俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章44 Lacryma BASTA! ④

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「お願い……、弥堂くんをかえして……」


 静かに、だが真っ直ぐに水無瀬は言葉に力をのせる。


 アイヴィ=ミザリィは答えない。

 弥堂を拘束する少女は血の涙を垂らし嘆きを漏らすだけだ。


 代わりになのか、巨大な塊となった何かの集合体にも見える巨大なボディが、縦に割けた唇のような裂け目を動かすと、硬質化した肉と肉がカチカチと歯のように打ち鳴らされた。


「気を失ってるのに水に入っちゃったから危ないかもしれないの……」


 もしかしたら溺れてしまったかもしれない。

 もしくは、もっとそれ以前に――


 ゴミクズーの体内で発見してからずっと、弥堂はピクリとも動かない。


 水無瀬は頭を振って嫌な想像を振り払う。

 自分のするべきことは一刻も早く彼の容態を確認し介抱することだ。

 こうして逡巡している間に無事なものもそうではなくなってしまう。


「……いきますっ!」


 水無瀬は意を決して再びの突撃を敢行した。


 すると、その気配を感じとってのことなのか、水無瀬の言葉には何も反応のなかったアイヴィ=ミザリィが先手をとって動き出す。

 腐肉と枯れた髪が絡まった黒白の触手が何本か水無瀬へと突き出された。


「――っ⁉ 【光の種セミナーレ】!」


 水無瀬はその触手の迎撃に、前方に既に展開していた魔法球を全弾向かわせる。


 先程までと同様に、当たる傍から魔法が触手を消し飛ばすかと思いきや、逆に水無瀬の魔法球は硬質化した触手に全て弾かれた。


「え――っ⁉」


 魔法を弾いた勢いのまま自分に向かってくる触手を水無瀬は慌てて回避する。


「そ、そんな……っ⁉」


 これまで魔法で力負けをした経験のなかった彼女は俄かに動揺をするが、そんな暇さえ与えないとさらに触手が追ってくる。


 そのうちのいくつかを避けてから、避けきれないものを魔法の盾で受け止めた。

 光球で簡単に破壊することは出来なかったが、向こうも水無瀬のシールドを貫けるほどの攻撃力までは持ってはいないようだ。


 盾で弾いた感触を確かめて、水無瀬は決意を魔法で顕す。


「……【光の盾スクード】ッ!」


 魔力をこめて、より強くより硬く創り出した複数の盾を自身の周囲に展開し、迫り来る触手を或いは潜り抜け、或いは盾で受け流しながら、弥堂の居る場所を目指して突き進んだ。


