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1章 魔法少女とは出逢わない

1章27 深き宵深く酔い浅き眠り朝は来ない ①

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 5階の扉を開くとそこにも薄暗い通路があった。


 ただし、今しがた通ってきた場所の様にバックヤードのような薄暗さではなく、高級感のあるホテルの廊下のような様相だ。


 床にはカーペットが敷き詰められ余程不作法な歩き方をしなければ足音も鳴らない。

 廊下の左右にはいくつものドアがあり、それぞれが個室になっている。

 そのドアの横には仄暗い暖色ライトが飾られておりぼやっと部屋番号が書かれたプレートを浮かび上がらせている。


 4階よりもさらに静かな場所だ。

 それぞれの部屋にはしっかりと防音が施されているようで、4階よりもさらに静かだ。

 しかし、それでも静謐さなどはここにはなく、どこか重くてジメついた空気が蔓延している気がした。


 それを感じさせるのは各部屋からほんの僅かに漏れ聴こえてくる人の声のせいだ。


 防音処理をしてはいるが、しかし安全上完全に防音にするわけにはいかないので、注意をしていなければ聴こえない程度の音が漏れている。


 虫の鳴き声のような遠さで廊下に散りばめられているのは、男女の談笑する声と、くぐもったような女の嬌声だ。


 立ち止まる弥堂を追い越して前に進み出たバニーさんが、わざとらしい仕草で頭の上のうさ耳に手を当てて耳を澄ますフリをする。


「うーん……、今日もみんな元気に『あんあん』と励んでますなー」

「趣味が悪いぞ」


「うんうん」と満足げに頷くバニーさんに侮蔑の眼を向けると、彼女はスススッと近寄ってきて声を潜める。


「ねねね? ここの全部の部屋でさ、色んな女の子――それも知ってる子たちがさ、エッチしてるんだよ……? コーフンしない?」

「別に」

「強がんなよこいつぅー。普段リンっと澄ました子とかー、ツンっと連れない子やー、キャピっと爛漫な子もー、みぃーんなアンアン啼いてるんだよ? コーフンするっしょ?」

「何故だ? 彼女達は仕事をしてるだけだろう?」

「えぇー……ノリわるーい」

「そう言われてもな。例えば、公園で子供たちにアイスクリームを売ろうと、世界中の人間が使うような便利な機械を売ろうと、ここでこうしていようと、手にした1円の重量も価値も変わらないだろう?」

「えぇ……、でもそんなこと言ったら強盗して手に入れたお金も同じ、とかって言えちゃわない?」

「それは犯罪だろう。俺が言ったのは合法な商売の話だ」

「……でもさ、ワタシよくわかんないんだけど、ホントはキャバでこういうのってマズイんじゃないの?」

「さぁな。俺も専門ではないが、仮に立ち入られても一応合法だと言い逃れが出来るようにはなっているらしいぞ」

「えぇっ⁉ そうなの⁉」


 反射的に驚きから大声を出してしまい、バニーさんはパっと自身の口をおさえてキョロキョロと周囲を見回す。

 弥堂はその仕草に呆れ混じりの視線を向けながら補足する。


「そもそもだが、そういった検査だか監査だかが入る時は事前にリークがあるらしい。その為に定期的に金を払っているようだしな。よっぽどの事件性があって緊急を要するような通報がない限りは本当の意味での抜き打ちなどない」

「えぇ……、なにそれー……、あんまり知りたくなかったぁ」

「知らない方がいい。言っただろ線引きをしろと。こういった事に詳しくなりすぎて、さっき俺が言ったようなことに共感できるようになったら、もう簡単には抜けられないくらいに足が浸かり過ぎていると思え」

