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1章 魔法少女とは出逢わない

1章22 4月19日 ⑥

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「よぉ~し。大人しくしとけよ~」


 そう言って全体に目を配らせたのは40歳前後のトレンチコートを着た男だ。


「警察だっ!」


 もう一人の20代半ばから後半くらいの男が、制服の上着から取り出した手帳を見せつけてくる。


「悪そうなヤツがいっぱいいるじゃねえか……こりゃ大漁だ。なぁ、青柴ぁ?」

「はいっ! ヤマさんっ!」


 新たに現れた二人組は警官のようだ。公園にいる誰かが騒ぎを見て通報したのかもしれない。


「たすけてお巡りさんっ!」


 ダッと駆け出したリュージは青柴と呼ばれた若い制服警官の足に縋りつく。


「む? どうしました?」

「じ、実は――」


 事情を説明するために顔を上げようとするとリュージは自分が取り縋っている相手の足に違和感を覚える。


「ん?」と眉を寄せ目線を上下に振ると、青柴と呼ばれた若い警官の服装は上は警察の制服で、下は青のケミカルウォッシュだった。


「ダッ、ダダダダダダセェッ⁉」


 真面目に職務に就くべきはずである警官のあまりに歌舞いたファッションセンスにスジモンはびっくり仰天した。

 青柴巡査はそのリアクションに対して「む」と不服そうに眉を寄せ、訓練された動作でカチリとリュージの手首に手錠をはめた。


1103ひとひとまるさん、逮捕」

「なんでだよっ⁉」

「本官にはいつか『ジーパン刑事』と呼ばれたいという夢がある。今はまだ半人前だから半分私服で半分制服だ。それを馬鹿にしたのは公務執行妨害にあたる。ですよね! ヤマさんっ!」

「そうだなぁ~。他人の夢を笑う奴はクズだ。クズは逮捕しといた方が世の中の為になるし、俺らの成績にもなる」

「さぁ、立て。詳しい話は署の方で訊かせてもらうからな」

「なぁに。カツ丼くらいは頼んでやるさ。もちろんキミの自腹だがね」

「クソッタレ! あ、兄貴ィッ! 兄貴たすけてぇ!」


 官憲の横暴な振舞いに堪らず兄貴に助けを求めると、ちょうどフラフラと兄貴が立ち上がったところだった。


「ゥオゥラァッ! サツがなにしに来たんじゃあ⁉ お呼びでねえんじゃボキャァッ!」

「巡回中じゃオラァッ! こっちは街の平和守ってんだよクソがァッ!」


 大声で威嚇をする兄貴にトレンチコートの警官も負けじとガラの悪い声を返す。


「なぁにが巡回じゃあ! お散歩してりゃあ銭が入ってくるたぁ、オマワリさんはエエご身分じゃのおぉ? ワシらの税金返さんかいっ! えぇ、おい、山元よぉ~?」

「ぬかせや極道モンがよぉ。キレイな金で税金払えるようになってから出直してきなぁ。それが出来ねえんならブタ箱にぶちこんで更生させてやるぜぇ~?」

「令状見せんかいボケェ! オドレはマル暴ちゃうやろが! 勝手にワシの身柄持ってけるもんならやってみぃやぁっ!」

「なぁにが令状だバカタレがぁ。周り見てみろ。こんな所でカタギと揉めて騒ぎ起こしやがって。普通に現行犯じゃアホンダラァ~」

「アァッ⁉」


 自身が山元と呼んだ警官から指摘され周囲に目を遣ると野次馬が集まっていた。言われたとおり騒ぎになってしまったのだろう。

 チッ舌を打ち声量を抑える。


「ハッ、確かにちょいとデカイ声で喋り過ぎたかのぉ? えろぉスンマヘン。で? そんでなんの現行犯だって? 声が五月蠅いっちゅーだけでワッパはやりすぎちゃいまっかぁ?」

