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あなたに芍薬を
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時折、これけっこう大きい葉ですね、と問いかけられ、そうだな、と静かに返しながら、士匄は少しずつ息を整えた。正直なところ、ここまで照れたのは初めてであろうし、恋情で苦しいと思ったのも初めてである。そして、それ以上に恐怖があった。趙武は全く自覚がないらしく、どのくらい摘めば良いのでしょうかねえ、などとのんびり宣っている。目に見えるぶんだけ全て我が物にすればよい、と返せば、
「あなたは本当に貪欲で」
と笑われた。
――お前が言うな。
これにつきる。士匄はよく叫び出さなかったと、己を褒めた。
思い出などという、都合の良い風化した遺物に興味はない。今この瞬間の想いこそが全てである。
己との心と体の交わりを、そこまで言われて有頂天にならぬやつがおるか、と士匄はいっそ叫びたかった。快楽に弱く顕示欲強いこの青年は、口説き文句であれば有頂天になっていたであろう。情熱的な口説き文句はそのまま己の価値である。が、趙武は口説いたわけではなく、己の価値観を語りながら士匄へ愛を紡いだわけである。無意識なのだ。
趙武の、この絡みつく粘性は、士匄を陶酔させていく。子供のように葉を摘み、顔を見合わせて笑い合うこの瞬間が愛しくなる。趙武はわかるまいが、これは良い思い出になる。二人で摘んだ葉を煎じて飲めば、この時間が永遠のものになり、残った葉を天に捧げれば想いは永遠であろう。常であれば重く野暮ったいとせせら笑うこれを、士匄は楽しんだ。趙武は共に葉を摘むことを純粋に楽しんでいるようであった。
「口づけが欲しい」
士匄は少し覆い被さるように迫り、請うた。趙武が一瞬だけ目を丸くしたが、頷いて唇を合わせた。一度、二度軽く合わせた後、深く貪る。士匄の手が緩み、葉が落ちかけた瞬間に趙武が身を離して手ふき用の布を出した。
「これに、葉を包みましょう。落ちてしまえば、草むらの中に紛れてしまう」
つまらない男、と揶揄されるだけに、趙武が冷静に葉を全て布の中におさめたたみ、袂の中に入れた。士匄は無粋め、と気が削がれることもなく、趙武を引き寄せて再び口づけをした。趙武が士匄の胸に手を添え、深く受け入れる。前のめりになり手をつくと、柔らかい草と湿気た土の感触が伝わってきた。場を渡る風はまだ冷たいが、照りつける陽光はじわりと暖かい。そして、繋がった唇は熱かった。
唇が離れた瞬間に
「好きだ、恋しい」
と士匄は言った。熱く深く、彼には珍しく重みのある声音であった。趙武が、あほうのように口を開いてじっと見てくる。この期に及んで彼は言葉で返さなかった。士匄の胸に虚しさと怒りがわいた。遊びと戯れで恋を嗜む士匄を、泥のような恋情へ引きずり込んだのは趙武だろう、と腹立たしくもあった。
ふっと、趙武が離れる。
「お待ちを」
それだけを言って、駆け出した。放り出された士匄は茫然とそれを見送るしかない。この気持ちを躱されてしまったなら、もはや悲惨である。無様だ、とも思った。
趙武が戻ってきて再び座ると、花を一輪差し出した。細くよれよれで、見栄えはよくない。それもそのはず、この時期に咲くには早い花であった。春のさなかに咲くそれが、間違えて育ってしまったのであろう。
「えっと。芍薬です。あなたに幸せを」
「共に幸せになろうというのか」
民の求婚かよ、と士匄は鼻白んだ。それは約定でもある。愛の言葉もなくどこまで縛りつけたいのか、とも思った。
「いいえ。ただ、あなたが幸せになれば私の喜びと思ったのです。私を恋しいと仰るあなたが、幸せになってほしいと思いました」
共に、は思いつきませんでした、と趙武が自嘲した様子で言った。自分の手の裡でなくても良い、幸あれ。素朴で素直で、粘性さのかけらない透明な言葉であった。士匄はぼんやりと眺めながら、そっと手にとった。趙武の指先が一瞬だけ触れる。ちりちりと焼け焦げるような感覚であった。
「……もしかすると。ええ、そうです、きっとこの気持ちです」
