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第226話 使い魔とプロジェクト

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『ムーン#1・それは奥のデザイン室に、そっちは上の薬品調剤室。ああ、それは待って。それは地下にお願いね。』

 メリアが所長を務める化粧品開発研究所兼工場は今も建築が進み続けている。研究に必要な魔道具などの機材は惜しみなく良いものだけを揃え、どんどん運び込まれ設置されていく。設備投資だけで一体どれほどの金額がかかっているのか、ムーンの眷属自体よく理解していない。

 しかしよくもこれだけの魔道具や機材が集まって来たものだ。英雄の国の研究所にもない機材まで運び込まれてくる。なんとも不思議に思うこの疑問、なぜこれだけの機材が集まってくるか。その答えはこの研究所兼工場が目立っているからだ。

 その目立っているというのは建物の大きさ自体という問題ではなく、金の流れの目立ち方だ。ミチナガ商会が力を入れているだけあって金の流れる桁が違う。これだけ金が流れていれば周辺国が見逃そうと思っても見逃せない。

 そのため周辺国の商人が秘密裏にコンタクトをとってくるのだ。そして売り込まれる魔道具や設備は国の重要な機関にしかないような、入手先の怪しいものばかりだ。本来こんな物を売るのは国家レベルの犯罪であるのだが、どうしても金の欲しい貴族は居るものだ。

 そんな貴族が秘密裏に横流しした商品をミチナガ商会で買っている。犯罪に加担していると言われかねないのだが、その成果は大きい。ミチナガ商会の技術力は格段に上がり続けている。はっきりいって英雄の国の研究機関にも劣らないだけの設備が整っている。いや、設備の多様性だけで言えば英雄の国を超えているだろう。

『メイ#1・ムーンさん、ちょっと報告です。今月なんですけど…設備投資額が高すぎますね。かなりの赤字ですよ。化粧品の売り上げで補填するのは不可能です。』

『ムーン#1・ならブラント国の方で補填するようにして。赤字の売上書は改竄して黒字に変える。今はここの金の流れを止めるべきじゃない。来月はさらに使う予定だからなんとかして。』

『メイ#1・そうは言っても…あっちも色々やっているせいで補填できるだけの黒字はないですよ。というか使いすぎているんで無理です。』

『ムーン#1・見して。……この赤字じゃ無理か。じゃあヴァンくんの財宝を内密に売ろう。それでなんとか黒字近くにする。ボスに気がつかれそうになったら化粧品の設備投資で使いすぎたからってことにしよう。』

『メイ#1・了解です。売り込みに来た商人と相談してみます。……現状どのくらいなんですかね?』

『ムーン#1・2割…くらいじゃないかな。技術力が圧倒的に足りない。ここでなんとか技術力を揃えるよ。そのために…もう一踏ん張り頑張ろうね。』

 ムーンの眷属は今日もまた新しい商人から設備を購入する。どんどんと設備投資されているこの研究所兼工場だが、明らかに化粧品に関係ないようなものまで運び込まれてくる。一体何が起きているのか。



「牧場長、今日の作業はまた昨日と違うんですね。」

『ランファー・うん、昨日までの分でなんとかパーツは足りそうだから。次はこんなパーツを作って欲しいんだ。』

「へぇ…これが新しい搾乳機の作成に必要だと?」

『ランファー・そうそう。下手なところには頼めないからね。ちょうど人はいるから自社生産しようってことなんだ。うちにとって牛乳は大事な稼ぎ頭だからね!下手な物は作れないよ。』

 ブラント国のミチナガ牧場。ここは先週までに拡張工事が終わり、牛乳の生産力がようやく消費に追いついた。しかし今度は安価に牛乳を搾乳できるよう細々とした設備を完成させようとしている。それには細々とした部品が必要ということで1000人を臨時雇用して部品作成に当たらせている。

 2週に一度の間隔で作成する部品が変わるため、作業員も慣れるまで随分と苦労するのだが、なんとか2~3日も経つと安定して作れるようになる。しかしそれでも検品すると半分以上が規格外品としてハネられる。なかなかに経費のかかる作業なのだが、使い魔たちは金を惜しむことなく続けている。

 これにはブラント国王もよく金が持つなと驚いているのだが、おかげでブラント国内での貨幣の流通量が増えているので喜んでいる。ブラント国でのミチナガ商会の売り上げは全盛期と比べると出費がかさみ、なかなかに乏しいものになりつつある。だが、使い魔たちはまるで気にしていない。

『ランファー・ほらみんな、今日も頑張ってね。まだまだやって欲しいことがあるんだから時間は限られているよ。……そう、時間は有限なんだ…』



『スミス・すみません、またいいっすか?ここの強度を上げようと思うんですけど、どうしたらいいっすかね。いくつか試したんですけど強度不足で…』

「またか。どれ…また珍しい形のもの作ってんな。こんな形じゃ確かにそこに負荷がかかるな。形を変えちゃいけねぇってんなら……素材を二つ使おう。こいつとこいつだ。こっちで単純な硬さ、こっちでしなやかさを持たせる。そうすりゃかなり変わる。」