「ハン。スットボケんなや間抜け面がぁ~。カタギと喧嘩して言い逃れできっかよぉ。暴行に傷害じゃあ~。どうせ脅迫もやっとんのだろ」

「ひでぇ言いがかりだぜぇ。被害者はワシらじゃあ。のぅ、ヤス?」

「ヒェイッ! アニフィッ!」


 顔面血塗れのヤスちゃんがザザッと警官の前に立ち塞がる。


「なにが被害者だ。見え透いた言い逃れを――」

「――なんビャあ、マッポフォラァっ! アニフィフヘヘフっヘんならフォヘギャヒャッヒャヤぁっ!」


 閑散とした前歯の隙間から山元への威嚇の言葉を鳴らすと、スッと寄ってきた青柴巡査がヤスちゃんの手にカチリとワッパをかけた。


1107ひとひとまるなな、逮捕」

「ピャアアァァァァァァッ⁉」


 自身の手を見下ろしヤスちゃんはビックリ仰天する。


「お前、そのツラはヤクやってるだろ? 覚悟しろよ」

「ア、アニフィッ! アニフィ……ッ!」

「ヤ、ヤスゥゥゥーーッ!」


 鉄の鎖に引かれながら、青くなったかつては眉毛があった跡をふにゃっと下げて助けを求める弟分に兄貴は手を伸ばすがその手は届かない。


「ほれ、おめぇも来い。情けでワッパは勘弁してやる」

「山元ぉ……テメェ……っ」

「皐月のおやっさん具合悪いんだろ? あまり心労をかけるもんじゃあねえぜ」

「チッ、それを言われちゃあ敵わねえな。ええわ、連れてけや」

「なに。ちょっと派出所で茶でも飲んでけ。ちゃんと帰してやる」


 観念をした兄貴は警官の方へ近づいていく。


「ほんなことよりヤマさんよぉ。アンタ巡査長だろ? 刑事デカでもねえのに勝手に私服着てええんかよ?」

「心はいつでも刑事なんだよ。テメーの仕事着はテメーで決める。それが男ってもんよ」

「そんなことだから出世できねえんだよ」

「お前に言われたかねえや。それにな、着たくても制服がねえんだ」

「アン?」

「ちょっとこれ着て俺を厳しく取り調べてくれってよ、カミさんに強要したらバラバラに裁断されちまってよ」

「アンタ馬鹿なんじゃねえのか?」

「こっぴどく叱れちまったよ。しっかり調べてもらおうってよ、ケツ穴にUSBメモリ隠しといたんだが、それ突っこんだまま2時間正座よ。ありゃあナカナカだったぜぇ~」

「そんなことだからしょっちゅう実家に帰られんだよ。女にはナメられたらシメェだ。逆にケツにUSB突っこんでやれよ」


 どうも顔見知りの様子の警官とヤクザは世間話のように最低の会話をし、折り合いをつけたようだ。


 大人しくなったヤクザたちを青柴巡査に任せ、山元巡査長は弥堂と子供たちの方へ近づいてくる。


「お兄さんたち災難だったねぇ~。コワイおじさんたちはお巡りさんらが――」


 にこやかに話しながら途中で弥堂の顔を見て表情を変える。


「お前この野郎。狂犬じゃあねえか。なんだよ、お前と揉めてたのか? 話が変わってくるじゃねえか」

「兄ちゃんはなんでヤクザにもお巡りさんにも『狂犬』なんて呼ばれてるの? どうかしてるよ……」


 かけるから呆れたような悲しそうな瞳を向けられるが弥堂は無視した。


「ご苦労。こっちは特に問題はない。そいつらを連れてとっとと行っていいぞ」

「このガキ……、相変わらず大人にナメた口ききやがって……。気軽にスジモンと喧嘩すんなって言ってんだろ? お前が皐月組と仲いいのは知ってるが……」

「別に仲良くなどない。同じことを何度も言わせるな無能警官が」

「に、兄ちゃんっ! お巡りさんにそんなこと言っちゃダメだよ……っ!」


 大人に対する口のきき方をしらない高校生を小学生たちが慌てて窘める。


「ったく、クチの悪ぃガキだ。せっかくの休日に公園で中年ヤクザとデートたぁ悲しいねぇ。たまには若い女の子と遊んだらどうだ? 青春ってのは――」


 中年らしいおせっかいを口にしようとした山元巡査長だが、そこで視線が下がり弥堂の腰に抱き着きご満悦な顏の女児に気が付く。


 カチリと、静かな音が鳴った。


1114ひとひとひとよん、逮捕」

「「「えぇ~っ⁉」」」


 知ってるお兄さんの手首に銀色の手枷が嵌められる衝撃シーンを見てショタたちはびっくり仰天する。


「テメェ、この野郎。確かに若い女の子と遊べっつったけどなぁ。いくらなんでも若すぎるだろぉが。無茶しやがって……、なんだ? 股間の方まで狂犬なのかオメーは? あん?」

