前より元気にはなったが、まだ声に張りはない。それはそうだろう。両足が動かないのだから……。
僕はと言えば、昨日レントゲンを撮ってもらって驚いた。
「千家さん……骨治ってますね……。ちょっと君、前のレントゲン出して。驚いたな。2週間で完治してる」
「え?治ったんですか?」
「あぁ、今日はギブスを外そう。明日からリハビリをして来週末には退院出来そうだ」
「ありがとうございます!」
「うん……どういう事だ?2週間だよな?君、ちょっとこのレントゲンを――あ、千家君はもう病室に戻って大丈夫だよ。お大事に」
原因はあの薬しかないだろう。発音黒子にもらった修復力を高めるという薬……。1週間前の夜に服用したのだが、匂いも苦みもなく目薬サイズの飲み薬で、服用後の体には特段変化も無かった……。だが、今日の診察で医者が驚く程の回復力があったみたいだ。
あの薬を真弓に飲ませれないだろうか……。今は集中治療室で何も渡せないが……。
1人ギブスが外れて軽くなった腕で、腕組みなどをしながら病室へと戻る。
「春彦!」
「ん?あぁ、理子。今日もお婆ちゃんのお見舞いか」
「うん!あっ!果物もらったんだ!一緒に食べようよ……て!ギブス外れたんだ。おめでとう!」
「あぁ、ありがとう。今日は何かご機嫌だな」
「そお?春彦に会えたからかな」
「え?」
「冗談よ、冗談!」
「立ち話も何だし僕の病室に行くか?」
「うん!」
髪をくくりニコニコと笑う彼女を見ていると、こっちまで楽しい気分になってくる。
「あれから小夜子には会ってないんだけど、春彦は会った?」
「あぁ、一昨日かな。ロビーでばったりと」
「そう、彼女元気そうだった?」
「あぁ、もう少しで退院出来るそうだ。ただ……」
「ただ?」
「今回の一件でもう学校には行けないそうだ。本人の希望で2学期からは転校するって言ってた」
「そう……なんだ。そっか、そうだよね……」
りんごを剝きながら、理子は寂しそうにうつむく。その後の小夜子との会話は理子には言えなかった。
………
……
…
「あの時の返事は……」
「小夜子ごめん。僕は今は誰とも付き合う資格なんて無いんだ。進学も就職も決まってない。3年生の大事な時期に……」
「そっか……。うん、わかった。そういう事にしとく。助けてくれてありがとうね。色々聞いたけど、柏木と一緒にならなくて、彼の為に死ななくて良かったと思える。春彦君のお陰だよ。またいつか……元気になったら会いましょう」
「あぁ、小夜子も元気でな」
「うん、ありがとう。春彦君」
そう言ってロビーで別れた。たぶんここ数日中には退院するのだろう。
小夜子の着信から始まったこの奇怪な人生。しかし小夜子も一生懸命生きていこうとしている。僕は僕で頑張らないといけない。もう戻れないのなら、いっそこの世界で――。
「――ねぇ?春彦、聞いてる?ぼぅとして」
「え?あぁ、何でもない。ごめん」
「もう、そんな事じゃ彼女に嫌われちゃうよ!」
「ははは!そんな彼女はいないし、理子の彼氏になったらいつも怒られるな」
「……え。う、うん……そんな事ないけど……」
「え?」
理子は頬を赤く染め、うつむく。
「あ、ごめ……変な事言った」
「うぅん……大丈夫」
理子がりんごを皿に取り分け、床頭台のテーブルに置いてくれた。
静かになった病室にセミの声が聞こえる。日に日にセミの声も少なくなっていき、もうすぐ8月も終わりそうだ。
「あのね、春彦……」
「あっ!理子ごめん、真弓の手術の様子をそろそろ見に行かないと!」
「あっ……うん。わかった。私も帰るね。引き止めてごめん」
「いや、いいんだ。りんご、後で食べるから」
「うん」
理子と別れ、1階の手術室へと向かう。真弓の手術は始まったばかりだ。そんな事はわかっていたが理子との妙な雰囲気に耐えられなかった――のが本音だ。
「余計な事言ってしまったなぁ……次は気をつけよ」
と、ロビーでジュースを買おうとすると、何やら自販機の下に手を突っ込んでる人がいる。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
「うむ……小銭を落としてしまってのぉ……」
「あ、僕が取りましょう……か?て、有珠?」
「ぬ?何だ。千家では無いか」
「ねぇさまぁ!!棒っきれありましたぁ!これで取りましょう!ついでにプリンも買ってきましたぁ!」
有珠が自動販売機の下に手を伸ばし、黒子が廊下の向こうからモップを持って走ってくる。
「なんでやねん。棒探しに行ってプリン買うって……黒子もいたのか」
「千家!!き……貴様!ねぇさまのパンチラを見ようとしていたのか!!しねぇぇぇ!!」
「ちょ!!黒子!!待て!!早まるな!」
「問答無用!!」
「あっ……小銭、取れた。よっこいしょーい……」
「ちょ!待て!!モップを振り回したら危な――!」
『バチンッ!』
黒子が振り回したモップが、起き上がろうとした有珠のお尻にヒットする。
「ンギャアァァァ!!」
「あっ……」
「あっ……」
