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1章 魔法少女とは出逢わない

1章48 周到な執着 ③

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 時計塔から外に出る。


 荷物運搬用の台車を放課後に使用することを予め申請していた弥堂は、それを借りる為に用務員の姦作かんさくさんの元を訪れたのだが、目的の台車が何者かに持ち出されてしまったようで、受け取ることは出来なかった。


 完全に無駄足を踏まされた苛立ちをこめて、通り過ぎざまに円錐のオブジェの足元にベッと唾を吐き捨てる。

 そのまま部室棟の方向へと進路をとった。


 現在の弥堂は、一時的な倉庫にするために生徒会長閣下より借り受けた空き部屋に詰めておいた荷物を台車で運ぶという作業に取り掛かったところだ。

 出端を挫かれた形だが、だからといって作業を放棄するわけにもいかない。

 今日中に終わらせるはずだった予定を熟すために歩きながら代案を考える。


 今なら学園のあちこちで各部活が放課後の活動をしているはずだ。

 運動場や体育館を使用する部活動の中には器材を運ぶために台車を使用している者たちもいるはずだ。


(適当に目についた奴から徴収するか)


 風紀委員に他の部活動の所有物を徴収する権限があるとは明文化されてはいないが、なによりも優先されるべきは学園の安全と防衛である。そして風紀委員会に所属する自分のすることは全てが学園の為になることである。

 ならば、風紀委員が他の部活動から徴収をすることはこの美景台学園の為ということになる。

 確かにやっていいと書いてはいないが、しかしやっては駄目とも書いていない。

 仮に何か問題があったとしてもそれは書類を作った奴のせいであって自分は悪くない。風紀委員として真面目に任務に従事していただけで咎められることになった自分も被害者だ。


 そのような言い訳を考えながら弥堂は、吹奏楽部を狙うために文化講堂へと続く渡り廊下の中へ進入した。


 廊下に進んでいくと、文化講堂の方向からガラガラと車輪が回る音が近づいてくることに気が付いた。


「やぁ、待っていたよ。狂犬クン」


 尊大に踏ん反り返り坐するその傲慢さからそれはまるで玉座のように映る。


「いや、待ってたって……、僕たち思い切り移動してたじゃないですか。あ、挑発とかじゃないんで誤解しないでくださいね? 代表は雰囲気で言ってるだけですから」

「先週ぶりか。壮健だったか? 弥堂」


 弥堂は彼らと対峙するような位置で足を止める。

 そして彼らに――正確には彼らの内の一人、目の前の三人組の代表者であり王である男へ視線を合わせる。


 弥堂の視線を受けてその痩せ細った王はニヤリと不敵に口の端を吊り上げた。

 長い前髪の隙間から、その華奢で貧弱な体貌とは裏腹にやけにギラついた双眸にて弥堂を見返す。

 すると彼らも立ち止まり、他の二人の男は王の両脇にて控えた。


「どうもどうも。こんちには、二度目だね、会いたかったぜぇ……、『強敵』……っ! ご承知のとおり、ボクたちが『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』だっ!」


 バンっと腕を振り落としながら王が高らかに名乗りをあげると、左脇の男が身体を斜めに構えながら眼鏡をクイっとし、右脇の男がグッとサイドチェストをキメる。

 弥堂は無言のまま目の前の記憶に新しい既知のキチ――法廷院 擁護ほうていいん まもるを睨みつけた。


「おいおいおい。ご丁寧にご挨拶をカマしただけだってのになんて眼つきで見るんだよぉ。そんなことはあり得ないけれど、もしも忘れてしまっていたらいけないと『配慮』をしてこうしてわざわざ名乗りを上げたってのにさ。ボクは何よりも『平等』と『公平』を愛する男だからねぇ。ボクは覚えているのにキミは覚えてない。そんなことはガマンならないんだ。だってそうだろぉ? そんなの『ズルイ』し『ヒドイ』じゃあないかぁ!」

「こうは言ってますけど僕たち少し心配してたんですよ。弥堂氏のことを。なんでも先日正門前で女子のパンツ狩りをしてたって噂じゃないですか? 僕たちはそのおとこっぷりをリスペクト出来ますけど一般人には中々理解を得られませんからね」