「何を言っているのかわからんが誤解だぞ」


 弥堂は自らの手首から伸びる鎖を無感情に見つめながら、とりあえず自分は悪くないということだけ主張した。


「アン? 誤解だぁ?」

「そうだ。誤認逮捕は罪が重いぞ。お前のキャリアに傷がつく可能性が高い。俺は高校生だからな。仮に誤認逮捕だった場合、当然SNSでこのことを拡散するぞ。いかに自分が不当な扱いを受け傷ついたかと情感たっぷりに語るストーリーを添えてな。その場合世間はお前だけでなくお前の妻や子供にまで石を投げてくるだろう。そうなったらお前の妻は二度と実家から帰ってこなくなるだろうな。それはリスクに見合わないとは思わないか?」

「この野郎。躊躇なく警官を脅迫するんじゃあねえよ。んじゃ、こっちに訊いてみるか。お嬢ちゃん? このクズのお兄ちゃんとはどんな関係なんだい? 仲良しなのかな?」

「え? なかよしだよぉー? それよりおじさん。お兄さんを連れていっちゃうの? あのね、お兄さんとは“みー”のことイジメてくれるってお約束してるの。だから連れていかないで?」

「来いっ、この野郎」


 グイっと強く手錠を引かれる。


「貴様、後悔するぞ」

「うるせえんだよ。特殊性癖に特殊性癖を上塗りすんじゃねえよテメェ。必ず後悔させてやるからな」

「待て。証拠ならある」

「あぁ? 証拠だぁ?」


 肩眉を吊り上げる巡査長の前で弥堂は懐から一枚のカードを取り出し、それを見せる。

 目を細める中年警官の目に飛び込んできたのは――『カイカン熟女クラブ』の朝比奈さん29歳Eカップの写真だ。


「……これは?」

「見てわからんのか? 無能め」

「ちょいとおじさんには意味がわからねえなぁ」

「いいか? 俺は熟女好きだ。今度その女を指名する予定がある。つまり俺は幼児性愛者ではない。薄汚いペド野郎と一緒にするな」

「来いっ、この野郎」


 再び手錠を引かれ弥堂は連行されていく。


「お前、この人妻そこの子らの母親くらいじゃねえか。ワンチャンあるぞ? キワドイとこ攻めるんじゃあねえよ」

「意味がわからんな。俺を解放しないと後悔することになるぞ」

「うるせえよ。高校生のくせに人妻ヘルスだぁ~? ナメやがって……、署でたっぷり絞ってやっからな」

「断る。今日は予定があるんだ。お前と遊んでいる暇はない。それとその写真は返せ」

「必死かよ。どんだけ人妻好きなんだよ。いいからちょっと署でお茶していけ。ちゃんと帰してやっからよ」


「まってー。お兄さんっ! あくやくれーじょー約束だからねー!」


 ブチブチと言い合いながら二人はこの場を離れていく。その背中に少女の切実な願いの声がかけられた。


 知ってるお兄さんが目の前で逮捕されるという衝撃映像に、少年たちは茫然としていた。

 しばしの間、ヤクザと一纏めに連行される弥堂の後ろ姿を見守った後、やがて誰からともなく顔を見合わせると子供たちは大きくひとつ頷き合い、お昼ご飯を食べるためにお家へ帰る。


 世の中にはきっとどうにも出来ないことがあり、時にはそれらから目を背けることも必要なのだと、彼らはそれを今日学んだ。


 例え、自分の手の届かない外の世界で大変なことが起こっていたとしても、自分には目の前の『お昼までには帰ってきなさいね』というお母さんの言いつけの方が大事なのだ。

 人それぞれに出来ることと出来ないことがあり、同時にやるべきことがある。


 こうしてひとつ大人になった子供たちは公園を出ていった。


 その場には数本のシケモクと僅かな血痕だけが残された。
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