「気をつけます……」


 気落ちしたように肩を落とすバニーさんはふと弥堂に目を向けると、パチパチと不思議そうに目を瞬かせ首を傾げる。


「そういえば、なんでジャージなの?」

「今更か」

「しかもガッコジャージだし。居たなぁ。ワタシがJKの時にも。私服ジャージの子。クスクス……ださーい」

「校外活動をしていてな、着替える時間がなかったんだ」

「……こうして見ると信じるしかないけど、ホントに高校生なんだね……」

「どういう意味だ」

「なぁーんかさー。年下に見えないし思えないし。年上って言われた方がナットクいくし、最低でもタメかなぁーって……」

「それはキミの受け取り方次第だ」


 答えにならない答えを返す弥堂を疑惑の目で見るバニーさんだったが、それとは関係のない箇所に気が付きピッと指を差す。


「あ、ねねね。思いっきしガッコ名書いてるけど、コレはマズくない?」

「うん? あぁ、そうだな。確かによくないな」


 言われて思い出したと弥堂はジャージの上着を脱ぐ。

 その様子をジッとバニーさんに見守られながら脱いだジャージを裏返し、そしてそれをそのまま着込んだ。


「これでよし。さぁ、いくぞ」

「ダダダダ、ダセェーーッ⁉」

「おい、うるさいぞ」

「いやいや……いくらなんでもそんなテキトーな……」


 凛々しい顏つきでジッとジャージのジッパーを無理矢理閉じた男にバニーさんが呆れていると、一際大きな女の嬌声が聴こえた。

 するとバニーさんは顏にいやらしい笑みを浮かべた。


「おやおやぁ~? 今の声って華蓮さんじゃなぁ~い? 意外とカワイイ声出すのね」

「……違うな。今のは彼女の声じゃない」

「へぇ~……、わかるんだ? 『違う』って。ふぅ~ん?」


 咎めつつも面白がる、そんな嗜虐的な色に光る視線が彼女の瞳から向けられる。

 そうしながら彼女はまた身を寄せてきた。


「ねぇ? なんで違うってわかるの?」

「単に記憶している彼女の声とは違うと思ったからだが」

「ふぅーん。その記憶ってさぁ、『いつ』『どこで』『どんな時に』聴いた記憶? もしかしてベッドの中で……とかだったり……?」

「邪推はよせ」


 再び首に腕を絡められながら弥堂は鬱陶しそうに女をあしらう。


「いーじゃん。なんで隠すの? ユウキくんは別に黒服じゃないんだから風紀にはなんないでしょ? 華蓮さんに聞いてもはぐらかされるし」

「別に隠してはいない。そのような事実はない。それだけだ」

「えー、絶対ウソだよー」

「しつこいぞ」

「ふぅ~ん? じゃあ証明できるよね?」

「する必要がないな」


 にべもない弥堂を無視して、彼女は艶っぽく舌先で唇を薄く舐めた。


「ね。華蓮さんが入ってる部屋。隣は今空き室なんだ」

「それがどうした」

「一緒にそこ、いこ……?」

「行く必要がないな」

「華蓮さんがどっかのおじさんにヤられちゃってる隣でさ? ワタシとシてみない?」

「みる必要がないな」

「本当に華蓮さんとそうゆう関係じゃないんならさ。デキるよね? ワタシと」

「必要があるならな」

「じゃあ証明してみせてよ。ホントのコトだって、ワタシに身体でわからせてみせてよ……」

「……お前わざと無視してるだろ」

「もぉーっ! そこは売り言葉に買い言葉でノってきてよー! つまんなーいっ!」


 頑なにえっちなお姉さんムーブを続ける女に胡乱な瞳を向けると、彼女はコロッと表情を変えて今度はダダを捏ね始めた。


「いい加減にしろよ。さっさと俺を案内するか部屋番を教えろ」

「やだやだつまんなーいっ!」

「うるさい黙れ」

「じゃあさ、黙らせればいいじゃん! ほらほらっ、バニーさんのぷるぷるの唇だよー? んーーー」

「…………」


 目を閉じて唇を突き出してくる女に弥堂が深く溜め息を吐くと、その吐息が彼女の前髪を揺らす。


 ここまで大分我慢を重ねた。


 重要な仕事前ということもあるし、何より契約を交わしている店の従業員ということもある。