「お前は相変わらず女性の衣服に並々ならぬ関心を向けているのだな。軟弱だぞ、弥堂っ。愛はぶつかり合いだ。その衣服とともに己の魂を解き放て。この俺が受け止めてやる」

「…………」


 彼らとは先日一度揉めただけの関係だが、何故か友人に対するように気安く接してくる。


「フフフ、今、『なんなんだコイツら。馴れ馴れしいな』と思っただろぉ? ご明察っ! ボクらはもう馴れあいだぜ? 言っただろ? キミを待っていたって。決して雰囲気で言ったわけじゃあない」

「……どういう意味だ」

「今さっき名乗ったとおりさ。ボクたちは『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』。弱者の味方さ。狂犬クン、キミさぁ? 今ちょっと弱ってるだろぉ? だからさ。そんなキミの味方をしてやろぉってこのボクが言っているんだよぉ! 任せてくれ。立派にキミの力になって、見事にキミの不満足を不平を解消して、平等に公平に差別なく均等にこの世界を均してやるぜぇ!」

「……そうか。では、ちょうど一つ、参ったなと弱っていることがあるんだが」

「いいねぇ! どうかこのボクに聞かせてくれよぉ! キミとは先週敵対したし、基本的なスタンスとしてはキミは『強者』の側で、『弱者』のボクたちとは相容れない存在だぁ。でも『敵』だからって『差別』してキミのことを助けないなんて、そんな『酷い』ことはいわないぜぇ? だってそうだろぉ? ボクは誰よりも『公平』な男だからねぇ」


 上機嫌に口上を続ける法廷院に弥堂は近寄っていく。


「誰よりもと言ってもいいのか? それは他の者をお前よりも下だと無意識に見ていないか?」

「おっと! これは失態だ! 確かにキミの言うとおりだね! これはボクの失言だ。どうかこんなボクを許してくれよぉ。僕は頭が『弱い』んだ。だから時にちょっとだけ言い間違えてしまうこともある。キミはそんなボクを許さなければならない。だってそうだろぉ?――」


 法廷院がそこで言葉を切ると同時、弥堂は彼の前に辿り着き足を止める。

 上から見下ろす弥堂の視線に、坐したままの法廷院が不敵な視線をぶつけてその目をギラつかせた。


「――弱さは免罪符だからね」


 そしてその信条を、魂の意味を曝け出した。


「だから恥ずかしげもなく何憚ることもなく、キミの抱えた弱さを打ち明けてごらんよ。『なんでもない』はナシだぜぇ? このボクに出遭うということは弱っているということなんだ。だってそうだろぉ? ボクは『弱者』の味方だからねぇ」

「そうか。では聞いてくれるか。実はな、あてにしていた物が見つからなくて困っていたんだが――」


 弥堂は表情を変えることなく、そう切り出しながら片足を後ろへ引く。


 そしてその足を前へ振って、法廷院の尻の下の台車を押すようにして蹴った。


「――ぅ゙お゙ぅ゙っ⁉」


 ダルマ落としの要領で法廷院が座っていた台車だけがザーッと車輪を回して滑っていき、その上に居た法廷院はそのまま真下へ落ちて床へ強かに尻を打ち付ける。

 彼の後方へ走っていった台車はそう長い距離を進むこともなく壁にぶち当たってひっくり返った。


 カラカラと車輪が空回る台車の裏側が露わになると、そこに『保管場所:用務員室』の文言が記されたシールが見える。

 両手を後ろに回して尻を押さえながら尺取虫のようにのたうつ盗人を弥堂は冷たい眼で見下ろした。


「――困っていたんだが、たった今見つかった。ご苦労だったな。お前はもう用済みだ」

「だ、代表っ⁉ 大丈夫ですか⁉」


 血も涙もない言葉をかけられる法廷院の元に、彼の配下である西野くんが駆け寄る。慌ててしゃがみこんだせいか眼鏡が少しズレてしまっていた。


「弥堂、キサマ……っ! 出会いがしらに代表の肛門に非道な刺激を与えるとは、滾っているのか? いいだろう、俺が受けて立つ。全てを脱ぎ捨ててかかってこい……っ!」

「一匹足りないな」


 酷く興奮した様子の高杉くんに性的な目を向けられるが、弥堂はスルーした。


「……あいたたた……っ。本田くんのことかい? それとも白井さんかな?」


 尻の割れ目を揉み解しながら立ち上がった法廷院が答える。彼も昂った高杉くんをスルーした。


「そっちは昼休みに遭遇した。豚の方だ」

「おいおい。このボクの前でよくもそんな『差別的発言』が出来たもんだねぇ? 本田くんは過食症で苦しんでいる『可哀想な』人なんだ。そんな言い方するもんじゃあないぜ?」

「俺は豚としか言っていない。豚とそいつを即座に結び付けたお前こそ差別意識を持っているんじゃないのか?」

「本田くんなら今日は休みだよ」


 弱いところをつかれたので法廷院は華麗にスルーして自らの発言をなかったことにした。これもまた彼の持つ弱さ故にのことなので仕方のないことだった。


「休みだと? 過食症は自己申告だと前回言っていなかったか? 別行動でまた下らん悪さをしているんじゃないだろうな? 隠すとためにならんぞ」

「嘘なんかじゃないぜ。今日休んでるのは過食症じゃなくってさ、別の理由さ。なんでもこないだの土曜日に繁華街で変態に追いかけられて酷い侮辱を受けたらしくてさ。痛く心が傷ついたようで今週ずっと休んでるんだよ。あぁ、とても心配だ」

「そうか」


 この街の治安の悪さに弥堂は嘆かわしい気持ちになりかけたが、そういえばそもそもこの連中もその治安を乱す側だったことを思い出し、自業自得・因果応報ということで決着がつき同情することはなかった。


「まったく、乱暴に扱わないでくださいよ。こないだ車椅子が壊れたばかりなんですから」


 ズケズケと文句を言いながら西野くんが倒れた台車を回収してくる。

 その台車が近くにくると法廷院は再びその上に座り直した。

 西野くんから台車の取っ手を引き継いだ弥堂がその台車を押して歩き出す。


「?」

「?」


 高杉くんと西野くんは首を傾げて一瞬疑問符を浮かべるが、すぐにその後に続いて歩き出した。


 ガラガラと音を鳴らしながら一同は渡り廊下を部室棟の方へ向かう。


「……ん? キミが押してくれるのかい? 悪いね。意外と親切なんだね、狂犬クン」

「気にするな。俺は風紀委員だからな」


 台車に乗せられて運ばれる法廷院も現状に疑問を感じたが気にしないことにしたようで、呑気な調子で弥堂に礼を述べる。

 そして同じ調子で弥堂へ世間話を向けた。


「ところで狂犬クン。あれから、どうなんだい?」

「? なんの話だ?」

「もぉ~っ、隠さなくたっていいじゃないですか。希咲さんのことに決まってるでしょ」

「希咲? なんのことだ」


 そこへ西野くんも軽薄な調子で会話に加わってくる。

 しかし、弥堂には彼らの言う『希咲に関するなにか』が皆目見当がつかなかった。


「いや、ほらさ? こないだ随分と仲良くなったみたいだし」

「ああいうのキッカケで付き合っちゃったりとかあるじゃないですか? アニメの話ですけど」

「…………」


 一体何の話だと思っていたら、彼らから告げられた内容があまりに下らなくて言葉を失う。


「いやぁ、あれから僕たち話してたんですよ。ね? 代表」

「あぁ。西野くんの言うとおりさ。もしもあれキッカケで付き合ったらボクたちキューピッドだよねって。どうなんだい? 狂犬クン」

「……色々訂正しなければならんが――」


 既に疲労を感じ始めた弥堂は重い口を開く。


「――まず。仮にそうなったとしても、お前らのおかげではないだろう」

「連れないこと言うなよぉ。突然のトラブルを一緒に乗り切って、それをキッカケに惹かれ合うとかあるあるだろぉ?」

「そういうものがあることは否定せんが、そのトラブルを起こした下手人の手柄にはならんだろうが。お前らの痴漢行為のおかげで付き合う男女など存在しない」

「なんだぁ。その言い方だと付き合ってないんだね」

「代表。あまり外野が急かしてガッツくものじゃないですよ。お年頃ですし。弥堂氏とかそういうのですぐヘソ曲げて意地になりそうじゃないですか」

「確かに。さすが西野くん。数多のラノベを読み漁っただけのことはあるね」

「本から得た知識は現実に活かしてこそ、ですからね。僕の見立てでは男も女も両方ツンデレパターンですよ。意地の張り合いで周りがヤキモキする系のラブコメです」

「…………」


 法廷院と西野くんのヒソヒソ話は、台車を押す弥堂のすぐ間近で行われているので丸聞こえだ。

 何を言っているのかはよくわからなかったが、馬鹿にされていることだけは理解できて弥堂はイライラしてくる。


「お前ら、俺と希咲のやりとりをどう見たら仲がいいと思えるんだ?」

「ほら、ね? 始まったでしょう?」
「あぁ。間違いないね。これは始まってるよ」

「どういう意味だ。むしろ俺はあの女が嫌いなんだが」

「あー、あー、やってる。これはやってるわ。テンプレにもほどがあるぜ」
「見事な伝統芸ですよね。そうは言いつつ……ある日ふと気付く、的な」

「何を言っているのかわからんが、接する度に罵り合って関係は日々悪化をしている。お前らの考えているようなことにはならん」


 キャーキャーと盛り上がる男子たちに弥堂は下らないと切り捨てる。


「まぁ、今後を楽しみにするよ」
「もしもそうなった時にはちゃんと僕たちにも報告してくださいね」

「……仮にそうなったとしてもお前らに報告する筋合いなどないだろう」

「なんだよ水くさいなぁ!」

「……お前ら何でそんなに馴れ馴れしいんだ。ついこないだ敵対したばかりなのを忘れたか?」

「おいおいおい。確かにそうだけど、でも僕らはそれだけじゃあないだろぉ? 冷たいこと言うなよぉ」

「触るな。懐くな。鬱陶しい」


 台車の上で振り向きながらじゃれついてくる法廷院の手を叩き落とし、不快感を顕わにする。

 そんな弥堂に臆することなく二人はキャッキャッと大はしゃぎだ。


「……お前ら俺をナメてるのか?」

「もう、すぐにそういうこと言っちゃダメだぜ、狂犬クン。だってそうだろぉ?」
「僕たちの仲じゃないですか」

「俺はお前らとどんな仲なんだ……」

「ほら? 確かに最初は敵対しましたけど、その後仲良く一緒に希咲さんにぶっ飛ばされたじゃないですか。仲良くしましょうよ」

「ふざけるな。そんなことだけで仲良くするわけがあるか」

「またまたぁ。そんなこと『だけ』じゃあないだろぉ?」

「どういう意味だ」

「えぇ? それをボクに言わせる気かい? 西野くん頼むよぉ」
「えー? 僕ですかぁ? 恥ずかしいなぁ……、代表お願いしますよぉ」


 何やら意味ありげに含み笑いをしながら、「ほらぁ」「言いなよぉ」と女子同士のようなやり取りをする法廷院と西野に、思わず弥堂は拳を握る。しかしこの後こいつらには使い途があるのでギリギリのところで堪えた。


「えーっと……、じゃあ……? 改めて言葉にすると照れるんですけど……」

「だったら黙ってろ。誰も頼んでいない」

「ほら? 僕たちみんな同じ女の子にぶっ飛ばされた仲でもありますけど、それ以上に同じオカズを喰らった仲でもあるわけじゃないですか?」

「おかず……? お前らと一緒に飯を食った覚えなどないぞ」

「もぉぉぉっ! とぼけんなよぉ! ほらっ! 言って! 西野くん言ってやって!」

「もぉー、代表いつもこういうの僕に言わせるんですからぁ……」


モジモジクネクネと身を捩る気色の悪い男どもに、そろそろ我慢の限界が訪れようとする。


「なんていうか、ボクたちみんなで見た、じゃないですか……?」

「なにをだ」

「ふへへ、希咲さんの生パンチラですよぉ」

「…………」


 次いで出てきた答えに弥堂はもう喋る気すら失せた。


「同じ女の子のパンツを見て、その晩にそれをアレしてアレしたわけじゃないですか?」
「ボクたちは仲間だよ! だってそうだろぉ? 同じギャルのパンツをオカズにした仲だからねぇ!」

「…………」

「あ、一応希咲さんと付き合ってないって言うから言ったんですよ? もしも付き合ったらちゃんと言ってくださいね? そうしたらもうこういうこと言いませんから」
「そのへんの『配慮』は任せておくれよぉ」


 快活に笑う二人の声を背景に、台車の取っ手を握る手に力がこもる。


(またか……っ! ここでもまたあいつのパンツが俺の前に立ち塞がるのか……!)


 法廷院と西野の二名と目を合わせないようにしていると、ふと隣を歩いていた高杉くんと目が合う。


「恥ずかしがることはない。もっと己のパッションを解き放っていけ」

「うるさい黙れ」


 ここまで黙っていたのに急に弥堂の下半身事情に興味を示してきたホモを強引に黙らせた。


「おい、段差を越えるぞ。気をつけろ」

「おっと、ご配慮どうもありがとう」


 そして話題を変えるために適当に気遣ったフリをする。

 それが功を奏したようでガタコンと段差を乗り越えた音の後、数秒ほど会話が止まる。


 奇妙な組み合わせの一行は部室棟へと入った。
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