趙武が花をぼんやり眺めていた士匄を覗きこむ。柔和な笑みに少々の色味を乗せて、艶然と笑っている。その、白くて細い指が、士匄の頬を撫でた。
「今、私はあなたが恋しい。欲しいと思い、幸せになってほしいと思います。あなたの幸せを思うと喜びがわく。私がたとえいなくても、死んでしまっても、あなたが幸せなら我が喜びとなりましょう」
「……まあ、お前よりは長く生きる自信はある。しかしあれだ。自分が幸せにしてやろう、という気概がないのか」
ようやく砕けた声で、士匄は言った。趙武がふふ、と声を出して笑う。少々苦笑しているようにも見えた。
「私はそこまで傲慢じゃないです、あなたじゃあるまいし。でも、幸せなあなたは欲しい。幸せで満ち足りたあなたが、とても欲しい」
抱きしめ、趙武が粘性を以てささやいてくる。士匄はそのじわり延焼する炎に包まれる心地で目をつむった。唇に唇が触れる。受け入れると、少しずつ深くなっていき、甘い陶酔が訪れた。士匄は押してくる趙武に身を任せ、そのまま草むらに倒れ込んだ。
「あなたは本当に貪欲で」
と笑われた。
――お前が言うな。
これにつきる。士匄はよく叫び出さなかったと、己を褒めた。
思い出などという、都合の良い風化した遺物に興味はない。今この瞬間の想いこそが全てである。
己との心と体の交わりを、そこまで言われて有頂天にならぬやつがおるか、と士匄はいっそ叫びたかった。快楽に弱く顕示欲強いこの青年は、口説き文句であれば有頂天になっていたであろう。情熱的な口説き文句はそのまま己の価値である。が、趙武は口説いたわけではなく、己の価値観を語りながら士匄へ愛を紡いだわけである。無意識なのだ。
趙武の、この絡みつく粘性は、士匄を陶酔させていく。子供のように葉を摘み、顔を見合わせて笑い合うこの瞬間が愛しくなる。趙武はわかるまいが、これは良い思い出になる。二人で摘んだ葉を煎じて飲めば、この時間が永遠のものになり、残った葉を天に捧げれば想いは永遠であろう。常であれば重く野暮ったいとせせら笑うこれを、士匄は楽しんだ。趙武は共に葉を摘むことを純粋に楽しんでいるようであった。
「口づけが欲しい」
士匄は少し覆い被さるように迫り、請うた。趙武が一瞬だけ目を丸くしたが、頷いて唇を合わせた。一度、二度軽く合わせた後、深く貪る。士匄の手が緩み、葉が落ちかけた瞬間に趙武が身を離して手ふき用の布を出した。
「これに、葉を包みましょう。落ちてしまえば、草むらの中に紛れてしまう」
つまらない男、と揶揄されるだけに、趙武が冷静に葉を全て布の中におさめたたみ、袂の中に入れた。士匄は無粋め、と気が削がれることもなく、趙武を引き寄せて再び口づけをした。趙武が士匄の胸に手を添え、深く受け入れる。前のめりになり手をつくと、柔らかい草と湿気た土の感触が伝わってきた。場を渡る風はまだ冷たいが、照りつける陽光はじわりと暖かい。そして、繋がった唇は熱かった。
唇が離れた瞬間に
「好きだ、恋しい」
と士匄は言った。熱く深く、彼には珍しく重みのある声音であった。趙武が、あほうのように口を開いてじっと見てくる。この期に及んで彼は言葉で返さなかった。士匄の胸に虚しさと怒りがわいた。遊びと戯れで恋を嗜む士匄を、泥のような恋情へ引きずり込んだのは趙武だろう、と腹立たしくもあった。
ふっと、趙武が離れる。
「お待ちを」
それだけを言って、駆け出した。放り出された士匄は茫然とそれを見送るしかない。この気持ちを躱されてしまったなら、もはや悲惨である。無様だ、とも思った。
趙武が戻ってきて再び座ると、花を一輪差し出した。細くよれよれで、見栄えはよくない。それもそのはず、この時期に咲くには早い花であった。春のさなかに咲くそれが、間違えて育ってしまったのであろう。
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「いいえ。ただ、あなたが幸せになれば私の喜びと思ったのです。私を恋しいと仰るあなたが、幸せになってほしいと思いました」
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