 何度か打たれる内に罅割れ、展開した盾の半分が消失したところで、巨大なゴミクズーの正面に躍り出る。


 その巨体の上部に少女に髪で両手から吊るされている弥堂を目指して昇っていく。体表に散りばめられた人面たちに怨み言を吐きかけられながら飛翔する。

 肉の裂け目に沿って翔んでいくと、弥堂たちの居る場所の少し手前、裂け目の終着点に大きな瘤のようなものが浮き出てきた。


 その瘤の上を水無瀬が通過する瞬間、スプレーやシャワーのような無数の細かい水砲が発射される。


「ぅきゃ――⁉」


 散弾銃よろしく連続で盾に衝撃を受けて水無瀬はゴミクズーの巨体から引き剥がされた。


 軌道を修正し再び突っこもうとするが、ゴミクズーの体表のあちこちから黒々とした肉の砲塔が出現し、続々と水砲を撃ってくる。

 まるで巨大な要塞を守る強固な対空砲のごとく、視界を埋め尽くすほどの弾幕の前に逃げ場はない。


「――【光の盾スクード】ッ!」


 咄嗟にシールドを創り直して護りを固める。


 受け止めると同時に大きく吹き飛ばされた。

 悲鳴を漏らしながらも魔力を強め、懸命に盾を維持する。


 ある程度飛ばされてから飛行魔法を制御して空中に踏みとどまることができた。

 このままでは――と考えたところで頭上に大きな影が差す。


 大きな触手での振り下ろしだ。


「きゃぅっ……⁉」


 自分よりも大きな触手の直撃を受けて叩き落された。


 猛スピードで地上へと落ちていく。

 幸い水無瀬自身の防御力を上回ることはなかったようでダメージはない。


 勢いづいた落下速度を飛行魔法で減速させてリカバリーを図ろうとすると、そこに追い打ちで水砲と触手が飛んできた。


 減速をしたらそれらにきっと捉えられる――そう考えるよりも先に、直感のままに水無瀬は飛行魔法を加速させた。


「――お願いっ……、護ってっ……!」


 大量の魔力を注ぎ込んだ光の盾で地面をガリガリと削りながら飛行を続け、無理矢理上空へ向けて進路を戻し、追撃の水砲から逃れることに成功した。


 しかし、触手の方はまだ追ってきている。


 水無瀬は上空に大量の魔法球を創り出した。


「【光の種セミナーレ】――みんな、いってっ!」


 今度は水無瀬が弾幕を撃ち出す。


 次々と触手に魔法が着弾するが、その勢いは止まらない。

 先程よりも【光の種セミナーレ】に多くの魔力を注ぎ込んだが、それでも破壊するには至らなかった。


 寸でで後ろに下がると目の前を下から上に触手が通過していく。

 それはすぐに水無瀬の頭上で進路を折り返してきた。


 今度は地上へ向けて飛行魔法を加速させることになる。


 ある程度の距離を逃げてから水無瀬は振り返り、魔法のステッキとなった“Blue Wish”を追手へと向ける。


「フローラル・バスタァーーーっ!」


 そしてアニメの魔法少女の必殺技を模した魔法光線を撃ち出す。


 その魔法は触手に当たると何の抵抗もなく貫通し、複数本まとめて焼き切った。


 千切れた触手は落下していき川や地面に突き刺さっていく。


 その隙に水無瀬は上空へと舞い戻った。


「どう、しよう……っ、このまま、じゃ……、弥堂くん、が……っ」


 迷う言葉の合間に荒く息が漏れる。


 魔法による防御力のおかげでダメージはほとんど無いに等しい。

 しかし、水無瀬自身の体力の無さが彼女を疲弊させ、冷静さと余裕を奪っていく。


 真逆に、魔法少女を退けたことで余裕を取り戻したのか、白髪となった少女の肉人形がニヤリと哂う。


 アイヴィ=ミザリィのその仕草に、水無瀬 愛苗という人物としては珍しいことに弥堂を気遣う焦燥感からムッとしてしまう。


「おねがいっ……! 弥堂くんを放して!」


 何度目かの悲痛な叫びにも少女はクスクスと笑みを漏らすだけで要求に応えたりはしない。

 無数の人面からもすすり笑いが漏れだした。


「溺れちゃってたらタイヘンなの……っ! お水吐かなきゃいけないし、息が止まってたら人口呼吸も……っ!」


 通じる訳もない訴えを尚も水無瀬が続けると、少女の肉人形はこれみよがしに弥堂へ触れた。


 左右の手首を髪に絡めとられ両腕を拡げるようにして吊られている弥堂の頬を、アイヴィ=ミザリィは水無瀬によく見えるように撫でてやった。


「【光の種セミナーレ】っ!」


 それを受けて水無瀬は魔法を撃ち出す。


 カッとなって癇癪を起したわけではない。


 極力まで魔力を圧縮しサイズをソフトボールほどに留めたその魔法球を精密に操作した。

 弥堂を巻き込まない規模の小さな魔法なら、上手く動かせば巨大な触手の群れを潜り抜けて少女の人形に当てられると考えたのだ。


 肉人形へ向かう道中の巨大な触手を右へ左へと避けてすり抜けて、魔法の光球は火傷貌の少女の目前にまで接近した。