 ここはドワーフ街のグスタフの工房。ここ最近スミスは以前にも増してグスタフから指導を受けているのだが、どれもこれも武器ではなく部品だ。これにはグスタフも怒るかと思ったが、むしろ歓迎している。

「しっかしあの魔導装甲車が壊れて、一から新造するとはな。でも重くなって部品の強度が持たないんじゃしょうがない。まあこういった仕事は難しいからな。しっかり勉強しよろよ。」

『スミス・ありがとうございます親方。最高のものを造ってみせますよ。なんせ強度を高めるのは大切な仕事っすからね。一番重要っす。』

 そういうとスミスは家を経由してスマホに戻る。使い魔のスミスではここにある作業道具は大きすぎる。スマホの中で作業をするしかないのだ。だが、スミスの作りたいパーツは数が多い。そこで少量ではあるが、グスタフの工房へ幾つか作業依頼を出している。

 スミスは作業をこなしながらグスタフの元へ依頼品の納品確認をしにも戻ってくる。グスタフに依頼したパーツは全てスミスが最終確認をしてから納金し、回収していく。しかしその注文の量の多さをグスタフは不思議に思い、一つ一つ眺めている。

「しっかし…なんだか細々とした部品が増えたな。あまり部品を多く使うと修理が面倒だぞ。」

『スミス・色々と試作してみたくて。なんせうちの技術者は注文が多いんすよ。何度も試行錯誤しているせいで作った後に使わない部品が出てくるくらいで。もう嫌になるっすよ。』

「お前もなかなか大変なんだな。まあお前は勉強熱心だ。また困ったことが起きたらいつでも聞きに来い。」

『スミス・ありがとうございます。それじゃあ失礼します。』

 スミスは回収した後に再びスマホへと戻っていった。そして数時間後、またグスタフの元へアドバイスを求めるためにやってくる。



「あ~…社畜くん。そっちの紙とってくれる?ありがと。う~ん…やっぱりここの計算間違えていたか。ここの変数はもっと変えなくちゃ。そのためにはそこの計算をやり直して…」

『社畜・そこはこうしてやったらどうであるか?それからエミル殿、ここの書類なのであるがここの解釈はこうしてやったほうがより良いと思うのであるが…』

「え~?そこの解釈をそうするとそっちの文献を読み解く時に…いや、でも今の解釈にその解釈を組み合わせて……なるほどね。それなら良いかもしれない。お手柄よ社畜くん。それからここの計算に関してもあなたの意見で問題ない。優秀な助手はありがたいわぁ。」

 廃墟のような城の中。まあ城というよりは研究室である。エミル博士はユグドラシル国の、主にウィルシ侯爵管轄の古代魔法言語研究の第一人者だ。その優秀さは誰もが認めるところにある。社畜は時間が空けばこうして毎日のようにエミル博士のもとで研究の手伝いをしている。

「あ~~……本当に難解ね、こいつは。だけど…だからこそやりがいがあるってものよ。前に作った古代魔法言語術式は今も上手くいっているのよね?だとすると…ここをこうしてやれば……よし、依頼されていた術式はこれで完成したはずよ。使ってみて不具合が起きないか経過報告もよろしく。……それから例に漏れず一体何を企んでいるのかは聞かないであげる。それが約束だからね。」

『社畜・すまないのである。実を結んだその時には必ず全てお見せするのである。』

「期待しないで待っているわ。まあ私もあなたからレアな素材を山のようにもらっているからね。お互い様ってわけよ。…あなたに出会ってから古代魔法言語研究は飛躍的に進歩した。それと同時にその危険性も理解した。……私を悲しませることはしないでよ?」

『社畜・もちろんである。これはあくまで我輩たちのためだけに使うのである。そしてそのためには……こんな古代魔法言語術式も作って欲しいのである。』

「うっわ…こんなのまた一から術式組み立てじゃない。他のも応用効かなさそうだし。……あ、でもこことここは流用可能ね。それならこうして……」

 再びエミル博士は自分の世界に入る。こうなるとしばらくは放っておかなければならないので社畜は眷属にその場を任せてスマホに戻る。今新しく得た古代魔法言語術式を用いて新しい開発を行うために。