 だから我慢をした。

 しかし、それもここまでだ。


 そういえばつい先日に『煩い女の黙らせ方』を記憶から引き出したばかりだったなと思い出しながらバニーさんの後頭部をガシッと掴む。


「え――?」


 そして間近にあった彼女の唇に自分の唇を当てる。


「――あむ……っ⁉ ちゅ……、んぅっ……そんな、ほんと……にっ……んんーっ⁉」


 上から覆うように唇を重ね、彼女がなにやら言葉を喋ろうとした隙に強引にその咥内へと侵入していく。


「――んーーっ、んちゅ……、ぷぁ……、いきなり……んっ、したまで……ぇっ、んちゅ……っ」


 口を塞いで呼吸を阻害しながら蠢く舌を執拗に絡めとり、何も喋らせぬよう何も考えさせぬよう脳髄を痺れさせる。

 応じるようにあちらから舌を絡めようと伸ばしてきたら自身の舌を引っ込め、こちらの咥内へと這入りこんでくるそれを強く吸い込みながら抑えつけ下唇の裏側を舐めあげる。

 疲弊して舌を退きあげさせればそれを追ってまた相手の咥内へと突っこみ、掻き出すようにして引き摺り出す。


 水音が弾ける音と荒い鼻息を無感情に聴きながら、そんな暴力的な接吻を暫く作業的に続けていく。

 すると、弥堂の袖口をギュッと掴んでいた彼女の手からクタっと力が抜ける。

 それを確認して唇を離し、焦点の惚けた彼女の瞳を冷酷に見下ろした。


 尻を鷲掴みにし腰砕けになるのを許さず立たせ続ける。髪が乱れることを慮らずに後頭部を掴み目を逸らすことを許さず、そして必要なことを訊く。


「華蓮さんの部屋は何番だ。言え」

「ふぁぃ……、S1、れしゅ…………」

「そうか」


 唾液と、それに溶けた口紅で汚れる彼女の口元をジャージの袖口でグイっと雑に拭い、その手で彼女の胸元を覆う布を強引にずり下げて乳房を露出させた。

 そして今度は彼女の背中に手を回す。

 背中を撫でおろしていくと指先がバニースーツと彼女の肌との隙間にぶつかる。

 その隙間に親指を捻じ込んだ。


「あんっ……強引……っ、部屋までガマンできない……? ここでしちゃう……?」


 期待と情欲に濡れる瞳には何も応えず、無言で突っこんだ指を引っ掛けながらバニースーツを掴んで力づくで彼女の身体ごと片手で持ち上げる。


「んっ――⁉ やだ……くいこんじゃ……って、いたっ! いたたたたたっ……⁉ ちょっと! 食い込みすぎてマジ痛いんだけどっ⁉」


 素に戻ってガチめの抗議をする女を無視し、片手で彼女を持ったまま手近な部屋のドアへ近づいていく。


「えっと……? えっ? なになに? ちょっとその部屋はお客さんが……まさか――っ⁉」

「発情して困ってんだろ? 偶然にも同じように発情した男が中に居るみたいでな」

「うそぉっ⁉ うそうそやだやだやだ……っ! むりっ! むりだからっ!」

「お客様に失礼のないように使ってもらえ」


 躊躇いなくドアノブを回して扉を開けると、中の利用者が何か反応を見せる前に性欲旺盛なバニーさんを投げ入れた。


「――ぅきゃあぁぁぁーーーっ!」


 彼女の叫び声が終わる前に扉を閉める。


 耳に馴染みのない男女の慌てたような声も背景にしながら、さっき使った方とは逆の袖で自身の口周りも雑に拭い、ベッと高価なカーペットの上に唾を吐き捨てて歩きだす。


 目的地となる部屋はS1番の部屋。

 廊下の右側の列の一番奥だ。


 先程バニーさんが言っていた通りならその隣のS3番の部屋は空いているらしい。恐らく少しくらいなら大きな声を出されても大丈夫なようにマネージャーが配慮して空けておいてくれたのだろう。


(黒瀬さんにはいつも気を遣わせるな)


 S1番の部屋のドアノブに手を伸ばしながらそんなことを考え、その手を止める。


 どうせならその配慮を最大限活用させてもらおうかと、右足を持ち上げ靴底を勢いよく前に突き出して扉を蹴り開けた――
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