 しかし、それは少女が白い髪の一束を振ると、ガチンと簡単に打ち落とされた。


「やっぱり……、これじゃ効かない……っ」


 水無瀬が表情に悔しさを浮かべると、少女の顏は愉悦に歪められ、体表の人面たちがまた笑いだす。


「……バスターなら…………っ」


 グッと小さな手でステッキを握りしめる。


 魔法少女プリメロの必殺技を真似した魔法ならパワーアップしたアイヴィ=ミザリィの躰を削ることができた。


 でも――


「――弥堂くんを巻き込んじゃう……っ!」


 確かに強力ではあるが威力も範囲も大きくて、仮に弥堂に当たってしまったとしたら最悪の場合取り返しのつかないことになるかもしれない。


 自分の好きなアニメを参考にしたせいか、原作の映像のイメージが強く固まりすぎていて、先程の魔法球のようにサイズや威力を自由に調節することが難しい。

 強くする方向には際限なく調整できそうな手応えはあるが。


「おねがいっ、弥堂くんをかえしてっ!」


 打つ手がなく敵を相手に願うことしかできない。


 力はあるのに、それを使って何一つ叶えることの出来ない自分に対する失望が膨らんでいく。


「……カエサナイ」「……ワタシノ」「……ハナサナイ」「……ワタシノナオト」

「弥堂くんはユウキくんだよ! ナオトくんじゃないの!」


 ムキになって叫び返してくる水無瀬の様子に気分をよくしたアイヴィ=ミザリィは大袈裟威に弥堂の身体を撫でまわす。


「ちゃんと手当てしてあげないと死んじゃう……っ!」


 泣きそうになった水無瀬の声に愉悦を浮かべ、少女人形は弥堂の右手を縛る髪を解いた。


「えっ?」


 意外なその行動に水無瀬は目を丸くする。


 もしかして解放してくれるのかと期待をするが、もちろんそんなはずがない。


 肉人形の少女はその細い手で解放した弥堂の右手をとると自身の胸へと持って行って、水無瀬に見せつけるように弥堂の手に乳房を掴ませた。


「……ワタシノ」「……ワタシガスキ」「……ワタシモスキ」「……ワタサナイ」


 優越感に満ちた様子で水無瀬へ見下すような目を向けるが、肝心の彼女はコテンと首をかしげた。


「ちがうよ? あなたのじゃなくて、弥堂くんのお胸をマッサージしてあげなきゃ」

「は?」


 水無瀬の一言に思わず眉根を寄せて声を漏らしたのは、緊迫した様子で状況を見守っていたボラフだ。


 火傷塗れの顏の少女も呆気にとられたように口を開けていたが、どこかコミカルな風に首を振って気を持ち直す。


 もう一度水無瀬へ向けてニヤリと哂ってみせてから、弥堂の顏へ口を寄せ、水無瀬に見えるように頬を舐め上げた。


 それを見た愛苗ちゃんは逆サイドに首をコテンする。


「あのね? ほっぺにチューじゃなくて、お口にチューしないと人工呼吸にならないんだよ? ちゃんとお口にしてあげて?」


 何とも的外れで調子外れなリアクションに場の空気が緩んで固まるという珍現象が起きた。


「おい……」


 咎めるような声をボラフが向けた先がメロだ。


「……なんっスか?」


 スッと目線を逸らしながら返事をしたメロにボラフは三日月型の目を器用にジト目にする。


「……あの子の性知識と貞操観念はどうなってんだ?」


 その問いにメロはすぐには答えず、一度顔を俯けてから数秒ほど間を空け、そして今度は空を見上げた。


「…………無知ックスって、よくねえッスか……?」

「…………いいよな……」


 透き通った声で紡がれた答えに、ボラフも一定の理解を示す。

 いい意味でも悪い意味でもおかしくなったこの空気を壊す者が必要とされた。


 この状況に激しく苛立ったのはアイヴィ=ミザリィだ。

 口を開けたまま固まり、“愛苗ちゃんわーるど”に引き込まれそうになっていたが、思ったような成果が得られなかったことで生じた大きなストレスにより我にかえった。

 周囲の空気がどうだろうと自分中心に事が進まなければ多大な不満を抱えるのがメンヘラ女の特徴だ。


 それならばもっと“スゴイコト”をしてやろうと弥堂の顏へ向き直る。


 しかし――


 メンヘラ女が空気を読まないことに定評があるように、それ以上に空気を壊すことに定評のあるモノがあった。



 弥堂 優輝だ。



 アイヴィ=ミザリィが首を回して弥堂の顔を視界に収めると、ずっと気を失っていたはずの弥堂の眼が開かれており、至近距離で彼女の顔を視ていた。


 驚きに身を硬直させると同時に、解放してしまった弥堂の右手に後頭部を髪の毛ごと鷲掴みにされる。


 血涙を流す少女の目が見開かれ、その真っ赤な視界全体が弥堂の瞳の奥でゆらめく蒼い焔で埋め尽くされた。
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