『ウミ・いやぁ…海ってやつは偉大だね。川から流れついた希少鉱物がこんなにも集まるなんて。』

『マリン・おかげで足りなくなっていた鉱物の確保が順調です。ジョー、また買い付け先を探しておいてくださいね。』

「ま、またぁ?帰ってきて一休みしたばっかりだよ?」

『ウミ・いいのかなぁ?そんな口聞いて。誰のおかげでデートに行ったんだっけ?』

「そ、それは……う、ウミさんとマリンさんのおかげです……」

『マリン・やめなさいウミ。ジョー、そんなこと気にしないでください。ゆっくりやってくれればいいんですから。……あ、そういえば彼女…うちの月夜の最新モデルの服、気になっていたみたいですね。品薄で入荷も難しいから彼女では手に入れることができないでしょうね。可哀想に…しかも、もうすぐ誕生日だというのに。』

「う、うぅ……入手のほどお願いします。僕は大口の取引先探してきます。」

『ウミ&マリン・いってらっしゃーい』

 海上都市でオープンしたミチナガ商会ではジョーが雑務をこなし、使い魔のウミとマリンが指示をどんどん出している。陸地の食材や服飾品を安定供給してくれるミチナガ商会はこの海上都市ではなかなかの人気を誇っている。

 その上、どこからともなく流れ着いた金属の砂粒をどんどん購入してくれるので、海上都市では今小さなバブル期を迎えている。おかげで毎日のように魚人たちは海底の奥底から様々な金属の砂粒を運んできてくれる。

 そしてジョーはというとこのミチナガ商会で働いているということで、幼馴染の女の子とちょっとしたデートに行けるほどの関係を築けている。とはいえ箱入り娘だった幼馴染にとって、顔も忘れていたジョーと遊びに行くことは特に特別な意味はないようだ。

 それでも次の誕生日にジョーは気になっているという服をプレゼントして自分を意識させようと必死である。ウミもマリンもジョーのことを応援しているので、本当に親身になって相談に乗っている。まあそれを利用して働かせている節もあるのだが、許容範囲だと思って欲しい。



「よーし、休憩にすんぞ。ちゃんと飲み物飲んどけ。ただし酒は飲むなよ、腕が震えるからな。」

 ここはミチナガの国造りの最中である建設現場。随分と順調に進んでいるようで徐々に街並みがわかるようになってきた。数件並んだ家々は美しく整列されて、完成が今か今かと待ち遠しくなるほどだ。

 そんな現場を仕切っているガルディンの元へ使い魔のポチが差し入れにやってきた。差し入れとして軽食にもなる大量の握り飯はあっという間に消え去っていく。これとはまた別に昼食もしっかり食べることを考えると食費だけでかなりバカにならない金額がかかりそうなものだ。

 ガルディンは一人、他の作業員の元を離れて街並みを見ながら今後の計画を頭の中で考えていく。そんなガルディンの元へポチは飲み物を多めに運んできた。

『ポチ・部下に水分補給いうのに自分は忘れやすいんだから。ちゃんと飲まないと倒れるよ。今も早く自分たちの家が欲しいっていう避難民が集まってきてんだから。急いでしっかりと働いてもらわないとね。』

「急げ…ね。そういう割には地盤工事に一月もかけさせたのはどこのどいつだ?ここの地面は元から非常に丈夫だ。それこそある程度均せばすぐにでも建設は始められた。……この地面の下で何やってんだ。俺の目は誤魔化せねぇぞ。」

『ポチ・さすがはガルディン。気がついていたか。だけどごめんね。これだけは誰にも話せない。僕たち使い魔だけの秘密だよ。……ボスでさえ、ミチナガでさえ知らない極秘プロジェクト。まあいつか話せる時が来る。その時まで待っておいてよ。それから心配するようなものじゃないよ。人間を使った秘密の研究~なんてもんじゃないから。』

「…まあ俺たちはあんたらに救われた。だから余計な詮索をして追い出されたくない。ただ…人手が必要ならいつでも言え。俺たちはお前らの部下なんだからな。……よし!休憩終了だ!野郎ども!仕事に戻れぇ!!」

 そういうとガルディンは再び仕事へ戻っていった。その表情は先ほどまでよりスッキリしている。どうやら今の疑問がガルディンの心の中でずっとモヤモヤしていたようだ。スッキリ解決まではいかなくとも、今はこれで満足できたのだろう。

 差し入れを終えたポチは再び歩き出す。するとそこに幾人かの名無しの使い魔たちが集まってきた。どこからともなく現れた使い魔たちはポチに直接報告を行い、再び何処かへ去っていった。

『ポチ・順調で何よりだね。化粧工場を隠れ蓑に特殊な魔道具、機材を確保。ブラント国では大量に必要となる特殊簡易部品の製造。ユグドラシル国ではスミスとグスタフによる強度が必要な特殊部品の製造、エミル博士による古代魔法言語術式の開発。海上都市では大量消費した希少金属の確保。そしてこの地下で…大規模な実働実験。まだ25%…完成まではまだまだだ。世界に…ボスに危険が迫る前にプロジェクトホープを完遂させなくちゃ。頼むよ、僕たちの希望になってくれると信じているんだから。』
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