「おい……貴様ら、そこに座れ……!!」
「ね、ねぇさま!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いや、僕は悪くない……」
とばっちりでとんでもなく怒られた。有珠がお母ちゃんとダブって見えるほどに。
ほとぼりが冷めると、ようやく会話が出来るようになる。
「で、2人は今日は何の用で来たの?」
「うむ、プリン……じゃなかった。黒子よ、例の物を」
「はっ!ねぇさま!少々お待ちを……ちゅるん」
プリンを飲み終わると黒子は1つの瓶を取り出した。
「千家よ、これをあの娘っ子に飲ませてやるがよい」
「これは?」
「黒子の秘薬『時の砂』じゃ」
「この前、僕にくれた秘薬……!?」
「それは私が命がけで作る神秘の薬ですの。全ての生命の修復力を加速させる秘薬……」
「まぁ、鼻くそを溶かした物じゃがな……ぷふぅ」
「ねぇさまっ!しぃぃぃ!」
「今、鼻くそって聞こえた気がす――」
「気のせいじゃ。忘れろ」
「いや、確かに鼻く――」
「千家、それを誰かに漏らしたら殺しますわよ」
「あぁわかった。これで真弓が良くなるのなら……でも僕は……黒子の鼻くそ飲んだんだ……」
「しかし治ったであろう?」
「……反論はしない。お礼も言う。でも……鼻く……うぅ」
「ねぇさま、こいつやっぱり殺しましょう」
踏切事故で下半身不随になった真弓。しかし今回の事故は修復者の柏木白子の仕業らしい。そして小夜子の代償はすでに、柏木雪菜の命が亡くなる事で成立している。真弓が命を削る必要は無かったのだ。
「無差別というわけでも無さそうだし、なぜ真弓は狙われたんだ?」
「わからぬ。本人に聞くのが手っ取り早いと思っての、白子を探させておるのじゃが……見つからぬ」
「ねぇさま、そう言えばお猿さんからの連絡はまだ?」
「そう言えば連絡がないのぉ……」
「そうですか。ねぇさまもプリン食べますか?美味しいですよ」
「おぬし、それ何個目じゃ……?」
「8個目ですわね。人間の体の90%はプリンで出来ているのですよ」
「それは黒子だけだよ……」
「なにをぉ!千家のくせに生意気な!」
休日の薄暗いロビーの待合室でジュース片手に、手術終わりを待つ。予定時間は3時間。あと1時間程で終わる。手術が無事に終われば、秘薬を試してみよう。
「ところで有珠。さっきから天井に誰か張り付いているけど友達か?」
「ぬ?」
僕がジュースを飲んだ際に、上を見上げると天井に人影が見えた。あまり関わりたくないので見て見ぬふりをしていたのだが……。有珠と黒子が天井を見上げ名前を呼ぶ。
「猿渡!!」
「お猿さん!」
「あぁ、あれがお猿さんなんだ」
シュタッ!と天井から華麗に降りるお猿さん。
「有珠様、ご報告に参上いたしたでござる」
「うむ、猿渡よ。ご苦労‥…して成果は?」
「はっ!現在、柏木望は留置所にて拘留中。妻、柏木雪菜は自宅にて死亡――」
「白子は?」
「はっ!それが……娘の柏木白子ですが……」
「どうしたのじゃ?」
「……柏木白子、母親と共に自宅で死亡」
「何じゃと!?」
「自宅で2人の遺体を確認。ご報告は以上でござる!」
「……うむ。ご苦労じゃった。しかし――」
「ねぇさま……とんでもない事が起きていますわね」
「有珠、どういう事だ?白子は修復者じゃなかったのか?」
「千家よ、貴様が入院してから接触した者を全員書き出せ。黒子よ、おぬしが見た白子は……」
「そうですわね……」
有珠は黒子と2人で小難しい話をし始めた。僕は有珠の脇で待機しているお猿さんにジュースを買ってくる。
「猿渡さん?でしたかね。バナナジュースで良いですか」
「かたじけない。拙者、猿渡夢夢と申します。千家様、よろしくお願い致します」
「僕は千家春彦、よろしくね。有珠の部下?になるのかな」
「はっ!その昔……里を有珠様に救って頂きまして。以来、猿渡一族は有珠様の情報収集のお手伝いをさせて頂いておるのでござる」
「そうなんだ。有珠ってすごい子……え?有珠って何歳なの?」
「はて?私も存じあげませんが……確か曾祖母様の猿渡楓様の遺言と聞いておりますれば……」
「……有珠っていったい何者なんだよ」
夢夢と話をしていると、有珠が神妙な顔でこっちを向く。
「千家よ。人目があれば貴様は襲われる事はないじゃろうが、西奈真弓には気を付けよ。もし今回、西奈真弓を狙った犯行じゃとしたらまた狙ってくるかもしれぬ。わしらは白子の足取りを追う。何かあれば猿渡を呼べ、こやつはどこにでも現れる」
「わかった。有珠、黒子、色々とありがとう」
「ふっ。千家の血筋に感謝するのだな。ではさらばじゃ!」
「千家の血筋?」
そう言うと有珠と黒子はロビー横の廊下を歩いて行き、急患窓口で書類に名前を書いて病院から出ていく。思っていた去り方とはちょっと違った。
――僕は有珠達を見送ると、真弓のいる手術室の待合室へと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる